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英雄欺人の策①

――その為に悪逆非道の無法者たちにこの手で鉄槌を下す!!



 そう高らかと宣言した辰丸。

 しかし小島弥太郎は半信半疑であった。

 いかに雑兵といえども武田軍の一端を担う者たちを相手にどのように戦うつもりなのかと……。


 そんな風に首をかしげている弥太郎に対して、宇佐美定勝が突然肩を組んできた。



「ちょっと!? おっさん! 何しやがる!? 」



 慌てて振りほどこうとする弥太郎。

 定勝はニヤリと口元を緩ませながらささやいたのだった。



「これは好機だぞ」


「好機だぁ? 何のことだよ!? 」


「辰丸の実力とやらを知る好機ではないか……!」



 弥太郎は思わず目を丸くした。

 

 よくよく考えてみれば会った時から不思議な奴だとは思っている。

 しかし実際に辰丸という男がどんな実力を秘めているのか皆目見当がつかないのは確かだ。


 本当に長尾景虎の期待に応えられるほどの人物なのか……。


 それを知るには今回の件は絶好機と言えなくもないではないか、恐らく定勝はそう言いたいのだろう。

 弥太郎は彼の意見を肯定すべく首を縦に振った。

 

 一方の辰丸は二人に深々と頭をさげると落ち着いた口調で問いかけた。



「どうか力をお貸しください。この通りにございます」



 定勝はニコリと満面の笑みを浮かべると、辰丸の肩にポンと手を置いて即答した。



「当たり前ではないか。共に武田の野郎どもをとっちめてやろう! 」



 笑顔の定勝につられるようにして、辰丸の口元にもかすかな笑みが漏れる。

 それは今までの彼からは考えられぬ程に爽やかなものだった。



「ありがとうございます。では、早速定勝殿と弥太郎殿を村の人々にご紹介いたしますのでついてきてください」



 既に辺りは暗くなっている。

 三人はわずかな月明かりを頼りに、村の女子供が避難している場所へと足早に進んでいったのだった――



………

……

 辰丸に連れてこられた場所は、うっそうとした木々に囲まれた細い一歩道の先にある、小高い山の中の廃れた寺の跡地であった。

 

 粗末であるが柵が寺の周辺に張り巡らせており、寺の敷地へと入ることができるのは正面の門からだけだ。

 弥太郎はそのかまえを一目見て、さながら小さな砦のようだと感じた。


 しかし実際に彼の考えは的を得ていたと言えよう。

 この頃の農民たちは緊急時の避難場所の為に山の中に柵を巡らせて簡素な砦を構えることもあった。

 その中にはなんとひと冬を越せるほどの食料と、暖をとる為のわらなどが常時保管されていたというから驚きである。

 そして略奪に来た雑兵たちの侵入を防いで防戦したと伝わっている。

 

 戦場以外で兵力が削がれることを恐れた侍大将たちは、こうした砦への侵攻は避けるように命じたのが通例であったらしい。

 

 

 さて、寺の敷地の中に足を踏み入れた弥太郎と定勝。

 二人の目に飛び込んできたのは、多くの女や子供たちであった。

 

 ぱっと見ておよそ三十人ほどだろうか。

 

 彼女たちはみな疲れているのだろう。

 頬は痩せこけ、肌の色は土色をしている。

 それでも警戒の色を隠さぬ目には、見知らぬ他人に対する憎悪の炎を燃えたぎらせていた。

 そして子供を隠すようにしながら定勝たちに対して背を向けているのだ。

 

 

――これは居心地があまりよくなさそうだな……。

 

 

 定勝はその様子に苦笑いを浮かべる。

 しかし彼女たちの気持ちを推し測ると胸に鋭い痛みが走った。

 故郷を荒らされ、夫の命を奪われた彼女たちの苦しみは想像を絶するものがあるだろう。

 

 乱世のならいとは言え、彼女たちに同情の念を抱かねば人として外れているというものだ。

 

 定勝は半ば諦めるように下を向きながら足を進めることにした。

 

 

――これも彼女らを結果的に見捨てることとなった我らが受けるべき罰なのだ……。



 と……。

 

 

 しかし辰丸はそんな彼女たちに対して「大丈夫。彼らは味方です」と一生懸命に説明して回ったのだ。

 すると彼女たちは口ぐちに「辰丸がそこまで言うなら……」と、警戒を解いていったのである。

 

 その様子を見て定勝は目を細めた。

 

 先ほど辰丸の歳を聞けば、まだ十三と言うではないか。

 言わば若輩者と言っても過言ではない彼が、女子供たちとは言え、三十人もの人々をたばねている。

 よほど大きな信頼を得られなければ成しえないことだと、定勝は素直に感心した。

 

 そして辰丸の中に眠る『大将の器』を垣間見たような気がして思わず胸が高鳴る。

 この時点で定勝は「もしかしたらこやつは俺が想像していたよりも遥かに大物かも知れぬ」と興奮を抑えきれないでいたのだった。

 

 

 

………

……

 寺の一室。三人が入れば窮屈にも感じられる小さな部屋に定勝と弥太郎は通された。

 

 

「粗末な部屋なれど、今はここしか空きがございません。どうかご容赦ください」



 丁寧に頭を下げる辰丸。

 定勝は「部屋を貸してくれるだけでも贅沢なことだ」と笑いながら辰丸に頭を上げるよう促す。

 そして辰丸が視線を定勝の顔へ戻すと同時に、定勝は表情を引き締めて問いかけたのだった。

 

 

「村を襲った奴らの足取りはつかめているのか? 」



 すると辰丸もまたきゅっと口元を引き締めて答えた。

 

 

「いえ、正確には分かりませぬ。しかし確かに言えることは、明日もまた彼らは村までやってくるであろうということでございます」


「その根拠は? 」


「あの場に女子供がいなかったことは気付いているはずでございますゆえ……」


「なるほど…… 一度あの場から離れれば、女子供たちが村へと戻ってくる。そこを狙って再び襲いかかろうという算段か……下衆の考えそうなことだ」



 定勝が吐きだすように言った直後、それまで眠たそうにしていた弥太郎が突然立ち上がった。

 そして顔を真っ赤にして唾を飛ばしていきりたった。

 

 

「けっ! 胸くそ悪い奴らめ!! 奴らが戻ってくるところを待ち伏せして斬り込んでやろうぜ! 」



 しかしそんな弥太郎の提案に対して、辰丸は静かに首を横に振った。

 

 

「相手はおよそ五十人。まがいなりにも武装した武田兵にございます。

さすがの弥太郎殿と言えども、逃げも隠れも出来ぬあの場ではたちまち囲まれてしまうに違いありません」


「うるせいやい! 鬼小島と呼ばれたおいらの実力を甘くみるな!! 」


「まあ、待て弥太郎。ひとまず辰丸の策を聞こうではないか」


 

 定勝がたしなめると、弥太郎は口を尖らせながら腰を落ち着かせた。

 それを見計らって辰丸は続けたのだった。

 

 

「彼らはうすうすこの山の中に村の生き残った人々が潜んでいるのではないかと感付き始めております」


「……となれば、ここが見つかるのも時間の問題と……」



 定勝の言葉に辰丸はこくりとうなずいた。



――風前の灯と表すに相応しい状況と言えるではないか。



 定勝は絶望のあまり、ぐらりと目の前が揺れる感覚に襲われた。


 

 何せこちらはさしたる戦力にもならない女子供が三十人。

 相手は武装した雑兵五十人。


 

 数の上でも、戦力の上でも相手の方が遥かに分があるのだ。

 

 とてもじゃないが簡素な作りの砦に籠ったところで勝てるはずもない。

 

 

 しかし辰丸はさらりと言い放ったのである。

 

 

「この戦、単に武田兵を撃退するだけでは足りません」



「な、なに……!?」




「二度と村を襲うことが出来ぬように、完膚なきまで叩きのめします」




 それは定勝の想像を遥かに超越した目標であり、すぐに一つの疑問が浮かんだ。



「し、しかし、どのようにするつもりなのだ? 」



 すると辰丸の表情がみるみるうちに変わっていったのだ。

 

 

 獲物を捉えた猛獣のような表情に……。

 

 

 定勝は辰丸の顔を見て、ぞわりと全身の毛が逆立った。

 ふと横を見れば弥太郎もまた顔を青くしている。

 

 そして辰丸は今まで通り淡々とした口調で言ったのだった。

 

 

 

「今までに味わったことのない恐怖を与える……すなわち『心』を粉砕してみせましょう」




 と――

 

 



 

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