第12話 少女と罠と決着と
俺たちは、新たな仲間を加えて北へと進軍を続ける。脇目も振らずに一心に。
途中、リミカ村の人々を埋葬するという時間が掛かった物の、なんとか日暮れまでには涸れ谷にたどり着く事ができそうだった。
おそらく、瘴気団の者達が追撃してくるであろう現状では、平原での野営は行えない。最低でも守りを固められる場所にたどり着かねば。
それは、一々俺に突っかかってくるニシェクも同じ意見であり、暫くの間は文句の一つも言わずに、黙々と歩き続けている。
ロレッタも厳しくオークやダークエルフ達に命令を飛ばしている。ナーグルーは殿を務め、後方の警戒に当っている。
「今のところは順調その物、と言った様子だな」
「ええ、その通り。今のところはだけれども」
機嫌を直したロレッタが翼を靡かせながら言った。
「どこまで行くんですか? この先には何もないと思うんですが」
クロエがまた俺に話しかけてきた。ずっとこの調子なのだ。見るもの全てが楽しいようで、他の隊列の者にも話しかけている。
意外だったのは彼女はゴブリンの言語は勿論、リザードマンの訛りすら混じった言葉も流暢に使いこなすということだ。彼女の非凡な才能を伺うことが出来る。
しかし、この子に付き合うのは疲れる。ずっと喋りっぱなしなのだ。隣のロレッタもいい加減うんざりしている。
「北の涸れ谷で夜を明かす」
「え! それなら道沿いに行かないほうが良いんじゃないんですか? 私も遠回りになるので突っ切ってきましたし」
「間にコボルトの群生地帯があるだろうが、よく生き延びたな」
「あー、それで沢山居たんですねコボルト。片っ端から燃やしましたけど」
それを聞いた途端、俺と隣のロレッタは深い深い溜息を付いた。
「勇者殿、どう思う?」
「本当だろうなあ」
特に否定する要素も無いと考えた俺は、それを肯定する。
「よし。諸君、これより道を外れ、北に転進する!」
その指示に従い、俺たちは道なき道へと歩を進めた。
クロエの言うとおり、あちこちには黒焦げと化したコボルトが転がっている。無残な姿としか言いようがなかった。
ショートカットによって、随分な時間短縮が行えた。日暮れ前に涸れ谷にたどり着いた俺たちは、やがて来るであろう敵に備えて準備を行う。
弓兵が隠れられる場所を探し、塞げる道は塞ぎ、逃げ道を探す。
奴らに備えるために。
奴らは、日暮れと共に現れた。
松明を掲げながら、百人を超えるであろう一団が、道を二列に並んで進んでくる。
彼らの先頭に立つのは、一人の男。
見間違える筈もない。何故ならあんな特異な三本角の兜を被り、巨大な戦鎚を背負うような男は一人しか居ない。
エプトム、瘴気団の長だ。
「あいつがそうか」
俺の隣に並び立つロレッタがエプトムを見て、言った。怪訝そうな顔をしているが、それもその筈だ。
エプトムの奇異な外見を見た者は皆顔を顰める。そして、彼の赤錆びた鎧を見れば、その顔に刻まれた皺はより深くなる。奴の鎧にこびりついた乾いた血の匂いが辺りに漂っているからだ。
「そうだな、間違いない」
俺の顔も、随分と歪んでいるのだろう。
「本当にやるのだな」
ロレッタは珍しく不安そうな顔をして、俺を見る。
「ああ、手筈通り頼む」
俺は、予めロレッタに作戦を伝えてあった。いや、作戦とも言えぬ粗雑な物だ。その時点で彼女は賛成しなかった。
だが、そうであるからこそ奴らには、いや、奴には効果があると押し切った。
あのエプトムには、特に。
奴らは俺の予想通り、エプトムを先頭にして谷へと足を踏み入れた。
谷の底に潜んでいる俺は手を上げる。
すると、クロエが空に向けて火球を打ち出す。火球は高く高く飛んでいき……、弾けた。
それが合図だった。
合図に従い、予め用意してあった石や枯れ木が次々となだれ落ちていく。それらは瘴気団の者達を飲み込んでいく。
「罠だ!」
誰かの叫びが発端となり、パニックが広がっていく。
だが。
「てめえら! 何狼狽えてやがる!」
エプトムが周囲を一喝し、戦鎚を振り上げると、それを目印に瘴気団の者達が集まっていく。
「よく見ろ、そんな大した数じゃねえ、すぐに……」
エプトムの言葉を遮ったのは、風を切る音と共に飛来する矢だった。
「チッ!」
エプトム自身は手にしていた戦鎚を操り、弾き飛ばすが、彼の周りに縋るように集まっていた仲間たちは倒れていく。
「早く逃げろ!」
「チクショウ、道が塞がっていて……ぐあッ」
エプトムの周りに集まっていた瘴気団の者たちは土砂を登り、逃れようとするが、矢は彼らに集中し、容易に射抜かれていく。
そして、エプトム達と後列を切り離すようにゆっくりと土塊の巨人が立ち上がった。
クロエが予め指示を出しておいた通りに動いてくれた。想定の数倍は大きいが。
さて、準備は整った。俺の出番だ。
俺は真っ直ぐにエプトムの元へと向かっていく。
やつを一騎打ちで仕留めれば、これ以上血は流れる事も無い。すぐに終わりだ。
身震いを一つすると、剣を抜いて歩き出す。