勇往邁進! 上野原の戦い④
『【参考】 第三次川中島の合戦の経緯 ※マップ挿絵あり』
を更新してあります。
こちらをご覧いただきながらお読みいただくと、イメージがつきやすいかもしれません。
弘治3年(1557年)6月22日昼 ーー
長尾家の重臣たちは飯山城のすぐ南、千曲川沿いに設けた本陣の中に集まっていた。
皆、甲冑に身を包み腰には刀を差しており、これから始まるのは軍議であることを物語っていた。
……と、そこに鮮やかな色の甲冑を身につけた景虎が颯爽と姿を現した。
しかし重臣たちの目は景虎ではなく、その背後にいる者へと注がれたのである。
それは粗末な胴丸を身に付けた貧相な体付きの少年、辰丸であった。
斎藤朝信がギロリと辰丸を睨みつけたまま口を開いた。
「お屋形様。おふざけが過ぎるかと……」
しかし景虎は朝信の諫言などには耳も貸さずに、どかりと席についた。
そして全員に向けて大きな声で言ったのだった。
「これより川中島一帯の民を守る為の戦を行う!
ついてはこの辺りの地理に明るい辰丸に道案内を頼むこととする。異存は許さん」
景虎の有無を言わせぬ物言いに周囲は黙るより他はない。
ただ、辰丸も分をわきまえてか、幕の隅の方でポツンと立っている。
どうやら彼は軍議に加わるつもりはないようだ。
その様子に重臣たちはどこかほっとして、各々の席についたのだった。
………
……
景虎の口から発表された作戦は至って単純なのものだった。
……とは言え、大抵の戦において景虎が諸将に指示する作戦は「直線的」なものばかりであり、今回も例に違わず「直線的」なものだったのである。
すなわち以下のようなものだった。
まずは二つに軍を分ける。
景虎自らが率いる本隊、甘粕景持隊そして高梨政頼隊を第一軍。
柿崎景家隊、斎藤朝信隊を第二軍とした。
第一軍は飯山城を出て、千曲川を東へ渡り、武田軍にとっては川中島における最北の拠点であり飯山城の抑えでもある日向城を落とす。
そしてそのまま直線的に南下して最大の目標である中野城を攻略するというもの。
一方の第二軍は、第一軍が千曲川の東側にいる隙をついてくる武田軍に備えて飯山城から南西に直進。
上野原付近で待機して武田軍の出方をうかがうというもの。
なお中野城攻略後、景虎の本隊だけは千曲川を西に渡って飯山城前に布陣する。
こうすれば仮に武田軍が千曲川の東側、つまり中野城を攻めたなら景虎本隊はそれを救援しに行くことが出来る。
その上、上野原の第二軍の方へ武田軍の攻撃が集中すればそちらへ急行することが出来る。
つまり武田軍の出方をうかがって景虎本隊は柔軟に展開することとしたのである。
それが作戦の全てであった。
いつも通りの単純明快なもの。
しかし猪突猛進な者たちが多い長尾軍にとっては、これで十分であった。
逆に言えば、これ以上複雑な作戦を練っても遂行出来るだけの頭の柔らかさは皆無なのだ。
最後に景虎が大きな声で号令をかけた。
「本作戦の目標は、中野城の奪還および反撃に出た武田軍を撃退すること。この二つをもって達成とする! 」
――オオッ!!
全員のみなぎる闘志がかけ声にこもる。
こうして重臣たちは鼻息を荒くしながら、軽い足取りで幕の内から去っていったのだった。
そんな重臣たちの一人に宇佐美定満の姿もあった。
彼は高梨政頼の軍に加わることとなっており、そこへ向かおうとしていたのである。
その時だった。
「駿河、ちょっと待て」
定満はふと景虎に呼び止められた。
「対馬もこっちへ来い」
さらに少し離れたところで本陣を守備すべく立っていた千坂景親も呼ばれる。
定満と景親は止められた理由が分からずに、首をかしげながら景虎の元に集まった。
すると今まで幕の隅で静かに佇んでいた辰丸が、なんと景虎のすぐ隣までやって来たのである。
定満と景親は目を丸くする。
まさかこのひょろっとした色白の少年が何か発言しようとしているのか……。
期待と不安の半分が入り混じる。
定満は胸の高鳴りを抑えられない。
そうして四人が小さな円を作った時、景虎が口を開いた。
「駿河、対馬。お主たちには手伝って欲しいことがある」
景虎はそう言い終えると、ちらりと辰丸の方を見た。
すると辰丸がぐっと身を乗り出す。
その顔は穏やかそのもの。
しかしその目は猛獣を思わせる鋭い目ーー
定満と景親は思わず寒気を感じて身震いした。
そして辰丸は話し出したのだった。
「これより武田軍撃退の策を始めます……」
そう切り出した後は、まるで清流のように、すらすらと言葉が流れる。
心地よさすら感じる鮮やかな言葉の調べ。
しかしその内容は定満と景親の度肝を抜くには十分なものだった。
龍神による勇往邁進の奇策。
ここに始まるーー
少し短いのですが、キリが良いのでここで切りました。
次回は【幕間】として、「武田信玄」をお送りします。