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第14話 少女と枢機卿

 今日も寝ぼけ眼を擦りながら、ベッドから見を下ろすと時刻は既に六時を回っていた。なんという事。今日は三十分も余計に眠ってしまった。

 その原因は明らかで、昨日の心躍る一報。それを聞いた事によって中々眠る事が出来ずに身悶えてしていた事。

 グリン様。グリン様、ああ、グリン様。

 四年前のあの日、私の運命を変えたあの日、全てを終わらせると彼はこう言った。

『君が素敵な淑女レディとなったら、是非ともまた会いに来よう』



「あの日から、丁度四年じゃの」

 私は呟く。あの日、私はヴァン・ダイク商会の当主の地位を手に入れた。

 その日から、ずっと見ているのがこの部屋からの景色。

 どこまでも続く大海原、その彼方に見えるのは、海から突き出た巨大な建造物だ。

 この都市をかつて築いたと言われている古代種族、おそらくは海エルフが建造したのであろうあの建造物は、今ではこの都市のシンボル、そして信仰の対象となっている。



 その特異な形状、精密な装飾が施された螺旋状の円錐はソーンと呼ばれている。

 私は、今日も同じようにソーンへと祈りを捧げる。まず、何よりもグリン様への守護と、商売繁盛を。

 それを終えると、今日の予定の確認。帳簿のチェック、そして身支度だ。 

 ボサボサの頭を梳かしながら、身支度を整えていく。私の世話役であるカロリーヌがやってくる前に、最低限の支度は整えておかなくてはならない。

 そうでなければ、何を言われたものか。



 三十分程すると、カロリーヌがやってきた。

「お早う、カロリーヌ」

「お早うございます、アルカノーア様、本日の予定なのですが、変更が入りました」

 おや、何だろう。確か朝一で商工会での定例会議を行った後に、新規店舗の出店に関する会議が行われる筈だが。

「何かあったんじゃな?」

「ええ。今朝方、教会の者が現れまして、至急の事態が発生したとの事です」



 私はそれを聞いて、深い深い溜息を吐く。その至急の事態が何であるのかは容易に想像出来る。グリン様の件だろう。

 そして、対策を理由に寄付金を寄越せと言うのだろう。あの銭の亡者達が考えそうな事だ。

 実に腹ただしい。現在の教会のナンバー2はリリィ・アルクティクム。“裏切り者”の一人だ。彼女の影響によって、真っ先にグリン様を断罪したのも教会に対する私の心象は最悪に近い。それに、この街を含んだ西海岸沿いではソーン信仰が根強く、教会にの影響は限定されている。

 それよりも何よりも、労せず人の財布に手を付けようとするその態度が何よりも腹が立つ。



「奴らとの応対は私が行う、という事じゃな」

「はい。彼らもアルカノーア様をご指名ですので」

「なるほど、それでそこらの司祭程度が来てる等と言わんじゃろうな」

「ええ、リリィ枢機卿が来ております」

 その名前を聞いた途端、全身に寒気が走る。



「……何故こんな場所に奴が来ておる」

「そこまではわかりませんでしたが、アルカノーア様の過去に感づかれたのかもしれません」

「だとしたら厄介じゃのう」

 カロリーヌは私のグリン様への思いを知っている数少ない人物だった。それもその筈、あの時に私と共に居たからだ。



「で、どうされますか?」

「どうもこうもないじゃろ。会うという選択肢しか残されておらんのじゃ」

「でしたら、身支度の方を先に整えてしまいましょう」

 そう言って、カロリーヌはワードローブの方へ足を伸ばした。服を見繕ってくれるのだろう。

 私は鏡を見て、もう一度気合を入れ直す。これも一つの試練。あの方に再び会うための。



 二時間後、朝食を終えた私は本社へと足を踏み入れた。

 歩き慣れた玄関も、廊下も普段とは違う空気が流れている。もう既に奴らは着いているという事か。

「カロリーヌ、奴らはもう着いておるのかえ?」

「はい。早朝から待っていたと聞いています」

 余程急ぎの事態という事だろう。ぐるぐると良くない考えが私の頭の中を駆け巡る。



 意を決して応接間の扉を開ける。

 すると、中には予想通りの人物が私を待ち構えていた。

 リリィ枢機卿、そして二人の枢機卿付き司祭、そしてその護衛。狭い室内に寄り集まっているので暑苦しい事この上ない。



「初めまして、アルカノーアさん。私、リリィ・アルクティクムと申します。こちらはフランツ司祭とゲイツ司祭」

 リリィ枢機卿達は私の顔を見ると、立ち上がって握手を求めてきた。気に入らない。全てが気に入らない。

 リリィは隣の司祭たちと違って赤を基調とした服を着ている。しかし、まるで喪服のような黒いヴェールが彼女の顔の上半分を覆い隠している。



 相手の表情が窺い知れないということほど、不気味な事はない。内心舌打ちしつつ、彼女の元へと向かう。

 それを表情に出さない様にしながらにこやかに握手を行う。司祭の二人から、そして最後にリリィ枢機卿――裏切り者――と。

「こんな朝早くから、すみませんね」

「危急の事態という事、かの」

「ええ、とても恐ろしい事態が起きました」


 

 既に私はその“恐ろしい事態”の内訳を知っているが、初めて聞いたように繕わなければならない。やれやれ。

「恐ろしい、事態?」

「あの忌むべき存在、グリン・ジレクラエスが中央平原セントラル・プレーンズから北の牢獄への護送中に逃げ出し、今もなお捕らえられずに潜伏しているという事です。追手の騎士をも切り伏せ、付近の村々を焼き、無慈悲にも人々を苦しめながらどこかへと向かっているそうです」

「なんと! それは恐ろしい……」

 私は非常に大げさに息を呑んで驚いてみせる。



「しかし、何故猊下が態々? 中央平原セントラル・プレーンズからここまでは随分と離れていると思うのじゃが」

「ええ、その事も気になるでしょうね、ですが、私が危惧しているのは別の事になります」

 ほう、と私は目の前の女を見る。

「魔王軍の復活、そしてその王の座に彼が座るという事です。」 

「そんな事態が起こり得るというのですか!?」

 わざと声を荒げる。もしそうなったとすれば、全てを投げ打ってでも彼の元へと馳せ参じよう。この四年の間で身につけた商人としての知恵と経験は決して無駄にはならない筈だ。



「はい。我々はその恐ろしい事態と、それよりも恐ろしい事態を危惧してここへとやって来ました」

「それよりも恐ろしい事態、とは?」

 リリィは立ち上がって、沖合の建造物――ソーン――を指差す。

「あの建造物の起動です」

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