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坂東決戦……血洗島の戦い③

全身全霊を込めて書き上げました。

どうぞ燃え上がってください。

◇◇


 北条綱成と康成の親子の軍勢を蹴散らした謙信の軍団は、勢いそのままに木瓜城前に布陣した本庄親子に襲いかかる。謙信の軍勢に恐れをなした本庄親子は、戦わずして木瓜城に撤退し、堅く門を閉めて彼らをやりすごすより他なかった。



「進め! 進め! 臆病者などに目をくれるな!! 狙うは氏康の首ぞ!!」



 謙信の栗毛が土煙を上げながら城の横を通過していく。

 総大将に遅れるなとばかりに柿崎景家、甘粕景持の軍勢も一直線に小山川を目指していった。

 そしてついに川から少し離れたところで、氏康よりも前に川を渡った大道寺政繁と遠山綱景の軍団と対峙した。

 

 

「そのまま突き抜けろおおおお!!」


「おおおおっ!!」



 『黄旗八幡』と称された綱成が謙信を足止めをしているものと考えていた大道寺、遠山の両軍は、突然現れた謙信の軍勢に目を疑った。

 

 

「な、なんだ!?」


「いったいどうなっているのだ!?」



 しかし誰が疑問に答えるはずもなく、浮足立つ彼らの軍勢に龍の牙が深々と突き刺さる。

 

――ドガガガガッ!


 あまりの勢いに槍で突かれた最前線の北条兵たちが仰向けに倒れていき、後ろの兵たちとぶつかり合う鈍い音がこだました。

 陣頭で馬を躍らせる謙信が再び吠えた。

 

 

「押し通せ!! 目標は先ぞ!!」


「おおっ!」


――ドドドッ!!


 長槍でけん制する間すら与えずに、越後兵たちは素手のまま北条兵へ襲いかかっていく。

 その様子は猛った獅子が怯える兎に容赦なく爪をたてるようなもので、最前線の北条兵たちは次々と倒されていった。

 無論、それだけで終わらない。

 前線の兵たちが乱戦になったと見るや、後方に続く上杉兵たちは左へ回り込んで、北条軍の横に飛び込んだ。



「突っ込めええええ!!」



 二段目、三段目と兵たちが間断なく回り込みながら襲いかかっていったのである。

 この強烈な突破戦術を、後に信玄はこう評したという。

 

――謙信は、我が味方の備えをまはりて、たてきり、いく度もこの如く候て、川の方へおもむき候。それは車がかりとて、いくまはりめに旗本と、敵の旗本とうちあはせて、一戦をする時の軍法なり。『甲陽軍鑑』


 世に言う『車がかり』であった。

 

 組伏せて上を取り、腰の短刀で首と肩の間を一突きする。

 直後には自慢の強靭な足腰を存分に発揮して、前に立つ敵の膝へもろ手で突進し、押し倒す。

 こうして敵軍の動きを完全に封じたところに、栗毛が飛翔した。

 

 上杉謙信であった――。

 

 隣には千坂景親の姿もある。

 

 二人はさながら翼を得たかのように華麗に乱戦の中を疾駆していくと、いつのまにか軍勢の大将である遠山綱景の前に姿を現した。

 

 

「おのれええ!! 謙信め! 覚悟!!」



 綱景がかかんに馬を飛ばしてきたが、謙信は馬上のままひらりとかわすと、すれ違いざまに彼の首に太い腕をひっかけた。

 

 

「ぐげえ!」



 綱景は蛙のつぶれたかのような声をあげ、思わず馬の手綱から手を離す。

 謙信は眉間にしわを寄せながら、綱景の首にからめた腕を振り抜いた。

 

 

「むううん!!」


 

 派手に吹き飛ばされた綱景は、背中から地面にたたきつけられる。

 

――ズデンッ!!


「ぐはっ!」


 

 後頭部が地面を打った瞬間に、目の前が真っ白になる。すぐさま気を取り直した綱景だったが、目を覚ました彼の視界を覆っていたのは上にまたがった千坂景親であった。

 


「お命、頂戴する」


「ひっ! 止め……! ぎゃあああああ!!」



 綱景の肩口に深々と短刀が突き刺さり、断末魔の叫び声が周囲にこだます。

 大将の壮絶な最期に周囲の北条兵たちは身動きすらできなくなってしまった。

 そんな中、とどめを景親に任せた謙信は次の獲物に向けて、早くも前進を再開していた。

 

 

「くそっ! ひけ! ひくのだ!!」



 もう一人の大将、大道寺政繁が小山川の方へと撤退を命じる。

 だが……。

 

 

――わああああっ!!



 引いた北条軍の左手から喊声があがったのだ。

 再び北条軍の足が止まる。

 そこに一人の猛将が槍を振り回しながら突進してきた。

 

 

「仲間のかたき!! ここで晴らさせてもらう!!」



 それは先の撤退戦で多くの仲間を失った揚北衆と、彼らを束ねる本庄繁長であった。

 彼らはひっそりと仙元山を下りると、乱戦の中を西に大きく迂回して、大道寺軍が後退するのを待ち伏せていたのである。

 

 

――ズガガガガガッ!!



 怒りに狂った猪のように、大道寺軍の横腹に飛び込んでいくと、甲冑同士がぶつかり合う音がこだます。

 

 

「負けるな!! 押し通せ!!」



 政繁が顔を真っ赤にして叫ぶが、北条兵たちの動きは完全に止まってしまった。

 すると背後から大波のように迫ってきたのは、謙信の軍団であった――。

 

 

「突き抜けろ」


「うおおおおおおっ!!」



 謙信の低い声に龍がうねりながら襲いかかる。

 

 

「くそおおおおお!!」



 政繁はついに覚悟を決め、反転して戦う姿勢をむき出しにした。

 そこへ……。


 

「覚悟ぉぉぉぉぉ!!」



 疾風のごとく寄せてきた繁長。

 死んでいった仲間たちの顔を一人一人思い浮かべながら、渾身の一撃を繰り出す。

 

 

「ええええええい!!」



 政繁も名の知れた将だ。

 一戦交えんと槍を繰り出した。

 だが……。

 

――ガアアアン!!


 繁長は突き出された槍の柄を凄まじい勢いで叩き、真っ二つにへし折ってしまったのだ。

 

 

「なんだと!?」



 政繁が目を丸くする。

 それを隙と見た繁長は、左足を大きく踏み込んで、彼の懐に入ってきた。

 そして……。



「うりゃあああああ!!!」


 

 地面すれすれから、うなりをあげながら岩石のような右拳を突き上げた。

 

――ドゴオオオオオン!!


 繁長の鉄拳が政繁のあごを砕く。

 政繁は声すら出せずに気を失い、仰向けに倒れた。

 

 

「これが揚北の底力よ!!」



 そう叫んだ繁長は目から溢れる涙をぬぐう素振りも見せずに、腰の短刀を引き抜き政繁の首を掻っ切ったのだった。

 

 

「敵将! 討ち取ったりぃぃぃ!!」


「うおおおおおっ!!」



 気付けば真っ白な太陽が空のてっぺんにたどり着き、大地を灼熱に変えている。

 陽炎で視界が揺れる中、川を埋め尽くす軍勢がついに姿を現した。

 

 

「氏康か……」



 謙信は馬を止めて目を細める。

 背後では飢えた越後兵たちが北条兵たちを食い尽くしている音が聞こえる中、彼の栗毛だけは凪の湖のように静かに立った。

 そこに千坂景親が隣に並んだ。

 

 

「後退した兵と合わせればおよそ一万ほどでしょう」



 謙信がちらりと背後を振り返る。集まりだした兵たちは肩で息をしていた。

 閃光のごとく戦場を猛進してきた越後兵たち。屈強で鳴らした彼らであっても、仙元山からここまで休むことなく攻め続けてきたのだから、疲れは否めない。

 だが瞳だけは夏の太陽に負けぬほどに、ぎらぎらと燃えている。

 

 景親が低い声でたずねた。

 


「いかがしますか? 援軍は間もなく到着すると思われますが」



 その問いは「一旦、仙元山の方まで引いた方がよいのではないか」という進言であるのは間違いない。

 だが謙信は首を横に振った。

 

――決戦は血洗島。攻めてきた氏康殿の軍を小山川の向こう側へ追いやってくだされ。


 脳裏に浮かんだ定龍の細い文字に、謙信は笑みを浮かべた。

 

 

「無茶ばかりを言うようになりおって……」



 景親が目を大きくすると、謙信は小さく首を横に振った。

 

 

「気にするな。こっちの話だ」



 謙信は大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。

 もう一度空気を肺に入れたところで、ぐっと腹に力を入れた。

 かっと目を見開き、顔を業火のごとく紅潮させる。

 そして肺から喉へと空気のかたまりが昇ってきたところで、声を爆発させた。

 

 

「うおおおおおおおお!!」



 坂東の空が震えるほどの咆哮。

 

 

「うがあああああああ!!」



 背後の越後兵たちも大将に負けじと空に向かって吠える。

 兵たちのぐんと体温が上昇し、血液が全身を駆け巡っていくと、疲れが吹き飛ばされていく。

 

 まだ動ける!

 

 謙信はそう確信し、もう一度大号令を轟かせたのだった――

 

 

「全軍、突撃!!!」


――うおおおおおおおっ!!



 こうして越後の龍は、相模の獅子に向かって飛翔を始めた。



まだまだこれからです。

一緒に燃え上がりましょう。

うおおおおおっ!!

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