第10話 二つ目の特典
――数分後、森の中――
轟音と共に、鳥たちが一斉に羽ばたく音が聞こえた。
村の方角から、何かの音が聞こえた。
何かが起きた。俺の感がそう言っている。
だが、先程聞き出した情報からすれば、数で圧倒されてしまうだろう。
どうするか。そう考える前に身体は動く。
「ナーグルー! ロレッタの元に戻って増援を頼む! 戦だ!」
俺がそう言った途端、オーク達の士気が上がる。
「ウオオオオオッ!」
「戦イ! 勝ツ!」
「グリン様ハ、どうするのですカ!?」
「俺は様子を伺ってくる、すぐに戻る!」
動揺しているナーグルーを残し、駆け出した。
何かが起きている。この予感に応じて行動する事こそ、俺が成功した秘訣とも言えるだろう。
仲……“奴ら”はそれが気に入らなかったみたいだが。
特に、ロドリックは何かと文句を言い続けていた。堅苦しい小細工を用いて、机上の空論を捏ねくり回す奴だった。
昔を思い出していると、すぐに森の向こうに開けた場所が見えてくる。
のどかな一帯だ。そこで虐殺が行われたという事を知らなければ。
そして、俺の眼に入ったきたのは吹き飛んだ小屋、何かを取り囲んでいる兵士達。
何が起きているのかと目を凝らすが、人の壁に阻まれて見通す事は出来ない。
その時、再び何かが煌めき、人の壁の一角が崩れる。
何かが起きている事は間違いない。だが、それが何であるのかは、ここからでは伺い知る事は出来ない。
剣を引き抜き、気配を殺しながら、極力敵の視界に入らないように動き出す。
何が起きているのかを、知るのが先だ。
「クソッ、なんだあのガキ!」
「知るかよ!」
瘴気団の連中の怒りに満ちた声が聞こえてくる。どうやら、奴らは敵と戦っているようだ。
もう少し近づいてみると、再び激しい閃光が煌めく。それによってまた瘴気団の連中が吹き飛ばされている。
「まただ!」
「弓はまだか!?」
奴らは完全に混乱し、浮足立っている様子だ。
今がチャンス、そう考えた俺は剣を掲げ、叫びながら突進を始める。
「オオオっ!」
背を取られた形になった兵士達は俺に気がつく間も無く、接近を許す。
剣を振るい、囲みを抜けようとしている俺の目の前に現れたのは、鋼鉄の鎧を隙無く全身に纏った兵士。セオリーとしては、関節などの鎧の隙間や顔などの鎧で覆うことの出来ない部位に突き立てるのが基本だ。
だが。俺の振るった剣はその鎧を容易に切り裂いた。
それが出来ると確信していたから、俺は剣を振るった。そして、その通りになった。
「え」
切られた兵士も何が起きているのか理解できないまま、地面へと崩れ落ちる。
オークの剣の評判は聞いていたが、これ程までとは想像していなかった。
切れ味だけでなく、手によく馴染む。だからこそ、重さはあれど自分の身体の一部のように振るう事ができる。
重装の兵士が倒れると囲みが解かれる。他の者達の顔には、驚愕の色が浮かんでいた。
そして、重囲の真ん中に立っていた一人の少女を見つけると、俺は迷わずに彼女の元へと駆け出した。
「クソッ! グリン・ジレクラエスだ!」
誰かが俺に気が付いたようだ。だが構うものか。
「こっちだ!」
「え? ええ?」
俺は少女の手を取り、駆け出す。
彼女は俺の顔を見て、驚いたような表情を見せる。
少女は金の装飾が入ったマントの下は制服姿であり、魔法学校の生徒である事がすぐにわかった。
「何を!」
「良いから、早く行くぞ!」
少女は俺に手を引かれるまま共に駆け出す。
戦闘の疲れもあり、すぐに息が苦しくなるが、ここで足を止めるわけには行かない。
後ろに迫るのは、大量の兵士達だ。
足を止めればどうなるのかは想像できる。
「待てや!」
「待てと言われて待つ人間が、どこに居る!」
俺と少女はひたすら走り続ける。森目掛け、最後の下り道を駆け抜けていく。
「ちょ、まって、もう、限界」
少女は息も絶え絶えと言った様子だ。もう限界なのが見て取れる。
俺も、正直言ってもう身体がキツい。だが、ここで立ち止まるわけには行かない。
「もう少しだ、あそこの森まで逃げ込めば」
「逃げ込んでも、追いかけてくるでしょ!」
「いや……、見ろ」
俺には、丁度その時森のなかに潜むオーク達とダークエルフ達の顔が見えた。
「あ……」
だが、隣の少女は震え、怯えだす。
よく考えてみたら当たり前だ。この少女にとっては、ただの恐怖の対象でしかないだろう。
「居たぞ!」
「殺せ!」
そうこうしてる内に、瘴気団の連中が追いついてきた。
そして、何も考えずに俺らへと飛びかかってくる。己の身に降りかかろうとしている災厄を知らず。
駆けてきたオークの棍棒が男の顔面を捉えた。殴られた男は、ひしゃげながら飛んでいき、木の上まで飛ばされていった。
更にはエルフ達、そしてゴブリンの放つ無数の矢が串刺しにしていく。
彼らは予想もしていなかったのだ。
まさかここに魔物たちが潜んでいたとは。
「え? ええっ?」
「あいつらは皆味方だよ、聞いたことあるだろ? 俺の評判をさ」
そう言うと、少女はまた押し黙ってしまう。悪いことをしたのだろうか。
「総員、退却! 退却!」
叫んでいるのは、他の男たちより良い鎧を着込んだリーダーのように見える男だ。
これでようやく終わったな。息を整えながら、ホッとしていた俺だったが、隣に立っていた少女は違った。
何度も俺を下から上まで舐めるように見つめている。
「本当にグリンさんだ、あのグリン・ジレクラエスさん、史上最悪の裏切り者……」
「はあ、まあ、そうなんだが」
少女は満面の笑みを浮かべて言った。
「グリンさん! ずっと前からファンでした! 私、クロエ・アードハイムと言います! 私をとびっきりの悪にしてください!」
「……は?」