鍛冶屋のプライド(前)
俺はオベリコックス城塞都市で一番の鍛冶屋『カルギー』の鍛冶見習いをしているローム・シュターゼンと言う。
まだ、成人したてで、仕事を貰うには修行が足りないが、昔から手先だけは器用だった。
なので、師匠であるカルギー・マクラフトからはもう模倣品ながら剣を作る許可を受けている。
『しかし…いつまで模倣品を作らなきゃいけないんだろ?』
普通は模倣品を作るにも最低5年は修行が必要だが、俺は2年でマスターした。
しかし、もう3年そこから進歩していない。
去年のれん分けした兄弟子は『模倣品は2年ぐらいで終わる』って言ってたのに。
「コラーー!ローム!また変な考えしとるじゃろうが!!」
師匠の拳骨が俺の頭に飛んでくる。
これは、すごく痛い。
しかし、もう慣れたので、「痛てー」だとかの感嘆符は口に出さない。
師匠はその言葉を聞くと更に激怒する。
なので、「ゴ指導アリガトウゴザイマス。シショウ」と気持ちのこもってない言葉で返答する。
「ハンマーの音が乱れに乱れとるぞ!馬鹿者。これでは良い剣が出来んではないか!」
「…はい」
俺は生返事をする。
また拳骨が飛んできた。
「気持ちが入っとらん!」
「はい!師匠!」
俺は殴られ人形じゃねーつうの!
心の声を声量に込めるて返事をする。
ひとしきり、武器・防具を作り、売りに出す。
俺は品物を店先に持って行って並べる。
「暴力師匠のバーカ」
品物を並べながらぼやく。
「去年のれん分けした兄弟子の所に行こうかな~」
しかし、その兄弟子からはここに残れと言われた。
「お前は手先が器用で、俺なんかより才能あるのに変なプライドのせいで全てを台無しにしている。お前はここに残って修行したほうがいい」
本気で相談したとき、そう優しく諭された。
「何が悪いのかねぇ?今だにわかんねえや。鍛冶屋はプライドもって仕事しちゃいけないのかねぇ?」
機械的に品物を量産することで生計を立てる。
そんな鍛冶屋も都にいると聞いたことがある。
しかし、師匠は鍛冶屋としてのプライドの塊だ。
あの優秀な兄弟子がそんな事わからないわけがない。
「あ~!わかんねぇや。もう開店の時間だし考えの時間終わり!」
俺は気持ちを切り替える。
師匠の武器や防具は飛ぶように売れる。
どの商人や冒険者もいい物を安く買いたい。
師匠の武器は切れ味鋭く、防具は耐久性に優れ、なおかつ安い。
要するにコストパフォーマンスが良いので売れるのだ。
開店と同時に人がなだれ込む。
そして、今日も飛ぶように売れていった。
売れ残りはいつも俺みたいな見習いが作った模倣品のみだ。
「値段も安いし、そこまで悪い物じゃない、はず……いや、だろう……ちがうな、かもしれないか?……はぁ~」
言い訳の三段活用を呟いて、俺はため息をついた。
「同じ炉で同じ材料を使って、同じ回数だけ叩いてるのにおかしいなぁ……」
俺は不思議に思う。
『師匠と俺とでは経験が違う。何か隠されたかテクニックがあるのだろう』
俺の推考ではそれぐらいしか考え至らなかった。
「この馬鹿ローーム!」
人が、店に入ってくるなり怒号が響かせる。
要するにクレーマーだ。
「何が馬鹿だよ!?怪力馬鹿のマリー?」
そう、こいつを俺は知っている。
俺の幼馴染で同い年の、女戦士を生業にしているマリー・フーブ・アライメント。
いつも俺の作った武器を買っていき、壊しては文句を言ってくる変わりもんだ。
「アンタの作った武器、また根元から折れちゃったんですけど?相変わらず欠陥品しか作れないの?」
カチンとくる。
俺にも鍛冶屋としてのプライドがある。
「おめーが怪力だから折れるんだろ?人のせいにするな!大体、根元は成形が難しいんだよ。怪力を自重しろよ?」
「欠陥品を売りつけておいて人のせいにする気?折れたせいで、魔物に怪我させられたのよ!ほら!ここ!!」
マリーは左腕を見せる。
俺はマリーの胸部を凝視した。
こいつは胸がでかい。
その上、引き締まった体なので体系が非常にグラマラスなのだ。
そして、服装も戦士然としたフルプレートではなく、身軽な革の鎧で武装してて胸部がさらに強調されている。
見てしまうのは当然だ。
「……どこ見てんのよ。エロームくん?」
「胸だ」
「怪我したのは左腕なんですけど?」
「そんな事、俺は知らん。俺はお前の唯一の評価ポイントである胸しか見ない」
みるみる赤くなるマリー。
「バカ!変態!エローム!罰として代わりの剣と今夜の酒代を奢りなさい!」
「はぁ?剣だったら売れ残ってるからいいけど、酒代までは出せない」
マリーはほっとくと一晩で給金1か月分も飲み干す酒豪だ。
先週も毟り取られたばっかりだ。
今日も飲まれたら……寒気がしてくる。
「アンタは私に奢る義務があるの!この左腕に怪我させた罰よ!」
「だから~……」
「カルギーおじさーん!連れてっていいですか?」
マリーは俺をすっ飛ばして師匠に許可を求めた。
「連れてけ!連れてけ!そんなボンクラ必要ないわい!」
奥から師匠が返事をする。
「ほら!いいって!」
「卑怯だ!」
「い・い・か・ら・い・く・わ・よ!」
俺は引きずられるように酒場に連れていかれた。
もちろん残り物の剣と一緒に。
酒場に付くと見慣れない外人を紹介された。
それは、花柄の服を着た変なおっさんだった。
「紹介するわ!ただの通りすがりのおっさんよ!」
「なんじゃそりゃ!?」
「こんにちはー!ただのぉ~、通りすがりのぉ~、Theおっさんです!」
おっさんはドヤ顔でそう言った。
「あはは~!ウケる~!ねえ!面白くない?」
マリーは人目もはばからず笑った。
対して俺はそんな気分じゃなかった。
『変なおっさんがなんでマリーと一緒にいるんだ?』
俺はなぜかちょっと焦る。
「おっさん!名前は?」
俺はぶっきらぼうに答えた。
「えぇ~!ただのおっさんだよぉ~、名前なんてぇ~、Theありませ~ん」
おっさんはドヤ顔でそう言った。
「あははははは~~!ウケる~!」
そしてこいつは笑いすぎだ。
「ふざけんなよ!」
「あれれぇ~?なになにぃ~?やきもちぃ~?いや~ん、怖~い!」
おっさんは可愛い子ぶって言った。
「あっはっは!んなわけないって!」
マリーは豪快に笑う。
「……」
俺は何も言えなかった。
話が進まないんでマリーに聞くと、3日前に森でバッタリ会ったらしい。
魔法の酒瓶を持っているらしく、左腕を消毒したついでに飲み明かしたそうだ。
そしたら、話が面白いんで最近は連日飲んでいるそうだ。
「よく体がもつなぁ…」
俺はおっさんを心配した。
「それがさぁ、めちゃくちゃ酒が強いんだよ!毎日、酒代をかけて勝負してるんだけど、この私が一回も勝ててないのよ!」
「マジか!」
それは驚き以外、何物でもない。
「おっさんはそれしか取り柄が無いからねぇ~」
陽気に呟くおっさん。
「昨日もバタンキューで倒れたところをおっさんが家まで連れてってくれてさ!助かったよ」
「俺も宿代が無いからねぇ~。連日助かってるよ。泊めて貰えて」
おっさんはニコニコしながら言う。
「マジか!」
俺はショックを受ける。
幼馴染が大人の階段を上ってしまった。
そうとらえていいだろう。
「一応誤解のないように言っとくけど……ちゃんと、ベッドに連れて行ったあと、俺は廊下で寝てるからねぇ~」
おっさんはさらっと言う。
「??」
マリーは状況をつかめてないようだった。
俺は、おっさんをつかんで強引に酒場の隅に連れて行く。
「おっさん」
「なんだい?」
「本当に手は出してない?」
「当たり前じゃん。酒代と宿まで提供してくれる恩人だよ?」
「でも…あいつでかいじゃん」
「胸の事?ああ…確かに大きいかもね。それが?」
「なんとも思わないわけ?」
「君は興味津々だね……若いねぇ~、青春だねぇ~」
おっさんはニヤニヤして語る。
「ばっ!ちげーよ!興味なんてねーし!」
思わず大きな声を出してしまった。
その声で、マリーは近づいてくる。
「な~に?私抜きでなんの相談?」
顔は笑っているが明らかに不機嫌だ。
「いや……彼が君の胸に興味があるってさ」
「…ちがっ!」
「ま~たこの馬鹿エロームめ!変態矯正パンチ!」
「いて!」
マリーの右ストレートが俺の左頬にクリーンヒットした。
「ああ!ダメだよ!喧嘩は!勝負は……コイツでやろうよ!」
おっさんは不敵な笑みを浮かべ噂の酒瓶を取り出した。
流石に酒場で持ち込みの酒を飲むわけにもいかず、場所をマリーの家に移した。
「さあ!食べ物もしこたま買ったし!今日もガンガン飲むわよ!」
「ああ……俺の財布が……また、軽くなった」
「いいねぇ!若返った感じがするなぁ」
おっさんは呑気に答える。
「というか、俺はあんまり飲めねぇ。そこまで強くないし、明日も仕事だし」
俺は予防線を張る。
「なに~!私の酒が飲めんのか!」
「いや、俺のお酒だからね……無理して飲まなくていいからねぇ~」
おっさんは優しく言ってくれた。
俺は、『このおっさん……いい奴かも』と本気で思った。
そういう時期もありました。
そう、それからが地獄の始まりだったんだ。
おっさんの飲むペースが速いったらありゃしない。
コップに注いだ酒なんて一口で無くなり、マリーがジョッキで飲めば、おっさんは鍋で飲んだ。
負けじとマリーが鍋で飲むと、おっさんは両手に鍋をもって軽々と一気飲みをしやがった。
「どうなってんだ?」
俺はせいぜいコップ3杯で限界なのに。
しばらく、飲み比べをしていたが、とうとう、マリーはギブアップして倒れた。
おっさんは手際よく吐いてもいいような姿勢にしてベッドに寝かす。
「さて…何話そっか?」
ニコニコした顔で俺に優しく問いかけるおっさん。
「こんな人間……いるんだ!?」
俺はただただ驚くしかできなかった。
あのマリーが飲み比べで負けるなんて……目の前で見ても信じられない。
「まあ、人生経験の差かなぁ?」
「いや、普通に関係ないでしょ?」
「関係あるよ~、例えば、君は一つ目の巨人と飲み比べたことある?」
「!?ないない!魔族と飲むなんてありえない!」
「僕はあるねぇ~あの子は、ちょっと下戸でねぇ……よく吐いてたなぁ」
「マジか!でもそれが何の関係が?」
驚きの事実。
魔族は下戸の場合もある。
「まあ、そんなこんなの場数をこなしてきてるからねぇ。経験の差が違うって事」
「た……確かに」
「ところでさぁ……君、あの子の事…好きなの?」
「ちょっ!ちげーよ!ただ…幼馴染だから…気になっただけだし」
「胸が?」
「いや……その~、なんというか」
俺は答えられなかった。
「結構、欲望に忠実なんだね」
「それは、よく言われる」
「でも、若いからしょうがないか。マリーちゃん……おっきいからねぇ」
「でしょ!そこだけなんですよ!あいつの良いところは!他はもう口うるさくてしょうがなくて……」
俺は酒が入った上に、口うるさいマリーが爆睡しているんで饒舌に日頃の愚痴を語ろうとしていた。
「ふ~ん。でも、君は視野が狭いよ。そのマリーちゃんの胸を見るように狭すぎる」
「!?どうゆうことっすか?」
おっさんの不意な批判に俺は思わず喧嘩腰で反応する。
「そのまんまだよ。ああ!喧嘩するつもりは無いよ。ただ……あまりにも見えてなさすぎるからさ」
「聞きづてならないっすね。俺のどの辺が見えてないって言うんっすか?人生の先輩」
「君はマリーちゃんがなんで君の武器にこだわるか考えたことあるかい?」
「はぁ?そりゃ……安いからでしょ?ほとんどタダ同然で持っていってるんだし。それが?」
「ふ~ん。なら、なんで壊れたとき文句言いに行くの?」
「そりゃ、新しいのをタダでせしめようって魂胆だからでしょ?酒代もせびれるし」
「ふ~ん、そういう認識なんだ」
「なんっすか?文句あるなら言ってくださいよ?」
俺はムカムカしてきた。
「今度マリーちゃんと一緒に冒険してみたら?そうすれば見えてくるんじゃないかなぁ?」
「なんでっすか?俺は鍛冶屋ですよ?戦うのは戦士の仕事。その武器防具を作るのが俺の仕事っすよ。冒険なんて行く意味がわかんないっす」
「それは鍛冶屋としてのプライドかい?」
「まあ、そうっすね」
「ふ~ん」
なんだろう、おっさんが兄弟子のような目をしてる。
「まあ、いいから、いいから。お師匠様には俺とマリーちゃんが言っとくから、今週の冒険についていきなさいって!」
「??はぁ……」
俺は釈然としないながらも押し切られるように約束させられてしまった。
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