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蝶が見える  作者: かつわたる
3/5

夢の中の罪

ある人は言う。

「あなたより苦労してる人はたくさんいるよ。」またある人は

「あなたの仕事より大変な仕事はいっぱいあるよ。」こんな事を言う人もいる。

「自分が不幸だと思っているだけじゃない?」

確かにその通りかもしれない、だが自分が幸せか不幸かと思う1番の基準は自分だ。

新聞の社会面の記事くに目を通して、やれ生活保護世帯が増えたとか、格差社会がどうとか言われても、ホントのところ実感がないのだ。

今の自分は過去と比べて幸せなのか不幸なのか、あるいは昔の方が幸せだったのか、今が幸せかを考える方がいちばん分かりやすいと僕は思う。

死ぬ前の自分は、一言で希望⇨失望⇨後悔⇨絶望だった

高校卒業してそれなりの企業に入社した。あの頃は就職氷河期で就職出来たらラッキーな世の中だったが瞬間風速的な強運で内定をもらい、入社した。今にして思えばあの人生で最高の時だった。両親も凄く喜んでくれた。

だが、文字通り長くは続かなかった。いや、5年くらいはよかった。5年後その会社は買収されて経営者も変わった。すぐすに経営方針が変わりそれからは激しい社員間の競争に晒されるようになった。


仲の良かった同僚がライバルどころか敵に変わり、激しい生存競争が始まった。ある者は同僚だけではなく部下をも踏み台に上へとよじ登り、ある者は嫌気がさして会社を去っていった。ブラック企業とかいう言葉も時を同じくしてうまれてきた。

僕はというと、ギリギリ成績は真ん中を死守していた。人を踏み台にする気は起きなかったし、辞めて再就職する勇気もなかった。ただただストレスを溜め込む一方である


この時期訪問先の時間潰しに涼もうとたまたま入ったのがパチンコ店だった。今まで遊んだ事は全くないがようは真ん中に玉を入れて当たりをひけばいいという事は知っていた。1000円を投入して5分で大当たりした。何度か当たりが続き終わってみたら1000円が3万円に変わっていた。

久々に人生でスッキリした。この事はその後人生を狂わせる原因だった。


就職後8年つまり勤務先がブラック化して3年後に結婚もした。尚更会社に残らざるを得ないという選択しか見えなかった。

自宅では良き夫を演じた。家事は手が空いていればなるべく手伝い、たまの休日は2人で過ごすようにした。だが仕事と家庭の責務に悩まされる中、集中力はいつ途切れてもおかしくなかった。度重なるストレスはパチンコにぶつけたのだった。もうこの時期になると負けの方が多くなり気がついたら消費者金融で金を工面していた。


妻は僕の体調が良くないと、気づいていた、だが僕は仕事が追い込まれているのは事実とだけ伝え、妻も途中まではそれを信じ、

「無理はしないでね」と出社する僕に伝え

「わかった」とだけ伝えた「無理しなくて済むならしたくないよ」と心の奥で叫んだ。


妻の不信の始まりは結婚してから2年後に突然現れた…家を見に行きたいという。

まずい事になった。ローン審査だけはかけて欲しくなかったのだ。まず跳ねられる

消費者金融あそこから借りたらまず通らない、結局審査だけ通してみればとの不動産会社に言い含められ審査をすることに、案の定融資不適格だった。


妻から「あなたの年収なら通るって銀行さん言ってたじゃない、しかもあなたに多少問題があるって言ってたわよ、どういうことなの!」

当たり前だが妻の不信感は半端ではない。「多分会社が買収されただろ、それが原因じゃないのか?」

いかにももっともらしい理由をつけ、「会社遅れるから」と言い残し逃げるように出社した。

しかし妻の不信からくる追求は容赦なかった妻は個人信用情報を照会しデータを取り寄せてきたのだ。

数日後また朝に言い逃れ出来ない負債の証拠を突きつけられ「会社に遅れる、帰ってから話す」とまた逃げ出した。


会社に来るとまた地殻変動が起きていた。人事規定の改定だった。PCの添付メールは恐ろしい中身だった。前座には例の経営者が会社が良くなるためにこの改革は必要だと説きながら脂ぎった顔写真をワザワザ貼り付けて、あった。肝心の中身で一番最悪なのは社員区分の変更だった。管理職以外の正社員を一般と上級社員に分ける、一般社員の待遇はざっと3割カット、残業は原則なし、コレは働き方改革とかいう行政の音頭に乗せられて新設されたんだろう、少なくとも今の俺には魅力はない。

問題は自分達だ。

上級社員は6年で、採用後管理職への登用を目指すものとする、6年間管理職への登用がない社員は引き続き上級社員を6年続けるか一般社員への変更を実績や本人の希望を総合的な勘案の元決定するとあった。


頭の中は真っ白になった。俺たちは踏み台競争に強制参加の上負けたら即降格となる。家庭と会社更には負債、まさに三重苦、絶望しかそこにはなくなっていた。


気がつくと社有車に乗っていた。公園を見つけ、そこに止めた。丁度ボンネットに立つと太い枝が役に立ちそうな位置に生えていた。


夜まで待った…15時を過ぎると会社から着信があった、取らなかった。頻繁にかかる会社からの呼び出しは17時には止んだ,

19時になると今度は妻からの着信に変わった。妻の不在着信は20回を超えその後はメールに変わった

「今、何処にいますか?待っています」

5分ほどそのメールを見て、 そして返信した

「今までありがとう」と

間髪おかずに着信があった。悲痛な音に聞こえた。

だが希望は絶望には勝てずに、僕は自分を終わらせた。


これが嘗ての自分。 病院のベッドの上で僕は眠るつもりだったが、なぜか眠れず、嘗ての人生を振り返っていた。

ただ何故自分の過去に戻って来たのだろう、いや過去ではない。時間こそ戻っているものの覚えのない過去だ。僕の以前の人生では確かに怪我で入院した事はない。

「もしかしたらただの夢なのか?」

このベッドで眠ったらまた元の世界に戻ってしまうのかもしれない。その恐怖が眠れないと言うより眠りたくない理由だった。

そこで、とりあえず古典的な手法を試してみた。

「痛い!」頬っぺたをつねってみた、痛みだけが残る。その結果に安心して、そのまま眠りこんでしまった。



夢の中で、また彼に会った。あの蝶だ。

「また来たのか?」そう彼は言った。

「来るつもりではなかったんですがまた来てしまいました。」僕はそう答えた。

「今いる世界は本当に現実なのかわかりません、もしかしたら夢なのかとも思ってしまって…」

「君が以前いた世界はもうない。」

「どういう事ですか?」


「あったとしても、君はもう存在しない世の中として進んでいる。君は自分で終わらせたのだ、知っているだろう」

「僕は死んだ人間として続いている世の中という事ですよね、その後家族とかは大丈夫でしょうか?」

「君は知ってはならん。それは決まりだ」

「きまりですか?」

「その後の世界や、君の嘗ての家族の行く末は永遠に君には知る事は出来ない、これはある種の罰でもある。」

「そうですか。」

罰には思えなかった。

続けて聞いてみた

「あの、一つだけ良いですか?僕は嘗て入院とかした事がないはずなんです。なぜあの場所にいるんでしょうか?」

「君の人生から可能性を繋ぎ合わせてあの場所に移した。気になるなら自分で突き止めて見なさい。運が良ければ自分の選択に気づく事が出来るかもしれないな。もうここまでだ。」

彼がそう言うと暗闇が一点に吸い込まれていき、真っ白になった。


視界が真っ白な中で目を開けた。そこは頬っぺたをつねった病院のベッドだった。病室の外は人が慌ただしく動く気配がする。自然の光を感じ、初めて部屋に窓がある事に気づいた。窓の外は日中の様子を映し出している。僕はすぐにカレンダーを見た、それは1998年の9月のページだった。

ホッとした。この世界が現実なんだとやっと思えるようになった。同時に「今度は前よりマシな人生にしよう。」と、僕は固く誓った。


慣れない手つきで朝食を終え、簡易テーブルをそのままにしてもらったまま紙に書き込みだした。

まず、1998年から2017年と順に書いていきそこに、社会の出来事と自分自身に起きた事を書き加えて言った。勿論記憶の範囲内という制限があるが、思い出す限り書いてみる。

1998年はその後の人生に影響をもたらす事は無かった。ただ学生時代を離れて結構時間が過ぎているので学業についていけるかが心配だった。ここは自分で追い付けるよう努力するしかないと思った。


問題は1999年だ。ここで進路の選択がある。ここで選択を誤る訳にはいかない。就職するか進学するのか、就職ならあの会社だけは…と思いながらふと気がついた。

「あいつは…」

僕は妻のことを思い出した。嘗ての自分の人生に置いてきてしまった事を。自分が居なくなってもあの世界は回り続ける。妻はいずれ僕の亡骸に出会うだろう。

どんな悲痛な顔をしたのだろう。

どれだけのショックを受けたのだろう。

僕は今頃になって気づいた。後悔した。

涙が溢れてきた。この世界に1人だけ逃げてきたという罪悪感で一杯になり、涙が止まらなかった。

僕は夢の中で彼が言ったある種の罪の意味に

ようやく気づいたのだった。




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