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蝶が見える  作者: かつわたる
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変化の足音

 家に帰る時には太陽も沈もうとしていた。家に帰る前に連絡しようと思ったのだが、すぐにスマホが存在しない事に気づいた。携帯電話すらまだまだ普及し始めたばかりの時代だ。そう言えばPHSとかいう言葉があったなあ。あ、ポケベルもあった。15年以上昔の世界に今はいるが意外と技術は進んだ。当たり前だった物が意外と無い時代だったんだと思いながら僕は家路を急いだ。

 家に帰ると既に父親の車が車庫に入っていた。今日は仕事が早く終わったらしい。

「ただいま」

「おかえり。結構遅かったね」

 晩御飯の準備をしながら母が返した。

「うん。電話しようと思ったけどね。」

 母が一瞬キョトンとしたがまた晩御飯の準備をしだした。どうやら電話しようとしたという僕の言葉に違和感があったらしい。


 父は居間でテレビを見ていた。まだテレビは巨大な箱で家庭の居間の主みたいな存在感だった。ひとり懐かしい思いに浸っていると。丁度ハイブリッドカーのCMをやっていた。

「40年くらいしたら、ハイブリッドカーも流行るだろうなあ」

 ボソッと父が言った。

「10年も掛からないと思うよ。」僕は自信有り気に答えた。

「まさか。雑誌で見たけどそこまで燃費は良くないぞ。ガソリン代の差額で元をとるには相当乗らなきゃ無理らしいしな。タクシーとかなら案外いいかもしれんが、普通の家には要らんだろ。」

 父も自分の意見には自信があるらしい。

「まだ出たばっかりだろ?今から技術の進歩で直ぐにハイブリッドだらけになるさ。」と言いながら父親のタクシーにはと言う部分は当たってる。と思った。

「父さんは欲しいとは思わないがなあ。」

 と、父は言った。

「そうなの?」

 そう言ってるあなたはいずれ3台も買うんだかなと頭の中で思いながら僕は答えた。

 そうやって父とはなしていると、

「晩御飯できたよ!」

 と母の声が部屋に響き、晩御飯となった。

 家族3人で晩御飯を食べながら僕の進路の事に話題は変わった。

「入院中に自分の言った事覚えてる?」

 やはり母は聞いてきた。

「進路の事だろ?」

 ご飯を掻き込みながら僕は答えた。

「少しは先のこと考えてみた?」

 母は更に尋ねる。

「進学か就職かだろ?」

 実際のところ入院中に例の人生設計図を色々考えて見た。嘗て世界での2017年までの社会情勢と自分の事は覚えている限り記入した。だがじゃあこの世界で自分がどうするのかは結局描けなかったのだ。

「ごめん。まだ決めてない。」

「やっぱりね。」

 そう言って母はため息をつきながら続ける。

「3年生になると、学校のコース分けがあるの知ってるでしょ?就職か進学か。それだけでも決めなきゃいけないのよ。」

 母はそう言うと焼き魚に手を取った。

 どこの家庭でもやっぱりこの時期は揉めるモノなのかなとひとり思いながら肉じゃがに手を伸ばした。

「聞いてるの?正志?」

 母は少し強い口調になった。

 そこに今まで黙ってた父が口を開いた。

「母さんまあ落ち着けよ。なあ正志、焦らなくてもいいが、ただいつまでも時は待ってくれない。いずれは決めなくてはならない。ただ決める時はその判断を後から後悔しないようにする事だ。後悔してやり直しはきかないからな。母さんも心配して言ってるんだからそこは分かってやれよ。」

 父の言葉に僕は頷いた。母も納得したのかそれ以上のことは言わなかった。



 夕飯の後、自分の部屋で色々考えた。この世界でも将来の進路の事を考えなきゃならない。自分の過去の記憶はこう言う場合意外と役に立たないもんだ。この先の未来を多少見てきたとはいえ、それがそのまま受験とか就職試験には活かせないのだ。

 例の設計図を出した。この紙は机の引き出しに鍵をかけて保管している。まあ大抵の人が見たとしても子供の落書きにしかみえないだろう。頭を掻きながら将来の事を考えてみたがやはり描けない。ふとターちゃんが言った事を思い出した。

「公務員…公務員なら多少はマシかな。安定してるし。あの会社よりマシかもな。」

 そう考えているとドアをノックする音がした。父だった

「正志、入るぞ。」

 あの紙を慌てて机にしまいながら

「ああどうぞ」

 と答えた。

 父は僕の部屋に入るとソファに座った。

「なあ正志、進路に100点満点の答えは無いんだ。自分が後悔しない人生にすればいい。ただ1つ大事な事がある。」

「大事な事…ってなに?」

「自分の為の人生を造るのが大切なんだ。人の為の人生なんかじゃない。そりゃいい大学に入っていい会社に就職出来れば俺たち家族も喜ぶ。だが、それは良くないと父さんは思うんだ。」

「どう言う事?」

 僕は父の顔をマジマジと見た。

「つまりだ、家族が喜ぶのは二の次にしろって事だ。自分が喜ぶのがまず一番だって事だ。悔いの無いようにな。」

 そう言うと父は去って行った。

 自分が一番喜ぶ人生ってなんだろう。その日はお風呂に入る時も寝る時も考えた…

 そのまま眠り込んでしまった。


 日曜日、この日は晴れだった。いつの間にか寝てしまったので眠れた感じがしなかった。起きて今日が休みだった事に喜んだのもつかの間、母に急かされ朝ご飯を食べた。

 トーストをかじりながら昨日の父の話が気になっていた。ふとある事を思い出してターちゃんに電話をしてみようと思った。急いで食事を済ますとポケットを探る。スマホは存在しないだろと自分に言い聞かせ、えーと電話するには電話帳だ。

「母さん、電話帳どこだっけ?」

「電話の横に掛かってるでしょ。」

 そう言われて電話帳をめくる。確か自分が自宅の電話帳に書いた記憶がある。ターちゃん

 の名前は田口健介だ。あ、か、さ、た…あった。番号を見ながら電話のボタンをプッシュする。数秒の後電話が繋がる。

「あ、もしもし田口様のお宅でしょうか?私田口健介君の友人の山崎正志と申しますがお世話になっております。」

 そこまで言って側にいた母が笑いだした。母が何故笑ったのか不思議に思いながら電話を続ける。

 相手は少し戸惑いながらも誰の声なのかわかったらしい。

「ああ、まーくん?大丈夫だったねぇ?」

「ええ、お陰さまで。」

「健介だろう?ちょっと待ってね」

 しばらく待ってターちゃんが出た。

「生きてるかー」

「何とかなあ。なあ今日はひまか?」

「今日はな、3時からなら良いけど…」

「なんだデートか?」

 僕は少し茶化して聞いて見た。

「実はまぁそんなところだ。」

 ターちゃんの声は少し恥ずかしそうだった。

「うわぁマジかよー羨ましいなあ。誰とだよ?」

「今のところは秘密だ。」

「まあいいや、なら夕方の4時とかどうだい?」

「それくらいならいいよ。」

「場所はどうする?図書館前のコンビニなんかどうだい?」

 僕は気にすることなく聞いた。

「は?何言ってんだ。コンビニとかないだろ。」

 ターちゃんからそう言われて直ぐにまだあの場所にコンビニは出来てない事に気付いた。

 あそこは…今は確かただの空き地だ。

「ホントだ、何言ってんだろおれは。えーと図書館にしよう。」

 取り敢えず誤魔化しながら場所を決める。

「ああ、いいよ。4時くらいでいいかな?」

「わかった。じゃあ4時に。」

 会う約束をしてから電話を切った。

 そしてすぐに母に話を振る。

「なんかおかしいとこあった?」

「だってあなたの電話の仕方、まるで会社の人が話すみたいに聞こえるのよ。可笑しくて笑っちゃったわよ。」

 母は食器を洗いながら笑って答えた。

 そう言われると確かにそうだなと思った。前のせかいでは個人間の連絡はスマホかガラケーで固定電話を使うのは主に会社で仕事の電話を使うときがほとんどだ。だから自然と癖が出てしまったのかもしれない。更に言えば電話で言った事。自分のこの辺の土地勘は言うならば近未来の自分の町だ。ターちゃんと会った時に変な事を口走らなければいいのだか。彼と話すこと。自分なりに纏めて置こうと思っていたら。母から横槍がきた。

「明日から学校いくんでしょ?準備は出来てるの」

「帰ってから…じゃあダメだよね。」

 母の殺気を感じた僕は自室で準備を始めた。

 直ぐに終わるだろうと舐めてかかっていたら、予想外に時間が掛かってしまった。昼食を挟んでも準備に時間がかかり、気がつけば時刻は14時を回っていた。ある程度学校の準備は出来たので次は出かける準備だ。

 大急ぎで出かける準備をして、図書館へ向かった。


 図書館までの道のりのは変わってないようで変わっていた。自分ではあると思っていた建物が無く、逆にもう無くなってしまっていると思ったお店はまだそこに残っていた。19年は確かに長い時間なのかもしれない。図書館には意外と早くついた。図書館の正面に時計台があり、時刻は15時40分を過ぎたくらいだった。図書館の前でひとり待った。こんな時はスマートフォンで時間を潰して待つ。2017年ならその光景が何処でも見られたものだが、この時代はそんなものは無い。あらゆる人がスマートフォンを一点に見つめる光景はよく考えると不気味だなとひとり思った。


 16時5分前にターちゃんが乗る自転車がやって来た。自転車に乗ったまま僕のそばまで寄って来る。彼の顔はニコニコしている。彼はいつも元気だったが今日は一段とニコニコしていた。少なくとも昨日よりもいい顔をしている。その顔にはデートはうまく言ったぜと言いたげなオーラが出ていた。

「お待たせ。」

 自転車を降りながら彼は元気に言った。

「急に呼んでごめんな。中に入ろうか。」

 僕はそう答えながら図書館に入るよう勧めた。外は少し寒かっだからだ。自転車を駐輪場に止めるのを待ち、2人で図書館にはいった。


 図書館の中は暖かかった。空調が効いているのだろう。図書館は入館者はまばらだった。司書の人がカウンターでパソコンを操作しているのが見える。丁度入ってすぐのところに2人がけのテーブルを見つけそこに座る事にした。最初にターちゃんが話だした。

「で、なんで呼んだ?」

 最初は進路のことを聞くつもりだったが今日の電話でもう1つ聞くことが増えている。取り敢えず進路のことを先に話出して、途中からデートの事は小出しに突っ込んで行こうと考えた。まずは進路のことから聞き始めた。

「昨日言ってた公務員試験の話なんだけど、なんで公務員なんだ?」

「そりゃ今は不景気だし、いい会社に受かったとしても、その会社がずっと続くとは限らない。その点、役所なら退職まで悪さしなければ勤められる。リストラって最近テレビのニュースとかでやってるだろ?そういうのとも無縁らしいからな。」

「つまり自分にとって一番いい選択って事か?」

 昨日父が自分に言ったことをターちゃんにも聞いてみた。

「そりゃ、折角受かったのに途中で潰れたりとかは無いからな。もしある時はこの国が終わる時だろ?」

 彼は自信ありげに答えた。その回答には僕もなるほどと納得した。更にターちゃんは続ける。

「俺は将来高望みは考えてない。仕事で出世して偉くなるとかは2の次なんだ。ただ将来も不安を持ちながら生きていくのが嫌なんだよね。」

 彼の将来にとって一番は平穏無事に過ごすことなんだろうなと僕は思い、彼の意外な一面を見た気がした。更に僕は尋ねる。

「楽しいかな?平穏無事な仕事は?」

「別に働くだけが人生じゃないだろ?その分休みの日は自分の趣味に走るというわけさ。」

「なるほどなあ、 案外そういう考えもいいかもしれんなあ。」

 自信を持って答える彼の言い分はたしかに自分が一番喜べる進路を描いていると僕は思った。

 彼の進路に対する考えが理解できたので、僕はデートの話題に話を変えた。

「ところでデートは誰と一緒だったのかな?田口健介君?」

 話題が話題なので僕は少し茶化して聞いて見た。

「やっぱ言わなきゃだめか?」

 ターちゃんは顔が赤くなった。勿体ぶる相手を僕は更に攻める。

「言わなきゃ、明日学校で言ってみよう。ターちゃん昨日デートだったらしいぜってな。なんなら放送室で全校放送でやってやるぜ。」

 もちろん冗談だ、相手もそれはわかっている。実際のところは僕に伝えるつもりだったのだろう。そうでもなければ昨日の電話でデートだと白状したりはしない。ターちゃんは少し嬉しそうに自白した。

「まだお前にしか言わないからな。絶対秘密だぞ。」

 おきまりのフレーズで彼は言ったので、僕も合わせておきまりのフレーズで答えた。

「勿論さあ。秘密は守るよ。」

 ターちゃんの自白は続く。

「5組の葉山愛だよ。」

 その名前はすぐに記憶から出てきた。学年で間違いなくベスト5に入る美女だ。続けてベスト5の女子の顔と名前はまるでコピー機から印刷されて来るようにすぐに自分の記憶からポロポロと湧き出てきた。葉山愛、島中梓、山根まなみ、金本加奈子。ベスト5から1人を選ぶなら個人の好みで一位は変わる。僕なら島中梓がタイプだなあと一瞬妄想したが、すぐに取調べに戻る。

「どんな手を使ったんだよ?白状しやがれ。」

 この高校生たちの話題はもう女の子しかない。

「特に熱心に口説くとかはしてないよ。いやホント、たまたま部活の終わる時間が一緒の日が続いたんだ。で、しばらく一緒に帰るようになったんだよ。なんと向こうがら帰るのさそわれたのよ。」

「なんてうらやましいやつだ。」

 僕がこう返す中ターちゃんの話はピークを迎える。

「何日か一緒に帰る日が続いた。これは付き合いだした後から愛にきいたんだか、どうやら帰る時間帯を合わせるようにしていたらしい。勿論偶然を装って。で、ある日一緒に帰る時、話の間になんか恋人同士でかえってるみたいだねって言ったのよ。愛はそうだねーって言うからさ、半分冗談で本当の恋人で帰ってみる?って聞いたのよ。そしたらうん、いいよって。マジかよって思ってさ、確認したよ。それって付き合ってくれるの?ってそしたらあいつ、無言で頷いた。マジかよ、マジかよってその日は眠れなかったよ。」

 ここまで話すとターちゃんは余韻に浸っていた。余韻に浸り過ぎてるのかすでに愛なんて呼び捨てにしている。ただ確かに男子高校生の話題でこの手ほど盛り上がる事はない。

「このヤロー、羨ましすぎるじゃねーか?ジュースでも奢りやがれ」

 僕もテンションも上がり、声も大きくなった。この話題で暫く盛り上がるつもりだったが直ぐに司書さんがやってきて、トークショーは強制的に終了させられた。僕らは場所を図書館内の談話スペースに移動した。一応断わったのだが、気を良くしているターちゃんは自販機にお金を入れて「好きなのどうぞ」と飲み物をすすめてくれた。僕は嘗ての癖でブラックの缶コーヒーのボタンを押した。

「よくブラックとか飲むよなあ?」

 そう言うターちゃんはコーラのボタンを押した。僕は幸せ者のターちゃんにお礼を言うと一気に飲んだ。飲んだ瞬間酷い苦味と違和感が口中を襲った。吐き出すのを我慢して無理やり飲み込んだ。

「なーに大人ぶってんだよ」

 ターちゃんの笑い声が談話室に響く。

「いつもはブラックなんだよ。このブラックはなんか合わないなあ」と、言い訳をしながら、まだ高校生の体だからもしかしたらブラックに慣れてないのかとの考えが頭をよぎった。横で見ていたターちゃんが何故か急に真剣な顔をした。そしていきなり言い出した。

「実はもう1つ話さなきゃいけない事がある。」

「なんだよ、急に真面目な顔して?」

「島中梓はお前のこと好きらしいぞ。」

 予想外の発言に僕は固まった、暫く返答出来なかった。2、3秒後正気に返り、ようやくことばをしぼりだした。

「ガセネタだろー」

「愛からきいたんだ、間違いない。ほら、あいつら部活一緒で仲いいんだよ、で、お前が事故にあったって聞いて、その日激しく動揺したらしいんだ。で、後から愛が聞いたらしい、好きなんだと。ただお前と接点が無いからチャンスが無かったらしいぜ。」

 そう言われた僕は再び固まっていた。正気に戻って聞き返した。

「えー何で?理由とか聞いた?」

「聞いてるわけ無いだろ。タイプじゃないのか?」そうターちゃんに聞かれるとすぐに全力で首を横に振り、「実は1番タイプでっす」と全力で答えた。

「なら学校始まったら目標は決まりだなー」

 とニヤニヤしながらターちゃんは言う。

「なあ、一度お前と愛ちゃんと一緒に話をさせろよ、梓ちゃんがホントにそう思ってるのか一度愛ちゃんに聞きたいからさあ。」

 そう僕は懇願した。

「まー友人の頼みだし、受けてやりましょう。今日はもう帰るから明日学校で続きは話そう。遅刻とかすんじゃねーぞ。じゃあまた明日。」

「何から何まですみませーん。じゃあな」

 彼とはここで別れた。帰る途中に違和感が気になりだした。嘗ての高校時代、島中梓と付き合った事はない。と言うより殆ど話をしていない。さらに言えば高校時代彼女とかはいなかった。


「歴史が少しずつ変わり始めている。」


 そう思えずにはいられなかった。


いかがでしたでしょうか?学生編は後1話もしくは2話で一度幕を下ろそうと考えています。その後社会人編へと話を進める予定です。初めて小説を書きますが完結できるよう頑張ります。

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