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売れない吟遊詩人のプロローグ

パンド王国は巨大な王国で周辺諸国の盟主でもある。


魔王軍とも互角に渡り合える軍事力を持ち、巨大な穀倉地帯を有するので人口も多い。


その中心都市である王都ベルセルニアは巨大な城塞都市で様々な人がいる。


僕もその様々な人の一人で、名をソウラ・フォン・シューゲルという。


吟遊詩人と言えば聞こえがいいが、そこまで有名ではなく、毎日公園や酒場を渡り歩き日銭を稼いで生活している。




今日は契約している300人は入る劇場兼酒場のステージで歌う。


「~♪私の~愛しい~君へ~♪」

僕は毎回悲恋の歌しか歌わない。


そのことでお客さんから怒られたこともある。


でも、僕はこれしか歌わない。


「なぜ~~♪僕ではないのか~♪」


「ケッ!酒が不味くなる。おいおい!!詩人の兄ちゃん!もういいよ!!引っ込め!!」


「そうだ!せっかく戦いから戻ってきたのに!変な歌、歌うんじゃねぇ!!」


強面の戦士が強い口調で叫ぶ。


すぐに酒場の主人が飛んできた。


「シューゲルさん。今日はもういいから!!楽屋に行って!」


「ええっ!でも…まだ途中ですし…」


「いいから!!楽屋に戻って!!」

僕は渋々楽屋に戻る。



「申し訳ありません!お客さん方。これよりメインステージの開幕です!!」


主人が大きな声で叫ぶと、布面積の少ない踊り子達が楽しそうに笑顔を振りまいてステージに入ってくる。


「ヒャッホー!これだよこれ!!もっと足上げろー!!」


「メラミちゃーん!!こっち向いてくれー!!」

メラミと叫ばれた女がウインクをする。


「ほほぉー!!サイコ-!」

戦士は強面の顔をデレデレに崩しながら器用に指笛を鳴らした。



楽しそうなメインステージの一方、楽屋では主人が僕に詰め寄る。


「シューゲルさん!あんたはなんで悲恋しか歌わないんだ!」

主人が胸ぐらを掴み詰め寄る。


「僕の信条なんです。最初はうまくいったじゃないですか?」


「客層が違うんですよ!!客層が!!今は大きないくさが終わって戦場帰りの戦士が多いんだから臨機応変にやって行かなきゃ!!」


「大きないくさって…シロン平原の魔物討伐ですよね…」


…本当に今回の魔王軍討伐遠征は僕の運命を翻弄してくれる。


「そうですよ!だから、臨機応変にやって貰わないと困ります!!」


「でも…だからこそ、僕は悲恋の歌しか歌えません!」

そう、僕の心がそう叫ぶ。


「だから!臨機応変にやって貰わないとこっちも困るんです!!次に途中で引っ込むことがあったら契約は破棄ですからね!!」


「ええっ!!それは…あんまりだ!」


「こっちも迷惑してるんです!!よろしくお願いしますね!!」

主人は勢いよく立ち上がり、楽屋を早足で出る。


「チッ!…ったく。死んだ爺さんのコネじゃなきゃすぐにも追い出してやるのに」


主人は足早にホールに戻った。



「本当に…この遠征は……」

僕は思い出す。



この魔王軍討伐遠征は5年前から始まった。



当時はまだ没落寸前ながら貴族の末席にいた僕の家。


しかし、王国は比類無き軍事力を持つ盟主の国であるため、貴族に加わりたい新興の家柄は多い。


なので、十数年おきに遠征と称した貴族の粛正を行う。



しかし、粛正と言っても直接には手を下す訳ではない。


誉れ高い『一番槍』を拝命するのだ。


魔王軍は強い。

その魔王軍とのいくさで『一番槍』の死亡率は9割に登る。


『粛正の一番槍』と陰で呼ばれ、生き残れば栄光を、敗れれば死という究極の命令だ。


遠征前に行われる大々的な任命式はさながらタチの悪いショーのようで気持ち悪い。


僕は、『一番槍』の家族席でその様子を見ていたが、すすり泣く母の姿や、うすら笑う大貴族の姿にこの国の暗部を見た。


当然、親父は死んだ。


僕は錯乱した母の薦めで次期当主になりかけたが、事情があり、家を飛び出してしまった。


「…あんな世界なんてまっぴらだ」

僕は楽屋からゆっくりと出て、ホールに向かう。



帰りはお礼を込めて、歌ったホールで一杯飲むのが僕の流儀だ。


僕は、空いているテーブルに座り、カウンターにいるマスターに注文する。


「マスター…ビア一つ。あと…何か適当につまめる物を」


「あいよ!」


カウンターの強面マスターは仕事が早い優秀な人だ。


「はい!ビア一つ。あとつまみのゴロブタの甘露煮だよ」


「ありがとう。お代は…」


「ああ!給料引きね。分かってるよ。ビアだけつけとくから」


「つまみは?」


「若者に激励を込めてプレゼントだ。泣くんじゃねーぜ」

強面な顔を不器用にウインクするマスター。


「…ありがとう。ありがたく貰っとくよ」


彼は本当に気遣いができる人だ。

僕も見習わないといけない。


「ぐー…」

お腹が盛大に鳴った。

僕は頬を赤らめながら、つまみとお酒を口に運ぶ。


誰も見ていなかったが、ついつい早口で飲んでしまった。



空腹のお酒は結構キクもので、ビアを飲みきる頃には顔中ぽかぽかし、いわゆる酔った状態になっていた。



「あれれ?さっきの悲しい歌を歌ってた人じゃないの?」

へんな花柄の服を着た、外人のおっさんに声をかけられた。


「…そう…ですけど」


僕は小声で反応する。


過去3回ほど同じように声をかけられたが、大抵は歌への酷評などで良いことがなかった。


なので、僕も身構える。



「いや~、気持ちのこもった悲しい旋律に透き通るきれいな歌声…すっごくしみる歌で、もうちょっと聞きたかったよ!」


「えっ…」

予想外の賞賛に驚く。


「なんで途中で終わっちゃったかよく知らないけど良かったよ!まあ、これでも飲んでよ!!」


おっさんは持ち込みだろうと思われる大きな瓶から無色透明な不思議なお酒を注ぐ。


そのお酒はビアとは違って泡は無く、強そうなお酒の臭いがした。


でも、お酒の臭いの中にもフルーツのような独特の甘い香りが漂い、嗅いだことない未知の臭いに思わず喉が鳴る。


「さあさあ!乾杯しよう!俺も飲むからさ!」

おっさんも同じようなジョッキにいつの間にかお酒を注いでいた。


「かんぱーい!」

おっさんのかけ声で勢い、乾杯をして飲む。


独特な甘さが口に広がり、飲みやすかった。

しかし…やはり強いお酒だ。

顔がどんどん真っ赤になっていくのが分かる。


「ップハァー!やっぱり秘伝の大吟醸はうまい!」


おっさんはジョッキいっぱいに注いだ、あの強いお酒を一気に飲みきった。

そして自分のジョッキにまた注ぐ。


『ダイギンジョウとはなんだろうか?』


僕は不思議に思った。


「ああ!マスター!コレでなにか食べ物頂戴!文字なんか読めないからさ!適当に頼むよ!」

おっさんは銀貨1枚をマスターに渡す。


「銀貨!そんな大金!悪いですよ!!」


「いいって、いいって。あそこのねーちゃん達からのもらい物だから!」


ステージで踊る踊り子を指さして笑うおっさん。


そういえば、今日の踊り子はヤケに楽しそうだ。


顔も赤く、酔っぱらってるみたいだった。



「こいつを飲み交わせば世界はみな兄弟!ほらほら!もっと飲みなって!あ…もしかして下戸だった?」


「いえ…そういうわけでは…」


僕は意を決して、グビグビ飲んだ。


「プハァー!うまい!」


「よっ!良い飲みっぷり!」

ジョッキを降ろすとおっさんはすかさず不思議な合いの手を入れる。


なんだか酔いも回って不思議な高揚感がある。


「銀貨1枚分の料理お待ち!」


マスターが次々と料理を運んできた。

しかし、さすが銀貨1枚分の料理だけあって量が多い。


「おいおっさん!俺らにも分けてくれよ!」

その様子を見ていたそこら辺の戦士がおっさんに声をかける。


「いいよ!いいよ!ついでにこいつも飲んで行きなよ!」

おっさんはダイギンジョウを注ぐ。


「おほ!ありがてぇ」

戦士は顔をほころばせてダイギンジョウを飲む。


「プハー!うめぇ!」


「おおー!さすが戦士!よっ!世界一!もう一杯どうぞ!」


「ほほぉー!すまねぇな!」

戦士は照れながら酒を酌み交わす。



いつの間にかテーブルは満員となり、いろんな人が酒を飲み交わしていた。


「あ!さっき歌ってた吟遊詩人!」


「は…はい!」

突然声をかけられ、振り返ると、顔に傷のある超強面の戦士が隣に座ってた。


「ねぇ~え。もうちょっと楽しいの歌えないのぉ~」


戦士のごつい腕がしなやかな動きで僕の肩を掴む。


口調も女性が話すような言葉で、そのギャップに背筋が凍る。


「わたしがぁ~、おしえてぇ~あげちゃう~」

戦士は艶めかしい視線を向けて、僕の唇を奪いに来る。


「ひぁ!」


僕は何とか避けた。

戦士はそのまま、床に転げた。


「おお!始まった!デバイ百人長の男殺し!」


「あらぁ~ん!待ちなさ~い!」


僕はホール中を逃げ回った。

僕らの居たテーブルを中心に笑いが起こる。


おっさんや戦士達は互いに飲み交わし、しばらくして魔の手を逃れた僕もその輪の中に入った。



かなり飲み明かした。

いつの間にか、戦士達も居なくなり、また僕とおっさん二人だけになった。



「ねぇ、なんで悲恋の歌しか歌わないの?」

おっさんが不意に言った。


「なんで、それ聞くんです?もしかしたら楽しい歌も歌えるかもしれませんよ?」


酔っぱらっている僕の口調は挑発的で、自嘲気味に顔もにやけさせていた。


「俺だったらあの場で悲恋の歌なんて歌わない。それに感情のこもった叫びみたいな感じがして…ね」


図星だった。


「やっぱり分かります?」

僕は観念したように語った。



僕には貴族時代に婚約者が居た。


同じ時期に貴族になった祖父同士は仲が良く、生まれてすぐに婚約することが決まった。


僕と婚約者は幼なじみと言うこともあり、相思相愛だった。


しかし、転機が訪れる。そう、例の『一番槍』に任命された件だ。


うちが『一番槍』に決まると、その子は別の所に嫁ぐことになった。


お互いショックで泣き明かしたが、家の方針ではどうしようもない。


無理矢理納得させた僕達は、悶々とした日々を過ごした。


そして、戦死の式典のとき、元婚約者の父親が陰で他の貴族に話していた事を偶然耳にした。


『婚約を破棄させるために一番槍に推挙した』

『娘は大貴族のあなた様の息子に嫁がせます。お互いの繁栄のため』


僕は魔物より恐ろしい人間の性をその耳で聞いてしまったのだ。



「僕はそれ以降、家を飛び出し吟遊詩人として生きてますが…悲恋の歌以外納得のいく歌が歌えないんです」


「悲しいねぇ。実に悲しい」

おっさんはしみじみと語る。


「でも、生きてく上で悲恋の歌以外も歌わないと生活しにくくない?」


「正直苦しいです。でも……ずっと…納得できなくて」

僕の目から涙が溢れる。


「ふ~ん。納得できないのにこんな生活続けるんだ」


「僕には歌以外の取り柄が無くて、色々試したんですが…どれも難しくて」


「いや、そうじゃなくて。人生に納得してないのに諦めちゃうのかって意味だよ」


「え?」


「まあ、死んでる俺が言うのも何だけど…」


「??」


「納得できないんだったら、納得するまで挑戦した方が良いんじゃないかな?せっかくのチャンスが勿体ないんじゃない?」


「没落貴族がチャンスですか?面白いことを言いますねぇ!はははっ!」


「でも一応当主にはなれるんでしょう?」


「なれますよ。でも、代わりに恩給は無くなり、そして、また『一番槍』として酷使される運命ですけどね!……そんな…クソみたいな世界は、もうこりごりです」


「じゃあ、諦めて生活のためと思って喜劇でもなんでも歌ったら?」


「……」

僕は、答えられなかった。


「まあ、今度は楽しい曲を歌ってるか、貴族になってるか分からないけど、とにかく自分が納得できるように生きなよ。おっとっと、もうこんな時間だ」


おっさんが立ち上がる。


「どうしたんです?」


「さっきの踊り子ちゃんの所で飲み直しだよ。約束したんだ」


「……」


「まあ、後悔しないようにね!まだ若いんだから」


「…おっさん」

おっさんはピラピラと手を振り去っていく。



僕は、そのあとジョッキに注がれたダイギンジョウの残りを飲みながら考える。


僕がこの後どうしたいのか、そしてどう生きたいのかを。

しばらくして店をでる。



店を出たところで、遠くで何かが水に落ちるような音がした。


僕は振り向くと、そこには店の前を掃除する酒場の主人が居た。



意を決して主人に語る。


「ご主人。いままでお世話になりました。僕は吟遊詩人を辞めようと思います」

突然の宣言に酒場の主人は驚いた。


「ああ…お疲れ様。残念だが……気が変わったら…また声をかけてくれ」

言葉を選びながら語る主人。



「……これからどうするんだい?」


「この5年間を取り戻そうと思います」

僕ははっきりそう言った。



「ん?そうかい…給金は明日でも取りに来てくれ」


「はい。ありがとうございました」

僕は晴れやかな気持ちで家路についた


きっとあのダイギンジョウが体の中で燃えてるに違いない。


じゃないとこんなに体がポカポカしてやる気に満ちあふれるなんて考えられない。


僕の5年間を取り戻す人生がいま…始まったのだ。









ちなみに、おっさんは女の子の所に飲みに行く途中で、足を滑らせて川に落ちて絶命しました。

ジョッキで一気飲みなんて無茶な飲み方はダメ!ゼッタイ!

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