魔窟(前)
城塞都市キルヒの西に広がる古代遺跡群。
その最西端に存在する、『魔窟』と呼ばれる変化するダンジョンはまるで生きているようだった。
そんな、ダンジョンをこよなく愛する冒険者の一人が私、エマ・シルフォード・オックスだ。
今年で、成人して7年。中堅冒険者として少しは名前が通ってきた。
しかし、ここ最近は悩みがある。
後輩冒険者にストーキングされているのだ。
「おねーさまーー!」
ほら、来た。
今日も全力で『魔窟』に急ぐ。
「あっ!待って下さいよ!!おねーさまーーー!!」
彼女の名前はユーノ・ベルフォックス・フォン・アイヒランド。
正真正銘の貴族のご令嬢だ。
何でも、政略結婚が嫌で家を飛び出したのはいいが、あてもなく冒険者になり『魔窟』で彷徨っているところ、私がたまたま通りがかり、助けてしまったのでストーキングしているようだ。
「おねーさまーーー!追いついちゃいますよーーー!」
ユーノは足がめちゃくちゃ速い。
それもそうだ、素早さのスキル『俊足』を持っているからだ。
盗賊になった方が良いんじゃないか?と思う。
「ひひひひ!!」
ヤバイ。
もうすぐ追いついてしまう。
私は、力のスキル『剛力』はあるが、足は遅い。
当然いつも捕まってしまう。
「つっかまえったーーー!」
「わぁっ!」
ユーノは私の小さい胸を掴む。
「う~ん!掴みやすい良い大きさ♪」
「この……!アホウ!!」
私はヘルメットの上から『剛力』スキルを使い、拳骨で殴る。
「イタッ!!おねーさま!痛いですぅ!」
ユーノは座り込み、ヘルメットを脱ぎ、頭をさする。
そこには見事な、たんこぶができていた。
「毎度毎度……なんで、私の胸を掴むの?迷惑なんだけど?」
「だってぇ……掴みやすい位置と、掴みやすい大きさなんですのぉ!」
「それは、私の身長と胸は平均以下と言いたいわけかい?」
私はまた、スキルを発動して威圧する。
こいつはホントに私が気にしていることをズバズバ言ってくれる。
「違いますぅ~。おねーさまは私にぴったりっていうことを言いたかったんですぅ~!」
ちっとも、そんな風には聞こえない。
「とにかく。今日は第4階層まで行くんだから!ついてこないでよ!!」
「嫌ですぅ~!!私も、おねーさまと一緒に冒険したいですぅ~!!同じパーティーなんですから!!」
「そのパーティー届けは無効だ。私のサインを偽造して、勝手に冒険者組合に提出した物だからな」
「え~!でも、もう認可されてますよ!ほら!!」
ユーノは冒険者組合発行のパーティー認定証を見せる。
「私は貰ってない!!無効だ!!」
「そう言うと思って……私が代わりに貰ってきちゃいましたぁ♪」
ユーノはもう一枚の認定証を笑顔で見せる。
「くっ!そう言うところの頭の回転だけは速いんだから!!私は受け取らない!!絶対!!」
「え~!貰って下さいよ!!あっ!じゃあ、今度ぉ、勝手に道具箱の中に入れときますね!!」
ユーノはポジティブ過ぎる。
私がいくら言っても諦めない。
しかも、女の子が好きと来ている。
そんな、後輩冒険者に私は見初められてしまったのだ。
これが憂鬱と言わずなんと言おうか。
「はぁ~……邪魔するなよ。分け前も折半な」
「9:1でいいですよ!!もちろん!おねーさまが9割で!!その代わり添い寝を付けて下さい!!」
「絶対折半!死んでも折半だ!!あんたと添い寝したらナニされるかわかったもんじゃない!!」
「え~!!ただ××を××してちょこっとだけ舐めるだけですよ~!」
「舐められてたまるか!!」
「え~!じゃあ、触るだけでも……」
「絶対ダメだ!いいか!!帰っても絶対に私の部屋に入ってくるなよ!!入ってきたら窓から飛び降りる!!ぜっっったい!!入ってくるなよ!!昨日のように!!」
「わかってます!おねーさま!!それってフリって言うんでしょ?知ってますって!!」
「……」
私は議論を諦めて『魔窟』に急ぐ。
「あっ!待って下さい!!おねーさまったらぁ」
ホントに憂鬱だ。
昨日もあんまり眠れなかったのに……また、眠れないのか……はぁ~。
そんなこんなをしているうちに、『魔窟』に到着する。
もう一度装備を確認し、ダンジョンに入る。
このダンジョンは第5階層まで分かれてあるとされ、それぞれの階層をまたぐのにエレベタという箱に乗る必要がある。
エレベタのある部屋はいつも同じだが、それまでの道は毎回違うため、迷うこともしばしばある。
なので、私はマッピングしながら慎重に進む。
「おねーさま!ゴブリンの足跡が……」
「おっと。ありがとユーノ。……まだ新しい。近くにいるみたいね」
私達は武器を取る。
慎重に奥に進む。
すると、ゴソゴソと動く音がする。
ちょうど、ダンジョンは右に90度、折れ曲がってるところにさしかかる。
ハンドサインでユーノにゴブリンがいることを知らせる。
ユーノが頷き、私は音が響くように石を投げた。
「グギャアアア!!」
ゴブリンが3体、石に向かって攻撃する。
このダンジョンは暗いため、魔物は総じて目は退化し、耳や嗅覚を頼りに攻撃してくる。
私は冷静に、ゴブリンの後頭部めがけてツルハシを打ち込む。
グシャ!という肉を貫く音がして、ゴブリン一体は死んだ。
「ゴゲ?」
他の2体のゴブリンが気付く。
しかし、細長い長剣がその2体のゴブリンの胸を電光石火の早さで貫く。
「ガギャギャギャ!!」
ゴブリン2体はのたうち回るが、すぐに絶命する。
「ふぅ」
「3体で良かったですね。おねーさま」
「ああ。この間6体出てきたときはさすがに焦ったね」
ゴブリンはよく出てくる魔物だ。
しかし、5体以上で出てくる事もあり、とてもすばしっこいので注意が必要だ。
私達は装備などの欠如の確認と武器の手入れを少ししてまた潜る。
そして、第1階層のエレベタのある部屋に到着する。
私達は、奥の小部屋に入り、特定の石を押し込む。
ガコン!ゴゴゴ!!
扉が締まり、浮遊感と共に、下に動くような感覚がする。
「うへぇ~。毎回思うけど、変な感じ」
私はこの浮遊感が嫌いだ。
「そうですか?私はワクワクしてきます!戻るときのうえに上がる感じも好きです!」
「両方嫌い」
私がそう言った直後、ガコン!と音が響き、先ほどの扉の反対側の壁が開く。
いつも、思うが。
戻るときも絶対に扉から入るので、構造上、反対に向きを変えている事になる。
どういう構造をしているのだろうか?
いまだに解明はされていない。
そんな、雑多なことを考えながら私達は第2階層に足を踏み入れた。
第2階層は大きな広間が連続で続く階層だ。
「パオーーー!」
巨大な像のような魔物がこちらに走ってくるのが見える。
この魔物は『チカゾウ』という。
この階層で注意しないといけないのは、このような大型の魔物だ。
しかし、この階層は比較的明るいので、早期に対処がしやすい階層だ。
チカゾウなんかは足が比較的遅いので対処はしやすい。
私達は冷静に相手との距離を測り、攻撃準備をする。
「せい!」
ユーノが足をめがけて切りかかる。
魔物も鼻で攻撃するが、俊足スキルのおかげで当たらない。
ユーノの細長い剣が右足2本を斬りつけた。
「パオオオォオ!」
思わず魔物は右足だけ跪くような形で倒れる。
「そーーーりゃ!!」
そんな、魔物の額めがけ、私はツルハシを打ち込んだ。
ゴシャ!という、頭蓋骨がへし折れる音と共に、脳みそを貫通した感触がした。
「パオォォォォオオ!!」
魔物はひとしきり叫び、横向きに倒れる。
そして、絶命する。
「チカゾウは肉がおいしいから魔法の小袋に入れて持っていこう」
「そうしましょう!久しぶりの肉ですね!!」
チカゾウは肉質が柔らかく、脂がのっているため焼くと非常に美味な魔物だ。
保存食としても重宝されているが、なかなか出てきてくれない。
いわゆる、御馳走の部類の魔物だ。
私達は、協力して、皮を剥いで脂ののったトロと呼ばれる部分だけを細かく刻み、魔法の小袋に密封して入れる。
そして、再度、装備の確認をして、武器の手入れをして、先に進む。
「やっぱり私達って、いいパーティーじゃありません?」
ユーノが歩きながら話す。
「……」
私はマッピングに集中しているフリをして無視した。
しかし悔しい事だが、ユーノは私の足りない素早さを最大限活用する優秀な遊撃手タイプで、一方、私は、このツルハシで一撃必殺を得意とする重戦車タイプ。
うまい具合に調和が取れている事は確かだ。
そして、なによりユーノはバカなフリをして結構、カンが鋭い。
なので、安心して背中を預け、私はマッピングや状況判断をしやすいのだ。
ソロで潜っていた頃は、やっと3階層が行けるか行けないかだったが、二人で潜りだして、普通に4階層まで潜れるようになった。
これをいいパーティーと言わずなんと言おうか。
しかし、性格的な面が最大のネックなのだ。
特にユーノの百合気質。
「それさえ無ければなぁ……はぁ~」
思わず私は小声で呟き、ため息をだす。
「ん?何か言いました?おねーさま?」
ユーノはひょこひょこと近づいてきた。
「何でもないわ。何でも」
「あっ!もしかして、胸を掴まれたいんですかぁ?いや~ん!こんな所で不謹慎ですわぁ!興奮しちゃいますぅ!!」
「何でも無いったら!!」
はぁ~……疲れる。
そうこうしていると、第3階層に繋がるエレベタの部屋に到着した。
私達は、同じようにエレベタを起動させ、第3階層に足を踏み入れた。
第3階階層は一本道だが、左右の壁が無く、落とし穴になっている。落ちたら最後、行方不明になるので注意しないといけない階階層だ。
どのような仕掛けかわからないが、左右の落とし穴は底が見えない。
1回石を投げてみたことがあるが、底につく音は聞こえなかった。
一本道をただただ進む。
「おねーさま。ソロソロじゃありません?」
「ああ。急ぐよ!!」
私達は走り出す。
何故かというと、この階層の一番要注意ポイントがこの後に来る、飛翔魔物なのだ。
「キィキィキィキィ!!」
ほら来た。
「キィキィキィキィ!!」
コウモリのような魔物は、100匹以上はいるであろう大群で後ろから責め立てる。
もちろん、追いつかれると、かみつかれ、エナジードレインをされてしまう。
一匹一匹はさほど強くはないしダメージもあまりないが、この大群は強烈だ。
しかも、頭を隠すように飛びつかれ、視界が見えなくなり、方向感覚を失う。
方向感覚がなくなれば、あとは奈落の底に一直線なのだ。
「ハァ!ハァ!ハァ!ハァ!」
私は限界まで走る。
「おねーさま!!もっと早く!!」
ユーノは文句を言う。
それもそうだ、ユーノは足が速い。
この階層はもっとも得意な階層なのだ。
しかし、私にはもっとも不得意な階層である。
「ちょっと!イタタッ!!おねーさま!!早く!!」
ユーノが背中から押してくる。
「ちょっと!押さないで!!転けちゃう!!」
そうして走っていると、エレベタの部屋が見えた。
私達は急いで入る。
「キィィキィイイィイ!」
魔物は部屋に入ったとたん、甲高い叫び声を上げて、コウモリのような魔物は外に逃げ出した。
「ハァハァハァ!!」
「もう!おねーさま!1掴み、貸しですからね!!」
「…はぁ、はぁ」
ユーノは頭にポーションを振りかけながら訳のわからない事を言う。
私は当然無視をする。
そして、第4階層に繋がるエレベタを起動させて、下りた。
ゴウン!ゴウン!と、うなり声をあげて下りるエレベタ。
この下の第4階層は通称『無限回廊』と言われ、部屋を出るとだだっ広い空間が広がっているだけの階層だ。
壁もなく、マッピングも非常にやりづらい。
第5階層はあると言われているが、いまだにエレベタのある部屋を見つけられてない、難関中の難関階層だ。
「第4階層で何を探すんですの?」
ユーノはあっけらかんと聞いてくる。
「何でも良いからエレベタの痕跡を探す。あと、未知のお宝も」
そう、この無限回廊からお宝はまだ発見されていない。
今までは、大小様々な宝石などが見つかっているが、ここだけは発見例は無い。
この第4階層で何か見つけられたら、それだけで冒険者組合から表彰され、一躍有名人なのだ。
「ふふっ!ふふふっ!」
「おねーさま……怖い」
考えながら感情を堪えきれずに笑う私に、ユーノが引いている。
ガコン!
第4階層に着いたようだ。
私達は足を踏み入れる。
……そこには、花柄の服を着た変なおっさんが、酒を飲んでいた。




