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引縄批根! 消えた使番④

◇◇

永禄元年(1558年)6月25日 正午ーー


 太陽が大地を燃やす多功ヶ原。


 亡き仲間の仇を討たんと、胸を復讐の炎に焦がした佐野昌綱。

 その背後には想いを同じくした佐野軍の兵。


 夏の陽射しと佐野軍の復讐心が相まって、多功ヶ原には陽炎がゆらりゆらりと立ち込めていた。



 相対するは、多功城の城主、多功長朝たこうながとも率いる多功軍。



 両軍は多功ヶ原の中央で睨み合っていた。



 しかしその兵の差は歴然。


 ひとかたまりになって突撃の陣形を敷く佐野軍六百に対して、多功軍は戦場を大きく使い、鶴が翼を大きく広げたような陣形、すなわち鶴翼かくよくの陣を敷いた。


 それは明らかに、佐野軍が突撃してきたところを、両翼から畳み掛けて、完全に包囲殲滅してしまおうという作戦であった。



「佐野昌綱!! ここまで来て臆病風に吹かれたか!?

この多功長朝が自ら相手してやろうというのに、全く動かずして何とする! 」



 多功長朝が陣頭までやってくると、大声で少し離れた佐野軍に向かって大声で呼びかけた。

 その声には単なる挑発だけではなく、焦りのようなものも映っている。


 それもそのはずだろう。


 なぜなら佐野軍は多功ヶ原の中央まで軍勢を進めてきたはいいものの、そこからおよそ半刻(約一時間)も動いていないのだ。


 「相手は寡兵ぞ! 」と見くびって城を出てきた多功長朝ではあったが、動かぬ相手を不気味に感じて、彼もまた自ら動くことを躊躇していたのであった。



 しかしそれもここまでのことだった。



 佐野昌綱のもとに一つの報せが届けられると、彼は「いよいよこの時が来たか」と、ゆっくりと陣頭までやって来たのだ。


 大きく息を吸い込む。


 肺の中が熱気で一杯になると、彼の頭の中もまた燃え盛る炎で埋め尽くされた。



 あとは信じるだけだ。



 長尾景虎という男を。



 そして、唯一無二の戦友……



 辰丸という天才をーー




「全軍に告ぐ!! 狙うは多功長朝の首!!

兄上の、そして散っていった仲間たちの無念を晴らすため!!

いざ! 突撃ぃぃぃぃ!! 」


ーーウオオオオオオッ!!



 一世一代の大勝負!!


 まだ若い佐野昌綱ではあったが、彼は清水の舞台から飛び降りるくらいの気持ちで、多功の大軍に向かっていった。



「むざむざ死にに来おったわぁぁ!!

弓隊前に!!

放てぇぇぇ!! 」


ーーヒュン! ヒュン! ヒュン!



 想定通りの迎撃。


 そしてこれまた想定通りに、佐野軍の出足が止まる。


ーーカン! カン! カン!


 雨のように降り注ぐ弓矢を、兵たちは槍で弾く。

 


「今だぁぁぁ!! 左右の翼を閉ざせ!!

佐野軍を包み込むのだぁぁぁ!! 」


ーーバッ!!



 多功長朝は手にした軍配を大きく振る。


 それは戦場に大きく展開した両翼へ、前進するようにとの合図であった。



 昌綱はその様子に、ニヤリと口角を上げた。



 全ては想定通り!



 さあ、後は信じて進むだけだ!!



「兄上!! 俺に力を!! うおおおおおっ!! 」



 下野の飛将が吼えると、佐野軍の全員が勇躍した。



 全員の思いは一つ!



ーー仲間の無念を晴らす!!



「いっけぇぇぇぇぇ!! 」



 迫る左右の翼。


 しかし佐野軍は怯むことなく、光のごとく多功軍の中央へと吸い込まれていく。


 そして、


ーードガァァァァァ!!


 という槍と甲冑がぶつかり合う鈍い音が、戦場にこだました。



「耐えろ!! もうすぐ左右の軍が包むはずだ! 」



 多功長朝が大声で兵たちを鼓舞する。


 しかし佐野軍の勢いは凄まじい。

 多功軍に深く食い込むと、彼らを二歩、三歩と後退させていった。



 自然と左右の翼が畳まれるまでに時間がかかった。



 それこそが……



 佐野昌綱の狙いーー



 この一瞬の隙こそが……




「天に掲げよ!! 懸かり乱れの龍旗を!! 」




 天を震わせる大号令が、下野の空にこだました。



ーーバババッ!!



 一斉に旗が風になびく。



 乱れ字の『龍』の一字が書かれた旗がーー



「全軍!! 我に、続けぇぇぇぇぇ!! 」



 多功ヶ原に舞う土煙。



 その先頭を行くは、





 『軍神』、長尾景虎ーー





ーードゴオオオオオオン!!




 佐野軍を包まんとしてきた左右の翼が一つになったその時…



 その一瞬を、長尾景虎は見逃さなかった。



 佐野軍の背後をつかんとする多功軍の、その背後から、長尾景虎率いる二千の軍勢は、一斉に襲いかかったのだ。



「長尾景虎だとぉぉ!? なぜ気付かなかったのだ!? 」



 一報を聞いた多功長朝は、思わず耳を疑った。

 つまり長尾景虎は、彼らが気付く前に、凄まじい勢いで戦場に現れ、そのまま多功軍へと突撃したのである。



 これこそ佐野昌綱と長尾景虎の策であった。



 背中を突かれた多功軍の左右の翼は、なす術がなかった。


 一方の長尾軍は、慌てふためく多功軍の中を、まさに龍となって蹂躙していく。



ーー討ち取ったりぃぃぃ!!



 各所で長尾軍の兵たちが、名のある敵将を討ち取る声が響いてきた。



「俺たちも負けるなぁぁぁぁ!! 進めぇ!! 」



 佐野昌綱が戦場の真ん中で咆哮を上げれば、



「殲滅せよ!! 」



 と、景虎が雷のごとき大号令を発する。



 数の上では圧倒的に有利なはずの多功軍であったが、完全に勢いづいた長尾、佐野の連合軍を相手に、瞬く間に崩れていった。



「ええい! かくなる上は、城で迎え撃つ! 全軍、退却!! 」



 もはや勝ち目なしと踏んだ多功長朝は、あっさりと退却を決めた。


 

 逃げていく多功軍の背中を、容赦なく襲う長尾、佐野の両軍。


 

 そして、多功長朝らが城の中に入った瞬間、



ーーバンッ!!



 という大きな音とともに多功城の門は閉められた。



 同時に無数の矢が放たれると、長尾、佐野軍を襲った。



「引けっ! 距離を取れ! 」



 景虎は短く兵たちに指示を出すと、彼らは城から矢が届かないところまで引いた。



 野戦における勝利におごることもなく、長尾景虎は兵たちを冷静に指揮していた。


 すなわち難攻不落の多功城をこのまま力攻めしても、犠牲が大きくなるだけだと、判断したのだ。


 景虎の横に馬を並べる昌綱。



「さて……ここからだな」



「あとは辰丸を信じるだけだ」



 景虎は低い声で、昌綱の言葉に続いた。



 二人の目は、高くそびえ立つ多功城に向けられていた。



 そして一人の少年……辰丸の策を、静かに待つことにしたのだったーー




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