魔王と勇者
時は中世風の魔法が使えるヨーロッパ的なゲームのような世界。
邪悪な雲の中にその城は立つ。
魔王城。
強大な魔物を束ね、人間世界と戦争を行っている。
雷の鳴る魔王城の飛び出す広いデッキに、一人の魔物が高そうなローブを纏って立っている。
耳はトカゲのようで肌も青白い。
宝珠をつけた杖を持ち、百人は入れそうなデッキで高貴な雰囲気を出しながら、一人で高笑いをしていた。
そう、彼女こそ魔王サタナエルンだ。
ちなみに耳以外の顔立ちは肌の青白さを除けばオリエンタル系の美女という雰囲気を醸し出していた。
「ハッハッハ!」
デッキの入り口は広いが、城の中は薄暗く陰で中まで見えない。
そんな城の中から足音が近づいている。
「むぅ!やっと来たか!」
サタナエルンは、まるで来るのが分かっていたかのように優雅に振り向く。
入口から見える足元。
ペタペタペタ
サンダルのような音がする。
「さあ!勇者よ!我の前に出てきたまえ!」
サタナエルンは魔族特有の邪悪な笑みを浮かべる。
ペタペタと軽い足音を響かせて出てきた男が一人。
そこにいたのは、アロハシャツを着た無精髭ボーボーで黒髪ボサボサ頭ロン毛のおっさん。
剣と盾ではなく、一升瓶を片手に現れた。
「こんにちは~。まだやってる?」
「!?」
『誰だ、こいつ?』
魔王サタナエルンは身構える。
想像とは違った異様な格好に言葉が出ない。
「ゆ…勇者か?」
「勇者?勇者に見える?か~!まいったねぇ。さっき王様の所で起きたら、おんなじこと言われたけど俺ってそんなの柄じゃないの!ヒック!」
魔王サタナエルンはその臭気を感じる。
酒の匂いだ。
「お…お主、なぜここまでたどり着けた!?光の勇者でないとあの屈強な魔物たちは倒せないはずだ!」
「みんなで仲良くこいつを飲めば、世界は平和!みなハッピー!あ!でも飲めない人は勧めてないよ。アルハラだからね」
「なっ!…バカな!」
魔王サタナエルンは驚き、デッキから外を見渡す。
外は厚い雲に覆われていて、時々雷の光や音を出していた。
「ええい!こんなことで結界が煩わしく思うことは無い!!雲よ!晴れろー!!」
「まあまあ、一杯どうぞ。あっ!ハタチ過ぎてるよね?飲める?無理して飲まなくていいからね」
おっさんは、どこからか取り出したコップにお酒を一杯注いで足元に置く。
魔王サタナエルンは、そんな事お構いなしに雲が晴れるのを見ていた。
そして、雲が晴れると、そこには想像しえない無残な光景が広がっていた。
魔物と、人間が……酒を酌み交わして宴会していたのだ。
貴族がチンチンと金属や楽器を吹いたり、叩いたりして音を出すと布面積の少ない踊り子たちが踊り、魔物が口から火を吐いて場を盛り上げる。
笑い声の絶えない素敵な空間だ。
城の真下で一つ目の巨人の魔物が嘔吐していた。
「あ~あ!あれほど下戸は飲みすぎちゃいけないって言ったのに!?大丈夫かなぁ?」
おっさんもいつの間にか外を眺めて言う。
「…貴様!盛ったな!」
魔王サタナエルンはおっさんに振り向き怒りの形相を向ける。
その際、足元に置いたコップが倒れた。
「ああ!勿体無い!」
おっさんは急いでコップを元に戻す。
しかし、4分の1も残っていない。
「いらないなら飲むよ?」
床に這いつくばってコップから酒を飲む。
ちょうど飲み干したとき、魔王サタナエルンから背中を蹴られ地面に押し付けられた。
「……度し難い。貴様、我を舐めているのか?」
宝珠から眩い光が放たれた。
それは矢のようでおっさんの体を貫く。
「グッ!」
「ハッハッハ!人間の分際なのだ、痛かろう?」
魔王サタナエルンはその光景を見て少しすっきりした。
しかし、その表情も曇る。
光の矢の消えた時、そこには大穴の開いたアロハシャツとおっさんの素肌が見えていたからだ。
「ゲホッゲホッ!咽ちゃった!」
するりと足を抜け出したおっさんは、服を見て驚く。
腹の当たりに大穴が開いていたからだ。
「なに!?魔法耐性だと!では……これで…どうだ!!」
魔王サタナエルンは息を大きく吸い込み、口から火を放つ。
その炎は放射状に広がり恐ろしい熱量でおっさんに襲いかかる。
炎は一瞬にしておっさんを飲み込んだ。
「どうだ!地獄の業火とも言われる我の能力は?……もっとも、燃え尽きて灰になっておるか?ハーッハッハッハ!」
魔王サタナエルンは勝利を確信し、高笑いを押さえきれない。
しかし、しばらくすると、おっさんは炎の中から姿を現す。
アロハやズボンの所々が燃えて穴が空いているが、体は健康そのものだった。
「なっ!……バカなっ……」
魔王サタナエルンは驚きを隠せない。いままでに経験したことのない異様さを感じ、後ずさりする。
おっさんはゆっくりと、魔王サタナエルンに近づく。
そして、自分の姿を確認する。
「あぁーー!あ~!!いっちょうらなのに~!……まぁ、いいや。この気温だったら脱いだほうがいい感じだからちょうど良いや」
おっさんはアロハシャツを脱ぐ。
『この肌色成分は誰得なんだよ!!』
魔王サタナエルンは気が動転し訳の分からない事を考えてしまった。
おっさんはどっかりと胡坐をかいて座る。そしてどこからか取り出した新品のコップに一升瓶から並々と酒を注ぐ。
そして、魔王サタナエルンに差し出す。
「一緒に飲もう!」
キラキラとした一番の笑顔でおっさんは笑った。
もちろん反対側の手は親指を立てて、『大丈夫!大丈夫!』と主張していた。
「……!?!?」
魔王サタナエルンは絶句する。
そして、差し出されたコップをおっさんの手からもぎ取り、酒を一気に飲み干す。
「ッぷはー!」
「お♪いい飲みっぷり!ささ!もう一杯!!」
おっさんは酒を注ごうとするが、魔王サタナエルンに一升瓶を取られる。
そして一升瓶の口から直接ゴクゴクと喉を鳴らし酒を煽る。
「あぁ~!一気飲みは体に悪いよ!無理は良くないよ!」
おっさんはアワアワする。
「ッぷはー!」
魔王サタナエルンはだいぶ飲み、一升瓶を地面に置く。
『しかし不思議な瓶だ…酒が無くならない。これが勇者の聖なる剣というわけか』
魔王サタナエルンは冷静に逡巡する。
そうでないと理解できない。あの光景を。
「あっ!もういいの?じゃあ俺の番だから貰うね」
おっさんは一升瓶に手を伸ばすが、おっさんに取られるより先に魔王サタナエルにひょいっと持ち上げあれる。
「あれ?どうしたの?」
おっさんはキョトンとする。そのせいで、予想外の一撃を喰らってしまうことになる。
「んなわけあるかーーーーーー!」
魔王サタナエルンは一升瓶を持ち替えて、両手で思いっきりおっさんの頭にぶつける。
キラキラと眩い水滴とガラスが時を止めるように舞い散る。
おっさんの最後の顔は笑顔だった。鼻血は出てるけど。
首がゴキリッ!と折れて絶命する。
『あ~あ、せっかく今回は仲良くできたと思ったのに…前回は王様の所でブスリと刺されて終わりだったからなぁ。残念、残念。まあ次は頑張ろう…ん?何を頑張るんだっけ?まあどうでもいいや!ヒック!』
おっさんは反省の色も欠片もなく消えた。
しかし、魔王サタナエルンは思う。
支配とは何なのかを。
『我は相手と敵対し、勝ち残り、恐怖で支配することしか今までしてこなかった。それは、魔族と人間は相容れないと信じていたからに他ならないが……この魔王城周辺では魔族と人間が宴会に興じ、楽しそうに酒を飲んでおる。信じられんが、現実だ。もしかしたら、このように笑顔にあふれる共存共栄の形もあるのかもしれないな』
一矢報いて少しだけスッキリした魔王サタナエルンは、少しだけおっさんの事を思い出す。
その瞬間、一つ目の巨人より、大きな巨人が盛大な嘔吐音をだし、城中に響かせながら吐いた。
人魔混合のゲラゲラとした下衆な笑い声が響く。
『否!断じて否!こんな支配など望んではいない!!!』
魔王サタナエルンは歯を食いしばり天高く杖を掲げ、決心する。
そして、イライラを現したように速足で城の中に入っていった。
「誰かーー!!誰かおらぬかーーーー!!!」
返答は無い。みんな外で宴会しているようだった。
「キーーーーー!!勇者の阿呆め!!とんでもないことをしてくれた!復興を誰がやるんじゃーーーー!!」
魔王サタナエルンの前途多難な支配が始まった。
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