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黒姫と龍 ~出会い~②

弘治3年(1557年)7月11日 夕刻――

 

 中野城で宴が催される間は、何やら不穏な空気に包まれている。

 そんな中にあって辰丸は、部屋の隅の方で、人々の様子をじっくりと見つめていたのであった。

 

 

「お主ら『新参衆』は末席に決まっておろう! 何を偉そうに真ん中の席に座っておるのだ! 」



 そう大きな声で怒鳴り散らしているのは、黒川清実くろかわきよざね

 元より吊りあがった細い目をさらに細くしている。

 浅黒い肌に尖った口。

 それに加えて、やせ型の体を見れば、いかにも神経質な性格の持ち主であることが分かる。

 

 彼は部屋に続々と入ってくる長尾家の人々に対して、唾を飛ばしながら必死に仕切っていた。

 

 

「われら揚北の国衆たちが上席。次に譜代衆と揚北以外の国衆、そして最後に新参衆。この席次は順守するように! 」



 清実の言葉を聞きながら、辰丸はここに来る前に、宇佐美定勝から聞かされたことを思い返していた。

 

 それは長尾家の言わば『内患』であり、新参者の辰丸にとっては知っておかねば、家内の立場が不味いものになると聞かされていたのだ。

 

 

 元より長尾家の重臣の多くは「国衆」と呼ばれる、いわゆる地方豪族たちで形成されている。

 

 つまり皆、それぞれに代々から受け継がれてきた城と領土を有しているということだ。


 長尾家は、越後国の守護代という立場を利用して、彼らを自分の家臣のように扱ってきた。

 それは同時に彼らのもつ軍事力と経済力をまるで自分のものように自由に利用してきたということだ。


 もちろん彼らの多くは納得がいかない。

 

 そして長尾家支配から独立しようとする機運が、度々起こる歴史を繰り返してきたのである。

 

 その中でも特に反抗心が強いのが「揚北衆」と呼ばれる者たちであった。

 今まさに部屋で吠えている黒川清実もそのうちの一人だ。

 

 彼らは広大な越後国でも北の方に多く領土を持っている。


 つまり長尾家の本拠地である春日山城から離れているという点も、彼らに対する抑えが効かぬ要因の一つと言えよう。

 

 現当主の長尾景虎も彼の父も含めて、長尾家は彼らと上手くやることに非常に苦心していた。


 景虎はそんな彼らをなんとか抑えようと、彼らの中でも代表格とも言える色部氏、新発田氏、中条氏などを家内の要職に据えることで「揚北衆を重く見ている」ということを示していたのだ。

 

 

 しかしそれは良く作用した部分もあれば、悪く作用した部分も出てきたのである。

 

 

 良く作用した部分は、言わずもがな長年対立してきた揚北衆の一部の者たちの不満が和らいで友好的な関係を築くことに成功したということだ。

 

 ところが悪く作用した部分の方が多かった。

 

 それは古くから長尾家に仕えてきた譜代の重臣たちや揚北衆以外の国衆たちから強く反発されたことである。


 譜代の重臣たちと言えば、宿老、柿崎景家、宇佐美定満、斎藤朝信らのこと。


 そして揚北衆以外の国衆は直江景綱、高梨政頼らが該当する。


 一方の揚北衆の方は、「景虎は自分たちに気を使っている」という点を良いことに、家中でも傲慢に振舞うようになったとのことだ。

 

 

 さらに悪いことに、もう一つの火種が重臣たちの間に存在していた。

 

 

 それは『新参衆』の存在であった。

 

 長尾景虎という人はとにかく「直感」で物事を決めることが多い。

 それは「登用」においても全く同様なのである。

 

 つまり重臣たちのうち何人かは、景虎によって直接見出されて抜擢されているのだ。


 具体的には、常に先陣を切る猛将、甘粕景持。

 景虎の護衛、千坂景親。

 そして元は北信濃の大名である村上義清の息子、山浦国清などはそれにあたると言えよう。

 

 彼らはいわゆる「景虎のお気に入り」であり、なにかと重用される傾向にあった。

 

 これには譜代衆からも揚北衆からも強い反発があったのは言うまでもない。

 

 こうして「揚北衆」「譜代衆」「揚北以外の国衆」「新参衆」の四つの集団は何かといがみ合うようになっていった……

 

 

 もちろん辰丸はこの中では「新参衆」にあたるのだが、彼の場合はたまたま今回の宴には参加を許されただけであり、まだ重臣の一人に列席した訳ではない。

 

 そういった意味において、重臣たちを等しく見るには丁度いい機会と言えたのだった。

 

 

 

 しかし……

 

 

 長尾家内の『内患』はこれだけにとどまらない。

 

 もっと大きな膿を抱えていたのである。

 

 

 その事を象徴するような出来ごとが、今辰丸の目の前で起きようとしていた。

 

 

 それはこの部屋に辰丸と同じくらいの年齢の少年が堂々とした態度で入ってきたことから始まった。

 

 

「おお! これは時宗殿! 」



 黒川清実は、今まで吊りあげていた目じりをさっと下に下げて、時宗と呼ばれた少年を出迎えた。

 

 

「うむ、御苦労。して、われの席はどこじゃ? 」



 毅然とした態度と言えば聞こえはいいが、まだ少年の域から出ない若者にしては随分と大きい態度だ。

 しかし黒川清実はそんなことなど気にする素振りなど露ほども見せずに、時宗を席まで案内しようとした。

 

 

 ……が、案内した先を見て、辰丸は思わず目を丸くしたのである。

 

 

 それは、なんと当主、長尾景虎の左隣……

 

 

 本来ならば今宵の宴においては誰も座る予定にないその席に案内したのだ。

 

 そしてその席を案内する意味は、

 

――当主長尾景虎とほぼ同等の扱い


 ということだった。

 

 

「黒川殿。少しおふざけが過ぎるのでは? 」



 低い声で『譜代衆』の斎藤朝信がたしなめた。

 それは「たしなめる」といようよりも「脅した」という表現が正しいほどに怒りの感情がこもっていた。

 

 しかし黒川清実は全く意に介することなく、景虎のすぐ横の席に時宗を座らせたのだった。

 

――オオッ!


 その瞬間、なんと一部の重臣たちからは歓声と拍手が巻き起こる。

 

 一方で時宗と黒川清実を苦々しい顔で睨みつける者もいた。

 

 

 この少年は、長尾時宗。

 

 

 長尾家の一門衆の一人だ。

 

 しかし彼は厳密には長尾景虎と同族ではない。

 

 と言うのも、長尾家はこの時「三系統」に分かれていたからである。

 

 

 すなわち「府中長尾家」「古志長尾家」「上田長尾家」の三つであった。

 

 

 このうち「府中長尾家」が長尾景虎が属する系統。


 そして「上田長尾家」が長尾時宗が属する系統であり、現在の当主は彼の父親の長尾政景だ。


 もう一つの「古志長尾家」の現当主は、長尾景信。

 彼は今春日山城にて留守を任されている。


 この三系統は古来から何かといがみ合ってきた。


 それはもちろん「長尾家の当主を自分の系統から出したい」という欲以外の何物でもなかった。


 いつしか「古志長尾家」は「府中長尾家」を支持し、「上田長尾家」と対立した。


 それはお家騒動まで発展したのだったが「府中長尾家」の長尾景虎の姉が、「上田長尾家」の長尾政景に嫁ぐことで血縁関係が生まれて、どうにか収まりを見せたのである。



 しかし実際は、埋めがたい溝は存在していた。



 そこに家臣たちのいざこざが絡み合ってきたのだから、余計にたちが悪くなったのである。



 つまり、「景虎派」「上田派」そして「中立」と三派に家臣たちが分かれたのである。



 『譜代衆』と『揚北以外の国衆』には比較的「中立派」が多い。


 しかし『新参衆』と『景虎派揚北衆』は「景虎派」。

 

 そして『上田派揚北衆』は「上田派」。




 つまり……



 長尾家の家臣団と一門衆は、根深い対立続いている……



 簡単に言ってしまえば、そんな状況なのだ。



 そして、そこに一つのくさびを打とうとしているのが、黒姫の婚約であった。



 高梨政頼は長尾景虎の叔父にあたる。


 すなわち『景虎派』なのだ。


 その娘を『上田長尾家』に嫁がせる。


 こうして景虎と『上田長尾家』をさらに近づけさせる。


 それが狙いの政略結婚だ。



 つまり黒姫の嫁ぎ先は……



 上田長尾家の跡取り、長尾時宗なのであったーー

 





関係図をご覧いただくと、分かりやすいかもしれません。


なお『譜代衆』や『新参衆』は私の創作した呼称ですが、実際に存在していたのではないかと思っております。


以下、まとめです。


▼一門衆

府中長尾家…長尾景虎

上田長尾家…長尾政景(その子、時宗)

古志長尾家


府中+古志 VS 上田


▼家臣団

景虎派揚北衆…景虎派

上田派揚北衆…上田派

譜代衆…中立派

揚北以外の国衆…中立

新参衆…景虎派




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