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第13話 商会の美少女(自称)

「エプトムか」

「グリン・ジレクラエス」

 エプトムは、戦鎚を構える。俺もそれに合わせて、ゆっくりと剣を構える。

 双方の兵士達は息を呑み、俺とエプトムが対峙する様子を見つめている。



「奴から話を聞いていた時には、半信半疑だったんだがなあ、まさか貴様が、本当にそこまで落ちているとは思わなかったよ。薄汚い魔物共と一緒に食う飯は旨いかあ?」

 エプトムは俺の後ろに控えているオークやダークエルフを見て、笑いながら言う。その顔は兜の裏に隠れ、うかがい知る事は出来ないが。

「はん、魔物連中から逃げ回ってたお前にいくら煽られようが、痛くも痒くも無いさ。相変わらず戦場の後ろでこそこそと動き回ってるのか。相変わらずの様子で安心したぜ、この臆病者が」

 臆病者と言われた途端に、エプトムの声が一変する。



「てめえ……、俺を愚弄するつもりか」

「愚弄も何も、事実だろうが。俺や他の連中が戦ってる間にお前は何をしてた? 関係ない村を焼いて回って、他人の立てた手柄を自分の物にしてただけだろうが。何度でも言ってやるよこの臆病者」 

 言葉通り、俺が命を賭けている間に戦線の背後で行っていた事を知っている。それは何故か? こいつから直接話を聞いたからだ。

 そう、こいつを捕らえたのは俺だ。知らない訳がない。



 エプトムは押し黙ってしまう。怒りに震えているのだろう。

「あの時を覚えてるか? 俺達がお前を捕まえて、そのセンスの悪い兜を引き剥がした時の情けない声。お前に鳥の雛みたいにくっついて回ってる部下連中に聞かせてやりたいよ。いや、今から聞く事になるのか」

「黙れ!」

 エプトムは、戦鎚を地面に振り下ろし俺の言葉を強引に遮った。

「てめえのその減らず口、二度と開けないようにしてやる。そして、奴にてめえの首を引き渡してやるよ」

 そう言って、ゆっくりと戦鎚を構えた。



 異臭を放つ鎧と動揺、赤錆びた戦鎚は敵を砕く事に特化している。槌の部分は刺々しく飾られており、あんな物をまともに受けたなら肉は抉られ、骨は砕かれるだろう。

 エプトムは、身に纏った重鎧からは想像も出来ないほどに素早い動きで、俺に飛びかかり、戦鎚を振り下ろす。

 俺はそれを完全に振り下ろされる前に弾き飛ばす。だが、それを予期していたのか鋭い蹴りが、俺の腹目掛けて繰り出される。

 それを辛くも躱しながら、俺は剣を振るい、奴の兜から生えた角を切り飛ばした。

 


「随分と動きが鈍くなったんじゃねえのかあ?」

 エプトムは小馬鹿にしたような口調だが、その声色には全く余裕がない。

「ハハっ、前にやりあったのは三年前だからなあ。俺も年を取った」

 俺は自嘲しながら、エプトムと距離を取り、息を整える。


 

 俺は剣をもう一度構え直す。

 そして、剣を掲げながら突進した。

「芸がねえな!」

 そして、エプトムは戦鎚で薙ぎ払う。当たらなくとも牽制にはなるであろう一撃だ。

 だが、俺の想像通りの攻撃だった。俺は最初からこいつ相手にまともに戦うつもりなど、無いのだから。



 横薙ぎの一撃をすんでのところで躱した俺は、助走をつけてエプトムへと体当りする。

「なっ!?」

 ただの突進。それを躱せなかったエプトムは、俺に突き飛ばされる形となる。

 転げたマウントを取った俺は剣の柄頭で、何度も何度も兜を殴りつける。そうする事で、中身の頭は揺さぶられる。

「がっ、グエッ」

 



 俺は長年戦ってきたが、相手は魔物だけではなかった。賊やこいつのような、混乱の中で利益を得る盗賊紛いの傭兵団、そして反乱軍とも戦った。

 その時に得た人間と戦う為の知識がまた役に立つとは思わなかった。

 そんな事を考えながら、淡々と殴り続ける。

 しばらくするとエプトムは動かなくなった。

 そして、エプトムの兜を引き剥がす。



 現れたのは、痩せ型かつ童顔の少年と見間違う顔の男だった。そこには威厳も何も無い。

 気絶しているエプトムを掴み、無理やり立たせて俺は言う。

「てめえらの親玉はこの有様だ! これ以上やるってなら、俺が相手してやる!」

 それだけで十分だった。瘴気団ミアズマの生き残り達は我先にと逃げ出していく。

 それで終わりだった。



――大海の都、ティ・クェナ・ルゥ、その中心部に位置する商工会議所――



「ほうほう、あのお方が逃げたと! そりゃ傑作じゃ! 最高じゃ!」

 召使の報告を聞いた私はケタケタと笑う。何よりも痛快な出来事だった。

 “奴ら”の驚く顔が目に浮かぶからだ。

 愛しきあのお方を裏切り、罠に嵌めたあの薄汚い連中が。



「踊りたい気分じゃのう。じゃが、私がダンスを共にするのは、あのお方ただ一人と心に決めておる」

 私はそう呟いて、執務室に備え付けられた鏡を見つめる。 

 鏡に移るのは、黒を基調にし、レースを多用した装飾を各所に施した服を身に纏った可憐な少女。齢は十三、性別は人間の女。

 金縁の眼鏡の下に隠されているのは、父譲りの藍色の鋭い眼。通った鼻筋、黄金色の髪の毛。前髪は眼の上で綺麗に切りそろえられ、後髪は編み込みをコサージュの下に隠している。

 どこに出ても恥ずかしくない格好だ。これ程に知的かつ可憐な少女はこの街……、いえ、この大陸中探しても見つけるのは容易ではないでしょう。もし私の他にそんな娘が居たなら、全力で排除するのですが。


 

 どれもが手入れに長い時間の掛かる物だ。以前の私の性格ならば、きっと耐えられぬ物であったろう。

 四年前のあの日、私は変わった。

 あの人にもう一度会って、もう一度私を見て貰う為に。

「すぐに助け出して差し上げますわ、グリン様」

 そう、私ヴァン・ダイク商会の若き当主にして絶世の美少女、アルカノーア・ヴァン・ダイクが。


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