恋せよ乙女
私、ディア・アールグレイは5歳の時に父と母が魔物に殺されたため、その後は孤児院で育った。
そして、魔物に復讐するため、15歳の成人を迎えると同時に魔物討伐専門の冒険者となった。
あれから5年たち、今ではこのノッタス城塞都市の冒険者組合では少しは名前の通った女戦士だ。
次から次に魔物を狩った私は、つい先日、5000体狩りを達成し、その鬼気迫る姿から『狂戦士』という二つ名を冒険者組合から貰った。
まあ、私にはあまり興味のないことだ。
魔物を狩る。それが私に求められる全てだった。
冒険者組合のお偉いさん曰く、5年で5000体狩りは驚異的らしい。
しかし、私からしてみれば、1日2体ぐらい狩れば済む話なので実感は無い。
復讐の為でもあるし、自分のために仕事を全うする。
最近は生活の為という意味合いが多いかな?
何ともこう慣れない賞賛など受けると『もう復讐も終わったんじゃないか?』と勘違いしてしまうので困る。
こういう邪念が剣を鈍らし、魔物に殺される原因になる。
つい先日も腕を霞めて怪我したじゃないか?
もし魔物が毒を持ってたら人生が終わっていたじゃないか?
最近はどうもいけない。
なにかが満たされない。
そんな時、私を雇いたいという奇特な依頼が冒険者組合からあった。
普通はこんな依頼は受けないが、どうも判断力の鈍った私は受けてしまった。
それが今回の後悔の始まりだ。
なんでも、どこかの貴族で、家のしきたりで魔物を100体狩らないといけないらしい。
変なしきたりだ。
しかも、お付きの騎士は高慢だが実力は確かで、私が居なくても達成できるのではないか?と思わざる得ない感じだ。
その騎士曰く、「確実な生還を帰すための必要経費だ」ということらしい。
当初は相場の3倍強の依頼料だったのでやる気があったが、主人を見てその感想は変わる。
こいつがなんともボケている。
たしかに、護衛が必要なほど平和ボケしているのだ。
私は全く気付かなかったが、1ヶ月前の魔物討伐でこいつらを助けていたらしい。
『一目惚れ』と言っていたが、そんなに実力を認めているのだったらさっさと依頼を達成するための行動して欲しい。
具体的に言えば、狩った魔物に同情し祈りを捧げたり、私の少々の怪我にあたふた慌てたりしないで欲しい。
そんな優しさは所詮偽善だ。自分を納得させる為だけの偽善だ。
私の心がそう叫ぶ。
こいつらの行動を見ているとイライラする。
しかも、この主人が鬱陶しくて、人の個人情報をズバズバ聞いてきやがる。
余りにもしつこいんで、しょうがなく少しだけ身の上を話すと、みるみる涙目になって糞みたいな正論で私に説教しやがった。
挙句の果てに、私の面倒を見るとか言い出す始末だ。
この私を女扱いするのか?全くもって腹立たしい。
こういう偽善者は本当に嫌いだ。
そういえば、水浴びを偶然かち合って裸を見られて以降、私を見るたびに顔を赤らめているが、今回の話しもそれの贖罪のつもりなのだろう?
私は、性別上は女だが生粋の冒険者だ。
『狂戦士』の二つ名で恐れられる生粋の魔物狩り。
そんなに裸が見たいなら、金さえ払えばいくらでも見せてやるよ。
なんだったら相手もしてやろうか?
そんな感じの事を言ったら、泣き出した。
騎士も駆けつけ、居たたまれない雰囲気になる。
幸い、魔物もあと10体で依頼達成だ。
私が居なくてもあの騎士が供にいれば大丈夫、もういいだろう。
個人情報や裸の件は依頼料につけといてやる。
お金ですべてを解決できる素晴らしい身分だよ、あんたは。
私は、丁重に文句を言って依頼料の半金だけ受け取って街へと戻る。
なんとも後味の悪い別れになった。
なので、行きつけの宿屋兼酒場で酒を煽るように飲んだ。
酒はそこまで強くないが、今日は酔いつぶれたい。
そんな気分なのだ。
「くそ!バーカ!」
思わず心の声が出てしまった。
最初は顔見知りと飲んでいたが、私の機嫌の悪さを悟り、いつの間にか酒代も払わず消えていた。
まあ、いい。金はたっぷりある。
「あれ?やけ酒かな?じゃあ、一杯どう?」
変な服を着たおっさんが話しかけてきた。
「おっさんには、かんけーーねーよ!」
空になった木のジョッキをドン!とテーブルに置きながら叫ぶ。
「まあまぁ、珍しいお酒だから、どーぞ!」
おっさんは懲りずに空になったジョッキに、無色透明の液体を注ぐ。
「ああ!?毒でも入ってるんじゃねーだろーなぁ?」
取り敢えず匂いを嗅いでみる。
豊潤で不思議な匂いがした。
今まで味わった事がないような不思議な匂いに喉が鳴る。
「まずかったらショウチしねーからな!」
「俺も飲むから大丈夫!この出会いに乾杯しよう!」
いつの間にかおっさんもジョッキに同じ酒を注いでいた。
「…カンパイ」
「カンパーイ!」
口の中に広がるフルーティな飲み心地に不思議な味わい。
口に入れた瞬間、今まで飲んでいた酒が見劣りするぐらいおいしかった。
「うめ―じゃねーか!!」
「でしょ?秘蔵の大吟醸だからね」
「ダイギンジョウ?よく判らねーが、とにかくうまい!」
私は、ダイギンジョウという酒を生涯忘れないように心に刻みながら、一気に飲み干す。
「おおーー!よっ!世界一!」
よく意味の分からない賞賛と共に、おっさんはまたダイギンジョウを注いでくれた。
「疑ってすまねーな。まあ、食いかけだが食ってけよ!」
テーブルに広がる勢いで頼んだ料理をどう処分するか考えてた所だ。丁度いい。
「おお!サンキュー!サンキュー!」
おっさんは訳の分からない言葉で返答した。まあ、見るからに変な外人だからどこかの言葉なんだろうと気に留めないようにする。
最初は警戒していたが、うまい酒に徐々に警戒心が薄れていった。
テーブルに広がる無数の料理を食い散らかしながらおっさんと私は飲み明かす。
食って笑って、飲んで話す。
おっさんの話しやすさとダイギンジョウという不思議な酒にほだされて、私の口は想像以上に軽くなっていった。
気付けば、身の上から武勇伝、そして、さっきの貴族の事も話していた。
「ホント馬鹿だよ!ばーか!」
「でも、優しい子だね」
「優しさなんて不必要だ。どーせ、利用されるだけ利用されて殺されるだけだ」
「たしかに。……でも、そういう人も大事なんじゃない?そういう優しい人がいないと俺みたいな喋ることぐらいしか取り柄の無い人間は生きていけないからさ」
「そんなもんかねぇ?」
「そんなもんさ。君だってほら。優しさなんか不必要だー!とか言っときながら俺みたいな変なおっさんに色々と話してくれるじゃん。十分、優しいよ」
「はぁ?私は…別に…」
「謙遜しなくてもいいって!」
「…そうかな?」
私はなんだかよく分からなかった。
「まあ、確実に言えることは、その貴族の坊ちゃんはキミの事が好きって事かな?」
「はぁぁ!?!?」
思わず酒を吹き出しそうになる。
好き?
誰を?
私を?
「それ以外考えられないじゃん。あれ?気付いてなかったの?」
「いやいやいやいや…ありえないって!そりゃ確かに性別上は女だが、こんな『狂戦士』なんて二つ名がつく戦士だぜ!」
「関係ないんじゃないの?」
「悪い冗談だ!」
「そう?でもまんざらでもないんじゃない?顔が赤いよ」
「これは、酔っぱらってるせいだ!!」
そう一瞥するが、顔が火照ってしょうがない。
私自身がこの火照りは酒とは違うと言っている。
初めての経験だ。
どう反応すればいいんだろう。
「まあ、でも貴族の坊ちゃんもいきなり説教は無いよね」
「だろ!やれ、女の子はもっと安全な職業に就くべきだ!とか、剣を持つべきじゃないとか誰に向かって言ってるんだよって感じ!怪我なんかも大したことないのにオロオロ狼狽して、ポーション使おうとするんだぜ!貴重なアイテムを馬鹿かって……」
……そうか、あれは私を心配してたんだ。
自分でいいながら、ふと思いいたる。
偽善とかじゃなく、本心だったのかもしれない。
そう思うと悪い気がしてきた。
「彼も一生懸命だったっていうことはわかるけど、ただ視野が狭すぎる。そういう意味で坊ちゃんだね」
「そうだ!そうだ!」
「でも依頼も途中でほっぽり出すのは良くないね」
「たしかに…」
「明日でも遅くないよ。また、冒険してきたら?」
「いや…あれだけタンカきっておいてそれはないだろ?」
「そうかな?」
「……」
私は酔った頭で邪推するが考えがまとまるわけ無く、何も答えられなかった。
そんな、私を見ながらニヤニヤしておっさんが語る。
「明日、迎えに来たらどうする?」
「それはないだろ?あ…でも金を返せという意味で来ることはあるかも」
「それは無いと思うなー」
「それこそないだろ?所詮世の中は利用されるか、するかの二者択一さ…」
「そうでもないと思うけどね」
「まあ、依頼を達成してないのは私の悪いところだ。だから、金の話しじゃないならば考えてやっていい」
「好きって言われたら?」
「はぁ!?」
「いや…可能性は十二分にあるよ。裸だって見られたんでしょ?」
「あれは、偶然かち合っただけだし!それに男として当然の欲求だろ?一応、女だから出るところは出てるからな」
「そんなもんかなぁ?でも顔を赤くするって興味があるんじゃない?」
「興味?」
「そう、異性として」
「……!」
赤かった顔がさらに赤くなる感じがする。
「いいねぇ!青春だねぇ!!」
ニヤニヤするおっさん。
恥ずかしさと、否定しきれない私への憤怒に感情が臨界点に達する。
「……うっ!うるさーーーーーい!!」
思わず机を力いっぱいちゃぶ台返しする。
陶器が割れる甲高い音と木がぶつかり合う激しい音に酒場は一時騒然となる。
シンと静まる酒場で私は叫ぶ。
「親父!壊れたもの含めてもろもろ全部私につけて請求しろ!もう寝る!」
ずかずかと二階の宿屋に移動する。
そして、ベッドに入ると泥のように寝た。
それ以降、あのへんなおっさんには合わなかった。
翌日、宿屋兼酒場の主人に聞いても、あのあと、忽然と姿を消していたらしい。
私は唯一の手がかりである、『ダイギンジョウ』という酒の事も聞いてみたが、どうやらおっさんが持ち込んでいたみたいで知らないそうだ。請求書にも当然載っていない。
『まるで幽霊みたいに消えていたんだ』主人はそう言っていた。
「なんだったんだ?」
よくわからない。お酒の飲みすぎで白昼夢でもみたのだろうか?
しかし、きっちりと、壊れたテーブル代など請求書には載っているため、夢ではないようだった。
飲みすぎで頭が痛い。
しかも、貴族からせしめた金も、昨日の一件でスッカラカンだ。
最悪な朝だった。
色々な意味で頭を抱えながら外に出ると、そこには別れたはずの依頼主の貴族と騎士がいた。
思わず、金を返せと言いに来たのかと思ったが、予想に反して謝られた。
そして、私に泣きすがって許しを乞うている。
態度から、昨夜のおっさんの言うことは当たっているようだ。
ということは……私の事を好きなのだろうか?
意識すると妙に恥ずかしい。
何なんだこの感情は?
騎士は直立不動で動こうとしない。
全く。
そんな気弱なことで先が思いやられるよ。
ほらほら、騒ぎを聞きつけて野次馬が集まってるじゃないか。
大いに恥ずかしいし、少しだけ嬉しいじゃないか。
「しょーがねーな!ったく!追加料金が発生しちまうぜ。それでもいいか?」
私は自分の顔を貴族に見せないように、泣きすがる頭をクシャクシャと力いっぱい撫でる。
貴族は抗いながらも、嬉しそうにうなずいていた。
騎士は、ため息をつく。
全く、変な奴に仕えるのは辛いねぇ。同情するよ。
こんな私なんかに気があってぞんざいに扱われても意思を変えない、こいつは真性の変態だ。
「じゃあ、残り10体だ!今日中に片づけて飲みに行くぜ!」
私は真っ赤になる顔を見せないように先頭を歩いて魔物の棲む大地に向かった。
ちなみに、おっさんはちゃぶ台返しで頭ぶつけて死んだため転生しました。
人の恋路を茶化すと痛い目を見る典型例ですね。
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