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捲土重来……悲涙と逆襲④

◇◇


 沼田城――

 

――大手門が突破されました!!


「まだ、三の丸への郭が残されている!! 馬出しで敵を阻止せよ!!」


――おおっ!!


 風雲急を告げる沼田。

 本庄ほんじょう 実乃さねよりを中心として、これまでよく守っていた上杉軍であったが、ついに第一の門である大手門が突破された。

 

 このところの長雨でかさの増した利根川のごとく、北条軍の濁流が大手門から城内へとなだれこんでくる。

 三の丸へ続く門までは侍屋敷が連なっていたが、火の海に変わっていった。

 

――あぶりだせ!! 隠れている上杉兵は容赦なく撫で切りにせよ!!


――うおおおおっ!!


 湿り気を帯びた木造の家屋から灰色の煙が無数に上がる。

 

 

「守れえええええ!! ここが毘沙門天に護られし上杉の魂の見せ時ぞおおおお!!」


――おおおおおっ!!



 鬼神のごとき本庄実乃の咆哮が曇り空を切り裂く。

 しかし早くも堀を埋め尽くしつつある北条軍を止める手立てなどなかった。

 

 この時の北条軍二万。対して上杉軍は二千。ちょうど十倍もの圧倒的な兵力差は、いかに城と兵たちの結束が固くとも、覆せるものではなかったのである。

 

 しかし、もしこの沼田を抜かれてしまえば、この先は三国峠。

 そこを越えればすぐに上杉の本拠地、春日山だ。

 

 

「なんとしてもここを守り抜く!!」



 理屈を超越した力で、何度も何度も迫りくる流れをせき止める。

 上杉兵の誰もが「ここが死に場所」と知っていながらも、悲観な色など微塵も見せなかったのは、ひとえに大将である本庄実乃の叱咤激励によるところが大きかった。

 

 櫓の上に立ち、自ら弓を引く実乃。

 気付けば矢枕は切れ、親指からは血が流れている。

 しかし溢れる気迫が彼に全身の疲れと痛みを忘れさせていた。

 

 時折吹く風で汗と雨が飛ぶ。

 ふと気が抜ける時だ。

 かすかな痛みとともに脳裏に浮かぶのは、これから生まれてくる初めての孫の姿。

 もちろん一度も会ったことなどない。

 だが彼にははっきりと見えるのだ。

 

 無邪気に笑う赤子の姿が――

 

 だがここでは幸せの念は敵だ。死への恐れを招く邪念だ。

 

 

「負けるなあああああ!!」


――おおおおっ!!


 振り払う。振り払う。振り払う。

 鍛えられた肉体から湯気がたちこめると、無数の煙とともに天へと吸い込まれていった。

 

 

 その白い筋を、遠くから見つめる目。

 

 宇佐美定龍であった――

 

 忍びたちによって切り開いた三国峠へ続く裏道をやってきた彼は、敵に見つかることなく、ついに沼田までたどりついたのだ。

 しかし今、その視界に大粒の涙が霞をかけていた。


「辰丸……。もう行くぞ」


 だが悲涙にくれた定龍は、立像のごとくその場を動けない。

 いや、彼は自分の兵を率いて沼田城の救援に向かおうと心が動かされていたのだ。

 その肩を抱いた小島弥太郎が無理やりに彼をその場からひきはがした。

 

「もうすぐ……。もうすぐお孫様がお生まれになるのです……。だから助けねば!」


 定龍が弱々しい声をあげる。

 小島弥太郎はぎりっと歯ぎしりすると、渾身をこめて定龍の背中をはたいた。

 

――バシィッ!


「そんな声あげてんじゃねえ!! おめえの役目はなんだ!? 本庄殿の役割は沼田を死んでも守ること! おめえの役目は御屋形様を勝利に導くことだろ!! おめえはそれを投げだすつもりか! 泣いて悲しんで、みんなの想いを踏みにじるつもりか!! 答えろ! 辰丸!!」


「しかし……。しかし!!」


 なおも首を横に振る辰丸。

 彼の両肩を強く掴んだ弥太郎は声を振り絞った。

 

「しけた顔してんじゃねえ!! 辰丸!! おめえは上杉を勝利へと導く星なんだよ!! おめえが輝かなかったら、おいらたちの勝ちはねえんだ!! 頼むよ!! しっかりしておくれ!!」


 定龍は弥太郎の震える声にはっと顔を上げた。鬼の目にも涙が滲んでいる。

 そして肩に食い込む指は震えていた。

 

「悔しいのはおめえだけじゃねえ。助けたいのはおめえだけじゃねえんだよ!! でもなあ! それをやっちゃだめなんだよ!! 誰よりもおめえが一番分かってんだろ!!」


 弥太郎の魂の言葉によって、定龍の目に光が戻ってくる。

 それを見た弥太郎はそっと定龍から離れると、声の調子を落として続けた。

 

「定勝のおっちゃんがいつもこう言ってたよ」


「定勝殿が……?」


「大将たる者、枝葉に惑わされちゃなんねえ。常に林を見ろ。森を見ろ。山を見ろ、ってな」


 ぱんと頬を張られたかのように鋭い痛みが走ると、ついに腹の力が戻ってきた。

 心の中で、にやりと笑う定勝を思い浮かべながら、定龍は手を合わせて一礼した。

 

「また助けられてしまいました。ありがとうございます」


 そして彼は仙吉を呼んだ。

 後方から飛び跳ねるようにしてやってきた仙吉は、すぐさま定龍の前でひざまずいた。

 

「お呼びでしょうか?」


「ああ、みなに伝言を頼みたい」


「はっ! 何なりと!」


 一度大きく息を吸う。

 そしてぐっと表情を引き締めると、力強い声で告げたのだった。

 

「目標は春日山! ここからは強行軍でまいります! 決して遅れるでない! そう伝えよ!」


「御意!!」


 定龍は弥太郎と顔を見合わせると、互いにうなずきあった。

 遠く沼田城からは強烈な爆発音がこだましている。

 ついに三の丸へと続く門が破られたようだ。

 

 しかし定龍はもう心を動かされることはなかった。

 

 わずかに開かれた勝利への道。

 もはや迷うことなく突き進むより他なかったのである。



気付けば100話を超え、連載開始から1年以上が経過しておりました。

大変申し訳ないことに北条との戦いだけで1年もの歳月を費やしております。


これからいよいよ北条との激闘はクライマックスに突入いたします。


読者様の応援あっての本作だと思っております。

何卒、作品、作家ともどもこれからも応援のほど、よろしくお願い申し上げます。

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