魔道召喚士の憂鬱(前)
僕はアル・リビレント・フォン・ソウニャという。
ソリ王国の魔道召喚士として、国に仕えている、現在12歳。
平民出身だが、魔道適正かつ召喚適正があったため、異例の若さで王様直々に召し抱えられたので貴族になった。
しかし、最近僕は憂鬱で仕方ない。
魔道召喚士は非常に数が少なく、この王国には僕のほかに一人しかいない。
そう僕のお師匠様だ。
このお師匠様が…正直…変な性格をしている。
なぜか僕に女性用のメイド服を着せたり、女性としての立ち振る舞いを要求する。
口調だけはそのままを許されているが、乱暴な言葉遣いもダメだ。
お師匠様いわく。
「魔道召喚士のしきたりだよ…ふふっ」
と、ニヤニヤ笑うのみだ。
本当なのだろうか?
しかし、僕はまだまだ一人前の魔道召喚士とは言えないため、お師匠様に教えを乞うしか方法は無い。
いまだに、訓練で服装が役に立ったことは無いが、我慢する。
そして、もう一つの憂鬱の種は休日になると訪れる。
「アルーーー!お祭り行こう!お祭り!」
朝早く、僕の部屋をドンドンと乱暴に叩く音で目が覚める。
僕は跳び起きて、ドアを開ける。
そこには平民の服を着た、王女様が満面の笑みで立っていた。
彼女は、ホリー・メイレント・カマルギウス・ローレンツ・ビクテム・ソリ、同い年だ。
しかし、好んで平民服を着ている。
それは、彼女が度々城を抜け出して街に遊びに行くからに他ならない。
「ご機嫌麗しゅうございます。ホリー王女様」
僕は恭しく、パジャマのスカートをすっと広げて挨拶する。
「そんな、硬い挨拶しないでっていつも言ってるじゃない!アルと私との仲なんだから!」
彼女はツンとそっぽを向いて遺憾の意を示す。
「ふふっ…冗談ですよ、冗談。今日は何事ですか?」
このくだりはもう何十回と繰り返しているが彼女はいつも本気で拗ねる。
とても素直で可愛い性格をしているのだ。
しかし、僕としても王女様に失礼のない挨拶をしないといけない。
じゃないとお師匠様にどんなお仕置きをされるかわかったもんじゃない。
考えるだけでも鳥肌が立つ。
「西の商店街で…何だったかなぁ?なんかお祭りするって聞いたの!それ行こ!それ!」
「西の商店街…ああ、商売の神エビスに捧げる商売繁盛を願うトーカンエビス祭ですね」
「そう!それ!私も商売繁盛をお願いしに行かなきゃ!」
彼女は目をキラキラさせて天に拳を突き上げて言う。
「何の商売繁盛でしょうか…?」
僕は苦笑いで返答する。
「と・に・か・く・行くわよ!早く準備しなさい!」
「ハァ~、わかりました。ちょっと待っててください」
護衛はいつも僕一人。
何かあったら僕の命どころの騒ぎではない。
王女様の命令じゃしょうがないけど、正直毎回ハラハラする。
憂鬱な気分で何度もため息を出しながら、僕は急いで準備をして外に出た。
僕とホリーはいつものように、城の南部にある屋敷、ホリーの伯父さんに当たるミルゲルム公爵様の家に寄る。
「伯父さまいます?」
ホリーは無作法にもいきなり扉を開けて、メイドに尋ねる。
「ご機嫌麗しゅうございます。王女様。公爵様は奥にいらっしゃいます。どうぞこちらへ」
メイドは恭しく挨拶し、僕らを連れて行く。
毎度の事なのでメイドも慣れた手つきで対応する。
「おはよう、ホリー。今日は何処に行くんだい?」
穏やかな気品あふれる優しい目をした中年の紳士がいる。
ミルゲルム公爵様は優しい人柄で領民からは非常に慕われていた貴族だった。
しかし、その人望ゆえに王位継承争いで冤罪をかけられ、もう30年ここに幽閉されて軟禁状態になっている可哀そうな貴族だ。
公爵様の居室には様々なお土産品が飾られていた。それは全てホリーが買ってきたものだった。
「今日はね!西の商店街のトーカンエビス祭りに行くの!」
「そうかそうか。ホリーのおかげで退屈しないよ。アル。しっかり護衛を任せたよ」
ミルゲルム公爵様は二つ返事で了承した。
「ありがとー!伯父さま!」
「ありがとうございます。ミルゲルム公爵様。全身全霊をかけてお守りします」
僕は恭しくスカートを上げてお辞儀をした。
僕らは、公爵様の屋敷の裏口から街に出た。
西の商店街に着くと、街道は露店がひしめき合い、人に溢れていた。
「うわー!うわーー!アル!見て!おいしそうな物がいっぱいあるよ!あれは何?」
「あれは、カスティーラボールという甘くて丸い駄菓子ですよ」
「ちょっと買ってくる!」
ホリーは急いで露店に向かう。
「わわ!ちょっと待ってください!お金ないんでしょう?」
僕も急いでついていく。
ホリーは王女のためお金を全く持っていない。
命令すれば献上されるので当然だ。
当然支払いは僕の務めなのだ。
「すみませーん!一つくださーい!」
「あいよー!」
ホリーの注文に、店主は威勢のいい声で返答した。
そして僕が商品を貰い、お金を払う。
「あ!リュンゴ飴だ!ちょっと買ってくる!」
ホリーは間髪入れずに颯爽と駆けていく。
「ちょっと!ホリー!待ってくださいよーー!」
支払いを済ませてる最中なので僕は焦る。
「メイドの嬢ちゃん…大変だな。銅貨一枚でいいから早く行ってやんな!」
威勢のいい店主が同情してくれた。
「あ…ありがとうございます」
僕は人情に感謝して、感謝の意を示し、お金を払って急いだ。
そのあと、様々な駄菓子の類の食べ物を買って、目的地の神殿の階段に腰掛ける。
僕とホリーは様々な駄菓子類を分けながら食べた。
「あーー!アルのカスティーラボール一個多い!」
ホリーは頭脳明晰だが間違った方向で発揮されることが多い。
この様に食い意地が張っているため、一個多かったり、面積がちょっと多いだけでもすぐに気づき、文句を言ってくる。
「はいはい…何個でもどうぞ」
「やったー!!じゃあ、あと全部頂戴!これ甘くて食べやすくておいしーの!」
僕は諦めて全て渡した。
「モグモグ…で、この後…もぐもぐ、どうするの?」
「食べるか、喋るかどっちかにしません?」
本当にこの王女様は自由奔放だ。
「時間がもったいない!…もぐもぐ」
「はぁ~…これから、この神殿に入って、拝んで、出口でくじを引いて、あのキュマーデという飾りを貰うんです」
「キュマーデ?」
「はい。元は葉っぱや枝をかき集めて冬場の燃料にするために、作られた道具だったんですが、伝承神話で、貧しい庶民にエビス神が葉っぱを金に替えた逸話があるんです。それを元にキュマーデを家に飾ると商売繁盛になるって言い伝えがあるのでキュマーデを貰うんです」
「なんで、あんなにキラキラ色々飾られてるの?大きさもまちまちだし」
「キュマーデは元々竹で作られた質素な道具なので、飾り付けるのが習わしみたいですよ。大小あるのは、富くじみたいなシステムになってて、当たりを引くと大きいのが貰えるみたいです。その年の運を試す意味合いがあるみたいですよ。エビス神は賭け事の神様でもあるみたいですから」
「うおーーー!燃えてきた!絶対あの一番でっかいキュマーデを当てるぞーーー!」
しまった…ホリーはこういう類が好きな王女様だった。
「まあまあ、小さくてもちゃんとご利益はありますから…」
僕は苦笑いを浮かべ反論する。
「いーーーや!絶対でっかいのを当てる!当てて可哀そうな伯父さまにあげるの!!」
そう、ホリーは僕なんかより数倍頭がいい。
だから、ミルゲルム公爵様の立場もよくわかっているのだ。
王位継承で敗れた不遇の歴史を持つのに、それを受け入れ、仇敵の娘に優しく接する人格者。
ホリーは王女であってもどうにかする政治的な力は無い。
だから、せめてこういう物で喜ばせてあげたいのだ。
「……そうですね、当たるといいですね。でも、当たらなかったからって駄々こねちゃダメですよ!」
僕はクギを刺しておく。
前回、それで酷い目にあって危うく王女という事がバレそうになったからだ。
「うっ…わかったわよ」
憮然とした態度で答えた。
あの時言った「これ以上駄々こねるのならもうついていきませんよ!」という言葉が効いているのだろう。
しかし、ホリーのこういう時の引きの強さは最強だった。
見事に巨大なキュマーデを引き当てたのだ。
「ふふん!どう?すごいでしょ!」
「恐れ入りました、…重い」
感服するしかない。しかし、大人の背丈ほどあるキュマーデは非常に重く、僕は四苦八苦しながら持つ。
そのため、僕は気づけなかった。
いつの間にか、ひと気のない道を歩いていることに。
「ああ?馬鹿でっかい縁起物をこれ見よがしに持ってる嬢ちゃんがいるぞ?」
その声は非常に悪意があり、見るからに不機嫌な顔に、大きな刀傷がある男がそこにいた。
「何よ!悪い!」
ホリーも喧嘩腰で対応する。
「迷惑なんだよ!こんなでっかいものを持って歩かれちゃ」
完全な因縁だ。
「仕方ないじゃない!」
「喧嘩腰はダメだよ…ホリー」
僕は小声で忠告したが無視された。
いつの間にか、男の周りには数人の仲間と思しき人が僕らを取り囲もうとしていた。
『まずい…』
僕は直感的に思った。
どうにかして、ホリーだけでも逃がせるようにしなければならない。
それが、僕の使命だ。
僕は一生懸命考えあぐねていた。
今日中に後編を投稿します。
8/20早速誤字発見。訂正。