魔導士リリムの恋煩い
私こと、リリム・ミルモント・エイコブ・イワーニャはパーティーから離れ、古代遺跡のダンジョンを絶賛探索中だ。
私は魔導士なので少々の魔物なら一人で対処できる。
あんな、色ボケリーダーや巨乳の露出狂戦士やガキンチョの盗賊なんて必要ない!
「そう!必要ないのだ!」
私は天高く杖を突き上げ、意気揚々と奥へと進む。
「……アレクのバカ」
軽快な足取りとは裏腹に、小声でリーダーの悪口が思わず出てしまった。
話しは子供時代まで遡る。
私と、アレクは幼なじみだが、成長が遅い私はいつもからかいの対象になり、悔しくて泣いていた。
そこを颯爽と守ってくれたのがアレクだった。
幼少時代の記憶なので多少美化されているが、私がアレクにあこがれを抱いていたのは間違い無い。
その後、魔導学校に入学した関係で、離ればなれになるが、卒業後、冒険者組合で再会した。
幼い日のあこがれが恋に変わるのはさして時間はかからなかった。
しかし、当初は二人パーティーだったのが、女戦士と盗賊を加えたところから話しがややこしくなってくる。
実力はあるが、性格に難ありの二人だったのだ。
ここ数ヶ月の冒険は最悪だった。
やけに私に突っかかってくるガキンチョ盗賊に、女の武器を使いアレクに迫る女戦士。
鈍いアレクに私のほのかな恋心が伝わるわけ無く、いつも私はイライラしていた。
そして2日前の事件だ。
古代遺跡のダンジョンに潜って3日目の夜。
夕食を取って、いつもの通り、結界を張り眠りにつく。
夜中、トイレに行くために起きると、女戦士の胸に埋もれるアレクの姿を目撃した。
私は瞬時に怒りの沸点が臨界点を突破して、荷物をまとめて逃げ出した。
「どーせ、私はロリ魔導師ですよーだ」
それは、否定できない事実だ。
成人して2年は過ぎているが、胸は絶壁、身長も子供とさして変わらない。
酒場でお酒を飲むと、マスターから怒られるほど、童顔なのだ。
一応、自分の胸を叩いてみるが、ぺたぺたと平たい感触しか伝わらなかった。
一方、女戦士は、身長も標準女子より頭一つ分背が高く、毎日の鍛錬で鍛え上げられた体は、ボン・キュ・ボンの形容詞がよく似合うグラマーな体つきをしている。
しかも「剣が鈍る」とか言って、金属製の鎧は重要部分をかろうじて隠せる程度の面積しか無く、女性の私が見ても水着かなんかかと見間違えるぐらいの物しか付けてない。
「…うらやましい」
思ってることが口から出てしまうくらいホントにうらやましい。
「しかし…本当に深い遺跡だな」
イライラしながら先に進んでは見たものの、奥深いダンジョンの終点は見えない。
途中遺物なども見つけたが一人のため、マーカーだけ置いて先に進む。
「魔法小物入れはアレクのリュックの中だった…失敗したぁ」
すこし泣きそうになった。
しばらくすると、広間にでた。
かなり広いようで、その中は薄暗く、暗視の魔法をかけようとした。
しかし、かけれられなかった。
いきなり、動く石像が現れ炎を吐きかけてきたのだ。
「わっ!」
私は、すんでの所で避けることができた。
動く石像は連続して炎を飛ばしてくる。
私は避けるので精一杯だった。
そして、ある程度距離を取ることに成功した時、動く石像が違う方向に振り向き、動き出す。
「何?もしかして…アレク達が来たんじゃ!?」
私は急いで暗視魔法を唱える。
何とか、魔法が発動すると、動く石像の先に一人の花柄の服を着たおっさんがいた。
あまりの場違いな格好の人間を見つけ、私は唖然となってしまった。
しかし、動く石像は無情にも炎を吐きかける。
「あっ!!あぶなーーーーい!!」
私は精一杯の声を出した。
しかし、残酷なことに炎はおっさんを飲み込んだ。
「……クッ!おのれ…『我と契約せし氷の神よ、我の祈りに答え…』」
私は、攻撃魔法の唱え始めた。
「おお~良いあんばいだ、丁度、熱燗が飲みたかったんだ~」
のんきな声が聞こえる。
紛れもなく、おっさんのいた場所から聞こえた。
「??」
思わず呪文を唱えるのはやめて、炎の先を見た。
そこには、先ほどのおっさんが胡座をかいて、のんきに何かを飲んでいた。
動く石像が更に炎を吐きかける。
しかし、おっさんは一向に動じず、ダメージも受けず、何かを飲んでいた。
「…意味わかんない!」
周りを見渡しても、あの炎で溶けた岩が散乱している。
『炎は幻覚なんかじゃない!』
その中を無傷でいるなんて考えられなかった。
「いや~おいしい熱燗だねぇ~。どうもありがとう!お礼に一杯あげるよ!!」
おっさんはコップに入れた液体を勢いよく、動く石像の口めがけて投げた。
驚くことに、液体はきれいな放物線を描き、動く石像の口に全て入った。
「ウゴォォォン!」
その直後、動く石像はうめき声を上げ、倒れた。
「ありゃ?壊れちゃったかな?まあいっか、知ーらないっと」
おっさんは気にもとめずに液体を飲んでた。
私は意を決して、おっさんに話しかけることにした。
「ちょっと!あんた!何やってるの!」
「…?見りゃわかるじゃん、お酒飲んでるの。あんたも飲む?…ありゃ、なんだ子供か」
おっさんは残念そうに語った。
「…グニュニュニュ!私は成人してる大人のレディです!お酒くらい飲めます!!」
「ホント?でも、おっぱいもちっちゃいし怪しいなぁ」
カチンと来た。
「いいから!注ぎなさい!!私は町では酒豪でならしてるんだから!!」
「そう?そこまで言うなら…はい!どうぞ!」
おっさんは何処からかコップを取り出し、注いだ。
その液体からは、お酒の臭いと共にフルーティな芳醇な香りが漂う。
また、炎で暖められたせいか、若干湯気が立ち、鼻の奥までお酒独特のツーンとした香りが通り抜けていった。
しかし、こんな調和の取れたお酒の香りは嗅いだことがなく、思わず喉が鳴った。
「…毒は入ってないでしょうね?」
「俺も飲んでるよ?乾杯する?」
見れば、おっさんも注いでは飲み、注いでは飲みを繰り返していた。
ゴクリ。
一口飲む。
口の中にフルーティな甘さが広がった。
熱せられているためか、すぐに手足の末端まで暖かい感触が駆け巡り、体中がポカポカしてきた。
「…おいしい」
思わず心の声が出た。
「でしょ?ささ!もっとグッとやって!グッと!」
ゴクゴクゴク。
「ップハァー!」
「よ!良い飲みっぷり!」
「ねぇ、あんた誰なの?」
おっさんの不思議な合いの手を無視して質問する。
「見ての通り、ただの通りすがりのおっさんだよ」
「うそ!ただのおっさんが、あんな炎をまともに浴びて死なないわけ無いじゃない!飲ませたのってコレでしょ?なんであのゴーレムを倒せたの?」
「そんなこと俺は知らないよ。酒が飲めれば何処でも天国。話し相手に誰か居ればなお結構だ」
「はぁ?意味わかんない!このお酒は何なの?」
「秘伝の大吟醸だよ。神様特製の」
「ダイギンジョウ?神様?ますます訳分かんないぃ!」
「まあまあ、難しいことは置いといてさ!グッと飲みなよ!」
おっさんが私のコップに更にお酒を注いで溢れそうになる。
「あとととっ!ズズゥー!ちょっと!勿体ないじゃない!」
表面張力ぎりぎりまで注いだので勢い飲んでしまった。
「出会いに…かんぱーい!」
「…かんぱい」
おっさんが勢いよく乾杯してきたので、私も乾杯した。
それから、しばらく、おっさんに質問しながらお互い飲み交わす。
しかし、次第に酒量も多くなり、私も酔ってしまった。
「ちゅぎー、つぎのしつもーーーん!」
「はいはーい!」
「なんれぇ、このお酒はーー無くならぁらいんれすかぁ?」
「なんだ…また、マジな質問か」
「マジじゃダメらんれふかぁ?」
涙目になる私。
「ダメじゃないよ!っといっても俺もよく分かんないだよ。神様から貰ったからね。この一升瓶」
「イッショウヒン?」
「一升瓶はこの瓶の名前だよ」
「そうれふか…」
「俺から質問して良い?」
「はい!どうぞ!」
「なんで一人でこんな所ウロウロしてるの?」
「う…それは…」
一瞬で酔いが覚めた気がした。
「それは?」
「パーティからはぐれたというか…何というか…」
顔を赤らめてモジモジしながら言う。
「迷路になってるの?」
「いやその~…」
言葉に詰まり、目が泳ぐ。
「わかった!仲違いしたんでしょ!」
「うっ!」
顔から大量汗が出てくる感じがする。
その様子を見て、おっさんはニヤニヤする。
「ははぁ~。こりゃ恋の臭いがするぞ。ずばり、誰かを好きなんだけど、気付いて貰えないのに、横やりが入って飛び出したって感じでしょ?」
「にゃっ!…なんでわかりゅの?」
嫌な汗が止まらない。
たぶん、変な顔をしているだろうが動揺が止まらないのでそれどころではない。
「おっさんは勘が鋭いんだよ。人生経験豊富だからね」
私は、コップに注がれた冷たくなったお酒をぐいっと飲んだ。
「プハァー!」
「おっさんが聞いても良い内容かな?」
私は、意を決しておっさんに相談した。
「なかなかの鈍さだね。そのアレクくんは」
「だっしょー!なのに女戦士とイチャイチャとして…どーせ胸は無いですよ-だ」
「はは、胸は関係ないと思うよ」
「でも!おっさんも大きい方が好きなんでしょ?」
「そりゃあったらあったで楽しいとは思うけど、無いから嫌いとか思わないなー」
「そうかにゃー?」
「俺が思うに、今ごろ必死になって探してんじゃない?」
「…いちゃいちゃしてると思ふ」
「そんなこと無いよ。仲間思いの良いリーダーじゃないか。信用してないの?」
「信用は…してる。けど…」
「けど?」
「いちゃいちゃするのはむかつく」
「はは!じゃあ、いっそのこと告白しちゃえばいいじゃん」
「こっ!こ・く・は・く!むりむりむ~り~」
私は顔が赤くなり思わず手で覆い隠した。
「でも、それだったら、一生わかり合えないね。断言できる」
「え…それは…嫌っ!」
私は目に涙を浮かべた。
おっさんは軽く笑って優しく語る。
「もうそろそろ迎えに来ると思う。たぶん…一人だ」
「え?」
「そこが最大のチャンス!勇気をもって告白した方が良い」
「そんなの無理だよ~」
「いや。断言できる。しないと後悔する。若いんだからフラれたって良いじゃない?」
「でも~!」
「さあ、おっさんはココで退散するから、後は若人達が青春を謳歌してくれたまえ!」
おっさんは急に立ち上がり、奥の扉に歩き出した。
「ちょっと!おっさん!」
私も立ち上がったが、酔ってるせいか方向感覚が分からず、ふらついて膝をつく。
「いい話を聞かせて貰って元気が出ちゃった!頑張ってね~!」
おっさんが扉の奥に行くと、重厚な石の扉が閉まった。
そして、ガコン!と底が抜けるような大きな音がした。
「おっさん…」
私が感傷にふけっていると後ろから声が聞こえた。
「リリムーーーー!」
そう、紛れもないアレクの声だ。
「アレク!」
酔いも覚め、立ち上がり、アレクと抱き合う私。
「うわ!酒くさ!いままでいったい何してたんだ」
アレクはリリムから漂う酒気に顔をゆがめながらも、優しく頭を撫でる。
「アレクが悪いんだからね!」
リリムは抱きつきながらぷいっとそっぽを向く。
一瞬の間があった。
「その……ごめんなさい」
リリムはしおらしく謝る。
「どうした?急に?」
「あのね…私…あなたのことが好きだから飛び出したの……ごめんなさい」
「はっ!?なっ!?何を…!」
「だーかーらー!この手を離さないでねってこと!じゃないとすぐにどっか行っちゃうよーー」
リリムはアレクから飛び出して、遺跡の奥に向かった。
「あ!ちょっと待てって!リリムーー!」
「あはは!いやーだよーーだ!」
後に分かったことだが、女戦士はアレクに気が全くなく、寝相が悪かったのであんな状態になっていたらしい。
女戦士いわく、「リリムがアレクを好きなのはパーティに入った瞬間から分かってた。だから手を出すわけがない。あっ……そうか、ココにも鈍い奴がいるなぁ。似たもの夫婦だ!あっはっは!」といって、私の頭をワシワシ撫でられた。
私にはよく意味が分からなかったが、その言葉を聞いてガキンチョ盗賊がショックを受けていた。
「なんなんだろう?」
大きな問題は一つ解決したが、新たな謎が一つ残った。
でも、私たちはこれからも冒険を続けていけそうだ。
ちなみに、おっさんは遺跡の床のトラップが作動して抜けて絶命し、転生しました。
8/16誤字を発見して訂正しました。
8/21致命的ミス発見。訂正しました。
8/23 話数変更本章6話→本章3話