表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/25

鍛冶屋のプライド(後)

数日後。師匠は俺に冒険についていくよう命令した。


「マリー……馬鹿な弟子をよろしく頼む」


師匠が深々と頭を下げる。


こんな師匠の姿は初めて見た。


まるで、今生の別れの様に弱々しく、いつもの覇気が無かった。



「お任せください!」

マリーは俺の心情を察するわけもなくニコニコと胸を張って答えた。


おっさんは……朝から酒を飲んでいた。


そして俺たちは魔物の棲む森に向かった。




森は深く険しく薄暗い。


突然木々の隙間から「キュエー!」と変な叫び声を出しながら魔物が飛び出す。


「うわ!」

俺は思わず声を上げて驚く。


「わ!なに?敵?」

マリーはすぐに剣を抜き戦闘態勢を整える。


「たぶんさっきの鳴き声は『カモナンダヨ』だね~。こんなちっちゃい鳥みたいな魔物で焼いたらおいしいんだよ」

おっさんは普通に説明した。


「はぁ~……先が思いやられるよ」

マリーはため息をついて剣を鞘に戻した。


「ご……ごめん」

俺は苦笑いを浮かべて謝るしかできなかった。



またしばらく歩き、少し開けた場所に出た。



「本当はもうちょっと進みたかったけど……ちょうど昼時だから飯でも食うか?」


「りょうか~い」

おっさんは早速、酒を飲む。


「さ……賛成」

俺は放心状態で荷物を下ろした。


「ローム!そんな緊張しなさんなって!先は長いよ」

マリーは優しく言ってくれる。


「まだ長いんだ……」


俺の心は一気に意気消沈する。


おっさんは無言で酒を飲んでいた。


そんな姿を見て俺は疑問に思う。


「マリーは酒飲まないのか?」


「ローム!あんた馬鹿なの?飲むわけないでしょ。感覚が鈍って魔物にでも襲われたらどうするのよ?」


「そりゃそうだ。でも、おっさんは飲んでるよ?」


「俺は酔拳使いだからね。飲めば飲むほど感覚が鋭くなるんだよ」

おっさんは訳の分からないことを言った。


「まあ、おっさんの言う事もあながち間違ってないよ。バッタリ会った時だって、何度か敵の侵入を教えてくれたり、休んでるとき見張り頼んだりしたからね。ちゃんと仕事は出来るんだ」


「それ……マジで言ってるの?」


「大マジだって。だって他にいないんだからさ。誰に身を守って貰うのさ?」


「そりゃ……そうだな」

俺は大きく頷く。



そう、冒険中は常に危険と隣り合わせなのだ。


だから使える物は猫の手でも使う。



「まあ、いざとなったらこいつが頼りなんだけどね!」

そう言って、マリーは剣を抜き、高々と掲げる。



それは、俺が作った剣だった。


確かに手は抜いてないが、そこまで完璧に作った気もない、ただ漠然と毎日作ってた普通の剣。


しかし、そんな剣でも戦士にとっては無くてはならない旅の相棒。


そんな現実がココにある。


本音を言えば、師匠の物と比べると劣るし、申し訳ない気がした。



「なあ、マリー」


「ん?どうした?神妙な顔して」


「どうして師匠の武器使わないんだ?」

その言葉を聞いた瞬間、マリーの顔が少し赤くなった気がした。


「そりゃ!……安い…し!壊れたら……すぐに……文句言えるし!酒も奢ってもらえるから……」

マリーはしどろもどろに答える。


「??」

俺はなぜマリーがそんなに恥ずかしがっているのかわからなかった。



なので、見当違いの答えを言った。



「……そうか!いつもマリーが来るときは師匠の武器は売り切れてるからな!今度一本取っといてやるよ!そうすれば今後も安心だ!なあ……」



そこまで言った瞬間、俺はマリーにぶっ叩かれた。



「馬鹿野郎!おめーは鍛冶屋としてのプライドはねーのかよ!!私は……わた…し…は……」

大粒の涙をポロポロ溢すマリーの瞳は、ひどく悲しい目をして俺に訴えかける。


マリーはそのまま森の奥に走っていった。



「マリーー!!」

俺は何か悪い事言ったみたいだった。


「あらら……こりゃ、本格的なにぶちんだね」


「……どういう意味だ?」


「気付いてなかったの?」

おっさんは酒を飲みながら静かに語る。



「あんなに高々と自慢気に君の作った剣を掲げてさ……戦士が自分の武器を褒めてたんだよ?武器を作った人にこれ以上ない愛情表現じゃない?君はまだ気づかないの?」



「……あ!」


俺は……なんて事を口走ってたんだ。


自分の鈍さに腹が立った。


あいつは俺が好きだから俺の剣を使ってたのか。


なのに……俺は師匠の武器を使えと、いけしゃあしゃあと口走ったのだ。


ぶっ叩かれて、当然だ。


俺は膝から崩れて泣きそうだった。


『普通だったら、折れるような不良品の剣なんて1回使ったら二度と使わない。それを文句まで言ってくれて使い続けてくれてるんだ。俺がちゃんとした物を作ってくれると信用して』


「あらら…まあまあ、でも追いかけて行くんだったら急いだほうがいい。森の奥は危険だからね」


俺はその言葉でハッとする。


そうだ、マリーは何処に行った?森の奥に走って行ったじゃないか?


俺は急いで立ち上がり、走る。


おっさんは!……何とか付いてきてくれているようだった。




「ゴオォオォオオ!」


森の奥から地響きのような唸り声が聞こえる。


そしてかすかに、金属の甲高い音も混じって聞こえた。


「この声……この前の熊さんみたいな魔物かな?」

おっさんはそう呟いた。



俺達は急いだ。



森の奥には川が流れていて、少しだけ開けた川沿いの平地があった。


マリーと魔物はそこで戦っていた。


しかし、明らかにマリーが劣勢だ。


人の二倍はある巨体に頑丈な黒い体毛で覆われているため、俺の剣では弾かれて傷を負わせられないのだ。


「マリー!!」


「来るんじゃねーー!!こいつは魔獣『オオツキグンマ』だ!一発でも喰らったら死んじまう!」

マリーは声を張り上げて叫ぶ。


「マリー!こいつはこの間の奴だよ!」

おっさんが叫ぶ。


「そうか!じゃあ、この間の場所を狙えば!!」

マリーは駆ける。


そして一気に飛び上がり、後頭部を狙って剣を振り下ろす。


「ゴォオオオオ!」

しかし魔獣も狙いは気づいてるようでクルリと回転して爪で攻撃する。


「!?」

マリーは何とか剣で受け止めた。


しかし、その勢いは凄まじく、そのまま、俺とおっさんの近くまで飛んできた。

勢い、地面に激突し、転がってくる。


「マリーーー!!!」


俺はすぐに駆け寄った。


マリーは何とか喋れるような状態だった。


体中にはこの間の左腕のような細かい裂傷がいくつも出来ていた。


「イテテテ!」


「大丈夫か?」


「うっさい…馬鹿ローム」


「冗談はよせって!」


「ハハ!まだ…まだだ」

そういうとヨロヨロと立ち上がる。


少し態勢が崩れたので剣を杖代わりに起きようとする。


しかし、急にガクッと倒れる。


俺は倒れるマリーを肩を抱いて支えた。


「どうした!?」


「見ろよ……やっぱり欠陥品じゃねえか…ハハ」

マリーは乾いた笑い声を出す。


杖代わりにした剣は、見事に折れていた。


「くそぉ……」


俺はなぜもっと頑丈に作らなかったのかと悔やむ。


その後悔の最中、師匠とのやり取りを思い出した。



「ロームよ」


「はい!師匠」


「この三日三晩叩いて仕上げた剣をお前はいくらで売る?」


「俺でしたら……3日分の日当込みで、利益も含めて金貨1枚って所ですかね?」


「そうか……俗物じゃの。お前のそういう所が、修行が足らん証拠じゃ」


「はぁ?」


「これをいつもと同じ銀貨1枚の剣の中に入れておけ」


「え!三日三晩かけて作った傑作なのに?」


「いいから入れとかんか!」


「は!はい!」



当時の俺は意味が解らなかった。


なぜ高く売らないのだろうか?価値あるものは高いのが当然だ。

買えないのはお金を持っていないやつが悪い。

安易な安売りはしない。


それが鍛冶屋のプライドだと思っていた。



でも、師匠が言いたかったのはそうじゃない。


良い武器や防具を持てない戦士は傷つくのだ、いまのマリーのように。


だから、戦士が無事に帰ってこれるように、より良いものを、できるだけ安価に戦士に売るべきなのだ。


使う人の状況を最優先し、試行錯誤して、手間暇を惜しまず同じ材料でより良い武器や防具を作るよう努力する。


それが師匠の思っている鍛冶屋のプライドなのだ。


だから、お客さんが絶えない。



マリーの肩を抱きながら俺はハッキリとわかった。


「うう……すまない、マリー」


俺はいつの間にか涙を流していた。


自分の作った不良品で傷つくマリーが不憫でならない。


「馬鹿野郎!泣いてる場合か!」

マリーは叱咤する。


「その背中にある予備の剣を出せ!」


「!?わかった!」



俺は背中のリュックから予備の剣を出そうとした。



しかし、そこまで魔獣は待ってはくれなかった。


気が付くと、魔獣は俺たちの近くまで来ており、腕を振り上げていた。


「間に合わない!!」

俺とマリーは神に祈った。



「あぶなーーーい!」

おっさんは叫ぶ。


バシャ!という音と共に魔獣の目には液体がかけられていた。


それは、酒だった。



「ゴォオオオオ!」

しかし、これがなぜか効いている。


魔獣は目を抑えのたうち回る。



「いまだ!」

俺は急いで剣をマリーに渡す。


マリーは残った力を振り絞って、剣を持って電光石火の早さで駆けて、飛んだ



そして、見事に魔獣の後頭部に突き刺した。


「ゴオオオオオ!」

魔獣はひとしきり悶えた後、倒れ、絶命する。


「やった!」

俺とマリーは抱き合った。


「おっさん!やったよ!!」


マリーと俺は振り向く。


しかし、そこにはおっさんはいなかった。


「あれ?おっさーーーん?」


「おっさーーん?」

突然いなくなったおっさんを俺たちは探した。



しかし、数時間探しても、影も形もなかった。



俺達は焦ったが、夕暮れも近づき、一旦村に戻る。


『もしかしたら、先に帰っているのかもしれない』


そんな、淡い期待を胸に帰ったが、おっさんの姿は何処にも無かった。




次の日。


俺は、いつものように修行に励む。


「ロームよ」


「はい、師匠」



「良い経験をしたか?」


「はい!師匠!」

俺は気持ちを込めて返事をした。


「そうか…神のお導きかもしれんな」

師匠はぽつりとつぶやき作業に戻る。


「そうですね。俺、頑張ります!」

俺も心を新たに作業に戻った。



守りたい存在のマリーや、いなくなったおっさんの為にも、俺は一人前の鍛冶屋にならなければならない。



そう……鍛冶屋のプライドを持って。






ちなみに、おっさんは勢い余って川に落ちて転生しました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ