獣人(後)
「なんで!なんでリッチなんて高等悪魔がこんな所に来るんだ!?」
オーウェンは焦っている。
そりゃそうだ。
私だって冷や汗が止まらない。
違うと言えれば良かったが、漂う死霊の気配や、特徴、そして、何より本能が正しいと言っている。
「たしか、死霊系は炎系の攻撃に弱いって冒険者組合で言ってたから、火を焚いてみる?」
そう、数年に一度の冒険者組合での研修でそう言ってたはずだ。
「そうしよう。自警団が集まり次第、出入り口に火を焚く。そして、まずは火矢で攻撃。数を減らすよう努力しよう」
オーウェンは考えをまとめるように語る。
「あと……魔法の攻撃も考慮に入れて、バリケードも準備しないと」
「遅くなりました!わわっ!ホントに死霊の大群が来てる!?」
自警団が続々と集まってくる。
「足が遅いのが救いですね」
「グズグズすると攻めてくる!みんな!まずは出入り口に多く火を焚いて、バリケードを築くんだ!」
オーウェンがみんなに指示を出す。
「了解!」
それぞれがそれぞれに動き準備をする。
そうこうしていると、グール達もこっちの動きを気付いたのか、少しだけ速度を速めて近づいてくる。
「オーウェン!もう間に合わない。火矢を放つ!」
私は近くにあった焚き火で即席の火矢を作り、放つ。
当たるか、当たらないかのギリギリの距離だったが、何とか当たった。
「グウウゥウ」
あっという間に、グールの衣服に燃え移り、火だるまになる。
それでも、グールは向かってくる。
「ウソ!なんで!?」
私は様子をうかがっていた。
「グハ!」
グールは10メートルは歩いて倒れて動かなくなった。
火だるまになってからも、しばらくは動けるようだ。
「オーウェン!火だるまにしたら、何とか倒せるみたい!」
「そうか!みんな!火矢を放て!!」
オーウェンは即座に自警団に号令する。
ヒュン!ヒュン!ヒュン!と一斉に火矢を放つ。
「グウゥゥゥゥ!」
命中率はあまり芳しくなく、10体ぐらいに当たり、8体ぐらいが火だるまになった。
「放て!火矢を絶やすな!」
オーウェンが大声で支持をする。
ヒュン!ヒュン!と火矢が放たれ続ける。
しまった。
火だるまのグールが邪魔で、一番肝心なリッチの姿が見えない。
「オーウェン!ちょっと待って!」
私は叫ぶ。
「ララティ、どうした?」
「リッチが……リッチが見えない!!」
「なに!?みんな!やめーーー!打ち方やめーーー!」
オーウェンが大声で叫ぶ。
火矢が止んだ。
未だにグールは10体前後残っていて、こちらに向かっている。
「リッチは!?リッチは何処だ?」
オーウェンが必死で探す。
「う!うわーーー!」
右手から叫び声が聞こえる。
叫び声の方向を見ると、自警団の一人がリッチに捕まって悶えていた。
「たっ助けてーーー!」
「ウルサイ……」
リッチは静かに言うと。
真っ黒な魔法が自警団を包みこむ。
「うっ!ぐがぁああ!ゴオォォォ!」
叫び声が響く。
黒い魔法が無くなる頃には、自警団はグールに変わっていた。
「グウゥゥウウ!」
「ムルカ!畜生!よくもムルカを!!」
自警団の一人、ヒカレンが激高し、リッチに剣で斬りかかる。
しかし、ヒカレンの渾身の剣も、リッチは片手で受け止めてしまった。
「ヒィ!」
ヒカレンが驚き手を離す。
「……」
リッチはクルッと剣を一回転させ、ヒカレンの腹に刺した。
「グハ!」
勢い、ヒカレンは倒れる。
「……」
リッチはまた黒い魔法を出した。
黒い魔法はヒカレンを包み込む。
「グウゥゥ!」
黒い魔法が無くなると、ヒカレンは腹に剣を刺されたまま、グールに変わっていた。
「みんな引けー!中央広場に引くんだ!ここは家が密集していて火矢が使えない!!」
オーウェンが叫ぶ。
その声で、急いで後退する。
中央広場では、包囲陣で待ち構える。
「……ファイヤーボール」
恐ろしい勢いの火の玉が飛んでくる。
自警団は何とか避けることができた。
「くそ……どうすれば!?」
オーウェンが嘆く。
「きっと……きっと何か解決策はあるよ!オーウェン!」
私はオーウェンの肩を抱き、慰める。
しかし、状況的には最悪で、元ムルカや元ヒカレン含むグール達も確実に近づいてくる。
その上、リッチの魔法は強力で、あのファイヤーボールに当たると即死だろう。
対するこちらは、人数はいるが、決定的な攻撃力は皆無だ。
もし、グールがこれ以上増えることになると正直厳しい。
降伏も……受け入れて貰えないだろう。
相手は、生者を忌む死霊系高等悪魔だ。
捕まれば確実に殺される。
状況は絶体絶命に近い。
「……クハハハ!人間。死ネ」
リッチは骸骨の顔を歪ませて笑う。
指には魔力が溜められて、今にも炎が飛び出して来そうだった。
「ゴオォオオオ!」
急にグールの一体が叫び、倒れる。
口からは煙のような物も出ていた。
そして、溶けた。
「ナニ!」
リッチは魔法をやめて、振り向く。
倒れていたグールの横には、おっさんがコップを持って立っていた。
「ありゃ?なんで倒れたの?」
おっさんはポカーンとしていた。
「まあ、いいや。みんなに配っちゃうよ~」
おっさんは、酒を注いではグールに飲ませる作業を俊足の早さで行う。
「ガアアァァ!」
「ゴオォォォ!」
「グウゥゥゥ!」
酒を飲ませられたグールは一応に口から煙を出して、倒れる。
そして、溶けていった。
「貴様!ナニヲ飲マセタ!」
リッチが先ほどの余裕とはうって変わって叫び出す。
「え?お酒だよ。神様特製の」
おっさんはあっけらかんと答える。
「神ノ作リシ魔法ノ酒ダト!神聖属性ノ力カ!」
リッチはよろめき、後ずさりする。
「骸骨のあんたもいる?」
おっさんは、酒をコップに注ぎリッチに近づく。
リッチは明らかに動揺している。
「ヨルナ!来ルンジャナイ!」
リッチはファイヤーボールをおっさんに放つ。
「おっさん!逃げて!!」
私は叫ぶ。
しかし、私の願いもむなしく、紅蓮の炎がおっさんを包み込んだ。
「ハハハ!所詮人間。我ガ魔法デ死ヌガヨイ!!」
リッチは骸骨の顔を歪めて笑う。
しかし、炎の中から、おっさんは何食わぬ顔で出てくる。
「……熱燗が好きなの?じゃあ、良いあんばいだ」
「ナニ!!」
リッチは驚く。
私達も驚いた。
まさかあの魔法で生きている人間がいるなんて……。
おっさんは、俊足でリッチに近づく。
リッチは後ずさりするが、動揺して倒れてしまう。
「はい、どーぞ!!」
おっさんは、倒れたリッチの口に酒を流し込んだ。
「ガアアアァァ!!」
その瞬間。リッチは悶え苦しむ。
「焼ケル!喉ガ!焼ケルヨウダ!!ガアァァ!!」
リッチの口から煙が盛大に出る。
「そうだろうねぇ。結構辛口だから。あんた、ツウだね」
おっさんはウンウンと頷く。
そして、ひとしきり悶えた後、リッチは溶けた。
リッチのあまりにもあっけない最後に、私は「辛口だったっけ?」と見当違いの疑問を思ってしまうほど頭が混乱していた。
「勝利だ!!!」
オーウェンが叫ぶ。
「おーーー!」
自警団のみんなも武器を天高く掲げ叫ぶ。
「やったーー!」
その光景を見て、私も嬉しくなって叫んだ。
その後、ムルカとヒカレンと盗賊団とおぼしきグールの埋葬を行う。
ちなみに、リッチの遺骸は、高価なローブと、様々な宝石や金貨が入った袋、そして、はめられていた高価な貴金属の指輪等を残して全て溶けていた。
「オーウェン、こいつを貰っていいかい?」
おっさんは金色の指輪を二つ取り、尋ねる。
「もちろんだ。こいつを倒したのはあんただからな。好きなだけ持ってく権利がある」
「そう。でもこんなにはポッケに入いんないや。ムルカとヒカレンの家族にでも、あげてよ。俺はこれだけで十分」
「そうか……すまない。じゃあ、代わりに酒をだそうか?」
「おっ!いいねぇ。そっちの方が俺は好きだよ!!この後、みんなで飲もうよ!!パーーっとさ!パーーーっと!!」
おっさんは子供のような笑顔で両手を一杯に広げながら言った。
その日の夜は犠牲者を追悼した後、飲み会が始まった。
最初こそ、しんみり飲んでいたが、そのうち酒量が多くなり、みんなは酔っぱらっていった。
そして、乱痴気騒ぎが始まる。
「男って、サイテー」
その光景を見ながら私は思ったことを口にした。
「まあ、まあ、今夜は無礼講だよ。許してあげてよ」
おっさんはいつの間にか私の隣まで来ていた。
「でも……あんなむさ苦しい裸の男なんて見てナニが楽しいのかしら?」
「いいじゃない。楽しければ何でもありさ。それと……」
おっさんはポケットに手を突っ込んで何かを探してた。
「なに?」
私は肘をつきながら、無愛想にジト目で返答する。
「こいつを持って愛しのオーウェンちゃんの所にいってきなよ!」
おっさんは、金の指輪を二つ差し出した。
「にゃにゃ!これって……」
ビックリして思わず噛んでしまった。
「ちゃんと、神様特製のお酒で清めてるから大丈夫だよ!ほら!」
おっさんは強引に渡してきた。
「でも……」
「勢いも大事!じゃあ、いい結果を期待してるよ。おやすみ~」
おっさんは手を振りながら帰る。
私は立ち上がり、オーウェンを捜した。
しかし、オーウェンはいなかった。
少しだけホッとした気持ちになった。
「ダメダメ!頑張れ!私!!」
私は心の中で叱咤する。
そして、しばらく探したが、どうしてもオーウェンを見つけられなかった。
「オーウェンのバカ」
私はベッドに潜り込みそう呟いてふて寝した。
次の日。
漁の手伝いをしようと外に出ると、おっさんが酒瓶をもって、村の入り口に向かってるのを見つけた。
「ちょっと!おっさん!!」
私は急いで呼び止める。
「あちゃ~。見つかっちゃった」
おっさんは頭をかきながら止まる。
「どうしたの?というか、どこ行くの?」
「いや、もう十分お世話になったから行こうかなって思って」
「えーーー!じゃあ、急いで馬車の準備しないと!」
「いいって!いいって!歩いて行くから」
「じゃあ、せめて見送りだけでも……」
「いいって!そんなガラじゃないからさ。このまま行かせてよ!おねがい!ララティ様!」
「……わかった」
私はしばらく考えたがおっさんに押し切られる形で、了承した。
「その代わり……絶対また来てよ!報告……しにゃいといけにゃいし」
恥ずかしくて思わず噛んでしまった。
「また来るよ!頑張って!じゃあね~」
おっさんは、手を振りながら歩いて行った。
「あれ?おっさんじゃないか。ララティ。どうしたんだ?」
オーウェンが私の所までくる。
「うん?おっさんは旅に出たよ」
「なに!じゃあ、お見送りでも……!」
「丁重にお断りされちゃった」
「そうか……ホント、自由だなぁ」
「そうだね」
オーウェンと私は手を振って見送る。
もうかなり小さくなったおっさんだったが、気付いて手を振ってくれた。
そして、森の中に消えた。
「さて……仕事に戻るか」
オーウェンが振り返る。
私はオーウェンの服の裾を引っ張る。
おっさんとの約束を守らないといけないから。
二つの指輪を握りしめ、勇気を振り絞る。
「ちょっと……待ってくれにゃいかな?オーウェン」
私は恥ずかしくて思わず噛んでしまった。
「??」
オーウェンは振り向く。
胸のドキドキが次第に増してくる。
顔中が火照って熱い。
たぶん真っ赤になっているに違いない。
でも、私は負けない。
「オーウェン!!あのね……!!」
私は火照った顔でオーウェンを見つめ、噛まないように喋り始めた。
ちなみに、おっさんは道に迷って転移しました。




