望み
龍による災害。
通常、人間にとって摩訶不思議にしかならない。
黄龍と黒龍が起こした災害後、相変わらず都市計画は進む。
しかし、また似たような事件が起きた。
またも各所で災害。
建設中の橋が壊れる。
道路が陥没。
あの時と全く同じだ。
都市計画が早急に進むにつれ手抜き工事ではと噂が立つ。
各自治体と役場は建設会社に検証するよう指示するが異常なし。
「そういえば超能力研究とかいたな」
検証に携わった大月が言う。
「超能力とかでそんなことできるのか」
関係者は笑うが確かに太田の研究や竜児たちの存在も否定できない。
後日、太田や竜児たちが警察に呼ばれることになる。
大月からやり玉に挙げられた太田と竜児そして竜心が警察署に訪れた。
警察官に訊かれても太田が答える超能力や念力。
竜児らが答える気というスピリチュアル。
非科学的な答えに警察は耳を貸さない。
特に武器を使用するものでもなく竜児たちは帰された。
「全くあの男は・・・」
ぶ然とする太田。
超能力セミナーから言い争っていた大月に対し愚痴も言いたくなる。
「しょうがないですよ。僕たちのことを知っているのはごく僅かな人たちですから」
太田より大人の対応をする竜児。
「竜心さん、これはひょっとして・・・」
「いや、まだ分からない」
龍の仕業か聞きたい竜児だが龍の気配さえ感じていない。
龍だと判断するのは早々だと竜心は言う。
黒龍なのか、はたまた新たな龍の出現なのか。
竜児と竜心は探ることにした。
ある日、街中を歩く竜児はとあるブティックに近づくと何かが交差するような複雑な気を感じた。
店には二十歳くらいの女性店員。
「まさかこの人が?」
悟られぬよう何食わぬ顔をしてブティックを通り過ぎる。
女性店員はマネキンの服を直す振りをして横目で竜児を見た。
いきなり何の根拠もなく龍のことを聞く訳にはいかない。
まして用もないのに立ち寄れない。
女性店員を気に留め、ブティックから離れていった。
しばらく歩くと若い白人男性とすれ違うと
「おい」
その男は竜児を呼び止めた。
振り向くと竜児よりやや背の高い男からあしらう視線。
「おまえが秘拳法の末裔、皇竜児か」
竜児は顔を強張らせ
「おまえこそ誰だ?龍を知っているのか?」
「俺はコーカサス。俺も末裔と聞かされている」
そう答えるとニヤリと笑った。
「なんだって!?」
まさか自分以外にも末裔がいるとは思わなかった。
「龍の魂が分散されていることは聞いたことあるだろ。その中で代々伝承されていれば一人ではないはずだ」
確かにコーカサスの言うとおりだ。
龍の魂を持てば秘拳法の使い手にもなる。
「どっちが末裔に相応しいか試そうじゃないか」
そう言うとコーカサスの身体から半透明の気が発し龍をかたどった。
「待て!龍は闘いに使うものではないことは知ってるだろ」
「ふっ、それもそうだな」
竜児が止めるとコーカサスは気を消した。
「まさか僕と闘うために騒ぎを起こしているでは」
「そんなことはない。むしろこっちが事件を知りたいところだ」
コーカサスは竜児から受けた疑いを否定する。
「まあ、俺がそいつを仕留めてやるよ。末裔の名誉にかけてな」
コーカサスは背中を向けたまま右手を上げて去った。
「なんてやつだ。一瞬だが気の力は半端じゃなかった・・・」
竜児は末裔という言葉を飾られ自分の立場を陥られそうになった。
家に帰ると父親の辰巳に話した。
「ん、龍の数だけ指導者もいるからな。時代とともに代々伝わるのがいれば消滅するのもいる」
竜児は血筋として残された一族だが、『龍の魂』を伝承されれば、それ以外でも末裔を名乗ることが出来る。
コーカサスもその一人だった。
「コーカサスとか言ったな。どんな人だ?」
「白人の青年だった。一瞬、気を発したが透明のような・・・」
会った時を思い出しながら話す。
辰巳は眉間にしわを寄せて
「水晶か・・・」
そう言って己の記憶をたどった。
「水晶?」
「ああ、水晶の龍だ。別名クリスタルドラゴンともいう」
「その水晶の龍って?」
「龍の魂には地の属性もあり形象として鉱物がある。水晶もそのひとつだ」
「すると水晶以外にも?」
「うん、分散されてから形を変え、どこかで眠っているかもな」
『龍の魂』を取得したとはいえ耳にしないことも多い。
竜児は『龍の魂』の奥深さが身に染みた。
中国に訪れている一人の女性。
彼女は女子ボクシング日本チャンピオンの山崎みどり。
日本一になるがアジア戦では三戦全敗。
周りからは弱いチャンプと叩かれ日本を離れた。
「精神的に強くなりたい」
聞かされた場所、四川省九寨溝へ訪れた。
ここは山に囲まれ気が集まるゼロ地場で精神集中にはもってこい。
山崎はここで精神修行しようと考えていた。
最も中心に位置する寺院の一室。
円盤状の部屋は風水で造られたと思わせる。
山崎はそこに身を置き、禅を組み精神統一をはかる。
何時間経っただろうか。
時を忘れた山崎は禅を解き深呼吸をする。
「眠りではなく無になれたというのはこのことか・・・」
頭の中を空にし、邪念を払えたのはゼロ地場も手伝ってなのか。
初日にして何とも不思議な気がしてならない。
目の前には龍の石像。
龍の口の中が緑色に光る。
「なんだろう?」
近寄って手を入れ、取り出すと龍をかたどった翡翠。
「うっ」
硬直する身体。
全身に電気でもなく痺れでもない衝撃。
翡翠を握ったまま山崎は倒れた。
しばらく気を失い、ゆっくりと目が覚める。
起き上がるとコートを羽織ったように重い。
だが、身体を動かすと油を差した歯車のように関節が滑らか。
自分の身体を何かが補助しているようだった。
手にした翡翠が消え、落としたのかと辺りを見るが何もない。
不思議な感覚を持ったまま山崎は寺院を離れた。
帰国してからすぐに試合を申し出た。
しかも、前試合のアジアチャンピオン鳳隼を指名。
あまりにも無謀な挑戦に周りは反対するが、負けたら引退すると条件を付ける山崎の要望に応えた。
いや、もう限界だから辞めさせようとしたボクシング協会の狙いでもあった。
リングに上がりガウンを取った山崎の右肩には龍の模様が浮かんでいる。
「タトゥーでも入れたのか?」
セコンドのコーチは首を傾げる。
ゴングが鳴ると山崎は壮んに前に出た。
「今までより動ける」
そう確信すると休まずに攻める。
鳳隼が負けじと前に出ようとすると、山崎の右パンチが飛ぶ。
ガードする鳳隼だが勢いで後ろに下がる。
尚も攻め続ける山崎にたじろぐ鳳隼。
過去の対戦とは別人のようだ。
山崎の渾身のパンチが鳳隼のあごをとらえダウンをとる。
「うおーっ!」
会場は歓声で沸く。
「これはいけるぞ!」
コーチが興奮する。
カウントとともに立ち上がる鳳隼に山崎は襲い掛かる。
防戦一方の鳳隼は二度目のダウン。
セコンドからタオルが投げ込まれ山崎がKO勝ちした。
「よくやったな」
控室でコーチが声をかけるが山崎は平然としていた。
その顔は何かに憑かれたようだった。
「おい」
コーチの声を聞かず黙って出ていく。
「私は何をしてるんだろ・・・」
意思とは別に身体が動く先は山崎が住む部屋だった。
「疲れているのかな・・・そりゃ、帰国してから試合まで時間がなかったからな、無理もないか」
ベッドに横になるとすぐに眠りについた。
山崎の身体から緑色の気が発し危険を察してるかのように震えている。
そうとも知らず山崎自身は深い眠りに入っていた。
またも災害による事故が発生。
今度は都市部よりやや郊外。
地盤調査するが特に異常はない。
龍の仕業と睨んでいる竜児と竜心が現場の様子を見る。
そこへ大月の助手が来て青ざめた表情で話す。
「実は先生が装置を使って事故を起こしているようなんです」
「なんだって!」
驚く竜児。
災害を起こすのには、余程大きなエネルギーが必要になる。
爆弾でも使ったのかと頭をよぎる。
助手は研究の事を説明した。
雷を起こす装置の開発に唖然とした。
「しかし、何故こんなことを」
「分からないです。なんか世界征服と訳の分からないことを…」
理由はともかく、狂気に走った大月を止めなければならない。
助手に大月の足取りを聞き、三人で探すと高田が車で来る。
高田は竜児の前に助手から話を聞き、長年の記者の勘で大月の居場所を突き止めた。
三人は高田の車に乗り、大月がいる郊外へと向かった。
「よく大月さんのいる場所が分かりましたね」
「それは君たちと同じなんだ」
「えっ?」
竜児には意味が分からなかった。
「彼も故郷を愛していてね、自分の町の変貌にショックを受けたようだ」
大月の心情は竜児や耕太と同じだった。
「それで自ら『龍』を作りだして…」
故郷を守りたい同情できる。
だが、破壊する行動は許されない。
竜児は複雑な心境だった。
都会より山中に入った村。
所々に重機があり、やや半数は更地になっていた。
ここ一帯はダム化計画地になっており、ダムが出来るとこの村はダムの底に沈められてしまう。
この村こそが大月が生まれ育った場所だ。
「なるほど。自分の村は無くしたくなかった訳か」
竜児が辺りを見回すと
「そのとおり」
声がする後方に顔を向けると、ヘッドギアと装置を身に着けた大月がいる。
「大月さん、止めたらどうです?」
大月は目を閉じ口を真一文字にし黙っている。
「大月さん・・・」
竜児の問いかけに大月は口を開く。
「この想いは君も同じだろ」
故郷を想う気持ちは竜児も同じ。
だが、自己中心的な想いで破壊する行為は許せるものでない。
「大月さん、あなたは間違ってる」
「ふん、どうせそう言うと思ったよ」
大月はベルトのスイッチを入れると空手のように拳を両脇腹に構えた。
すると装置の入ったバックパックから放電し龍をかたどった。
「こ、これは?」
竜児たちが気を起こすと同時に龍が発生するのと同じ現象だ。
「科学の力でもこういうことが出来るんだよ。まあ、名付けて電龍とでもしとくか」
「電龍・・・」
唖然とする竜児に向けて大月が腕を振り下ろすと電龍から光が放たれる。
「うわっ!」
竜児が身をかわした後ろでバチッと音とともに地面が破裂した。
「な、何をするんだ!」
竜児の怒声に大月は笑みを浮かべ
「すまんすまん、ちょっと脅かしただけだ。パワーを落として的を外したよ」
冗談では済まされない話だ。
狙ってないとはいえ、避けきれなかったら感電死も免れない。
怒りが込み上げる竜児に助手が声をかける。
「先生は哀しみのあまり心が乱れてしまっている。それをなくせばいいのだが」
しかし、それは内面から表れているもの。
龍が憑くのとは訳が違う。
「人工的に創られた龍では気を感じ取ることはできない」
竜心は放電する気配を感じても、気の在り方が別ものだと言う。
「何ならお前らの龍を消してやろうか」
大月は竜児たちに向けて光を放つ。
「危ない!」
避けた跡に光が破裂する。
竜児と竜心は素早く避けたが、助手は足を滑らせ挫いてしまう。
「う・・・」
足を押さえる助手に竜児は肩を貸し、大月から離れていった。
とにかく大月が背負う装置を壊さなければいけない。
竜児は大月の前に立ちはだかり金龍のオーラを発した。
だが、相手は生身の人間。
下手すると攻撃によっては命まで被害が及んでしまう。
いつもより慎重に闘わなければにらない。
「相手は電気だったな・・・」
竜児は秘奥義を使い、複数の龍から水龍の力をストックした。
「水龍?」
何故それを選んだのか竜心は分からなかった。
竜児は辺り上空に霧を張ると雷を発し大月へ向けた。
「いかん!感電させるつもりか!?」
竜心は叫んだ。
霧によって電気を通りやすくするのは生身の人間へのショックが大きい。
大月からも電気が発っすると霧とともに雷が飛び散った。
「なぜだ!?」
驚く竜児に大月は笑う。
「君はスタンガンのように私の動きを止めさせ、これを壊そうとしたらしいがそうは問屋が卸さないよ」
そう言いながら背中の装置を指さす。
「そうか、相手の動きを止めるためだったのか。攻撃だけでなくここまで応用したとはな」
しかし、感心は出来ない。
大月によって雷は消されてしまった。
「はっはは、それは計算済みだ。電気は同極では反発し合う。極限に分子化させ分解までする」
してやったりとした顔で高笑いする。
「くそっ、どうすれば…」
竜児は強く拳を握った。
「私に任せてくれないかしら?」
「あなたは!」
そこへ現れたのはブティックの女性店員。
「一部の龍による反乱をあなたがどう対処するのか見せてもらったわ」
「なぜ僕を?」
「あなたが末裔として『龍の魂』をこなせるのなら安心できるからよ」
「すると、あなたも」
女性はマレーシア出身のヤン・ジェニー。
中国王国がボルネオ島に栄え、『龍の魂』はキナバル山に封印されたという。
時を経て代々伝われた秘拳法を彼女が受け継いだ。
「そうか、『龍の魂』の神髄が崩れたときに追及しようとここへ」
ジェニーはうなずく。
「でも、今回は科学兵器みたいなものにどうやって?」
「わからない。でも、やってみるしかないわ」
ジェニーが両手を広げ大きく弧を描くと炎の龍が出現した。
「これは、炎龍」
ジェニーが炎の使いに竜児は驚く。
身構えた両手から放つ炎の渦が大月を取り囲む。
「やめろ!火傷してしまうぞ!」
叫ぶ竜児だがジェニーには考えがあった。
竜児同様、狙うのは身体でなく背負った装置。
炎により電気の分子を拡散するつもりだ。
「こしゃくな!」
大月は自分の身体の周りに稲妻の渦を起こし炎を撃退した。
「あっ!」
退けた筈の炎が大月の身体を包む。
竜児は驚くが大月は笑っている。
「心配するな」
そう言うと両手で払うことにより炎が消えた。
「私の服は特殊な服なんだよ」
一見、何でもない上下のジャージだが、高温や溶解に強い薄いイリジウム合金で出来ている。
「これも君たちを見て研究させてもらったんだよ」
大月は自ら行動を起こせば竜児たちが止めに来るだろうと予見していた。
「それなら、これはどうかしら」
ジェニーは手首を曲げ、両腕を上げる。
「これは・・・」
ジェニーの型を見た竜心の記憶が脳裏を過った。
両腕からの気は二頭の炎龍となった。
「双頭龍・・・まさかこの女性が」
二つの気を持つ龍、つまり双頭の龍がジェニーの極意なのか。
「しかも、炎龍との合わせ技。これだけ格が高いとは」
中国以外で封印された『龍の魂』は竜心でさえ把握は出来てなかった。
(でも、ちょっと「私たち」のは違うけどね)
竜心が思う龍とは違うものだと、そう言いたげだった。
さらに両腕を天に向けると双頭龍が分裂し二頭の炎龍となった。
「なに!?」
龍の合わせ技はあるが、分裂したのは初めて。
竜児と竜心は驚きの他に言葉が出ない。
そして二頭の炎龍の下には二人のジェニーが現れた。
「分身の術?」
まるで忍者の話に出てくるような単語しか浮かばない。
二人のジェニーは左右から大月をめがけ、火で出来た膜を投網のように降り注ぐ。
大月は火だるまになるがこれも振り払う。
高温で装置を壊すつもりだったが耐久力が勝った。
素早く動くジェニーに対して大月は微動だにしない。
防御に自信を持っているようだ。
二人のジェニーが元の位置に戻り炎の気を消す。
「えっ?君たちは双子?」
気による分身を見せたのかと思った竜児は目を丸くした。
「そう、私は妹のティナ」
「すると二人とも炎龍を取得したのか?」
『龍の魂』は一人ひとつ。
ティナは双頭龍を取得しジェニーの補佐役にまわった。
だが、双頭龍になるには同レベルの気を上げなくてはいけない。
同調しやすい双子ならでは出来た技だろう。
しかし、その技も大月の科学力に通用しなかった。
姉妹は唇を噛んで大月を睨む。
「さて、次は俺の番かな」
「コーカサス!」
いつの間にか竜児の視界にコーカサスの姿があった。
ふと、修行を始めた頃を思い出す。
星斗山に入山したときに使われた竜心の瞬間移動。
末裔を名乗るコーカサスも使うのか。
彼の能力には「水晶」以外見識がない。
大月にどう挑むのか見守ることにした。
コーカサスに注目する人がもう一人。
竜心が厳しい目で見ている。
竜心は何か知っている。
竜児はそう読んだ。
「また新手の者が来たか」
大月は電龍を、コーカサスは水晶龍を同時に出現させる。
大月が先手を取りコーカサスに向けて放電する。
「危ない!」
竜児は叫ぶが放電された光はダメージを与えることなく、コーカサスとコーカサスの気をすり抜けた。
「そうかプリズムか」
大月は呟く。
可視光線を屈折により分散させ通り抜かせる。
コーカサスの気は水晶の特性に応用されていた。
「ならばこれはどうだ」
今度は複数の稲妻をコーカサスに向ける。
「ん!」
コーカサスは気を振動させ稲妻を消し去る。
「うっ、何だこれは」
大月だけでなく竜児たちも耳に違和感を感じた。
「これは九天振滅波」
耳を押さえながら竜心は言う。
気を振動させ四方八方の気や分子を消滅させる。
そのため周りにいる竜児たちにも音叉を聴くように鼓膜が振動し違和感を覚えたのだ。
「音波で対抗するとは考えたな。だが、それは致命傷に値する」
大月はランダムに閃光を放つ。
コーカサスは九天振滅波で防御するが部分的にダメージを受けた。
「うっ、どういうことだ」
気とはいえ硝子のように固体壁の性質を持つ水晶龍の数か所にひびが入る。
「音より光のが速いってことだよ」
「しまった・・・」
音より光の方が速いことは知っていたが、防御に徹するあまりランダムに放たれた光に追いついていなかった。
「くそっ」
コーカサスが跪くと気が消えた。
「まだ策がある」
そう言って近づくのは竜心。
「おまえは竜心」
竜心を知っているコーカサスに竜児は驚く。
「彼の師は私の兄、竜輝だ」
兄弟で秘拳法の師範。
兄の竜輝はコーカサスを、弟の竜心は竜児を指導していた。
しかし、竜輝は病に倒れこの世を去ってしまう。
それでもコーカサスは師の教えを守り精進するが、血族の強い竜児が末裔と聞き心を乱す。
羨むと同時に恨めしい竜児をこの目で確かめようと日本へ訪れた。
「今の闘いでは末裔なぞ名乗って欲しくないな」
科学の力とはいえ生身の人間相手に手こずるようでは認めないという。
睨む竜児に竜心が釘を刺す。
「こら、そんなこと言ってる場合じゃない」
竜心が怒鳴る。
それよりも目先にいる大月の暴走を止めるのが先決だ。
「水晶の気を出してみろ」
「えっ?」
例え弟でも師でない者からの指示にコーカサスは戸惑るが、竜心の目を見てうなずく。
「やはりそうか」
ひび割れた水晶龍の気が弱っている。
竜心は白龍の気をコーカサスに注ぐとひび割れが修復していく。
「竜心・・・」
竜心は敵ではない。
竜輝と同じ『龍の魂』を持つ秘拳法の師。
味方になるのは当たり前。
コーカサスは自分の身勝手さを恥じ入た。
「ひとつ策がある」
そう言うと竜心は気を発する。
それは竜児も見たことのない銀に輝く龍だ。
「銀龍?」
黒龍を封印した竜心にはもう一つの龍があった。
「それは確か師が・・・」
竜輝が持っていた銀龍だとコーカサスは言う。
亡き兄が弟に託した『龍の魂』を宿し銀龍の使い手になっていた。
「そうか、兄弟一心同体なんだ」
竜児は改めて竜心という人物像を確認した。
それはコーカサスも同じだった。
末裔とかでなく『龍の魂』を引き継いでもらいたい。
それが竜輝、竜心の願いだった。
「気を最大に上げろ」
コーカサスは両手を広げ気を最大限に上げる。
竜心は銀龍の気を水晶龍に重ねる。
「うっ」
二つの気の重さがコーカサスに圧し掛かる。
「もっと気を上げるんだ!」
「ううっ」
竜心に応え自らの限界を超えようとしたその時、二つの気が融合し始めた。
「これは僕が金龍まで上げた状態と同じだ」
銀龍の気をコーカサスに転移させると水晶の輝きが増した。
「これは・・・鏡か?」
光が反射してるようにも見えるコーカサスの気が形成された。
「神獣鏡だ。これで相手の力を跳ね返したりできる」
どうやら防御力が強いようだ。
「ほう、そう言うなら試しに受けてみるがいい」
大月は矢のような稲妻を二度三度コーカサスに放つが弾かれた。
「ならばこれはどうだ」
頭上に雷雲を出現させると無数の光を放つ。
「そうはいかない!」
水晶龍から翼を広げ凹面鏡のように集めた光が大月を襲う。
「うわっ」
光が大月を覆う。
特殊なスーツで火傷は免れるが装置にダメージを受ける。
「く・・・まだ奥の手がある」
大月はベルトのスイッチを入れると光が装置に吸収された。
「何!?」
竜児たちが驚くのも束の間。
「これでもくらえっ!」
大月が放った光は水晶龍から集めて数倍に増幅された稲妻の波。
爆音とともに竜児たちは吹き飛ばされた。
「うう・・・」
苦しむ竜児は他に被害がないか声をかける。
「大丈夫か…」
ゆっくりと立ち上がる竜児。
「こっちは大丈夫だ」
竜心とコーカサスも起き上がる。
しかし、ヤン姉妹の姿が見えない。
「彼女たちはどうした?」
「こっちだ!」
コーカサスが数メートル先で倒れている二人を見つける。
竜児ら三人は二人の側に行き
「大丈夫か!」
竜児の問いかけに姉妹はゆっくりと起き上がった。
「大丈夫、私たちも鍛えられているから」
普通の人間なら大怪我をしたかも知れないが姉妹はかすり傷で済んだ。
「しかし、なんてパワーだ」
竜児は仁王立ちしている大月を見る。
「ふふっ、これはな、溜めたエネルギーを増幅させるんだよ」
放電するだけでなく電気を溜めて数倍に増やす機能を備えていた。
科学の力にひれ伏してしまうのか。
思わぬ浮き足が立ってしまう。
「竜児君」
聞き覚えのある声。
そこへ来たのは耕太だ。
「何故、君がここへ?」
「黒龍に導かれて来たんだ」
そう言うと耕太から黒龍が現れた。
「またその子を利用する気か!」
竜心は声を荒げた。
「待って。黒龍だって自然を愛する気持ちは同じはずだ」
自然破壊を嘆く耕太に憑き、開拓工事を止めさせようとした。
大月の心情に同意出来るが自ら破壊行動にもなってしまう。
耕太は黒龍を代弁した。
しかし、『龍の魂』を持たない耕太に出来るものなのか疑問があった。
「いや、彼の気は我々に匹敵するものがある」
超能力セミナーを始め、闘いの中でも能力を発揮させた耕太を竜児は認める。
「確かに龍の力とはいえ、体力的にも耐えている」
龍の気を操る様を竜心も見据えてたが、黒龍ともなると次元の違いに不安を抱いていた。
「あの男のパワーを失くせばいいのだな」
「!」
黒龍の一言に吃驚する竜心。
「闇の空間へ引きずり込むつもりか!」
「マイナスではない。ゼロサム空間だ」
「竜心さん、黒龍は何を?」
聞き慣れない言葉に竜児は訊いた。
「冥暗衝墜。暗黒のゼロ次元ともいわれる」
「冥暗衝墜・・・」
「本来は闇である負の空間だが、プラマイゼロなら電気も使えなくなる」
「それでゼロサム空間・・・」
「だが形あるものはプラスとマイナスの分子で出来ている。この辺一帯も壊されるだろう」
工事現場どころか山や森林、河川までも跡形もなく破壊されるのは本望でない。
「それなら私の出番かな」
「あなたは確かボクシングの・・・」
そこへ現れたのは山崎みどりだ。
「いや、体は私だが私の意志でない」
そう言いながら腕を捲り上げると肩のあたりに緑色の龍が浮き出ている。
「ん?それは翡翠の緑龍」
「竜心さん、緑龍とは?」
「名前の通り緑の自然を蘇生させることができる。確か四川省九寨溝に祀られてたはず」
「私はそこへ精神修行し翡翠を手にしたとたんパワーが身に付いた気がして・・・」
「それでボクシングで勝てるようになったんですね」
「ええ、でも何故かここへ導かれて・・・」
「今、大変なことになってる」
と、竜児は大月を指さす。
「あの人は学者の」
「自然を守るはずが憎しみに変わり暴走してしまっている」
「それで私が・・・」
「あなたに居る緑龍を出したい。両手を出してくれないか」
竜心が言うと山崎は両手を出す。
竜児は金龍の気を発すると山崎に手をかざす。
山崎の肩の龍が消えると手のひらから緑龍の気が出現。
金龍と緑龍が融合した。
「あ・・・」
魂が抜けたかのように山崎が倒れた。
「大丈夫だ。気を失っただけだ」
高田は山崎を起こすと車に乗せ病院へ向かった。
「竜児くん」
「うん」
竜児と耕太は大月に近づく。
「懲りないやつらだ」
大月の装置から『電龍』が浮かび上がる。
「僕に任せて」
耕太が両手を広げると辺り一面が暗闇と化した。
「これが暗黒のゼロ次元」
全く見えない暗闇に大月からの光が灯しているようだ。
「暗闇がどうした!」
大月は蜘蛛の巣のような稲妻を起こす。
稲妻が走った暗闇はひび割れた空のようだ。
「これを待ってたんだ!」
黒龍は従波気導網を使い稲妻の動きを止めた。
「うっ」
大月の動きも止まる。
「今だ!」
暗闇の稲妻は消え、大月の装置が振動した。
「どうしたんだ」
大月は慌てベルトのスイッチをカチカチと動かす。
きしむ音を出す装置に危険を察し、肩から外し投げ捨てると爆音とともに壊れた。
「う、おわりか・・・」
大月は跪きうな垂れた。
「よし、今度は僕が」
竜児は金龍と緑龍が混ざった気をオーロラのように暗くなった大空へ張る。
すると次第に草木の色が甦り壊された河川も元に戻った。
「これが緑龍の力なのか」
その場に居合わせた全員がそう感じた。
竜児が気を消すと緑の勾玉が落ちた。
「これが緑龍の石か…」
勾玉を拾い上げた竜児は呟く。
「私も役目は終わりだな」
黒龍は耕太から離れ、天高く昇ると西寧へ向かった。
「竜心さん、黒龍は元の場所へ戻ったのですか?」
「どうやらそうらしいな・・・。あ、その勾玉私が持って行こう」
竜心は竜児から勾玉を受け取った。
勾玉を九寨溝へ戻したあと、西寧でもう一度黒龍を封印することにした。
西寧の湖。
竜児と竜心は黒龍の居る碑に来ていた。
そこには長老も一緒だ。
「封印を解いた責任はわしにもある」
耕太に憑いた黄龍に唆され黒龍を起こした自分を責めた。
「もう、それは忘れましょう」
長老は竜心に促され封印した黒龍の碑に札を貼り、自らの気で碑に埋め込んだ。
「黒龍はもう現れないのですか?」
「分からん。邪悪な心が無い限りな」
邪心により封印が解かれなければ二度と事件にならないという。
「あ・・・」
竜児から『龍の魂』が消えた。
「停戦状態と言ったほうがいいだろう」
黒龍が封印された今、龍による悪事は暫くはない。
二度と『龍の魂』を呼び起こすことを願う竜児だった。