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勇往邁進! 上野原の戦い⑦

弘治3年(1557年)6月25日 朝――


 霧が晴れるとともに、川中島の空に天高く掲げられた多くの旗。

 

 

 それは『懸かり乱れの龍旗』であった――



――ひぃぃ!! 『軍神』だぁぁ! 『軍神』がくるぞぉぉぉ!!


――『軍神』の逆落としだぁぁ!!



 まず大混乱に陥ったのは、旭山城の麓で陣を構えていた栗田永寿の兵たちであった。

 

 無論、彼らは『懸かり乱れの龍旗』の意味を知っている。

 そして、それを目にした瞬間に頭をよぎったのは、天下無双の景虎軍の逆落とし……すなわち山の斜面を一気に下りながら突撃してくる光景であった。

 

 

――ウォォォォォォォ!!



 地響きのような声と、不気味な足音が、彼らの耳には轟音のように響く。

 

 

――逃げろぉぉぉ!! あんなの食らったらひとたまりもねえぞ!!


――お助けを!



 栗田永寿が率いているのは、元より善光寺周辺の農民たちで形成された雑兵の塊のような軍勢だ。

 

 命を賭してまで総大将を守ろうという気概のある者など、ほとんどいない。

 

 

「待て!! せめて飯富虎昌殿の援軍が来るまでは持ちこたえるのだ!! 」



 栗田永寿は一人気を吐くが、後に続く者がいない。

 みな東に逃げようか、南に逃げようか、そんなことばかりを考えていたからである。

 

 

 

 しかし混乱を喫していたのは栗田隊だけではなかった。

 

 屈強な「赤備え」の軍勢……すなわち飯富虎昌の軍勢も少なからず混乱が生じていたのである。

 

 当然のことながら、こんな状況では目の前の柿崎景家隊への突撃の号令などかけることは出来ない。

 

 

「ぐぬぬっ……! 小賢しい真似をしおって!! 」



 虎昌は思い通りにいかぬ苛立ちを隠せずにいた。

 

 ……と、そこに弟の飯富源四郎が馬を飛ばしてやってきた。

 

 

「兄上! 長尾景虎の軍勢はそれがしにお任せくだされ!! 兄上は目の前の柿崎景家の軍を抜かれよ!! 」



 源四郎は気を利かせたつもりであった。

 

 

 もしここで景虎の軍勢に栗田永寿と善光寺が破られたら、退路を失うのは自分たちだ。

 「李代桃僵りだいとうきょう」の計を仕掛けたつもりが、逆に自分たちがその計にはまってしまう。

 

 それだけは避けなければならなかった。

 

 そこで源四郎は、自分が景虎の突撃への盾となって立ちはだかり、兄虎昌の進軍を助けようと考えたのだ。

 

 

 しかし源四郎の気遣いは、虎昌の怒りの炎に油を注いだ……

 

 

「ええい!! かくなる上は、景虎を討つ!! 

全軍!! 西を向けぇぇぇぇ!!

突撃じゃああああああ!! 」



――ウオォォォォォォ!!



 虎昌の乾坤一擲の大号令が川中島の大地を揺らす。

 

 すると一斉に武田軍は旭山城の方へ、槍の先を向け始めたのだ。

 

 

「なりませぬ!! それでは……」


 そう源四郎が言いかけたその瞬間だった。

 

 

「全軍!! 突撃ぃぃぃぃ!! お屋形様に遅れを取るなぁぁぁぁ!! 」



 なんと柿崎景家隊が猛烈な勢いで突撃を開始したのだ。

 

 

――ドシャッ!!



 越後兵の強烈な槍の一撃が、横向きになった武田軍の頭蓋を叩き割る。

 

 

 

 その瞬間……

 

 

 

 『甲山の猛虎』は完全に横腹を槍で突き刺された格好となった。

 

 

 

「ぐぅ!! ええい!! 振り切れぇぇ!! 目標はただ一つ!! 景虎の首だけよ!! 」



 虎昌の咆哮が響き渡るが、越後の長槍は完全に彼の軍勢の足を止めていた。

 

 

 しかし……

 

 

「爺ぃぃぃ!! 今助けるぞ!! われに続けぇぇ!! 」



 青年特有の甲高い声が響き渡った。

 

 

 若き英雄、武田義信であった。

 

 

 彼は陣頭に立って兵たちに突撃を命じると、柿崎軍の横腹を突くように突っ込んでいった。

 

 

 ……が、その動きを完全に読んでいる者がいた。

 

 

 越後の知勇兼備の勇者、斎藤朝信だった。

 

 

「推参なり、義信。お主の相手はこの斎藤下野守が引き受けよう」



 その低い声とともに、斎藤隊の長槍が柿崎隊の間を縫うようにして現れると、

 


――ガッ……!!



 と、武田義信隊の出足を完全に止めた。


 しかしなおも負けじと、武田義信は雄たけびを上げる。

 

 

「くっ! かくなる上は、斎藤を討つべし!! 全軍、進めぇぇ!! 」



 斎藤朝信は負けん気を前面に押し出してくる義信に対して、鬼の形相で一喝した。

 


「俺をなめるなぁぁ!! 若造が!! 」



 猛烈な勢いで正面同士ぶつかる義信隊と朝信隊。


 両者一歩も引かぬ激闘が幕を上げたのだった。





 一方の飯富源四郎は、馬を飛ばして旭山城の麓まで一足先にやって来た。




 しかし……




 そこで一つの違和感が彼の脳裏をよぎったのである。




 静かだ……



 静か過ぎる……




 そう気づいた時、彼は思わず叫んでいたーー




「しまったぁぁぁぁ!! 偽兵だ!! ここに景虎はいない!! 」




 しかしそう気づいた時はもう遅かった。




ーーギャァァァァ!!



 という断末魔の叫び声が飯富虎昌の軍勢の背後の方角、すなわち善光寺の方から聞こえてきたのである。




 そして近づく土煙と地響き……

 

 


 それはまぎれもなく……




 『軍神』、長尾景虎ーー




「われに続けぇぇぇぇ!! 」



 

 雷鳴のごとき声が川中島の天を震わせると、次の瞬間には栗田永寿は疾風怒濤の進撃の中へと消えていった。




 勇往邁進の軍神、ここに現るーー

 

 



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