獣人(前)
大きな猫のような耳を生やし、多少毛深い私の体。
オマケにしっぽまで生えている。
獣人。
それが私の種族らしい。
私の名前はララティ・マスクエイド・カーメル。
この、最北のミミンスク村、唯一の獣人だ。
とはいっても、赤ん坊の時拾われた私は、人間の両親に人間として育てられたため、獣人としての記憶は一切皆無だ。
人口200人足らずの小さな漁村であるミミンスク村では女だかと言って戦わないわけにはいかない。
定期的に襲ってくる盗賊団を撃退するために自警団があり、成人を迎えた若い人は全員漏れなく入らないといけない。
私は獣人としての気配の感知と、夜目と、嗅覚の鋭さを買われ、夜間の見張り番をすることが多い。
「ふにゃ~!」
思わず欠伸が出てしまった。
ここ最近の盗賊団はおとなしい。
私が自警団に入った2年前は1か月に数回は襲ってきてたはずだ。
今では、2~3か月に1回。しかも偵察程度で、数人が遠くから見ているに過ぎない。
「人手不足なのかな?」
最後の大規模攻勢はちょうど1年前ぐらいだ。
その時は、私のセンサーがビンビン反応して、盗賊団を効率的に撃退したため、相当数の死傷者が相手方に出たはずだ。
もちろんこちらは怪我人が数人ぐらいで済んだ。
ガサガサと草をかき分けて近づいてくる不審者を感知する。
私は立ち上がり、耳を立てて、気配を感じる。
不審者はなんとも無防備に来る。
「ホントに盗賊団?」
私は疑問に思う。
例え偵察程度でもこんなにあからさまな威力偵察は初めてだ。
一応、弓矢を準備する。
不審者が、森を抜け、村の入り口近くまで出てくる。
「動くにゃ!」
私は思わず噛んでしまった。
ちょっと恥ずかしい。
「フッ!ブフッフフフッ!『動くにゃっ』て!そのカッコで『動くにゃ!』って!」
「うっ!うるさーい!!笑うなーーー!!」
不審者に思いっきり笑われた。
顔じゅうが火照ってくる。
たぶん真っ赤になってるに違いない。
恥ずかしさで弓を弾く手を強める。
「ごめんごめん!でも、敵じゃない!!できれば、その危ないものを向けないでくれるかなぁ?」
「敵じゃない?」
私は目を凝らして不審者を見る。
不審者は不思議な花柄の服を着て、両手を上げて立っていた。
どう見ても、丸腰だ。
他に仲間の気配もない。
私はそれを確認して、弓矢を下ろす。
「サンキュー!サンキュー!」
不審者はおっさんだった。
おっさんは不思議な言葉で返答する。
「外国人?」
「そう、そうなのよ。道に迷っちゃってね。悪いんだけど……泊めてくんない?」
おっさんは恥ずかしそうに言った。
ちょうど、近くから自警団の仲間が駆けつける。
「ララティ?盗賊か?」
この人は一つ年上の自警団若者衆のリーダー的存在のオーウェン・ハルク・マルンスクという。
私の憧れの人で、好きな人だ。
ちなみに、まだ気持ちは伝えてない。
「……変な外人だった」
私は端的に報告する。
「どうもー!初めましてー」
おっさんはへらへらと頭をかきながら答える。
「えーと……まあ、盗賊団では……なさそうだな」
オーウェンは困ったように答える。
「盗みなんてしないよ。それで……申し訳ないんだけど、泊めてくんない?」
「ああ……まあ、空き家でよければ」
オーウェンは苦笑いをしながら答える。
「やったー!ありがとう!お礼に一杯どうぞ!」
おっさんはどこからか、酒瓶とコップを取り出し、酒を注ぎ、オーウェンに渡す。
「ああ……大丈夫か?」
オーウェンが私に酒を渡す。
私は鼻が利くので、ある程度の毒は嗅ぎ分けられる。
「ふんふん!うん。変な臭いはしないよ」
「そうか……じゃあ、一杯だけ頂こう」
ゴクゴクと喉を鳴らし、一気に飲むオーウェン。
意外と、オーウェンは酒飲みでうまい酒には目がないのだ。
この、芳醇で何とも調和の取れた香りの、無色透明の不思議な酒を見て飲みたくなったのだろう。
オーウェンの様子を見てそう思った。
「プハッ!うん!思った通り、うまい!」
「よっ!世界一ィ!いい飲みっぷりだねぇ!もう一杯いかが?」
「お♪ありがたい!……ゴホン!では、僕が案内しよう。続きは部屋で」
「ありがとー!その方が助かる!!」
おっさんは満面の笑みで答えた。
オーウェンもだらしないったらありゃしない。
「うまい酒って言うのは魔性の魅力があるにゃぁ……はぁー」
思わず噛んでしまった。
たぶん、これから飲み交わすのだろう。
お酒があんまり飲めない私は、おっさんが羨ましかった。
不意に私の鼻が死霊の臭いを感じる。
私は思わず体中の毛を逆立てて、振り向く。
しかし、森の奥には何も感じられなかった。
「気のせいかな……」
本能的に感じた感覚のせいで背筋に寒気が走る。
私は体中の感覚器を最大限活用して周囲の警戒をするが、誰もいないようだった。
「お酒の臭いで酔っぱらったのかなぁ?」
私は諦めて元の位置に戻る。
「ララティさん!交代ですよ!」
自警団の一人が来る。
「ああ!よろしく。なんか変な感じだから気を付けてね」
「ええー!怖いこと言わないで下さいよ!」
「まあ、色々見たけど誰もいなかったから大丈夫だと思う」
「良かったー。でも、十分注意しておきますね。ご苦労様でした!」
「ねぇ」
「はい?」
「オーウェンは?」
「ああ、お客さんと飲んでますよ。元カーネギーさんの家で」
「そう。ありがと」
やっぱり飲んでた。
私は、村の自警団本部の隣にある元カーネギーさんの家に向かう。
「失礼しまーす!」
ドアを開けると、オーウェンはすでに寝ていた。
顔は真っ赤で、満足げな笑顔だった。
「あら?おかえりー!」
おっさんは笑顔で手を振っていた。
左手にはコップに並々と注がれた酒。
部屋中には酒の臭いが充満してた。
「うへぇ~!酔いそう!」
思わず顔を歪める。
「そう?俺は好きなんだけどねぇ」
「私はあんまり飲めないの!もう!オーウェンも寝ちゃって!」
私はがっかりした。
せっかく話せると思ったのに。
「あらら……そりゃ、申し訳ない。よっぽど気に入ったのかガブガブ飲んでたから止めるのが忍びなくて」
「はぁ~」
「まあ、まあ、こっちきて話そうよ!飲まなくていいからさ!愛しのオーウェン君の隣でさ!」
おっさんはニヤニヤしながら言った。
「言われにゃくても……そうします」
愛しのというフレーズにビックリして、また噛んでしまった。
しかし、実際話してみるとおっさんは饒舌で話しやすかった。
思わずお酒も少し飲んでしまった。
「しかし、その猫言葉、可愛いねぇ」
「そんにゃ言葉は言いません」
お酒が入っているせいか今日は噛みまくりだ。
「しかし、ここの人たちもいい人ばかりでホントに助かるよ」
「でも、気を付けないと盗賊団が出ますからね」
「盗賊団?」
「おっさんが来た道の向こうにある山に拠点があるみたいで度々この村を襲って来るんです。最近は大人しいんですけど……」
「ふ~ん、俺も結構、山を歩いて来たけど……そんな人は会ってないなぁ」
「え!街道じゃなくて、山を越えてきたんですか!?」
「そうだよ。正確には山に着いたって感じかな?」
私にはよく意味がわからなかった。
「とにかく、盗賊団は危ない連中ですから気を付けにゃさい!」
「はい!きおつけニャース!」
おっさんはワザと噛みながら元気に返事する。
私は少し恥ずかしかった。
「じゃあ、私は帰りますかねぇ」
「オーウェンは?」
「置いて帰る。か弱い私が担げるわけ無いでしょ?」
「そりゃそうだ。気持ちよく寝てるしね」
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみー!」
私はおっさんと別れて家路へと急いだ。
「しかし……なんで、おっさんにオーウェンを好きなのバレたんだろ?」
一生懸命隠しているつもりなのだが……不思議で仕方がない。
「もしかして……みんなは言わないだけでバレてるってこと?」
そう思うと、顔中が火照ってくる。
「いやいや、そんな訳ない。私の偽装は完璧だ。そんなはずは……無いと思いたい」
私は、急いで帰り、ベッドにダイブして寝た。
次の日。
朝から漁の手伝いを行い、自警団として町まで魚の輸送に同行する。
今回はオーウェンとおっさんも一緒だ。
「一宿一飯の恩は返さないとね。でも、お金無いから働いて返すよ!」
という事らしい。
護衛と言っても街道沿いを馬車で移動するだけなので私達自警団は馬車の中で揺られるだけだ。
オーウェンと地元漁師の一人は馬車の先頭で運転しながら話している。
「ねえ、おっさん」
私は、馬車の隅でお酒を飲んでいるおっさんに話しかける。
「なーに?」
「言いにくいんだけどさ……」
「大丈夫だよ。おっさんはこう見えて口は堅いからねぇ。相談するならもってこいの人材だよ」
「そうかぁ?まあ、いいや。私の好きな人ってわかる?」
「わかるよ。あそこにいる人だろ?」
おっさんは静かにオーウェンを指さす。
やっぱりバレてた。
「なんでわかったの?」
「うちに来たとき、ララティちゃんはオーウェンばっかり見てたでしょ?だから、ははぁ…心配で見に来たんだなって思っちゃったの。オーウェンからはそんな類の話は聞いてないから、ぴーんと閃いちゃったんだ」
「鋭い……」
「まあ、人生経験の差かなぁ?心配しなくてもオーウェンにはバレてないよ」
「はぁ~良かった」
「そう?なんで良いの?」
「だって…悪いし」
「何が悪いの?」
「私……見ての通り、獣人だから」
そう、私は見た目通りの獣人だ。
今までの人生の中で獣人と人間が結婚した話しを聞いたことがない。
それは、村だけでなく、今から行く町でもだ。
たぶん、都でもそうだろう。
将来オーウェンが、獣人と結婚しているが故に取引などで不利になるなんてことがあったら申し訳ない。
長い付き合いの村の人は大丈夫だろう。
……しかし、町ではどうだ?都ではどうだ?と、考えれば考えるほど躊躇する。
「なんで?思いは伝えなきゃ。後悔するよ?」
私は、私の考えを素直に言ってみた。
「ハッハッハ!そんなこと気にするだけ無駄だよ!」
「にゃんで!?」
おっさんの大きな笑い声にビックリして噛んでしまった。
「獣人だろうと人間だろうと文句付ける人は文句付けるさ。心配するだけ損だよ」
「でも……」
「未来は誰にもわからないよ。未来の心配事は、未来になったら考える。今は少しでも自分が楽しい未来に行くために、精一杯やれる事をする。そんなもんじゃない?」
「そう……かな?」
「少なくとも俺はそうだね。だから、酒を飲む」
おっさんは一気に酒を煽り、また注ぐ。
「まあ、決めるのはララティちゃん自身だよ。自分の事は、自分で決めなきゃ」
「そうだね」
「そうそう。頑張って!おっさんは応援しているよ!」
おっさんは笑顔で答えた。
その笑顔で、なんだか今まで考えてきたモヤモヤが少しだけ晴れた気がした。
「……ありがとう」
私は気持ちを伝える決意をした。
馬車は順調に町まで着き、荷物を魚河岸に卸して帰る。
帰り着く頃には夕暮れになっていた。
村の入り口で馬車を降りる。
「なんだか、楽しそうに話してたな?」
オーウェンは私に尋ねてきた。
「うん。昨日なんで飲みつぶれたのか聞いた」
「あちゃー!見られてたのか……」
「私が来たときにはもう寝てた。話したかったのに……」
「ごめん、ごめん、実は今日も飲む約束をしててな」
「おっさんと?」
「そう。あの酒うまくてな……一緒に飲むか?」
「うん!行く!!」
私は予想外のお誘いに嬉しくなった。
「お!いいねぇ。じゃあ、悪いんだけどつまみが欲しいかなぁ」
「魚の干物ならあるよ」
「いいねぇ!おいしそう!!」
おっさんは目を輝かせて言った。
そんな時、また、死霊の臭いを私は感じた。
『なんか、ヤバイ!』
予想以上の濃さの臭いに、全身の毛が逆立ってくる。
私は急いで臭いのする方向に向き、最大級の警戒をした。
勢い弓も準備する。
その動きにオーウェンも振り向く。
「なんかあったの?」
おっさんだけは、吞気に聞いてきた。
私は探す。
そして、山を包む森にその存在を捕らえた。
「盗賊?」
一見すると盗賊のような格好でたたずんでいるが、歩く動きがおかしい。
「グールだ!」
オーウェンが叫ぶ。
その叫び声に自警団が反応し、警備の人が自警団本部に走っていく。
私の直感がまだヤバイのがいると言っている。
「グールが……増えてる」
オーウェンが弓を抜き、構えながら呟く。
そして、私はついに見つけてしまった。
盗賊団グールの中央の奥にたたずんでいるリッチの姿を。
「中央にリッチがいる!」
私が叫ぶ。
「フフフ……」
リッチは元盗賊団とおぼしきグールの集団を引き連れて、骸骨の顔を歪め、不敵に笑って近づいていた。