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龍の魂・完結  作者: 藍京
2/3

洗脳された街

降りしきる雨の夕方。

勝ち誇る選挙事務所の人たちが盃を交わす。

「大黒さん、おめでとうございます」

祝辞を送るのはヤクザの鬼塚組組長、鬼塚岩男。

新町長に大黒まことが当選したが後援者たちは浮かばない顔。

それもそのはず。

この町は大黒がヤクザと組んで支配されようとしていたからだ。

金で釣られた後援者は盃を交わす大黒と組員を周りから見ているだけだった。

「いやあ、君たちもご苦労さん」

大黒に酒を注がれる後援者は作り笑顔をしながら不味い酒を飲むしかなかった。

一方、大黒に敗れた現職の天宮正義氏。

後援者は金で買われてしまい挙句の果て選挙に敗れ途方に暮れた。

残った助役や支持者も悔やんでも悔やみきれない。

詫びる天宮。

沈黙の事務所内。

誰一人慰めの言葉がなかった。

重い空気の中、天宮は解散させることにした。

秘書である息子の正次(まさつぐ)と二人きりになった事務所。

正次には一人になりたいと言って帰るよう促した。

「あ、ああ…」

正次もショックからか言葉が出なかった。

天宮に言われるまま事務所から車で帰宅するが、胸騒ぎを感じ引き返した。

事務所は暗いが天宮の車は停めたまま。

「親父!」

正次は慌てて事務所のドアを叩く。

合いカギを使い暗い事務所の中で父親を探した。

奥の控室に人影が見えると部屋の電気をつけた。

「お、親父!」

目の前には梁にロープをくくりつけられ、天宮は首を吊っていた。

正次は椅子に乗り、天宮の体を抱えロープを解き降ろした。

床に横たわった天宮の頬を叩いたり体を揺すった。

さらに胸を押し、人工呼吸を試みるが反応がない。

正次は電話で救急車を呼んだ。

発見が早く天宮の一命はとりとめた。

しかし、一時的な心肺停止状態から脱したが寝たままの状態。

しばらくは集中治療室での治療となった。

見舞いに来たのは息子の天宮正次はもちろん、助役の畑中清ほか数名だけ。

かつての後援者は大黒に金で引き抜かれ身動きが出来ない。

「見舞いさえ誰も来ないなんて・・・皆、金で心まで売ってしまったのか…」

無念を抱き正次は嘆く。

天宮の状態が落ち着き個室病棟へ移された。

だが、意識はあるもののボーとして反応は遅い。

完全に回復するまでには時間がかかると医師は説明した。

夜になり面会時間が迫った。

外は夕立が鳴り雨足が強くなる。

「親父、また来るからな」

正次の目には天宮がうなづくように見えた。

家に帰り町長時代の父を思い出す正次。

大黒の出現により町を乗っ取られた悔しさが募り強く拳を握る。

雷が激しく鳴ると同時に黒い霧が正次を包む。

「うわっ!なんだこれは?」

正次の身体が黒い光で襲われると現れたのは黒龍。

憎しみとともに黒龍が正次に憑いた。

数日後、息子は助役を集め大黒の周辺調査を依頼した。

大黒と鬼塚との関係を洗い出し、彼らを衰退させるのが狙いだ。

黒龍の力でいつでも大黒らを排除できるが、精神的に追い詰めてダメージを与えようと考えていた。

大黒は鬼塚組と組み金を使って支持者を集めていた。

警察が調査に乗らないのは利便と引き換えに賄賂を受け取っていたからだ。

正次は父親と親交があった警察署長の町田衛に会い、警察が何故賄賂を受けたのか問いただした。

先ず町田は深々と頭を下げ正次に詫びた。

「申し訳ない。私の不徳の致すところだ・・・」

そして賄賂の経緯を話した。

「若い者が公務員は給料が少ないとぼやいていたところへ隙を突かれたようだ。大目に見れば金を払うと。それが段々膨れ上がり取り返しのつかないことになり賄賂をネタに脅されたようだ」

「それならその若い者だけで済みそうだが」

正次は一部の若い巡査なら取り締まれるのではと訊いた。

しかし、世間に知られたくないと上司も彼らを野ざらしにしてしまった。

「なるほど、警察までが加担していると思われたくないですからね」

「それに支持者まで賄賂だろ、取り締まれる立場でなくなった。後の祭りだよ・・・」

町田は拳で机を叩いた。

「いや、あなたは正義の味方だよ」

「ふっ、何を言ってるんだよ」

苦笑する町田は正次の顔を見た瞬間硬直した。

正次の身体から発生する黒龍の霧が町田に降りかかり、町田は催眠状態に陥った。

「これから取り締まればいい。私の言うことを聞けば間違いない」

正次の口を借りた黒龍の言葉に町田はゆっくりとうなづいた。

次の日、町田は署内の朝礼で署員に鬼塚組への取り締まり命令をした。

署員たちの顔色が変わる。

これは取り締まりと言う名の集団催眠の一種。

正次は黒龍の力により町田を利用し、各署員を追従させ鬼塚組を崩しにかかった。

鬼塚組事務所に数人の子分が路上駐車や一時停止で警察に捕まったと情報が入る。

「なんだ?そんなことで捕まえるとは・・・」

金で大人しくさせたはずの警察が寝返りをうったのか。

幹部の金野成男が話をつけようと警察署に向かった。

「署長さんよ、どういうことなんだ!」

金野は署長室に乗りこみ凄んだ。

「まあまあ」

町田はなだめるように椅子に座らせた。

椅子に座った金野は町田の目を見ると硬直した。

催眠で追従させるパターンは正次から町田へ移ったときと同じだ。

「足を洗って真面目に働かないか?」

金野はうなずくと次第に力が抜け床に座り込んだ。

町田は捕らえた子分たちにも金野と同じように催眠を使い、組から抜けさせ更生させていた。

金野の子、小学生のおさむが学校から帰るとスーツ姿の父親がいた。

「どうしたの?お父さん」

いつものノーネクタイで派手ないでたちでなく、地味な紺のスーツに替わっていた。

成男はヤクザから足を洗い普通の会社員になると説明するとおさむは驚く。

「そんなはずはない。お父さんおかしくなった」

何が何だか分からなくなりおさむは家から出ていった。

「よっ、どこか行こうぜ」

出会ったのは下校途中の悪友。

「いや、ちょっと・・・」

勉強があるからと相手にされず、おさむをすり抜けるように帰って行った。

いつもは悪戯やゲームセンター入りびたりなど悪ガキぶりだが、急に真面目な素振りになっていた。

「どうしたんだよ・・・」

いらだちを隠せないおさむは公園のベンチで溜息をついた。

「どうしたんだ?」

記者の高田が声をかける。

「おじさん誰?」

おさむは機嫌悪そうな顔をする。

「私は記者の者だ。この町は初めて来るがなんだか様子がおかしい。もしよかったら話してくれないか」

高田は町がヤクザに支配されていると噂を聞き取材に来たが、それと裏腹に住人があまりにもかしこまり過ぎるのに疑問を抱いていた。

おさむが一人でいるのを見て何か知っているのではと察し訊こうとしていた。

おさむは高田を疑いながらも、ひょっとして力になってくれるのではと話した。

「そうか。君のお父さんがねえ・・・いや、お父さんだけではなさそうだな」

「おじさんもそう思う?」

おさむは理解してくれる人がいてホッとした。

「これはもう少し調べないとな…」

高田はこの町について調べてることにした。

正次は助役の畑中とかつての後援者らに聞き込みしていた。

しかし、後ろめたさがあるのかなかなか口を割らず進行しない。

後援者の一人、成田の家に来ると

「ここは私一人でやらせてくれないか」

成田も父正義と親交があり、正次だけなら話してくれるだろう。

席を外してくれと頼む正次の心中を察し畑中は了解した。

「あ、お久しぶりです・・・」

応接間へ案内した成田の表情が硬い。

何を言われるのかとおどおどしているようだ。

「成田さん、大黒たちと何があったのか私になら話せますよね?いや、話したところで責めるつもりはありません」

それでも成田はうつむくままだった。

痺れが切れた正次は成田の両肩に手を添える。

驚いて顔を上げた成田は正次の目を見ると全身の力が抜けたまま立っている。

催眠状態に陥れた成田に正次は賄賂の経緯を白状させた。

大地主の成田は町民のための施設を建設すると土地を無理やり買い取られ、実際にはパチンコなどの遊技場に変更されていた。

大黒が町長になると土地活用の許可を出し工事が着手される運びとなった。

お金で動かされた不甲斐無さに口をつぐんだ成田は誰にも話せないままだった。

正次は土地を取り返す代わりに、仲間の後援者を元の鞘に収まるよう成田の心情を誘導した。

許可した書類を畑中にとらせ賄賂だと分かると、正次は町田を呼び関係者を逮捕するよう命令を下した。

次々と鬼塚組から組員を逮捕。

取り調べ中に町田から連動した署員の催眠で、逮捕された組員は組から脱退させた。

鬼塚と大黒は追い込まれ残された組員とともに町から出ていった。

そのため大黒は町長を辞任。

後に町長選が告示されるが立候補は正次一人だけ。

無投票により天宮正次が町長となった。

正次は病院へ向かい父親の正義に報告した。

完全に意識がある訳ではないが息子の報告を聞くと顔がほころんだ。

「よかったですね」

声をかけたのは担当の看護師花岡美津子。

正次は花岡に好意を寄せていた。

だが花岡は誠実な正次に思いはあるがどこか気掛かりがあった。

町長になった正次は犯罪を取り締まるべく条例を公布した。

その条例とは名ばかりで犯罪の無い町にしようと職員から町民へ次々と催眠状態にさせていった。

犯罪の無いモラルのある町。

聞こえはいいが逆に活気がなく人間味が欠けている。

当たり前のことを当たり前に過ごすだけだった。

この話は竜児たちにも届いていた。

竜児は家族とともに日本へ戻り、龍の気配を感じた師匠の竜心も暫く滞在することにしている。

正次の町を視察した高田から依頼され様子を伺うことにした。

竜児たちは町に踏み入れると閑静な街並み。

車はスピード出すことなく進み、歩く人もせかせかしていない。

静か過ぎて気持ちが悪いくらいだ。

一人の不良風の男が缶を投げ捨てると警察官がにらむ。

それに気が付いた男は慌てて缶を拾いゴミ箱に捨てた。

その様子を見ていた警察官は何も見なかったように過ぎ去る。

「ここはごみを捨てるだけで罰金を取られるらしい」

高田が話すと竜児は驚く。

「いくら何でも厳しすぎるなあ」

ごみひとつもなく綺麗なのはいいがやり過ぎている。

しかも住民は何の苦情も言わない。

「善人ばかりの町なのか?」

竜児は疑問を抱いた。

町へ来てから竜心はずっと黙ったまま考えている。

「何か気になることでも?」

竜児が尋ねる。

「ん、龍の仕業だと考えると思い当たる節がある」

「え?」

「いや、もう少し視てみよう」

竜児の視線は歩いていく竜心の背中を追った。

龍が関係しているとするならまた新たな敵なのか、一旦引き下がった黒龍なのか。

考えるだけでも頭は混乱してしまう。

「住民はもとより外から来た人は注意されたりして大変だと聞いている」

この町に何が起こっているのか、竜児は調査に乗り出した。

厳しい条例のトラブルは他でもある。

ある日、河川敷の道路を走るトラックの運転手はいつもより異変に気付く。

「おい、こんな高い金網が張ってたか?」

「本当だ。なんだこりゃ」

助手席の男も驚く。

いつの間にか河川敷の道路沿いには高さ五メートルほどの金網が張っていた。

これは数年前から河川敷の不法投棄があり、それを阻止するために張られていたのだった。

「面倒くせえことしやがる」

助手席の男は弁当の空き箱を窓から投げ捨て、金網に当った空き箱が道路に散らばった。

すこし先に行くと停車しているパトカーから警察官が合図を出しトラックを止める。

警察官が降りてトラックに近寄る。

「今、ごみを投げ捨てただろ」

「それがどうした」

運転手は不機嫌な顔をする。

「ここでは条例違反として罰金を払うことになる。それが嫌なら署まで来てもらうぞ」

「なに?」

ごみを捨てただけなのにと運転手は喧嘩腰になる。

しかし相手は警察。

こんなところで捕まる訳にはいかない。

渋々調書を書きトラックを走らせた。

不法投棄は隣町との境界線が多いため、警察だけでなく町民も見張っていた。

もちろんこれも正次に潜む黒龍の催眠効果によるものだ。

河川敷に一台のトラックが停まり、荷台を上げてゴミを捨てようとすると数十人の住民が取り囲む。

運転手は慌てて逃げようとするがパトカーが立ちふさがった。

運転手は捕まり警察署で事情聴取を受け黙秘するが、警察官からの催眠により事実を話した。

どうやら隣町の町長が不法投棄に絡んでいるらしい。

事実を確かめるべく正次は市長会議に出席することにした。

市では隣接する町との合併を推進しようと、市長をはじめ各町長と定期的に会議を行われていた。

そこには隣町の町長も参加する。

正次は町長になって初めての会議。

その会議で追及するつもりだ。

市長会議の日。

合併に関する意見交換が行われようとしていた。

「すいません。その前にお話ししたいことが」

挙手する正次。

「何だね」

市長の東野京太は発言を認める。

正次は隣町の町長川瀬春男に問う。

「我が町の河川に不法投棄した業者を問い詰めたら、あなたの名前が出てきた。どういうことなのか聞きたい」

「な、何を・・・私は知らん」

川瀬は顔を強張らせた。

「その噂、聞いたことあるな」

他の町長もどことなくゴミの流出先が気になっていた。

「川瀬君、どうなんだね?」

東野も不法投棄の噂に関心があった。

「な、なにを証拠に」

川瀬はぶ然とした顔で否定した。

「では、これを見てください」

川瀬の前に出されたのは業者への依頼書と伝票。

「そ、そんなバカな・・・」

業者との間にしか交わせない書類。

催眠により不法投棄に関わった書類を業者に提出させ、それを正次は手に入れたのだった。

「これはどういうことかな?」

東野の問いに黙り続ける川瀬。

川瀬の町は人口が減り、生産も少なくなり税収が厳しく予算がままならない。

ゴミさえ処分するのに費用がかかる。

そこで川瀬は他の町への不法投棄を思いついた。

「だから合併すればそんなことにならずに済んだのだ」

自分の地位が危うくなると合併に首を縦に振らない川瀬だったが、東野から告訴される代わりに失職。

川瀬の町は合併へとなった。

さらに東野は優良モラル地区として正次にも合併を持ち掛けた。

市は治安があまり良くない。

それは鬼塚組の残りの組員が市へ移り、組員を増やして再構築を図っていると東野は聞いていた。

正次が鬼塚組を撲滅させた噂を聞いた東野は、合併して治安を向上させる狙いがあった。

「いや、その話は後で」

「そうか」

さすがに二つ返事する訳にはいかないが正次には考えがあった。

東野は他の町長の意見を聞くが合併の話は乗る気でなく保留とした。

会議が終わると正次は東野に近づく。

「何だね…」

正次から東野に黒い霧が覆い東野は正次の意のままに動かされるようになってしまった。

数日後、町は市と合併。

選挙公示までは正次が仮の市長となる。

正次はモラルのある市へ変えるために次々と条例を発効させた。

中にはタバコの投げ捨て、自転車を含んだ車両走行など細かい設定もされている。

不意に行ってしまう行動を催眠で抑制。

誰もが不満を募らせるはずが平静を装う。

モラル条例という催眠に包まれ静かな市へと変わっていった。

だが、この変貌の噂が広まるとトラブルを招くことになる。

インターネットの書き込みというものは投稿者不明のまま根も葉もない噂ばかり立てられることがある。

モラルの偽装の町、市長のエゴ、と正次に対しての誹謗中傷まで書かれていた。

それを知った正次は自室でパソコンを立ち上げると、黒龍の気が霧のようにパソコンの周りを渦巻く。

これは竜児との戦いで放った蛇心雷動のひとつで、正次のパソコンからハッキングするように書き込み者まで軌跡をたどる。

特定しにくいネットカフェなどの複数の人が利用する場所でも時空を超え、利用した個人を見つけ出す。

書き込みをした少年は取り調べでシラを切るが、防犯カメラに映っていた自分を見せられ白状した。

しかし、この防犯カメラ映像は黒龍による念写であった。

インターネットに張り巡らされた蛇心雷動は過去の時間までも侵入し突き止めていく。

見つけ出すとその時の模様が画像に再現される。

こうして書き込みした数人の若者が逮捕され、使用したネット掲示板は削除された。

「俺のアカウント消されてアクセスできないんだよ」

ネットユーザーの間でそんな話が広がっている。

それは悪質な利用者に対して黒龍によりネット制限されてしまっているからだ。

どうやって特定しにくいインターネットの書き込み者を逮捕できたのか、その話題は高田の耳に入っていた。

高田は警察署へ取材を申し込むが断られる。

モラルの厳しい町と合併した市の変化との関係もあるのではとにらんでいた。

高田と同時に市の不可解な様子に目を付けている者がいた。

週刊誌記者の垣野駿。

高田とはライバルの関係だが、スクープを取るために時には他人の家に土足であがるような行動を起こすことがあり煙たがられる。

それでもいくつかのスクープを取っていることから出版社は大目にみている。

正次が出勤中も帰宅中も垣野がレコーダーを向けしつこく取材するが正次は黙ったまま。

「ちっ、ダンマリかよ」

舌打ちする垣野。

さらに父親が入院している病院に向かい、見舞いの振りをして担当の花岡から聞き出そうとする。

行政のことは何も知らないと花岡。

他の看護師から話を聞いた医院長が来て退出するよう言いつける。

渋々病院を後にする垣野は策を練った。

「なんだって?」

花岡から電話で話を聞いた正次は激怒した。

そして暫くどのようにして垣野を「排除」するか考えた。

ある日、正次は公民館で講演を開くと垣野の耳に入った。

何故、今頃講演なのか不自然でもあり垣野は探ることにした。

垣野は正次に顔を知られているので、講演にはカメラマンの二光に出席してもらうことにした。

『市民と行政』

如何にも硬いタイトルが付けられた公民館の入口。

続々と地元と思われる人たちが入っていく。

二光は他人に悟られぬよう平然と館内へ入る。

二光の襟には小型マイク、胸ポケットにはタバコの形をした小型カメラが仕込んである。

これらを電波で飛ばして、公民館奥の駐車場で待機している垣野の車内に設置されたレコーダーに受信される。

垣野はイヤホンで聞きながら録画するつもりだ。

講演が始まり黙って聞く出席者。

取材する者にとって一方的に話を聞くことは発言する欲を催す。

思わず二光は挙手し質問する。

「何の疑問を持たず行政を押し付け従えさせていないのか」

市のやり方を問うと数人の私服警備員が二光を取り囲む。

「事務所まで来てもらおうか」

「な、何なんだ」

二光は抵抗するが警備員の力に敵わない。

そのまま事務所へと連行された。

「バレたのか?」

駐車場で聞いていた垣野は二光の異変に気付き車のエンジンを回した。

だが、そこでも七、八人の警備員が車を囲む。

「さっきから様子がおかしいが車内を見せて欲しい」

垣野は強制的に逃げようとしたが、事故を起こしてはならない気持ちと同時に警備員の圧力に屈した。

二人は口裏を合せないよう別室で取り調べられた。

所持検査からデジカメ、ビデオカメラ、録音機はもちろん、盗撮用小型カメラ、盗聴用マイクと受信機と特殊機器まで出される。

「こんなものまで持ってると犯罪だな」

「撮ったくらいで犯罪の訳ないだろ」

盗聴、盗撮が直ちに犯罪には結びつかない。

だが、ここは正次が管理する市。

迷惑条例違反が適用されるという。

「そんな・・・」

通常、免れる罪も犯罪になってしまう厳しい条例が科せられている。

ほぼ全裸でボディチェックされ下着だけ返されると

「こんな格好で帰すのか?」

垣野が言うと警備員は上着に縫い付けてあるポケットを破り、メモリーカードを取り出すと垣野の顔に近づけた。

「こんなものまであっちゃあ、返す訳にはいかんな」

垣野は顔をそらす。

警察官が到着すると下着姿の二人はパトカーに乗せられた。

「私たちをどうするつもりだ」

取調室で苛立つ垣野に警察官がジッと見つめる。

「うっ・・・」

全身の力が抜け記憶が遠のく。

催眠により正次に関する記憶が消された。

別室で二光も同じ状態にさせられ二人とも迷惑条例違反で書類送検された。

数日後、自ら責任を取り辞職した。

この流れは全部黒龍を使った正次の思惑通りであった。

「確かに彼らはやり手だ。しかし、こんなトラブルで身を引くはずがない」

二人を知る高田は辞職を信用出来なかった。

「やはりあの町はおかしい」

町全体に龍の気配を感じるという竜児たちに再び探ってもらうよう頼んだ。

条例が敷かれる中でも違反者は後を絶たない。

それは町を追われた大黒と鬼塚を含む数人の組員が悪事を働いていた。

正次は合併後も彼らを利用し、条例を正当化させる狙いがあった。

東野から合併の話が持ち上がった時は計略の手間が省け、条例が加速すれば支配下に置ける。

そのためにも大黒らを泳がせていた。

賭博で町を動かそうとした大黒はここでもギャンブルで行政を動かそうと企む。

市の報酬に不満を持つ数人の議員が鬼塚組事務所に集まり野球のトトカルチョで儲けをしていた。

野球のシーズンがひと月を切ろうとしていた時期に二位以下にゲーム差を離しマジック10と優勝を目前にしていたチーム。

圧倒的に力を見せつけているチームに大黒たちは賭けていた。

勝てば持ち金が数倍に跳ね上がる。

殆ど負けが濃厚となっている議員たちは面白くない。

興味本位でトトカルチョに加わったが大黒の口車に乗せられて多額の資金を賭けてしまった。

博打に手を出した自分たちが悪いのだが行政の金まで手を出している。

つまり市民の血税が博打資金となっていたのだった。

事情を知った正次は大黒らを懲らしめようと自宅の部屋に祀られた神棚の前で瞑想に入った。

正次に憑いてる黒龍が霧となり周りで渦巻く。

これは耕太に黄龍に取り巻いたときと同じだ。

しかし、正次は碑の欠片を持っていない。

神棚には粉が小皿に入っている。

これは雨の日、初めて黒龍が正次に憑く瞬間正次の体に自分の鱗を付着させていた。

正次の意志とは別に神棚を祀らせ小皿に鱗を入れると霧に変化させるよう粉にした。

ここまでの動きは黒龍の意志である。

あとは正次の意志どおりに力を貸せばいい。

こうして正次と黒龍は一体化となっていた。

一位の野球チームが呪われたように連敗を始める。

黄龍が自分の意志で嵐を呼べるのと同じように、黒龍は試合中の選手の能力を劣化させていた。

野球関係者はプレッシャーではと憶測と同時に八百長の疑惑を持った。

ついに最終戦までもつれ、1ゲーム差で逆転を許してしまう。

不審に思った野球協会は捜査にあたるが八百長の根拠はなかった。

勝てるはずの賭けをした大黒や鬼塚は逆上するが負けは負け。

仕方なく議員に勝ち金の話をするが、議員は博打をしたことにより行政に支障がでるからと受け取りを拒否した。

東野は博打に参加した議員を叱咤すると、瞬く間に催眠能力で業務に忠実させた。

こうして東野を使い、議員や職員まで市役所全体が正次の手中に収まっていった。

とあるスーパーから一人の男の子が出てきた。

彼もヤクザの組員の子で仲間と街で悪さをしていた。

スーパーから菓子を万引きし足早に逃げるところだった。

そこへ金野の息子おさむがやってきた。

「やあ」

「おう、久しぶりだな」

ヤクザの息子同士の悪友だ。

「どうだ。食べるか?」

万引きした菓子を差し出すがおさむは受け取らない。

「どうした?」

おさむは男の子の両肩に手をかけジッと目を見ると黒い霧が男の子の頭を覆う。

「あ、俺何をやっているんだろ」

汚いものを払うように手にした菓子を投げ捨てた。

「それでいいんだよ」

おさむが笑みを浮かべて言うと男の子は帰った。

おさむは親から催眠を受け、更生された状態になっていた。

「あ、君は」

高田がおさむを見つける。

「あ、記者のおじさん」

おさむの表情は初めてあった時と違っていた。

「君、どうしたんだ?」

「いや、別に」

悪ガキぶった態度もなかった。

(もしやこの子まで・・・)

高田はおさむまで変貌したのではと察する。

話を聞こうと近づくと黒い霧が高田を覆った。

「うっ・・・」

立ったまま一瞬の眠りから目が覚めると呆然とする高田。

何事もなかったように歩くと竜児たちが駆けつける。

「どうでした?高田さん」

「いや、ここは何にもないよ」

完全に催眠状態に陥り竜児を無視する。

異変に気付いた竜心が高田を羽交い絞めすると、右手の気で高田の背中に衝撃を与えた。

「うっ!」

四つん這いになる高田。

「竜心さん、これは?」

「彼もかかっている」

高田は起き上がると頭を振って竜児たちを見る。

「私はいったい…」

「高田さん、大丈夫ですか?」

心配そうに竜児は高田の肩に手をかける。

「高田さんも町の人たちと同じ状態になったみたいです」

「そっか」

高田は思い出すように周りを見回す。

そこにはおさむの姿はなかった。

「ひとりの少年に話を聞こうとしたらこうなった・・・彼が町の人を?」

高田は直接催眠を受けたおさむの仕業ではと考えた。

「いや、おそらくその子は端っこのほうだろう」

「端っこ?すると本体がいると?」

「そうだ」

竜心は催眠の源が別にいると言う。

「すると元になる人物から広がっていると?」

高田の問いに竜心はうなずく。

「竜心さん、やはり龍が」

「ああ、黒龍に違いない」

黒龍だと言う竜心に竜児は驚く。

まさか黒龍が催眠まで使うとは思わなかった。

「これは従波気導網(じゅうはきどうもう)だ。主となる意志が次から次へと植え付けられていく」

「すると一人の人に黒龍が移り、その人の意志と同時に広がったわけですね?」

「そうだ」

竜児は考え込むように黙った。

「龍ってそんなことまで出来るのか」

高田は過去に見た龍の能力だけでなく精神まで支配するのかと言葉を失った。

「蛇心雷動」

竜児がつぶやくと

「よくわかったな」

竜心は目だけで竜児を見た。

「ええ、嫌と言うほど痛い目に遭ってますから。それに時空を超えて追ってくるならそうではないかと」

黒龍との闘いを経験した竜児は特徴を捉えていた。

「ところで、なぜ黒龍の仕業だと?」

「それは…」

竜心は竜児の問いに少し躊躇った。

「元々黒龍は私の中にいたんだ」

「えっ?」

竜心が黒龍の魂のつかいに竜児は驚く。

「本来『龍の魂』は闘いに使うものではないと聞いたことあるだろ?」

「ええ、父から聞きました。長い間封印してたと」

竜児は父親の辰巳から聞いた『龍の魂』の説明を思い出した。

「争いで使われた時期に龍の力が不安定となり、長老の先祖が率先して各々の気から龍を離し各所にある碑や岩に封印させた。つまり里帰りさせたようなものだ」

「だから僕の持つ龍は星斗山に、黄龍は黄河の水源、その山の頂に黒龍があったわけですね」

「そうだ」

態々中国の山間地帯まで修行に行かなければならない理由が分かった。

「そして黒龍は龍の中で最も強い気を持つ。邪悪によって暴走させぬよう封印させたが、先祖代々にわたる黒龍の業は私に受け継がれた」

「だから竜心さんに魂の欠片が残ってたんですね?」

「だが、業を身につけたとしても本体は向こうだからな」

同等に闘えるのなら自分で片づけた。

それが出来ない竜心は末裔の竜児に力を貸すことにした。

「それはそうと、どうやって私の催眠を解いた?」

高田は竜心に聞く。

浄相清真(じょうそうせいしん)だ」

浄相清真もまた蛇心雷動のように気を張り巡らせる。

そしてかかっている催眠は取り除かれ元の精神状態にする。

「その技なら町の人を元に戻せるのか?」

「いや、主軸になる者を狙わなければ」

従波気導網を止めるには核から広がるのを阻止させる。

つまり、黒龍が潜む人を特定しなければならない。

「市や町の中心となるのは市長や町長の見方が妥当か・・・なかなか取材をさせないのはそのためかも知れんな」

「きっとそうですよ」

竜児たちは市役所へ向かった。

待ち構えていたのは数人の警備員。

「なるほど、すでに来ることを勘づいていたか」

彼らも黒龍により従波気導網を受け、竜児らを阻止しようとしていた。

襲ってくる警備員に竜児は光を放ちショックを与え、竜心が浄相清真で催眠を解く。

ショックを受けた警備員は気を失っている。

「よし、入るぞ」

市役所の中は真っ暗で誰もいないが物々しさを感じる。

二人は気が大きく感じる二階の市長室に入ると、仁王立ちした正次がいた。

「どうしても邪魔をする気なんだな」

正次の口を借りた黒龍が話す。

「この町はお前のものではない。やめろ!」

竜児は強い口調で訴える。

「何を言う。犯罪がなくなれば素晴らしいじゃないか」

正当化する黒龍。

さらに竜心に向かって

「争いをなくすために私を封印したんだろ?ならば私が平和的に仕えれば、これとない機会じゃないか」

正次の顔は得意満面の笑みを浮かべる。

「人の自由を奪ってまでもか」

竜児は目の前で拳を握る。

「ほう、やるのか?あの闘いで退散はしたが決着がついていると思ってない」

耕太に宿り竜児と闘ったが、耕太の感情が戻るところで『支配』のバランスが崩れ、耕太の身体から引き離された。

封印されたことにより、悲しみと憎悪で能力を倍増するが人間の感情で左右される諸刃の剣。

黒龍が正次に憑いたのは思春期の耕太よりかは強い意志というのが理由だ。

竜児と正次が互いに気を上げると小刻みに地震が起こる。

「まて!ここでは人がいる。勝負するなら何も無いところでやれ!」

竜心が止めに入った。

「よし、わかった。ならば来てもらいたい所がある」

正次は指定の場所へ行くようにと指示する。

やってきたのは山が崩され途中で工事が中止のままになった開拓地。

先に到着していた正次はこの土地について説明を始めた。

「どうだ、過去に似た光景あっただろ?」

竜児は自分が住む町が山や森林など壊され開拓されるときと同じに見えた。

「ここも私欲のために無残な姿になってきたのだ」

正次、いや過去を見てた黒龍の言い分もわかる。

「あの時は町が変わるのがショックだった。だが、今回は一部の人間が起こしたもの。彼らを取り締まるだけでも違うはずだ」

行政と犯罪は違うものだと竜児は言う。

「いや、どちらにせよ人間の欲という醜態に違いない」

そういうと正次から黒龍の気が大きくなった。

「仕方ないか・・・」

竜児は金龍の気を発し対抗する。

以前の闘い同様、気と気がぶつかり合い二つの空間が生まれる。

気の空間をひび割れのように蛇心雷動を放つ黒龍だが、なぞるように消していく竜児の気。

従波気導網を消す浄相清真と同じだ。

「この技は・・・白龍か?竜心のやつ、これも彼に伝授したのか?」

白龍といえば闘いに巻き込まれ大怪我した久美が竜心により怪我の程度を緩和した。

浄化能力のある白龍の気を竜児が使えるようになったと黒龍は睨んだ。

さらにお互いの気が押されていと黒龍はひと塊の気を断続的に発し竜児を襲う。

竜児は一つ一つ気の塊を白い気で消していく。

「やはり白龍か」

黒龍は竜児の気の正体を暴くべく気の塊を発していたのだった。

「これは純化翠羽(じゃんかすいう)。あらゆるものを浄化させる」

竜児はどんなに気を発しても消せると態度を示す。

「何ならこれはどうだ!」

黒龍の網状の気が竜児の気を包む。

「何だこれは…」

竜児の気が投網にかかった魚のように威力が止まった。

さらに剣のような気が無数に飛ぶと竜児の気が削り取られる。

耕太に取り巻く龍の鱗を剝す竜児の苦肉の策と同じだ。

竜児は純化翠羽で抵抗するが効かない。

「まずい!このままだと金龍の鎧が剥がされ肉体にダメージを受けてしまう」

竜心は危惧を感じた。

「うっ!」

竜児は気を消し姿を隠した。

「逃げたな…」

黒龍は軽蔑な眼差しをする。

「さて、どうかな」

「まだ技があるというのか」

ダメージを受けた竜児を心配した竜心だったが、気を消したことにより更生を察知した。

竜児の気が引き神々しい光の金龍が姿を現した。

気が炎のように身を取り巻く『龍の魂』だが、進境すると光で形成された龍となる。

「そうか、完全に金龍をモノにしたか」

まだ金龍をマスターしたての頃は気を使いきれず身体に重く圧し掛かった状態だった。

あれからもう一度修行し直し『龍の魂』をコントロールできるまで上達した。

「こいつ、確か末裔とかいってたな…」

正次が両手を広げると黒龍が渦を巻き竜児を襲う。

「旋龍で光を破壊するつもりか?」

黒龍の荒技に竜心は唇を噛む。

旋龍とはドリルで穴を開けるように周りにあるものを散らばせ突き進む。

気が弱ければ当然散らされてしまう。

竜児の金龍が一知半解なら黒龍は一気に畳み掛けるつもりだ。

双方激しくぶつかるが若干旋龍のほうが進む。

竜児はむしろ技のタイプ。

力と力では分が悪い。

竜児は意を決したかのように左手だけで旋龍を押さえるが片手だけでは押し戻される。

「ふっ、そんな小手先だけでは済まさんぞ」

黒龍は笑い、さらに力を込める。

すると竜児が右手で円を描くと十の循環が金龍の周りに現れた。

「これは!」

自然界に属する八百万の神のうち、十体が龍変化し竜児に気を注ぐ。

黒龍は『龍の魂』だけでない竜児の正体を初めて目の前にした。

「そうか、末裔というのは中国秘拳法の使いか」

相手が強ければ強いほど力でねじ伏せようとする思いが強い黒龍は、憎悪とともに最大限に気を爆発させた。

「いかん!生身の人間では身体がもたないぞ!」

下手すると正次が死に至ってしまう気の大きさに竜心は叫んだ。

「こいつを倒せば俺は天下を取れるんだ」

聞く耳持たず目の前の竜児を倒すだけ集中する。

互いの気は一歩も引かない。

「止めて!」

駆けつけたのは花岡だ。

花岡は正次の異様な様子が気になり後をつけていた。

途中、高田に会い竜児たちの説明を聞く。

訝しながらも真相を確かめようと現場まで足を運んだのだ。

「なぜ、あなたが」

闘いから初めて竜児から目をそらした。

「あなたは町を支配する気なの?お父さんはそれを望んでたの?」

「いや、それは・・・ううっ・・・」

正次の心が揺らめくと黒龍とのズレが生じた。

「今だ!」

竜児は循環から(いかづち)を発し龍が形成されると正次へ一直線に放った。

雷神猛動覇(らいじんもうどうは)!」

雷龍が正次を覆う。

「うわっ!」

正次とぶれた黒龍は次第に離れていく。

そして黒龍は雷龍に包まれ昇天していった。

倒れた正次に花岡が駆け寄る。

「大丈夫?」

正次は薄目を開け唇を動かす。

「私は…悪い夢を見ていたのか・・・」

花岡は正次の両手を握り

「あなたから悪いものは無くなった。町を作り直しましょ」

「そうだな…」

正次は笑みを浮かべると気を失った。

「あ!」

「気を失っただけだ。早く救急車を呼んで」

遠くで見ていた高田が近寄り花岡を促した。

救急車が到着すると正次を乗せ、花岡が付き添って病院へ向かった。

高田が救急車を見送った先には二人の男が。

高田に気付くと逃げるように去る後姿は大月教授とその助手。

「あいつら一体何しに?」

大月らの行動に疑問を抱いた。

「よくやったな」

竜心は労うが竜児は納得してない。

「あの女の人が声をかけなかったら黒龍の力に押されてたかも」

正次の身体から離脱させても黒龍の行方は知らぬままだ。

「それにまた現れる可能性も…」

オリン湖付近の山頂の碑に封じ込めない限り黒龍は現れる。

次の『事件』が起きないことを願った。

正次が退院し洗脳された人々は解脱され町の活気が戻った。

押し付ける政策でなく、町民の意見を中心に条例を発効し住みよい町を目指した。

町は合併されたが東野が指揮を取り、正次は顧問としてサポートにまわった。

『事件』がひと段落つき、数日経ったある日竜児はテレビを見ていると大月が映っていた。

何でも研究と発明の発表らしい。

発表の場には高田が取材に来ていた。

大月は高田を見つけると近づき

「おう、久しぶりだな」

高田は大月の頭を見て驚く。

基盤に電子部品が取り付けられたヘッドギアをかぶっていたからだ。

「滑稽なもんだがこれから見せる試作品だ」

自分の頭を指さし自慢そうに話す。

数十人しか入れない小さな会場。

演壇のテーブルにはリモコンの車。

この風景は何となく見た覚えが。

竜児と耕太が通った超能力セミナーに似ている。

(超能力を否定した男が超能力?)

高田は奇妙に思った。

大月が説明する。

「さて、この車はこうスイッチを入れると動く」

手にしたリモコンスイッチを入れてぐるぐるテーブル上に車を走らせる。

「この車が手を使わずに動かすとなればどうだろう?」

リモコンをテーブルに置く。

「まさか手品でもやるのか」

会場内は騒めく。

そこへ助手が両手くらいの大きさの箱をテーブルに置く。

「これは受信機でもあり送信機でもある」

大月は箱に手を当てて説明を始めた。

「この箱からの送信で車は動く。そしてこの箱が受信するのはこれだ」

そう言って自分の頭を指さす。

今度はきょとんとしている会場内。

「人間には脳波というのがある。これは聞いたことがあるだろ」

人差し指で誰かを探すように会場内を見渡す。

また頭を指さし

「この脳波をこの箱が受信し思い通りに車を動かす訳だ」

胡散臭い空気。

超能力セミナーのときもそうだった。

大月はその空気を楽しんでいるかのようだ。

「この頭の装置が脳波を電気信号に変えて電波として箱へ発し、それを動力として車に送信する」

どう説明しても

「そんなバカな」

呆れた声が聞こえる。

「それでは、やってみようか」

助手が箱のスイッチを入れると、大月はヘッドギアのスイッチを入れテーブルの前に立つ。

両手で押す仕草をすると車が動き出した。

「おおっ」

室内の呆れた空気が驚きの空気へと変わる。

右手を動かせば右に曲がり、左手を動かせば左に曲がる。

まさに大月の思い通りだ。

「どうだね?」

抜かりない自信の顔をする大月。

「それはどんな理論なんですか?」

「脳波のアルファ波とシータ波の波を同一させ、それをイオンに変換させ電波として飛ばすのです」

高田の質問に答える大月。

そんなことが出来るのか甚だしいにもほどがある。

しかし、目の前で見せられたら否定できない。

超能力セミナーから始まった不思議な出来事を目の当たりにしている。

高田は竜児と正次の闘いで視察とも思える行動の大月を思い出した。

「これを研究していたのか」

ぽつりとつぶやくと質問を重ねた。

「それは何のために利用するのか」

「遠隔操作として危険な現場、例えば爆発物処理にできるのではないかと思っている」

ゆくゆくは建設や医療にも視野を入れてるという大月。

機械の大きさまで動かすにはまだ先だが、研究として第一歩を踏み出したということだろう。

「脳波を使って超能力・・・科学はそこまで進んでいるのか」

テレビを見ていた竜児は胸騒ぎを感じた。

研究発表を終えた大月は研究所に戻ると別室に入った。

「これが彼らと同じ力を発揮するはずだ」

彼らとは竜児たちのことで龍の形態を電気で創ろうとしていた。

そこにはもう一つの研究があった。

それは人工的に雷を創るもの。

電気エネルギーの分子を組み替えることにより無限に強さを増幅できる。

使い方を誤ると武器にもなりかねない。

大月は脳波で動かす装置と合わせ電気エネルギーを思いのままに操ろうと考え、その装置の完成が間近に迫っていた。

ヘッドギアは軽量に改良され電気エネルギーはバックパック型で装着できるようにした。

厳重な金庫を開け、取り出したのはベルト型準無限エネルギーボックス。

温度差による発電を利用し外気と体温の熱で常時発電できる。

「よし、やってみるか」

大月はベルト型エネルギーボックスを装着し、ヘッドギアをかぶった。

バックパックを背負うと意識を集中すると大月の頭上に電気が帯びた霧が発生する。

「ん!」

右こぶしをドアに向けると霧の一部が飛びドアを破壊した。

爆音と思える大きな音に助手が駆けつける。

「先生!どうしたんですか!?」

装置を身に着けた大月を見ると心痛な思いで

「先生・・・この実験はやっぱり・・・」

「なあに、案ずることはない。心配するな」

止めさせたい思いの助手に否定的な目をする。

「あ・・・すいません・・・」

助手は部屋を出た。

大月は身から装置を外しヘッドギアとベルト型エネルギーボックスをトランクに入れた。

トランクとバックパックを助手に気付かれぬよう外へ持ち出し、車の後部座席に置くと車で研究所から出ていった。

「先生・・・」

気付かれてないつもりの大月だったが、窓から助手が恐れることが起きるのではと不安を抱いたまま見ていた。


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