小料理屋ハーフエルフ
神秘の世界樹があるという深い森の入り口近くに、一軒のお店がある。
『小料理屋ハーフエルフ』
看板にはそう書かれていた。
そこでは、女将であるハーフエルフのロザリィ・アハレントが開店準備のため料理の仕込みをおこなっていた。
「今日は畑で取れたカボ-ティの煮物に、ハスレンコンとシュギークの葉っぱの甘露煮に……、メインは川魚の塩焼きかなぁ?」
あれこれ悩みながら料理を手際よく作るロザミィ。
彼女はハーフエルフである特徴的な耳を隠さず、この地で料理屋を始めてもう3年目である。
当初は、街で生活していたが、ハーフエルフだという事で危ない目に会い続け、エルフの住む、この世界樹の森へとたどり着いた。
しかし、エルフの村でもハーフエルフだということで追い出されて、途方に暮れていた。
そんなとき、この世界樹の森で遭難する人が多いと聞き閃く。
『そうか、ここで、案内兼料理屋を開けば生活していけるかも……』
かくして、世界樹の森の入り口近くのこの場所で店を開いた。
最近では固定客が多くなり、もっぱら小料理屋の方がメインである。
全てカウンター席の店内はお客さんと女将の距離は近く、ハーフエルフであるロザリィの美貌も相まって毎日来るという常連も多い。
ロザリィが店を開く。
すると、10分とたたないうちに常連客が入ってきた。
「いらっしゃい!」
「今日も来たよ~!ロザリィちゃん!」
中年の魔導士の格好をした、おじさんが元気に言う。
「銀貨3枚分おまかせで!」
中年魔導師と一緒に来た中年戦士が言う。
「飲み物は、いつもの感じでいい?」
「もちろん!」
ロザリィが尋ねると戦士は笑顔で答えた。
ロザリィが川魚の塩焼きを中心とした料理と運び、いつもの果実酒を渡す。
「はい、どうぞ。今日は川魚の塩焼きメインだから」
「お!いいねぇ」
「いただきます」
中年魔導師と戦士は食事を始めた。
「こんにちは~!」
花柄の服を着たおっさんが入ってきた。
「いらっしゃい!おや、初めてのお客さん?」
「は~い!初めてで~す。早速で悪いんだけど、お酒の持ち込みは大丈夫?」
「ああ。うちは何種類かの果実酒しかないから、他のが飲みたかったら、どうぞご自由に。ただ、料理はダメだよ!」
「良かった~。今日のおすすめは?」
「川魚の塩焼きに、カボ-ティの煮物とかがおすすめかな?」
「お!いいねぇ。これで足りるかな?」
花柄の服を着たおっさんは銀貨1枚を見せた。
「大丈夫だよ!それだと多いぐらい」
ロザミィはにっこり微笑む。
「そりゃ助かる。じゃあ、後はおまかせでちょうだい!」
おっさんも満面の笑みで答える。
「あいよ~!」
ロザリィは威勢良く返事した。
しばらくして料理を渡す。
おっさんは、瓶から酒を注ぎ、飲み始めていた。
ロザリィは見たこともない無色透明な不思議なお酒が気になった。
「兄さん。珍しいお酒飲んでるね。なんて言うお酒?」
「これはねぇ~。神様から貰った、秘蔵の大吟醸なんだ」
「神様?」
「うん。いくら飲んでも無くならないおいしいお酒」
「ああ。マジックアイテムだね。高かったろう?」
ロザリィは思う。
街で生活していた頃、マジックアイテムというのはその希少性から高価だったことを思い出した。
「良いでしょ~。しかも大吟醸だからね」
「ダイギンジョウ?……聞いたこと無いねぇ」
「ああ、こっちでは珍しいよね。お米っていう麦みたいな植物から発酵させて作るんだよ」
「へぇ~。ちょっと飲んでみてもいいかい?」
「どうぞ!」
おっさんは、どこからかコップをだして、酒を注ぎ、ロザリィに渡した。
匂いを嗅いでみると、お酒独特の透き通る香りの中にも、果実のようなフルーティな感じの香りも加わり、調和の取れた芳醇な匂いがした。
「おいしそうな匂い」
「女将さん!グッといってよ!グッとさ」
ロザリィはゴクッと飲んだ。
強いお酒のような刺激だったが、芳醇なフルーティさが感じられつつ、後味すっきりで非常においしかった。
「おいしい!」
思わずロザリィの口から感嘆符がでる。
「でしょ?」
「おっさん!俺にも少し分けてくれないか?」
ロザリィの反応を見た、中年魔導師と戦士が思わず、声をかけてきた。
「いいよいいよ!どうせ、無くならないし!ジャンジャン!飲んでよ!」
おっさんはどこからかみんなの分のコップを取り出し、酒を注いで渡す。
「おお!うまい。今日の塩焼きには合うなぁ」
「煮物にも合うぞ。なんというか、ワインのような感じに似てるが……この芳醇で奥深い香りは絶妙だな」
「同じ発酵で作られるお酒だからね」
「そうなんだ。お米なんて植物聞いたことないし……ダイギンジョウか。今度仕入れ先に聞いてみようかな?」
「あ~、たぶんここら辺じゃ無いかも。雨が多く降る場所じゃないと育たないからね」
「そうなんだ。まあ、探してみるよ!」
ロザリィがそう言うと、また、一人の常連客が入ってきた。
「いらっしゃい!」
「ロザリィちゃん!こいつでなんか作れる?海魚なんだけど、小っちゃくてね」
中年の商人が箱一杯に入った魚は、アジのような魚だった。
しかし、まだ手のひらより小さく、捌くのは大変そうだった。
「どうしたの?海魚なんて珍しい」
ロザリィは魚を見ながら呟く。
「あの交易都市ガガンドルの海で沸くように取れてさ。近隣の村々で消費しきれなくて、こっちまで回ってきたんだ。でも、こっちじゃ海魚なんて干物ぐらいしか食べないだろ?みんな困っちゃって」
「お!おいしそうなアジだね」
おっさんが魚を見て呟く。
「ん?アルジマールの幼魚だよ。もうちょっと大きければ干物でも何でもできるんだけど、こう小っちゃいとね」
「兄さんはなんか知ってるの?」
ロザリィはおっさんに聞く。
「素揚げにしてよく食べたなぁ。素揚げしたら酢漬けもできるしね。おいしいよ」
「ふ~ん、素揚げか。ちょっと作ってみようか?」
そう言うと、ロザリィは油を取り出し、鍋に入れる。
「じゃあ、ちょっと手伝おうかな」
おっさんも台所に入る。
「兄さん、包丁使ったことあるの?」
この世界では一般的な料理は女性の仕事だ。男は、剣は持っても、包丁は持ったこと無いという話しも珍しくない。
「これでも、料理店で働いたこともあるんだよ」
「そうなんだ……見かけによらないのね」
コックか何かだったのだろうか?それにしては服装がラフすぎるとロザリィは思った。
「まあ、1ヶ月でクビになったけどね。店のお酒いっぱい飲んじゃって」
「そ……そうなんだ」
ロザリィは苦笑いを浮かべる。
しかし、おっさんは見かけによらず、魚を手際よく捌く。
「兄さん、うまいじゃない!」
「魚釣りはよくしてたからね。俺のうちじゃ、釣った魚は自分で捌くのがしきたりなの」
「そうなんだ。しかし、素揚げで骨とか大丈夫?」
「たぶん、小っちゃいからそのまま食べれるんじゃない?アルジマールの事はよく知らないけど、噛みきれないことはないでしょ」
「それもそうね」
二人は、流れるような作業でアルジマールの内臓だけ取り除き、小麦粉をまぶす。
そして、次々と熱した油の中に入れていった。
火を弱め、じっくりと揚げる。
しばらくして、ロザリィがハーブ酢とシードル酢を見比べながら悩む。
「兄さん。お酢はどっちがいいの?」
「お酢だったらどっちでもいいけど、臭みが取れるハーブ酢がいいかも、それに、砂糖と酸っぱい物を入れて、刻んだシャキシャキした野菜なんかも入れたいねぇ」
「了解!了解っと!」
手際よくロザリィは酢を混ぜ合わせ、野菜を刻む。
そして、ついに完成する。
アルジマールの素揚げに、アルジマールの南蛮漬けもどきが。
料理を常連客に振る舞う。
口々に、「うまい!」だったり、「酒によく合うねぇ」だったり、「メニューに加えてよ!」という声を聞いた。
常連客の商人も嬉しそうにほおばって食べていた。
「いや~、兄さんには感謝だね。なんか、お礼をしなきゃ」
ロザリィはおっさんに言う。
「じゃあ、今度来たときなんか一品サービスしてよ!あんまりお金持ってないし、そっちの方が助かる!」
「おやすいご用だよ!」
「いや~いいお店に出会えて良かったねぇ~。じゃあ、俺はこの辺で帰るよ!」
「ありがと~!また来てね~!」
ロザリィは満面の笑顔で手を振った。
おっさんはホクホク顔で店を出る。
「さて……今夜の寝床を探しますかねぇ」
そう呟き、世界樹の森に入っていった。
遭難し、転移したのは言うまでもない。




