新しい世界
「山崎さん、どうされたんです。」
その声は看護師だった。ドアが開くことにも気づかず僕は泣いていた。僕は涙をぬぐいながら、
「怖い夢を見ていました。」と答えた。満更間違いではない。
「検温に来たんですけど部屋に入ったら泣いていらしたんでびっくりして、本当に大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。」と答えるのがやっとだった。今の自分の置かれた立場を説明するなんて不可能に近い。少しずつ落ち着いてきた。
「何か心配事とかあったらすぐ呼び出しブザーを鳴らして下さいね。」
「わかりました。」
検温を済ませて看護師が去った後、書きかけの紙を取り出した。
とにかく先に進むしかない。ただこの世界はまだ不確定な事が多い。
「身体を治すのがまず先だな」
体を治してこの新しい世界をじっさいに見てみないと、自分の立ち位置も決められない。もしかしたら自分が知っている歴史ではないかもしれない。そう思った時、病室のドアをノックする音がした。
「山崎さん、面会です。ご家族がお見えです。」
そう伝える看護師の背後に父と母がいた。
自分の記憶に残る姿だった。ただ髪はまだ黒く、やはり若く見える。
「どうだ?具合は?」
父が開口一番に言ってきた。
その声は懐かしく、僕はすでに涙目になっていた。
「何、どうしたの?」
涙目の僕を見て、母は心配そうにそう言ってきた。
「久々に会ったから嬉しくて。」
僕はそう答えた。
「1年以上会ってないような言い方だね。」
母はそう言って笑った。
「まあ後遺症も残らないみたいだし、これくらいで済んで良かったよ。取り敢えずゆっくり休めや。」
父はそう言ったが、母は少し顔色を変えた。
「でもあなたは来年は高校3年生なのよ。退院したら少しは先の事も考えなきゃだめよ。」
「母さん、まあいいじゃないか、今は身体を治す事に専念するのが一番だよ。」
「でも…」
両親が進路の事で話だした。
「入院中に時間があるから自分でも少しは考えて見るよ。」
堪らず僕はそう言って間に入る。
「珍しい、まだ何にも考えてないって何時も言ってるのに」
母はそう言って僕を見る。
「せめて進学か就職くらいかの方向性くらいは考えるよ。」
僕はそう言ってカレンダーを見た。
「あなたがそう言うなら、しっかり考えてみなさい、いい機会だから。」
母はそう言うと、窓の方に向かい外の景色を見始めた。
僕は父に色々と聞いてみた。今、誰が内閣総理大臣やってるのから始まり、国内の話題、景気、国際関係、色々思い出せる範囲で聞いてみた。その答えは自分の記憶と変わりはなかった。勿論正確にいつ何があったまでハッキリと覚えていないが、特に前にいた世界と違いがあるようには思えなかった。
「ホント今日は珍しいわね。」
父に色々聞いていると、いきなり母が言い出した。
「何が」
と僕は尋ねた。
「普段そんな話とかする事ないのに、人が変わったみたいに世界情勢とか聞いて。だからよね、この時期にアゲハ蝶が飛んでるから。」
「見間違いだろう?」
と、父は言いいながら窓の方へ向かい、外を一通り見回すと
「どこにもいないぞ」
と言った。
「変ねえ、確かにいたんだけど。」
「今の時期はいないだろう?」
両親の話に僕は尋ねた。
「外にいたの確かにアゲハ蝶だった?」
「紫色の蝶、確かにいたんだけど…」
母はそう言った。
(きっと彼だろう)
と、僕は思った。
「母さん、そろそろ戻ろうか?」
蝶のことは特に気にならない2人は帰る算段を始めた、そしてゆっくり休むよう僕に伝えて病室を去って行った。
僕が退院したのは10月半ばだった。家族と共に家に帰り細やかなお祝いをした。その週は学校を休む段取りになっていたので、家で過ごした。テレビを見ながら見覚えのあるCMや番組で過去の記憶が蘇るのを肌で感じた。
その週の土曜日、僕は思い立って自分の事故現場に行って見る事にした。世の中の動きはかつての世界とそう変わらなかったが、自分には事故の記憶は無かった。行って見れば何かあるかもしれないとただ思い、出かけて見る事にした。母に事故の場所を聞いた。当たり前だが母はあまり嬉しい顔はしなかった。自分の息子が事故にあった場所など思い出したくはないだろう。それでも無理に聞き出した。母は何故そこに行くのか聞くので、自分が何故そこで事故にあったのかを知りたいからだと伝えた。息子が真剣に言うので仕方なく場所を教えてくれた。ただ最後に一言言った。
「あの道はあなたが事故に遭ってから一度も通らなくなった。」
事故に遭った場所は家から1㎞ほど離れた場所だった。道を横断してトラックに跳ねられたと入院中に聞いていた。見通しの良い片側1車線の道だった。200mくらい先には横断歩道がある。
(なんで横断歩道を渡らなかったかなあ)
と、頭を書きながら考えていた。
「退院したんだ。山ちゃん」
後ろで声が聞こえた。振り向くと少年がいた。いや、思い出した。中学からの友人だった。確か名前は…
「おお、ターちゃんじゃんかあ、久しぶりー」
「生きとったかあ」
「ああ、この通り。来週から学校もいけるよ」
「そうか、良かったよ。中間テスト受けんで良かったし羨ましいよ。」
「痛い思いしたんだぜ?オマケにめっちゃ勉強遅れてるし、下手したらそのまま留年だぞそんなに羨ましいか?」
「そりゃ確かになあ、あんまり羨ましくはないな。」
そう言って話をしていたら彼が意外な事を話し出した。
「あの時さあ、お前あの角を左に曲がったんだよなあ」
「あの時って事故の時か?」
「そうそう、俺たちみんなあのニュータウンに住んでるだろ、それであの角を右から帰るのと左から帰るのどっちが家のに近いのか中学の時からよく言い合いになってたろ。」
「そう言えばそうだったなあ」
そう答えながらぼくは思い出した。実家のある住宅団地は通称ニュータウンと呼ばれている。通学途中T字路があるのだが、そこを右に曲がるのと左に曲がるのでは、家までの距離はほぼ変わらない。僕は右が早いといつも言っていた。思い出した時に彼は言った。
「で、お前は珍しく左から帰った。しかも、その後事故に遭いやがった。」
「お前見てたのか?」
「たまたま少し後ろを帰ってたのさ。山ちゃんに追いつくには少し距離があったし。珍しく左だなあなんて思ったらあの事故た。びっくりしたよ。慌てて公衆電話探したぞ。とにかく救急車呼ばなきゃって!」
「そうだったのか。って言うよりありがとうなターちゃん。」
「でも公衆電話見つからなくてなあ。あの家の爺さんが救急車呼んだ。」
「スマホは持っていなかったのか?」
とうっかり僕は言ってしまった。
「ス…?なんだそりゃ?」
「いや、何でもない。それより、電話してくれたのならお礼言っとかなきゃいけないかな、その家の人に。」
僕は咄嗟に話題を変えた。
「それはいいかもな。山ちゃん大人だねぇ。」
「一応礼は言っとかないと。」
「ふーん。なあ話変わるけど、さっき右か左かって話したけど、進路決めたか?」
「いや、まだ全然。」
と言いながら、あの会社にだけは行きたくないと、嫌な事を思い出した。顔に出さないように気をつけていたら。ターちゃんが話し出した。
「俺さあ公務員試験受けようと思うんだよね。」
「公務員試験?」
「そうそう、県庁とか、郵便局とかさあ。高3になると専門の講座が学校で用意されるんだ。しかも公務員の試験って試験日が別れんだぜ。」
「別れるってなんだ?」
「つまりだ、試験日が同じ日でなければ幾つでも受験出来るんだ。な、いいだろ?」
「でも、全滅もあるだろう?」
「下手な鉄砲も数打ちゃ当たるって言うだろう?」
そこまで聞いて僕は思い出した。こいつは僕の記憶では無事県庁の試験に通り地方公務員になっていた。かつての世界であった同窓会で自分の仕事の事をはなしていた。結構大変だけどやりがいはあると言ってた。
「おい、聞いてんのか?」
「悪い悪い、んでその公務員試験で行くのか?」
「ああ、専門講座も受ける。進学はしない。」
「受かるといいな」
「山ちゃんも受けてみたら?」
「ええ?いきなり言われてもなあ。」
「まだどうするか決めてないんだろ?」
「まあそうだけど。」
「考えてみたら?同じ職場に同級生がいればきっと楽しいよ。また今度この話しよう。山ちゃんは今日はあの家の爺様にお礼言っとけよ、じゃあな。」
そう言って彼は自転車で自宅の方へ向かった。
「公務員かあ、考えて無かったなあ。」
そう僕は呟き、救急車を呼んでくれた家に向かい、お礼を済ませると家に帰った。
中々文章が思いつかず筆がおもいです。
少し話のピッチを上げて行こうと考えています。




