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古井戸のお化け

「う~ら~め~し~や~」

長屋の奥にある藪が生い茂る古井戸に響き渡る恨めしそうな声。

足のない、うっすらと見えるその姿は紛れもない幽霊の姿だ。



しかし、周りには誰もいない。

しかも、まだ昼間である。



「はぁ~、今度こそは脅かしてやる!もう一度練習!練習!」

幽霊は小さくため息を吐きながら決意を固める。



彼女がなぜ幽霊になったかは分からない。


なぜこの古井戸にいるのかもわからない。


なぜ死んだのかさえも分からない。



しかし、天国にも地獄にも行けなかった彼女はここで地縛霊として人々を脅かす事しかできなかった。



「恨めしや~!」

気持ちがこもった声だった。


しかし、彼女の幽霊としての成績は芳しくない。


もともと人の通らない長屋の奥。


しかも、手入れのしていない藪が人の背丈を超えて生えており、使わない古井戸には誰も寄りつかない。



そしてもっとも重大な問題は、彼女は大の恥ずかしがりやということだ。



数ヶ月に1回ぐらい掃除のために人は来るが、脅かすのが恥ずかしくてでられなかったことも多い。


また、勇気をもって脅かしに出ても、あまりにも遠くでかつ、か細い声で喋るため、気づかれないことも多い。



なので、今日も練習を欠かさない。


「恨めしやーーー!」


「なにが恨めしいの?」


「ひゃぁ!」

おっさんの存在に気付かず、気持ちよく練習していた彼女が逆に驚かされた。


「だっ!誰ぇ!」

彼女は目に涙を浮かべ抗議の声を上げる。


「ただの通りがかりのおっさんだよ」


「おっさん!?」

彼女は改めておっさんを見る。


しかし、剃髪もしていない髪に、ボサボサの無精髭、見たことのない花柄の服のようなものを着て、一升瓶をもっている。


『傾奇者?』


彼女の常識では計り知れないおっさんだ。


「で、なにが恨めしいの?」


「べ…別にぃ……」

古井戸の中に体の大部分を引っ込めてもじもじしながら答える。


「まあまあ、そんなに警戒しないで!別に何かしようって訳じゃないから、出てきてなよ!!こいつでも一杯飲もう!!」


おっさんはどこからか取り出したコップに一升瓶からお酒を注ぐ。

そして、どっかりと地べたに胡座を組んで座った。


「……」

彼女は出てこない。


「あれ?もしかして、未成年?」


「未成年じゃ……無いですけど」


「じゃあ、飲まなくてもいいからさ。こっちに来て話そうよ?」


「…はぁ~い」

彼女は若干ふてくされ気味に古井戸から出ておっさんの横に座る。



「……くさっ!!昼間っからどれだけ飲んでるんですか!!体に悪いですよ!!」

隣に座ったとたん、おっさんのすさまじい酒気に圧倒される。


「優しいねぇ~。美人さんに体を心配されるなんて、俺はなんて幸せ者なんだ」


「幽霊ですけどね!!というか、私の事怖くないです?」

美人と言われ少し恥ずかしく頬を赤らめながらぶっきらぼうに答える。


「こんな美人さんと話せるんだったら幽霊でも嬉しいねぇ!」


「そうですか……で?何の用件です?」

嬉しいと言われがっかりする。


「何となくだよ。何となく。ただ、君が何か悩んでるような気がしてね。たとえば…お化けなのに人を脅かせれなくて困ってるとか?」


『ギクッ!』


「そ、そそ、そそそ、そんなことは~~無いですよ!?」

彼女は動揺し、いつの間にか自分の前に置かれていた先ほどのコップに入った液体を一気に飲んだ。


「…ップハァー!ヒクッ」


「おおー!よっ!いい飲みっぷり!!」

以外とフルーティで飲みやすくおいしかったが久しぶりのお酒で急に酔いが回った気がした。


『あれ?私、幽霊のはずなのに…何で飲めるんだろ?』


素朴な疑問を感じたが、酔いのため深く考えることができなかった。



「で?なんで、脅かす練習してたの?」


「……ごめんなさい。嘘をつきました。あなたの言う通りです」


「やっぱり!俺って勘が鋭いから、こういう時って当てるの得意なの!!やったー」


「……」

喜ぶおっさんを横目にジト目で睨むことで抗議の意志を向ける幽霊の女。


「ああ!ごめんごめん。もう無くなってたよね。もう一杯どうぞ!」


『そういう訳じゃなくて…』


違う意味でとらえられたが、確かに飲みたい気分だったので素直にコップを差し出す。


「まあ、まあ、まあ、まあ」


「おっとっとっと」


溢れんがばかりに並々と注がれる。

彼女は少しだけ飲む。


「う~ん、俺が思うに、人が来ないのが問題なんじゃないのかなぁ?」


「それよりも…私が恥ずかしがりやなのが問題なんですぅ~」


「恥ずかしがりや?」


「うぅ…そうなんですぅ~」

目に涙を浮かべながらおっさんにすがる彼女。


「あらら…泣いちゃあ美人さんが台無しだよ~」


「泣いてません!」

グスグス言いながら抗議する。


「私だって努力はしてるんですぅ~。でも、ちょっと強面の人だったり、転んだら危ない子供だったりで出る機会を失ったというか…なんというか…」


「ふ~ん、大変だねそりゃ」

おっさんは肩をつかもうと手を伸ばす。


しかし、手は彼女の体を通り抜け空を切った。


「ありゃ?」


「だから、言ったじゃないですか。私は幽霊ですぅ!」


「ありゃりゃ…そりゃ残念。じゃあ微力ながらこのおっさんがお手伝いしましょう!」


「えっ!何をするんですか?」


「そりゃもちろん人を呼び込むんだよ!場数を踏んだらそんなちっちゃい事、気にならなくなるって!それに……」


「それに?」


「次から来る人たちは君が出てくることを期待してくる人たちばかりだから遠慮は無用だよ!」


「??」


「まあ、夜をお楽しみに!!俺がまた来た後、いっぱい人が来るはずだから、遠慮せずじゃんじゃん脅かしていいからね!頑張って!」


おっさんが肩を叩こうとしてまた空を切る。


「……意味が分かんない」


茫然とする彼女を置いて颯爽と手を振りながら歩いていくおっさん。

取り敢えず、彼女はお酒を飲み、人を脅かす練習に戻った。




しばらく入口付近が騒がしかったが、小一時間で静かになり待望の夜になった。


おっさんは満面の笑みで約束通り来た。


彼女は少し嬉しかった。そして期待に胸膨らませ待機する。



そして、地獄が始まった。



確かに、ある程度は人が来るんだろうなぁと予想はしていたし、そのために今日は入念に練習していた。


でも、2分おきに人がどんどん来る状況を予想はできなかった。



確かに驚いてくれる。


自信も付いた。


でも、なんだろう?


何か違和感がある。


私はあのおっさんに利用されているのでは無いだろうかと。



夜も更け、人も来なくなり、おっさんが来た。


「お疲れ様!!大盛況だっただろ!?」


「……私はもうクタクタですぅ」

正直、今日は何回恨めしや~と言ったかわからない。


「でも、どうやって人を呼んだんですか?」


「ん?入口見たらわかるよ!



彼女とおっさんは入口に向かう。


そこには、ありあわせの戸板が立てかけてあり、『お化け屋敷!本物が出るよ!』と書いてあった。


そして、下の方には『1回2文!』と付け加えてあった。


「いや~、儲かった!儲かった!」

おっさんは悪びれる様子もなく、小銭をじゃらじゃらいわせて言った。



「なにせ本物だからね!呼び込みも頑張ったんだよ。コレで町中を練り歩いて…」


そこには、看板のような板に、『お化け屋敷!本物が出るよ!1回2文』と入口と同じ文字がデカデカと書いてあった。



彼女は開いた口が塞がらなかった。



たしかに、嘘は書いてないし、私に言ったことも守ってくれた。

……でも、コレは無いだろう?



おっさんと彼女は古井戸に戻る。



「さあ!明日からもジャンジャン人呼んで、バンバン稼ごうぜ!!」

おっさんは、コップを彼女に渡す。


「……」


「あっ、これは今日の給料だよ!一応、利益の半分だから!」

ポケットからジャラジャラと小銭を出して、彼女のコップの近くに置く。


「……」


「どうしたの?」


「ちょっと、そこに立ってもらえます?」


「??いいよ!」

おっさんは古井戸の前に立つ。


「えい!」

彼女はおっさんを思いっきり押した。


「あら~~~!!」


おっさんは古井戸に落ちた。


おっさんは『こっちからは触れることできないのに、向こうは触れれるなんて羨ましい』と思いながら枯れ切った古井戸の底に頭をぶつけて絶命する。



「幽霊を利用するなんて、なんて人なの!」

彼女は怒りながらおっさんの酒を一気飲みする。



飲み終えたとき…彼女の体が消えだす。


「あれ?……あれれ?」


聖なる光が彼女を包み込み、彼女は成仏した。


それは、お神酒の力か彼女の呪縛が終わったのか。神のみぞ知ることだ。




その後、この古井戸は、お化け伝説と共に大事に後世に受け継がれていった。


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