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街道沿いの奇跡

ギリシ連合諸国は天然の要塞である山々に囲まれた陸地と、背後に広がる広大な海のおかげで、150年の長きにわたり文化と哲学の都として長く平和な時を享受してきた。


しかし、東ロウソウ帝国が勢力を伸ばし、大陸の覇権国家になったところから事情が変わってくる。

『従僕か死か』をスローガンに周辺国を矢継ぎ早に平定した東ロウソウ帝国はついにはギリシ連合諸国まで攻め込んできた。

天然の要塞に囲まれたギリシ連合諸国ではあるが陸地が少なく人口は多くない。

そのため、軍備は最小限。少数精鋭主義を取っていたのが裏目に出た。

重歩兵とチャリオットを中心とした東ロウソウ帝国の軍隊は膨大な数で攻めてくる。

いくら、少数精鋭で善戦しても、それを上回る数の暴力がギリシ連合諸国を襲い、国土の半分を残すのみとなった。


「我々は最後の希望なのだ!」

ギリシ連合諸国の将兵が居並ぶ野戦本陣テント。

中央にいる司令長官であるアポロノスは強い口調で檄を飛ばす。

「しかし…帝国の軍勢は少なく見積もっても10倍の5万人はいるぞ」

「そうだ!全滅してしまう!」

「そうだ!そうだ!」

居並ぶ連合諸国の将軍達が反対意見を言う。

「しかし!この街道である谷を越えると、首都アレッサまで平野が続く。そうなるとギリシは終わりだ!」

「……」

「……」

「……」

居並ぶ将軍達は何も言えなかった。

「はぁ~…明朝に行動を開始する。皆に最後の晩餐を楽しむように伝えてくれ」

「わかりました」

「…了解した」

「…御意」

沈痛な思いで、居並ぶ将軍が口々に了解の意を示し、部隊に戻る。

そう、最後にギリシ連合諸国の勇姿を東ロウソウ帝国の連中に見せつけるしか手は残っていないのだ。


アポロノスもよろよろと立ち上がり、自分のテントに戻った。


テントの外では、兵士達が最後の晩餐だとわかり、乱痴気騒ぎでワインを煽っていた。

『最後の夜なのだ…大目に見よう』

アポロノスは規律の乱れに五月蠅い生粋の軍人だが、今までの兵士達の頑張りを見てきたので何も言えなかった。

2倍、3倍は当たり前、時には5倍の敵兵とも互角に渡り歩いたギリシの兵士は精鋭揃いなのだ。


しかし、数の暴力はどうにもならない。

まるで沸いて出てくるように東ロウソウ帝国の兵士は日に日に増えていった。

当初は5万人いたギリシの兵力も現在は5000人ぐらいまで減っている。

一方相手方は見えているだけでも5万人。後方には更に援軍が居るだろう。

勝ち目など当初から無いのだ。

『最初から降伏してさえいれば…』

アポロノスは思う。

文化的盟主の自負がギリシにはあり、それはできなかった。

今となっては何とも浅はかで小さな自負だ。

悔やんでも悔やみきれない複雑な感情がアポロノスにまとわりつく。


しかし、もう遅い。

一度蹂躙し始めた東ロウソウ帝国は戦いをやめない。

降伏しても殺されるだけ。

それが帝国の信条である『従僕か死か』なのだ。


アポロノスは携行食のパンとワインをテントに持ち込み、食べる。


食欲など皆無だが、入れておかないと明日に響く。

「おお…ギリシの神々よ。ギリシをお救い下さい」

思わず神頼みをして、食べ始める。


「こんにちはー!」

そこに唐突に入ってくる花柄の衣装をきた不審な男。

「だ!だれだ!」

アポロノスは驚き、身構える。

「ただのおっさんだよ!一杯どうぞ!!」

おっさんは瓶を抱え、酒を注ごうとする。


『兵士か?しかし、変わった服装だ…見たことがない。まあ、最後の晩餐なのだ。無礼講といこうじゃないか』

少しだけアポロノスは逡巡したが、外の乱痴気騒ぎを思い出し、溜飲を飲む。

「おお…すまない。貰おうか」

アポロノスはコップを差し出した。

「はいはい!どうぞー!」

おっさんは瓶から無色透明な液体を注ぐ。

『なんだ?見たことない酒だな…しかし、良い香りだ。』

アポロノスはさっきまで飲んでいたワインとは違うよく分からないがうまそうな酒に喉が鳴る。

「じゃあ!カンパーイ!」

「ギリシの神々に!」

おっさんとアポロノスは杯を交わした。


アポロノスはゴクリと一口飲む。

キリリと透き通るようなのど越しの中にもフルーティで甘い味わいに酔いしれた。

「…うまい!」

アポロノスはゴクゴクと一気に飲み干した。

「よっ!世界一ィ!もう一杯どうぞ!!」

すかさずおっさんは不思議な合いの手を入れてアポロノスのコップに注ぐ。


「しかし…うまい酒だ。何というワインだ?」

「秘蔵の大吟醸だよ!神様特製の!」

「神の…ダイギンジョウ?ははっ!神か…そうか、はははっ!」

アポロノスは神頼みをした自分を思い出し笑った。

「ぐーっ…」

笑うとお腹が鳴り、自分がお腹がすいていることに気がついた。

「ありゃ?そう言えば料理がないねぇ。俺が持ってくるからちょっと待ってて!!」

おっさんは、すかさずテントの外に出る。

「はは…そうか、ワシは腹が空いていたのか…まだ、生きているのか?」

アポロノスは自問自答する。

『そう、まだ死んでいない。ギリシの希望なのだ。』

圧倒的な国力の差に死に体のギリシだが、まだ生きている。

生きていれば希望があるのだ。

アポロノスは料理の来る短い時間で逡巡する。


「はい!適当に持ってきたよ!どうぞどうぞ!」

おっさんが両手一杯に料理を持ってくる。

「おお…すまない。では頂こう!」

元気の出たアポロノスは料理にかぶりつく。

「いいねぇ!ワイルドで!じゃあ、俺も!」

おっさんも負けじとかぶりついた。


そして、大いに語り、食い、飲んだ。


「時に…お前は明日の戦闘をどうする?」

アポロノスは優しく口調でおっさんに質問する。

「戦闘?俺は嫌だよ!」

思ってもない言葉が返ってきた。

「嫌だ?嫌だと!精強たるギリシの兵士が拒否するだと!」

アポロノスの檄が飛ぶ。

「だって、さっき聞いた話じゃ10倍も敵がいるんでしょ?勝てるわけ無いじゃん!」

「そんなことは百も承知だ!ギリシの神々に申し訳ないと思わんのか?」

「神様は死んでくれなんて命令はしない。人の上に神様が存在するんだから、人が居なくなったら神様なんて存在できないもん」

「いや…うん…だが、しかし、我々が戦わねば誰がギリシの民を守るのだ?ココを超えられるとギリシが終わりなのだぞ?」

「そのために神様がいるんじゃない。神様は見守ってくれるよ。生き延びれば必ず希望はあるって!あとは、何とかなるさ!」

「生き延びれば…希望が……ある?」

アポロノスは強い既視感を感じる。

『そうか…撤退もあるのか』

直感的な閃きが全身を駆け巡った。


「いやいや、そんな奇跡など起きるはずがない。神様が見守っているのなら、何故大勢の兵達は犠牲になったのだ?なぜすぐにギリシに奇跡を起こさなったのだ?」

「そんなこと俺は知らないよ。俺も死んじゃってるもん。何だったら神様にでも聞いてみなよ?」

「な……ん……だ…と?」

アポロノスは驚愕する。

『ワシは……死人と酒を酌み交わしているのか?いや…この既視感はなんだ?』

「あれ?どうしたの?おじさん?」

ふらつくアポロノスにおっさんは心配する。


アポロノスは思う。

『俺は飲み過ぎて夢でも見ているのだろう…もう、寝るか』

ゆらゆらと立ち上がり、ふらふらとベッドに横になるアポロノス


「あれれぇ?まあ、体調悪そうだもんね。じゃあ、俺も帰るから。おやすみー。明日は良いことあったらいいね」

おっさんは食い物と一升瓶を抱えてテントの外に出た。


「むっ!なんだ貴様は!アポロノス様に何をしたーーー!」

外ではたまたま通りかかった屈強な兵士がおっさんを呼び止める。

「ヤバッ!逃げろーーー!」

おっさんは急いで逃げた。


一方、アポロノスは夢の中で強い既視感にうなされていた。

『逃げろーーー』

そんな声が聞こえた気がした。



明朝、アポロノスは起きる。

「……天啓だ!!」

アポロノスは目を見開き叫ぶ。

そして急いで身支度を済ませ、本陣へ向かう。


「アポロノス様。昨日は大丈夫でしたか?怪しい奴がウロウロしていましたが」

昨日の兵士がアポロノスを気遣う。

「そんなことはどうでもいい!すぐに将軍達を集めるんだ!」

必死の形相のアポロノスに兵士が驚く。

「ア…アポロノス様?どうしました?」

「…天啓だ!神の声を伝える!!」

「はっ!」

兵士は急いで、本陣を飛び出し、将軍達を呼び出した。


将軍が集まり会議は始まる。


「逃げるのだ!」

「は?」

「撤退する!!」

「なっ!何を!」

「昨日は突撃するって言ったじゃないですか!」

「そうです!ギリシの神々に申し訳ありません!」

「天啓なのだ!!!撤退する!さすれば奇跡が訪れん!!」

「??」

将軍達は狐につままれたような顔をして見合わせたが、アポロノスの気迫に押され、撤退の準備をした。


そして、すぐにギリシ軍は撤退をした。


その後、東ロウソウ帝国軍が街道を通る。

「ふん!ギリシの兵隊には最後の最後で拍子抜けさせられる。ホントは腰抜けどもの集まり何じゃないのか?」

「ハハッ!ちげ-ねぇ!」

「窮鼠猫を噛むっていうからな、今までが鼠の一撃だったんだ。まあ、最後は猫に喰われるのが運命だったって事だよ!ハハッ!」

そんな、談笑をしながら東ロウソウ帝国軍はゆっくりと谷を渡る。


すると、谷の上から轟音が聞こえ、地響きがする。

「な!なんだ!!」

「なんの騒ぎだ!!」

たちまち狼狽する東ロウソウ帝国軍。


地響きは大地を裂き、山を崩す。


あっという間に、巨大な土砂崩れが発生し、東ロウソウ帝国軍もろとも埋めてしまう。

その土砂の量は桁違いに多く、谷にあった街道が全て埋まってしまった。


東ロウソウ帝国の被害は甚大だった。

後世の記録によると、東ロウソウ帝国は部隊の半数を土砂崩れに飲まれ、戦争継続の断念を決定する。

東ロウソウ帝国の初の敗北だった。


ギリシ連合諸国の後世の記録によると、アポロノスは「神の奇跡だ」と語り、『街道沿いの奇跡』と呼ばれるこの戦いが契機で、東ロウソウ帝国の侵略戦争は終わる。

後に、外交による東ロウソウ帝国との対等同盟が締結され、100年の平和をギリシ連合諸国は享受した。


アポロノスは死ぬ間際にこう言い残している。

「死すれば、神の作りしダイギンジョウが飲める。あれは……うまい」

アポロノスは戦いから20年後、自宅でその生涯を閉じた。








ちなみに、おっさんは逃げる途中に滑落して絶命したため転移しました。

夜道は気を付けないといけませんね。

8/18題名や誤字の訂正をしましたm(__)m

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