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龍の魂・完結  作者: 藍京
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友との葛藤

時代は都市化が進む日本。

著しい成長で生活は豊かになってきた反面、自然破壊が問題視されている。

そのため建築の推進派と反対派が各地で広がりつつある。

東京のとある町でもコンクリートの街と田園の地域が二分されていた。

後々農耕地にも建設を促す町の行政に対して土地所有者は簡単に首を縦に振らない。

森林も無くなる恐れがあり、自然に親しむ教育と子供たちの遊び場もなくなると懸念されている。

ある日、下校中二人の少年いた。ひとりは竜児といい来年受験の中学三年生。正義感が強く将来は警察官になろうと柔道を習っている。もう一人は耕太。竜児の同級生。小学校の頃、青森からの転校生で大人しく、いじめられているところを竜児に助けてもらった。二人とも自然な環境を好むことから仲良くなり森や畑などでよく遊んでいた。

下校途中、ロープが張った更地を目にする。

「ここも空地だったんだよな…」

耕太が呟く。遊び場も減っていく現状に胸を痛める。

「仕方ないさ」

開拓を進ませる行政に誰も口出しは出来ない。竜児は耕太にかける言葉が浮かばなかった。

「あっ、そうだ」

耕太はズボンのポケットから折りたたんだ紙を取り出す。

「なんだそれ?」

耕太から受け取るとそこには『超能力セミナー』と書かれている。今朝、駅前で配られたものだという。

「面白そうじゃないか」

今や超能力ブーム。外国人の超能力者をよくテレビ番組で取り上げられていた。耕太も興味を持ちセミナーに参加したいと言う。

「怪しいなあ。手品か何かじゃないの?」

疑う竜児に対して耕太は口をとがらせる。

「そこ、見てよ」

指差したところに出演者として『清野健』とある。日本人では超能力第一人者として賑わせていた。

「この人が来るのなら見る価値はあるかも」

「そうだろ!」

テンションが上がる二人。

セミナーが行われる場所は駅前のビル。一旦、家へ帰って駅前で待ち合わせることにした。

「ただいまあ」

竜児は家に着くと玄関に鞄を投げ出し、すぐに走っていった。

「ちょっと!どこにいくの!?」

母親の(はな)が出迎えようとしたがすでに走り去った後だった。

「もう、来年受験だというのに…」

鞄を拾い上げ呆れて頬をふくらます。勉強しないで遊びにいってしまうのが親としての悩みだ。

セミナーが行われる駅前のビルに耕太が待っていた。

「ここかあ」

見上げる竜児。三階建ての小規模な貸しビル。事務所代わりや絵画などの展示場に使われたりする。

「ここの二階だよ」

チラシを見ながら耕太は指をさした。二人は駆け上っていくと部屋には十数人が長テーブルの椅子に座っていた。学生、サラリーマンと様々だ。前には教壇のような大きめのテーブル。恐らくここでパフォーマンスが行われるのだろう。しかし、部屋は五十人ほど入れるが有名人としては入りが少ない。入り口で室内を見回す。

「人が少なくないか?」

耕太が言うと竜児も確認する。

「そういえばそうだよなあ…」

本当に来るのかと疑うようにもなる。

「それは私から説明しよう」

振り返ると白衣を着た男が立っていた。男はセミナーの主催者であり、超能力研究所所長の太田。清野の上司にあたる。太田は二人に主催者であることを話し、空いてる席に座るよう促した。二人が着席すると大きなテーブルに数枚の資料のような小冊子を置き、今回のセミナーについて話す。

「今は超能力ブームといわれている。しかし偽超能力者が出現したり、マジックだと言って信用しない人もいる。そして一部マスコミは私たちを非難している」

口調からみるとご立腹のようだ。確かにスプーンなどを手で曲げる偽者や魔術と称して巧みに、しかも凝った用具を使い手品を行う者も現れた。そうなると、太田らの存在が怪しいと睨んだりするマスコミもいたりするのも当然だ。

「今日は、超能力の存在を証明したいが、もし胡散臭いとか信じられないとか思うのなら帰って結構」

自分たちはそうでないと自信を持ち、鋭い眼差しで参加者を見渡す。

「じゃ、入ってきて」

一呼吸間をあけると入口に向かって手招きをする。するとシャツにジーンズ姿の物静かな男が入ってきた。彼が世間をにぎわせている超能力者『清野健』だ。重いオーラが漂う清野を見て参加者は息をのむ。竜児たちも何かに憑かれたような表情。清野がテーブルにつき会釈すると太田はテーブルの下に置かれていたアタッシュケースを取りだした。

「まずは彼に透視をやってもらう」

アタッシュケースからは五枚のカード。そこには円、三角、四角、星、波の図形が描かれている。テーブルに伏せたカードを透視で当てるというものだ。カードが透けたり仕掛けがないか最前列に座っている参加者に確認してもらう。学生風の男はカードを蛍光灯にかざしたり、指でこすったりしてみるが仕掛けらしい仕掛けはない。

「それじゃ、これはどうだろ」

もう一枚は白衣のポケットから出した。

確かめてもらうがただのカードに思える。

「では、これで確かめてごらん。」

そう言うと、サングラスに使われるレンズを一枚ズボンのポケットから取り出し手渡す。

「あっ!」

男はカードにレンズをかざすと声を出した。カードの表をレンズ越しに見ると星の図形が浮かび上がっている。

「肉眼では見えないが、カードには蛍光塗料が塗ってある」

太田はこのカードは手品師が使うものだと説明した。

「こちらはどうだね?見えないだろ?」

透視用の五枚のカードにもレンズをあてて見せる。後ろに座っている人は立ちあがり覗き込むようにして見る。どう見ても透視用カードには何も浮かび上がらない。太田はカードを確認させると裏返してシャッフルする。その間、清野は部屋の隅で背を向けている。太田は一枚テーブルの上に伏せて置き、残りのカードは前列のテーブルに置いて黒い布をかぶせた。清野にはカードが見えてないと参加者に確認をとらせる。太田の合図で清野はテーブルの前に立ち伏せられたカードに右手をかざした。

「これは三角ですね」

清野が言うと太田は伏せられたカードをめくり参加者に見せた。間違いなくカードには三角の図形。

「おおっ」

参加者からは驚きの声と拍手が起きた。

「まぐれだということがあるから、何度か繰り返そう」

繰り返し透視を行っても清野はすべて当てる。これが超能力というものなのか。室内は異様な雰囲気に包まれた。

「では、これらを君たちにやってもらおう」

そう太田が言うと室内が騒がしくなった。

「そんなの無理だよ」

そんな声が聞こえる。大体の人が顔を見合わせたり苦笑いをしている。それは竜児たちも同じだ。

「最初から出来ることはない。これも訓練だから」

太田はそう言って透視カードを参加者に配っていった。

「僕たちもやってみよう」

珍しく耕太は竜児に促す。どうやら超能力に興味津々のようだ。参加者たちは清野の見様見真似で手をかざしてみたり、顔を近づけて見つめたり様々だ。

「三角だ」

「これは四角かな」

「やっぱり出来ない」

「おっ、当たった」

あちこちで声が聞こえる。竜児たちも真剣な眼差しでカードを読み取る。耕太が出したカード対して竜児は十回中六回当てた。

「すごいじゃないか」

「いや、まぐれですよ」

褒める太田に頭をかいて照れた。次は耕太の番。腕組みした左手をあごの下にあててカードを見つめる。真剣よりも殺気立った表情に一瞬竜児の神経が硬直する。

「こんな耕太は初めてだ」

耕太は七割の的中。

「おお、凄い」

近くで見ていた男が驚くと次第に室内がざわめき始めた。

「やるじゃないか。素質があるんじゃないか」

初心者にしては成績の良さに太田は感心した。

「いやあ、そんなことはないですよ」

耕太は我に返って照れ笑いする。太田は清野のそばにいき、うつむき加減で小声で話す。

「あの子たちは見込みがありそうだな」

「ええ、僕もそう思いました」

どうやら竜児たちに研究所として一役買ってもらおうと頼むつもりのようだ。一時間ほど経っただろうか。精神的に疲れた人が何人かみられた。

「よし、今日はこのくらいにしておこう。もし興味があるのなら、また来週来てくれ」

参加者の精神状態を考え、今日のセミナーを終了し解散させた。太田は帰ろうとする竜児と耕太を止め、次回も参加してくれるよう頼んだ。

「君たちにまた参加して欲しいのだが」

竜児と耕太は顔を合わせた。

「君たちは素質がある。超能力というものを広めたいのだが」

清野まで熱く語り始めた。

「ちょっと待ってください。広めたいといってもパフォーマンスしかならないじゃないですか」

竜児は困惑した。確かに超能力といっても何の活用も出来ない。外国では警察の捜査で使われたりするが、日本では非科学的に捜査はありえない。まして世間では『見せ物』のように扱われている。テレビ番組を見ていた竜児は太田らが何をしたいのか分かる気がした。

「ここで練習していてもどれほどの能力がつくのか分からないし、それに僕たちはまだ学生なのでやりたいことは他にも沢山あります」

これ以上、太田は何も言えなかった。

「…すまん、こっちの都合で君たちを困らせて申し訳なかった」

太田は頭を下げた。

「いえ、いいんですよ」

竜児は耕太の肩を軽く叩き部屋を後にした。太田と清野はふたりの後姿を見つめるだけだった。

「何がなんだか分からなくなったよ」

竜児はため息まじりに話す。

「でもさ、僕たち褒められたじゃん」

竜児とは対照的に耕太は嬉しそうだ。

「褒められたというより乗せられて感じだよ」

「じゃ、もう行かないの?」

「えっ?」

「僕は一人でも行くよ」

批判的な竜児に腹を立て走っていった。

「お、おい!」

耕太を止めようとしたが間に合わなかった。セミナーが終わってから耕太の態度は変わっていた。何でも興味を持って前向きになってくれればいいが、竜児には耕太の心境の変化に不安を抱いていた。

「ただいま」

「どこへいってたの!?」

竜児は怒鳴る華を無視しそばを通り抜け自分の部屋に行く。

「もう…」

華は呆れた。竜児はベッドに仰向けになりセミナーからの帰りを思い出していた。やはり耕太を怒らせてしまったのか自問自答してみた。

「とにかく耕太に謝ろう」

訊く前に謝るのがベターだろう。明日、学校に行ったら先ず詫びることにした。

次の朝、竜児は玄関で耕太を待っていた。しばらくして耕太が玄関に現れると駆け寄った。

「よ、おはよう」

ためらいがちな挨拶になってしまった。すると耕太が笑みで返した。

「昨日はごめん、先に帰っちゃって」

怒ってはいないようだ。しかし、竜児のほうが混乱しているのか上手く言葉が出ない。

「こっちこそ…なんというか…」

「いや、いいよ。でも…もう行かないの?」

耕太はどうしても行きたいようだ。竜児はそれくらいは察していた。

「別にかまわないよ」

「本当?自分の力を確かめてみたいんだ」

耕太は褒められて嬉しかったのだろう。

「俺ももう少しやってみたい気がしてたんだ」

竜児は照れ臭そうに頭をかく。

「なんだ、竜児君もそうなのか」

わだかまりもなく次のセミナーに参加することを約束した。

数日後、二人は前回と同じ駅前のビルへ向かった。だが様子がおかしい。ビルの入り口で数人もめている。

「どうしたんだろう?」

耕太は不安げに話す。

「なんかおかしいな」

二人は遠巻きに近寄ってみる。

「だから、あんたらのはインチキだ!」

「インチキとはなんだ!」

罵声が飛び交う。太田らに対して怒鳴っているのは、大学教授の大月だ。彼は科学で実証できないものは何でも信じないと言う頑固者。太田の超能力セミナーに助手と記者を連れて抗議に来たのだ。

「いいかい!あんたらのは手品と一緒。タネもあれば仕掛けもあるんだ!」

眼鏡をかけた大月の目は鋭く太田を睨む。

「そんなもんが何処にあるんだ!テレビで証明したろ!」

太田も応戦する。実はテレビ番組で二人は対立している。タネがないと否定しても大月は受け入れない。番組のことをまだ引きずっていて、今度こそ暴いてやると鼻息が荒かった。

「あれはどこかですり替えたんだ!」

大月の言葉に太田は呆れるばかりだ。すると、竜児たちに気づき声をかける。

「あっ、君たち来てくれたんだね。期待してるよ」

それを見た大月はすかさず反応した。

「この子たちを巻き添えにしているのか!このペテン師が!」

「なんだと!」

二人の喧嘩はさらにヒートアップする。

「どうされました?」

あまりの騒ぎに警察官がやってきた。

「どうもこうもない!こいつらが言い掛りをつけるんだ!」

太田は大月を指差し言うと、大月は警察までくると面倒になるなと苦虫を噛み潰したような顔をした。

「今のところはここで引き下がる。いつか絶対暴いてやるからな!」

そう言い放ちながら助手と記者を連れて去っていった。太田は今までの様子を警察官に話しその場から退いてもらった。ビル前には竜児ら含めて数人の参加者。前回より半数ほど減っている。さきほど怒鳴っていた太田は落ち着きを戻し参加者に呼びかけた。

「この人数になったのは残念だが、信じる者が参加してくれればいい」

騒ぎに痛感してか無理に強がっている。ビルの中へ入ろうとするとひとりの男が声をかけた。

「すいませんが取材させてもいいですか?」

そう言いながら太田に名刺を渡す。

『新日出版 高田陽一』

独特の視点での記事が評価されていて最近売り上げ部数を伸ばしている出版社。高田はその出版社の記者だが、超能力に関した記事は核心に迫ってないと上司に言われていた。多くの出版社は大月教授のように否定する意見が多く肯定なものは少ない。何とかここで力を入れたい高田だった。

「あんたもあいつらの仲間じゃないのか?」

太田は険しい顔になるが高田は食い下がった。 

「太田さん、ペテン師などと言われて悔しくないですか?あなた方のやっていることを証明すべきです」

「証明させたとしても、どう書きますか?あなたの記事を、読んでいる人に信用させることが出来ますか?おもしろおかしく書いて、我々を馬鹿にするんじゃないのか?」

高田は否定する太田の目の前に立ち、目を見ろとばかり鋭い眼差しで太田の顔を見る。数秒後、清野が太田のそばに寄り耳元で囁く。

「どうやら先程の人たちと違うようだ」

しばらく太田は考えうなずいた。

「よし、あなたを信じよう。だが、疑わしい行動や発言があったら即退室させる」

太田は高田への疑いを残すも清野や参加者らと共にビルの中へ入るよう促した。

前回と同じ部屋でセミナーが始まる。

「今日は念力についてやってみたいと思う」

そう言うと太田は清野に紙袋を持ってこさせて参加者全員にキャラメルの箱を配った。

「ん?何に使うんだろ?」

竜児は箱を手にして耕太に見せた。参加者の声がざわつく。

「これを手を使わずに移動させるんだ」

先程いらついてた太田がいつものようの太田に戻り、超能力となると得意げな顔をする。

「そんなことができるのか?」

超能力に関心を持つ高田だが多少の疑いに嘘はつけなかった。

「この箱にタネも仕掛けもないか調べてくれ…あっ記者の高田さん、あなたも確認してください」

そう言われて高田はテーブルのキャラメルの箱を調べた。確かに何の変哲のないただの箱だ。なぜキャラメルの箱かというと手のひらに収まる大きさで手をかざすのにちょうどいいからだ。

「では、清野くんにやってもらおうか」

太田は清野を手招きしテーブルの前に座らせた。清野は箱を目の前に置き、拳を握ったり両手を組んだりして神経を集中させる。皆の視線が注がれる中、両手の拳を緩めたり握ったり繰り返す。強く息を吹きかければ箱は動いてしまうので清野は箱を見つめながら鼻でゆっくり深呼吸をする。時間にして一分くらいしただろうか。清野は右の拳をそっと箱に近づけ、触れないように拳を左右にゆっくり動かす。すると、紐で引っ張られるように箱がススッと動いた。当然、誰ひとり箱に触れてない。

「ああ…」

竜児はじめ、参加者や高田も息を飲んだ。清野は長い時間息を止めていた後のように一気に息を吐き出すと呼吸が荒くなっていた。パチパチとまばらな拍手。無理もない。目の前で信じられない現象が起き、誰もが手を動かすのを忘れていたのだから。高田は箱に手を伸ばしてジッと見た。何もない。紐で操られた訳でもないし、そんな痕跡もない。それを見た太田は問いかけた。

「どうですか?」

ニヤリと笑う太田の顔を見るが高田の口からは何の言葉も出ない。こんな現象ってあるのか。たった数センチ動いただけだが自分の目を疑いたくなる。

「さあ、みんなもやってみたまえ」

太田の合図に参加者は箱に集中し始めた。清野のように手をかざしたり、拳を握ってジッと見つめたり様々。当然、清野のように箱は動かない。

「これが当たり前なんだ。しかし、さっきのは何だったのだろう…」

高田の脳裏に動いた箱が離れなかった。

「最初から出来るものじゃない。訓練を重ねて初めて出来るのです。さあ、じっと箱を見つめ、動くように念じ神経を集中して」

あまり喋ることのない清野が参加者を指導する。何度も試みるが動かない。セミナーの時間だけで動かすのは至難のわざ。それでも出来ることを信じて練習する。まるでオカルト集団のようだ。だが、彼らは自分の能力を信じたい、能力を身に付けたい一心で練習する。そんな真剣さを高田は感じていた。参加者から遠巻きに清野と太田がヒソヒソと話をしている。

「この間のふたりだが、やはりオーラを感じます」

清野は太田に耳打ちする。

「あのふたりには秘められた力があるかも知れんな」

前回同様、太田は竜児と耕太に注目していた。

「あのふたりが何か?」

「しっ…」

太田と一緒に歩いていた高田が聞くと、太田は人差し指でさえぎった。高田は黙りしばらく竜児たちを見守った。竜児は何度も箱を動かそうと試みるが何の気配もない。

「んー、前のはまぐれだったのかな」

透視では当てる確率が高かったが、さすがに念力となると簡単にはいかない。

「ふう…」

一気にため息を吐く。

「どうだね?」

「いや…」

太田に尋ねられても首をかしげるしかない竜児はお手上げのポーズをした。

「今度は僕がやってみるよ」

耕太は好奇心にかられた目をしている。箱を見つめる真剣な顔はまるで別人だ。

「あのときと同じだ」

透視で見せた鋭い視線を竜児は思い出した。耕太は両手をかざしながら集中する。音も視線も雑念を遮断しているかのようだ。すると僅かに箱が動いているように見えた。

「まさか…」

竜児は目を疑った。ふと太田に視線を移すと微動だにしない顔をしている。太田が竜児に気づくとゆっくりうなづく。それは清野や高田も不思議な感情を抱いていた。太田はふと我に返るとテーブルの前に立つ。

「よし、みんな止めて!これ以上やると精神的に参ってしまう。短い時間だったが今日は解散しよう」

一時間もなかったが念力に夢中だった参加者はやや疲れた表情だ。中には大きくため息をつく人もいた。ぞろぞろと出口へ向かう中、太田は竜児と耕太を止めた。

「やっぱり君たちは違うよ。持つべき才能を持っている」

ふたりを褒めるが竜児は耕太を気遣う。

「いや、僕よりも耕太君のほうが…」

「えっ?そうかなあ」

耕太は頭をかいて照れるが、竜児は胸騒ぎがした。

「この子らに、特殊能力があるのでしょうか?」

高田が太田にたずねる。

「私はそう思う。出来れば能力を育成させたいのだが…」

それを聞いた竜児は前回と同様困惑する。

「いやいや、すまん。また私の一方的な話で…とうかな?また来てくれるか?」

太田は慌てて手を合わせ小刻みに頭を下げる。竜児は返答に困るが耕太は嬉しそうにうなづく。

「では、これで失礼します」

竜児の返事はこれがやっとだった。

ビルから出るとまた騒がしい。また大月らがセミナーを阻止しようと来ていた。

「中で何があったんだ?君たちは騙されているんだぞ」

参加者に訴え、なにがなんでもセミナーを止めさせようとしている。

「いえ、僕たちは…」

参加者は大月から逃れようとしている。さらに大月は耕太に近づく。

「あんなの信じちゃダメだよ」

しかし耕太は笑みで答えた。

「僕は褒められたんだ。素質があるって」

「そんな…」

大月は呆れた。

「僕は自分の力を信じているんだ。あなた達には判らないよ」

耕太はそう言って走っていった。

「あっ、待ってよ」

竜児はすぐに耕太のあとを追った。

「また、あんたか!」

太田は血相を変えて出てきた。

「なにを言うんだ。あの子らを洗脳させたのか!」

大月は鬼のような形相で太田に詰め寄った。

「なんだと!」

そこへ高田が間に入って止める。

「ここで喧嘩しないで!」

「おう、あんたは一緒だったんかい!どうなんだ!インチキだったろ!」

今度は高田に近づく。

「インチキとはなんだ!」

高田の前を遮ろうとする太田を押しのけた。

「あんたに聞いてない!」

大月は太田の襟をつかみ睨みつける。

「いいかい!でたらめな記事を書くなよ!」

大月の暴言に高田はムッとした。

「こらっ!またやってるのか!」

警察官が大月と太田の間に割って入り、三人をビルから立ち去るよう指示した。

「ちっ」

大月は舌打ちをして帰る。太田は一旦ビルに入りケースを持った清野と一緒にビルから出て行った。それを見ていた高田はまだ警察官が残っているビルを横目に駅へ向かった。

家に帰った竜児は今日のことを親に話した。

「そんなテレビでやっている手品でしょ」

母親の華は信用してない。

「いや、そんなことないよ。耕太君なんか念力が使えるんだよ」

台所で洗い物をしていた華の手が止まる。リビングでテレビを見ていた竜児の父親である辰巳に視線を向ける。同時に辰巳もまた竜児の言葉が気になり華のほうに顔を向けていた。

「どうしたの?」

竜児は二人の行動に首をかしげた。

「なんでもないわよ。それより宿題は?」

華は竜児が嫌がる『宿題』を口にし部屋へいかせようとした。

「ちぇっ、またそれだ」

いつも勉強でうるさく言う母親をチラッと見て部屋へ向かう。華はリビングのテーブルを拭くふりをしながら竜児を目で追い辰巳に小声で話す。

「私たちの予感が当たったかしら」

「ん…何とも言えないが…」

辰巳は考え込む。

「そろそろ、あの子に打ち明けなければならないかしら」

「いや、もう少し待ってみよう」

二人は竜児に秘密を隠していた。

数日後、竜児はいつものように登校するが耕太の姿が見当たらない。

「もうそろそろ始業時間なのにどうしたんだろ?」

校門の方をうかがっていると

「あっ、(すめらぎ)くん」

クラスメートの久美が呼ぶ。振り返ると竜児を探していたのか慌ただしい。

「田村君なら来ないわよ」

「えっ?なんで?」

「お母さんの実家のおばあさんが具合が悪くなったんだって。それで一緒に帰ったみたい」

耕太の母美恵子は学生の頃に上京。社会人になり同じ会社の同僚と結婚し耕太を授かった。しかし、耕太が中学に入る頃、父親は病で他界。美恵子が女手ひとつで育てた。せめて耕太が社会人になるまで東京で生活するつもりだったが、実母の具合が悪いと聞き耕太と一緒に帰郷した。

「なんだ…耕太のやつ全然話してなかったよ」

憮然とする竜児。

「親友だから話し辛かったのよ。きっと」

ため息をしながら久美のなだめる言葉に納得するしかなかった。

その日の夕方、耕太は美恵子と実家に着いた。駅から車で一時間ほど山沿いの農村に、耕太の祖母りんは美恵子の兄良雄と住んでいる。

車の音で良雄が玄関から出るとタクシーから耕太と美恵子が降りてきた。

「おかえり」

良雄は久々に妹を見て笑みを浮かべた。

「兄さん、ごめんなさい…お母さんは?」

暫く家を離れて心苦しく思ったのか美恵子は詫びた。

「いや、いいよ。おふくろは血圧が落ち着いてきたよ」

妹のことは気にしていなかった。美恵子は高血圧の母が落ち着いたと聞いてホッとした。家の中に入ると座敷の奥でりんが布団の上に正座していた。

「お母さん!起きてていいの!?」

美恵子は慌てた。

「あまり寝たままでは良くないってさ」

良雄は医者からの注意を美恵子に話した。

「そ、そう…」

医者から言われたとはいえ心中穏やかではない。

「おばあちゃん、こんばんは」

「おや、耕太大きくなったねえ」

孫の顔は嬉しいものだ。病気を忘れるほどりんの顔は喜びでいっぱいだ。

「すまんねえ、東京の友達から離れ離れにしちゃって」

美恵子から竜児のことを聞いていた。せっかくの友達から引き離してしまったのではとりんは心を痛めていた。

「いいよ。竜児君も分かってくれてるよ」

寂しい気持ちはあるが、大好きな祖母のそばにいられるだけで耕太は嬉しかった。

「さ、疲れたろ。ゆっくり休めよ」

良雄は二人をねぎらった。こうして耕太はここで暮らすことになった。

耕太は村の中学校に転校するも環境に馴染めなく登下校はいつも一人。ふと、竜児を思い出すことがあった。虐めから救ってもらい、行動をともにしてきた。木に登り、川に入り、神社の境内でよく遊んだ。自然の中が好きで、変わりゆく東京よりも母の実家のほうが楽しみがあった。ただ…一緒にいた竜児はここにいない。別れが辛く黙って来てしまった。

帰り道、生い茂る雑草の中に壊れた立札が見えた。草をかき分けると『立入禁止』の文字。

「何があるんだろ…」

近寄ると折れた鉄条網。立入禁止とはいえ、何度か入った跡のようだ。先には小道があった。湧く好奇心とともに一歩踏み込むと、草で見えなかった下は砂利道になっていた。恐る恐る十数メートル進むと切り崩された崖に足がすくむ。ビルの五、六階くらいあるだろうか。もし、勢いよく走っていたら落ちただろう。

「いやあ、あぶねぇ」

体全体が硬直した。ヒヤリとしたのもつかの間。崖から周りの山を見て驚いた。木は伐採され殆ど山肌が見えるくらい切り崩されていた。

「そんな…この村はどうなっているんだ…以前(まえ)、来た時はこんなんじゃなかったぞ」

耕太は愕然とし慌てて走り去った。

「だめじゃないの!そんな危ないところにいって!」

夕食時に話すが立ち入り禁止の場所に行ったとなれば当然美恵子に怒られる。

「ごめんなさい…でも、なぜ?」

耕太は理由を聞きたかった。そんな耕太を見て良雄が口を開く。

「実はあの辺に、海と街を繋ぐ道路が出来るんだよ。あの山がちょうど引っ掛かるので切り崩しているんだ」

「ええ!そんな…村は反対しないの?」

「村が反対しても県の行政が決めたことだからな」

うなだれる耕太。

「でも、一部の人が反対してみたいだけど」

美恵子も行政の話は聞いていた。

「ああ、自然保護の人たちだろ。森林伐採を反対して抗議を続けているよ」

「でも、反対してもダメなんでしょ?」

「うん…」

良雄も美恵子も村の変化に複雑でいた。

「なんだ…残念だなあ」

耕太はつぶやく。

その夜、耕太は頭の中がいっぱいで布団に横になっても寝つけない。

「おばあちゃんの村がこんなことになるなんて…どうして…どうして…」

悲しみが込み上げて涙が止まらなかった。

次の日、帰り道に人だかりがしている。例の立札があったところだ。行ってみると十数人の大人が二手に分れて言い争いしている。

「工事の邪魔だ!どけ!」

「これ以上、木を切らせてたまるか!」

どうやら工事関係者に自然保護団体が駆けつけ押し問答になっていた。下手すると一触即発だ。

「ううっ…」

悲しむ耕太。こんな状況は見たくないと逃げるように走った。しばらく走った先に山小屋が見えた。

「こんなとこに山小屋?」

今にも崩れそうな造り。誰も使ってないようだ。耕太は足もとを気にしながら恐る恐る中へ入ってみた。触れたら壊れるのではないかと慎重になる。ほこりまみれのテーブル。椅子の代用であろうみかんの木箱。灯油の切れたランプ。どれもこれも役に立ちそうはないものばかり。ふと、積まれた棚の上を見ると小さな神棚が置いてある。登山の安全祈願のために奉ったのだろう。耕太は村が守られるよう手を合わせた。

次ぐ朝、村中に大きな音が響いた。工事現場に数台の重機が集まってきたのである。事態を重くみた村民が側まで行こうとすると、県の職員や工事関係者、警備員までもが壁となって彼らを阻止する。工事が遅れることを懸念して執行してきたのだ。自然保護団体や一部の住人が騒ぎ始めた。

「なんてことするんだ!」

「何の話も無かったじゃないか!」

怒号が起こる。辺りはデモ隊のようにもみくちゃにされた。諦めていた村人は、遠巻きに見守るだけだった。そしてついに工事が始まった。

「ああ…」

あちこちで悲鳴がした。その様子を見ていた耕太は昨日のことを思い出しあの山小屋へ向かった。山小屋の中へ入り神棚の前で祈り始めた。

「どうか、この村を。どうか、この村を…」

手を組み必死に祈る。すると神棚からもやのようなものが発生し、耕太の周りを包んだ。

「う…あ…」

耕太は祈るというより念じている。そう、あのセミナーで見せた念じ方と同じだ。耕太の周りは黄色い霧に変わった。むしろ、耕太自身から気を発しているようだ。気は天に昇り、雨雲を引き寄せる。

「山の天気は変わりやすいというが突然だな」

工事現場では変わりゆく天気に騒めく。雨雲が広がると大粒の雨が降りだした。

「一旦、引き上げるか」

現場職員が言うと一斉に工事現場の仮設事務所に引き上げた。

「通り雨かも知れん。小雨になったら再開しよう」

しかし、雨量が増し激しい雨に変わった。

「なんだこりゃ?」

「土砂が崩れなければいいが」

その心配が的中した。山が崩れ始め土砂が事務所へ向かっている。

「やばい!逃げろ!」

「車に乗って逃げるんだ!」

慌てて各自乗ってきた車やトラックで工事現場から離れた。異常な豪雨により土砂が工事現場を埋め尽くしてしまった。土砂の流れが止まると雨は止み、雲がすうっと無くなっていった。

耕太からの気が短時間で土砂崩れまで起こした。念じ続けていた耕太はうつむいたまま大きく息をする。そしてゆっくりと顔を上げるとニヤリと笑った。山小屋から出た耕太はいじめられっ子の弱々しさはなく、勝ち誇った表情だ。

家へ戻ると美恵子が心配して両手で耕太の手握った。

「どこにいってたの?」

「急に雨が降ってきたもんだから、山小屋に雨宿りしたんだよ」

美恵子はホッとして手を離した。

「さっきね、学校から電話があって土砂崩れがしたから休校にするって」

「そうなんだ」

耕太は平静を装い家の中へ入っていった。

不可解な土砂崩れのニュースは東京でも知らされていた。

「ここって、確か耕太君の家のほうだよな…」

竜児は嫌な胸騒ぎを覚える。それは今だけでなく朝も同じだった。辰巳と華も危機感を感じていた。それと同時に意を決しなければならないことがあった。辰巳は口を開く。

「竜児、今朝も胸騒ぎを感じなかったか?」

「うん、どうして?」

「実は、私たちも感じたのだ。しかも大きな『気』というものを」

竜児は目を丸くした。『気』とは何なのか意味が分らなかった。

「馬鹿げた話かも知れんが聞いてくれないか」

「う、うん…」

辰巳の真剣な眼差しが胸を刺した。事の重大さを思うと背中に寒気がした。華が奥の部屋から三尺ほどの細長い箱を持ってくると辰巳は受け取り箱を開けた。中には黄ばんだ古い巻き物が入っている。巻き物を床に転がして広げると二メートルほどになるだろうか。そこには家系図が書かれていた。辰巳は家系図を指しながら竜児に説明した。

「いいかい?よくごらん。現在の私たちは端にある。ここから三代先、つまり私から曾祖父さんは中国の生まれで日本に来た」

竜児はうなずきながら聞いている。

「さらに私たちの先祖をさかのぼると数千年先になる」

「そんなに歴史があるの?」

先祖なぞ知る余地もなく竜児には理解しがたかった。

「実は私たちの先祖は武術家で『龍の魂』によって創られた中国秘拳法といわれている」

「龍の魂?」

「そうだ。強烈無比な力を持っているがため、争いごとに利用されることを懸念され封印されたのだ」

「そんなに恐ろしいものなの?」

「それは使い方によってだ。本来は悪い気を消滅だけのものだが、コントロールできなくなると人を死に追いやってしまう」

呆然とする竜児。

「それがなぜ今?」

「例の土砂崩れだ。天候だけにしては規模が大きすぎる」

「それじゃ…」

竜児は息をのんだ。

「龍の魂は複数ある。そのひとつを何者かによって増大させ起こしたと考えられる」

数千年もの歴史が蘇ったとはいえ、それが何者なのか竜児には見当がつかなかった。さらに竜児には疑問があった。

「数千年の間は何も起こらなかったの?」

「世の中、邪悪な出来事は起きているが『龍の魂』がぶつかることは不思議となかった。封印されたまま忘れ去られたのかも知れん」

辰巳は伝承者が途切れたまま長い年月が経ってしまったことを悔やんだ。

「それで、どうしたらいいの?」

「…」

竜児の問いに辰巳はうつむいて黙ってしまった。華も二人から目を背ける。

「それをおまえにやってもらう」

「えっ!?」

いくら先祖から繋がっているとはいえ無茶な話だ。武道経験がある竜児でも気を操るなんて到底できるものではない。父親でも信じがたい発言に竜児は反発した。

「なんで僕がやらなくちゃいけないの!?」

「いいか。おまえは『龍の魂』を持つ武道家の末裔なんだ。この間のセミナーといい自分の中で気を感じたはずだ」

確かにセミナーでも過去に感じたことのない強い気が増大していたように思えた。危険が迫り竜児の中で『龍の魂』が目覚めたと辰巳は言う。

「増大する悪い気を阻止させなければならない。で、ないと各地で災害が起こるだろう」

「ぼ、僕にそんなこと出来るの?」

大きなものを背負わされるようで、いつも強気な竜児は初めて怖気づいた。

「そ、それはどうやって…」

「中国に行けば秘拳法の師『竜心』がいる。その人に教えてもらうんだ」

「えっ?中国へ行くの?」

異国の地で修行を受ける。竜児はますます不安が募った。

「ちょっと考えさせて…」

竜児は今まで聞いたことは嘘なんだと振り払うかのように部屋に入っていった。

「あの子にはまだ無理なんじゃない?」

華は我が子が戦うには賛成できない。

「いや、これは私たちの宿命なんだ」

辰巳がそう言うと華は泣き崩れた。

一方、耕太が住む村では工事が再開するも再び土砂が崩れたり、重機が横転する事故まで起きていた。これも耕太が山小屋で念じ、悪の気をコントロールしてひき起こしていた。度重なる事故に恐れた工事関係者は県と相談し、一旦工事中止することに決めた。

「自然を壊せば天罰が下る」

耕太の憎しみはさらに増していた。神棚に手を伸ばすと石の欠片に気づき手にした。

「これか…凄い気を感じるぞ」

そう言って欠片をズボンのポケットに入れた。

「ここだけじゃ物足りないな」

自分の村だけでなく自然災害の範囲を広げようと企んだ。その思惑通り、ここ数日間で建設中のダムの決壊、河川の氾濫が数か所にわたった。東京でニュースが流れるたびに竜児は悩んだ。『龍の魂』を持つ中国秘拳法の末裔と知った以上自分がやらなければならないのか。果たして悪の気を追い出し災害を無くせるのか。それに耕太のことも気になる。

「どうだ?」

ポンと辰巳が肩を叩く。

「僕がやらないと解決しないんだよね?」

思いつめたようにボソッと話す。

「今のところ工事現場に限られている。街まで壊されると相当な被害が起きるだろう」

辰巳は竜児に理解してもらい人々を救って欲しいと頼んだ。

「…わかったよ。どこまで出来るか分からないけどやってみるよ」

「すまんな…無茶言って」

辰巳は竜児の頭を自分の胸に抱え込んだ。

「学校には理由をつけて話しておく。竜心に伝えておくから、いつでも出発できるように用意してくれ」

うなだれた竜児の頭を起こすと、竜児は大きく息をした。不安があるが使命感に燃えていた。

数日後、竜児が登校すると久美が寄って来た。

「転校するって本当?」

どこからか人づてに聞いたようだ。

「うん、お父さんの仕事の都合で中国に」

「中国?」

まさか海外に行くとまでは知らなかった。

「急だったらしいんだよ。どれだけの期間になるか分からないから家族でってことになったんだ。それに向こうには日本人学校があるっていうしさ」

竜児は信じてもらえそうもない『龍の魂』は話せず、嘘を平然と答えるがいっぱいだった。

「そうなんだ…」

クラスメートが二人もいなくなる久美は悲しそうな顔をした。

「また戻ってくるよ」

「うん…」

嘘で固めなければならない転校。久美に申し訳なかった。

あくる朝、竜児ら家族は羽田に着いた。他人には信じがたい事情では人目を気にしてか早朝に家を出た。搭乗手続きを済ませ、午前九時発北京行きの飛行機に乗り込んだ。飛行機内で会話はなく、華は考え事してじっと前を向いたまま。辰巳は眠い訳ではないが上を向いて目をつむっている。竜児はただ窓の外をぼんやりと見たままだった。

北京に着き出口からロビーに向かうと一人の男が待っていた。法衣姿でまるで弁慶のような厳つい恰好をしている。彼こそ竜児が世話になる竜心だ。

「やあ、よく来たね」

辰巳と握手を交わすと竜児に手を差し出す。

「君が竜児くんか。よろしく」

「あ…はい」

竜心の威圧感に一瞬たじろぐ。握った大きく厚い手から熱があるのではと思ってしまうほどの気を感じた。

(この人が龍の魂を教えてくれる先生なんだ)

熱い握手と逆に背筋はゾクッとした。

「これから列車に乗って、私の村がある恩施へ向かう。長旅で疲れるかも知れないが我慢してくれ」

竜心は竜児らを駅へ案内した。ここから約三十時間移動する。列車に乗り、仮眠しながら竜心が住む村へと向かった。

恩施の駅を降りると竜児は周りを見渡した。村と聞いたが東京とあまり変わらない町並みだ。

「へえ、こんないい街なんだ」

「いや、ここから車で一時間ほど走る」

「え…まだ?」

ここに住むのかと思いきや、まだ移動があるのかと竜児はがっかりした。竜心がタクシーを拾い三人を乗せる。街を離れ山道に入り、何もない高原地帯を走っていくと石を積み重ねた家が数十軒見えてきた。ここが竜心が住む村だ。タクシーから降りると数人の村人が寄ってくる。竜心がその中のひとりの老人に話をする。すると老人は竜児たちに近寄ってきた。

「ようこそ。君たちがあの龍と関係してるとはな。疲れただろうから今日は休んでくれ」

そう言うと竜心に案内するよう促した。老人はこの村を仕切る長老だった。

「僕たちのこと知ってるのかな?」

「まあ、そうだろ。そのつもりで迎えてくれたのだろうから」

案内する竜心の後ろで竜児は不安そうにするが心配ないと辰巳は答えた。今日から住む家。石を積み重ね隙間は粘土で固められている。割と確りとした造りだ。広いとは言えないが四人は暮らせる。

「今日は四人で寝泊りするが、明日からはご両親でここを使ってもらう」

「えっ?僕は?」

「山に籠って心身を鍛えるんだ」

「山に籠る…」

「なあに、私がついている」

そう。観光に来たわけではない。何者かが災害を起こしていると思うと一刻も早く『龍の魂』の力を手に入れなければならない。竜児は改めて身を引き締めた。

夕方になり、長老がもてなしたいと言う。外へ出ると民族衣装の人々が踊っている。ここはトウチャ族という民族が多く、先祖代々の踊りで来た人を迎える。火を灯した様子が、ちょっとしたキャンプファイヤーのようだ。しかし、竜児は笑顔でいられなかった。今は何も考えたくない。明日のために精気を養おう。頭の中はそれしかなかった。

朝起きると竜心は既に荷造りを始めていた。

「おはよう。どうだ眠れたか?」

「うん、ぐっすりだよ」

流石に長時間の移動では疲れが溜まる。十時間くらい寝ただろうか。東京と環境が違うせいか頭のほうはスッキリしてない。

「もう出かけるの?」

「いや、まだだ。もう少ししないと簡単に山に登れない」

「どういうこと?」

「これから登る山は星斗山といって自然保護区なんだ」

「それじゃ入れないんじゃ…」

国が管理している保護区では地元の人も入れない。それなのに何故そこに行くのかさっぱり分からない。

「まあ、私についてきてくれ」

ここは地の利を得た竜心に任せるしかない。荷造りが終わるとリュックを竜児に渡す。

「これがおまえの分だ」

いつの間にか竜心に「おまえ」と呼ばれていた。もうここからは師弟ということになる。武道経験のある竜児にはその一言で察しがついた。受け取ったリュックは遠足とは違い重みを感じた。山に籠るにはそれだけの荷物が必要なんだと少しづつ修行の意味が身に沁みてきた。

「では、お父さんとお母さんは留守番を頼みます」

竜心は両親に軽く頭を下げる。

「うむ、竜児をよろしく」

「気をつけてね」

「うん、行ってきます」

いよいよ修行のための山籠もりが始まる。

「いいか、まずは観光客のフリをするんだ」

「えっ?どうして?」

「最近は観光客のおかげで村も豊かになってきたんだ。通常は入れない保護区ギリギリまで案内している。これは集客のためなんだ」

国内だけでなく外国からも観光客が自然ウォッチングしていると言う。収入が入れば規制が緩くなるのが現状だ。

「警備も手薄になっているから入りやすくなっている」

「なるほど…」

「だが、油断はするなよ。捕まったら元も子もない」

「わかった」

二人はバスで着た団体客の後をついていった。二、三十分ほど歩くと山麓に張ってあるフェンスに近づく。ここからは立入禁止で観光客は無限に広がる山林や緑地を眺める。時期によっては霧が立ち込めると幻想的なコントラストが映える。

しかし、竜児は見学する余裕はない。竜心が耳元で囁く。

「いいか、フェンスの隙間から入ったところに絶景ポイントがある。そこまで観光客が誘導される。警備員が移動したスキを狙って岩のある方へ行け。そして岩の間に隠れろ」

「えっ?見つからない?」

「大丈夫だ。彼らは一箇所に集まる観光客しか見てない。私は後から行くからそこでじっとしてろ」

ここは竜心を信じ行動をとるしかない。フェンスの外に目をやると胸の鼓動が高鳴る。もし失敗したら捕らえられてしまう。何食わぬ顔をして周りの様子をうかがう。絶景ポイントといわれる場所に観光客が集まる。それに併せて警備員も移動する。竜児はフェンスの内沿いに一歩二歩と左へゆっくり足を運ぶ。竜心は警備員に話しかけ自分に気を引かせる。岩のある方へ横歩きし姿勢を低くする。まるで、野球のランナーがリードをとるような格好だ。完全に警備員の視界から外れるのを見計らい、バタバタして気づかれないよう小走りで岩へ向かった。岩場からは一気に飛び降りて岩陰に身を潜めた。ひとりの警備員が岩場が気になり、二、三歩近づくが何も見えない。

「何かありました?」

竜心はさり気なくきいた。

「いや、うさぎでもいたのかな」

この辺は小動物が生息するので気に留めなかった。まずは侵入に成功といったとこだ。

見学時間の終了が迫る。

「竜心さん、まだかなあ…」

岩陰に隠れたまま心細くなる。

やがてフェンスが閉まり観光客が帰っていく。時間になると警備員も姿を消した。

「竜心さん、どうしたのだろう…」

するとぼんやりと人影が現れた。

「だ、誰?」

「私だよ」

竜心と分かると胸を撫でおろした。

「竜心さん、どうやってここへ?」

足音も気配も何も感じなかった。

「私を誰だと思っているんだ」

竜心は微笑む。そういえば竜心と会ってからは竜心のことは何も分っていない。『龍の魂』の師というが、まだ何の能力も知らない。気を消して来たのは瞬間移動でもしたのか。まだ謎が多かった。

「少し先に洞窟がある。そこを住処にしよう」

人が入らない場所なので道はない。岩と岩の間を縫うように歩いていく。三十分くらい歩いただろうか。大きな岩をくりぬいた様な洞窟が見えた。

「ここなら防風になるし多少寒さしのぎになる」

紅葉の時期とはいえ山地となれば寒さが増す。リュックに詰められた寝袋を出し寝泊りすることにした。

「でも、食事は?」

「奥に入っているだろ」

リュックの中から取り出したのは小麦粉を焼いたものだった。

「えっ?これだけ?」

「野菜が入って栄養がある。一週間はそれで我慢しろ。あとはその都度調達してくる」

「…わかったよ」

竜児は渋い顔をして頬張る。あまり美味いものではないが、これも修行のためだと言い聞かせた。家に居るのと違い何もすることはない。すっかり暗くなり寝袋に入って横になる。まだ疲れが残っているのか数分も経たないうちに眠りについた。

朝日が昇ると同時に竜児は起こされた。

「えっ…もう?」

「何を言ってる。修行は始まっているんだぞ」

竜心に活を入れられると飛び起きた。薄ら寒いが暖房はない。柔軟体操で体を温めた。

「これから頂上まで登るぞ」

「え?ここじゃないの?」

「修行にとっておきの場所がある」

とっておきの場所…頂上というからには気温が下がり、かなり厳しいと憶測する。

「はぁ!」

竜児は気合を入れ歩き始めた。頂上と言っても山頂は森林が視界を塞いでいる。道しるべの無いけもの道を頼りに歩き続ける。何時間歩いただろうか、太陽は真上の位置にきている。

「もう少しだ!頑張れ!」

山に登るのは遠足くらいしか経験がない。体力が奪われていく中で励ます竜心の声は聞こえない。一心不乱に足を運んだ。

「はあ、はあ…」

やっと山頂にたどり着くと竜児は寝ころんだ。

「ふふっ、だらしないなあ」

竜心は嘲笑った。岩に囲まれ川が流れる。近くに湧き水があり、そこが水源とされている。ここにも岩を削ったような洞窟がある。

「おい、起きてこっちに来てみろ」

竜児は起こされ洞窟の前に連れて行かれる。中に入ると彫刻刀で彫ったような龍の形をした岩がある。

「この岩は『龍の魂』を最大限に発揮されるためにある。言わば守り神だ」

「すると先祖はここで…」

「そうだ。この洞窟の前で修行をした」

修行のための聖地に立った竜児は武者震いがした。

「私が手本を示すからよく見とけ」

竜心は龍の岩を背にすると合掌して身構えた。すると手の中に光が集まり球体となった。少しづつ両手を広げると同時に球体が大きくなる。竜児は息を呑む。光の球体を右手に吸い付くように移動させると、十メートルほど先の岩を標的にした。

「ハッ!」

押し出すように放った光の球体が岩を砕いた。

「こ、これが『龍の魂』なのか…」

竜児は唖然とした。

「この龍の岩の前で手のひらに気を集める。その感覚を覚えろ」

竜児は言われたままにやってみるが何も起きない。

「もっと集中するんだ!」

「集中するって…あっ」

セミナーで清野の見様見真似で集中力を上げたのを思い出す。両手で拳を作り気を高めた。

「ん?」

竜心は竜児の異変に気付く。僅かながら全身から気が発している。

「やはり末裔だと言われるだけあるようだな」

しかし、手のひらに気を集めるがすぐに消えてしまう。

「一度や二度で出来るものじゃない。何度も繰り返すんだ」

何十回、何百回やっても気が持続しない。山に登ってきた疲れがいっぺんに押し寄せひざまずいてしまう。

「なんだ、体力ないなあ。いいか、山登りで体力をつけ、気が集まるまで毎日繰り返す。そうでないと次のステップに進めないからな」

竜児は立ち上がり練習を再開した。

日が傾き、竜心の練習を止める合図で竜児は寝そべった。

「こら、寝るのは下山してからにしろ」

疲れ果てて言葉が出ない。辛うじて下山すると洞窟で大の字になった。

「ふっ、しょうがないなあ」

竜心は笑うが、初日で竜児の変化の現れで今後が楽しみになった。

一週間が経ち、修行に打ち込む竜児の身体は筋肉でたくましくなった。しかし、手のひらに光の球体が出現するものの飛ばすことが出来ていない。

「標的に向けてもっと集中するんだ」

岩に向けて放つが途中で消えてしまう。さらに焦りが募り精神的に追い込まれていた。竜心が竜児の右手首をつかみ、今の精神状態では集中力が続かないと見越して止めた。神経が張っていたせいか竜児は軽いめまいがした。

「ちょっとシャツを脱いでみろ」

「えっ?」

シャツを脱いだ竜児の身体からは湯気が立ち上がる。

「二の腕あたりを見てみろ」

肩から腕にかけて青い刺青のような模様が浮かび上がっている。

「こ、これは?」

竜児は自分の体の変化に驚く。

「それは青龍といって『龍の魂』が目覚めた証拠なのだ。だが、まだ完全ではない。気を放つことが出来るようになれば手首のところで龍の頭が現れる。もう一息だ」

それは『龍の魂』を取得するバロメーターにもなっていた。竜児はもう一度龍の岩の前に立ち、ウォーミングアップするように身体を揺らし意識を高めた。青龍の名の通り竜児の身体に青い気が包まれる。

「もしや?」

竜心の眼光が鋭くなる。竜児の手のひらに集まる光が大きくなった。

「やーっ!」

ガシッ!

数メートル離れた岩が砕けた。

「できた…」

息の荒い竜児は自分の腕を見ると手首に龍の頭が浮かび上がっている。しかし、数秒で消えていった。

「普段、龍の模様は出ない。『龍の魂』を呼び起こすことで現われるが、まだ完全にマスターしてない証拠だ」

龍の岩の前でなく、いつどこでも自由自在に己の気を操らなければならない。

「今日はここまでにしよう。明日からもっと厳しくなるぞ」

「はい」

こうして竜児の修行は続いた。

秋になると紅葉の季節。耕太の村は黄色と赤で覆われていた。それでも季節はずれのスコールが起きる。これも建設工事を邪魔する耕太の仕業だ。そんな耕太はもっと恐ろしいことを思い付き、東京の街を壊し混乱させようと企んでいた。さて、どうやって東京に行こうか計画を練る中で竜児が頭に浮かんだ。竜児を引き合いに出し、母親から東京行きを許してもらおうとした。

「お母さん、今度の連休に東京行きたいんだけど」

「えっ?一人で?」

驚く美恵子は反対した。そこで良雄が耕太のために助け船を出す。

「東京は夜行で直通で行けるし東京の友達に頼めるんじゃないかなあ」

「それじゃ、竜児君に悪いわよ」

「いや、彼も会いたいと思ってるよ。その、竜児って子に聞いたらどうだ?」

耕太は思わぬ助言で東京行きを押した。

「じゃあ、竜児君に聞いて返事もらえたら…」

美恵子は仕方なく折れ、条件付きで許してあげた。

「ありがとう!」

耕太は飛び上がって部屋に行き、ひとりになるとほくそ笑んだ。当然、竜児に連絡するつもりもない。

休日になり、耕太は竜児に連絡したと偽り寝台列車で東京に向かった。都内に居られる時間は丸一日。行き帰りは夜行列車とハードだが心配する美恵子の条件でもあった。東京に着くと自分が住んでた街に行ってみる。知ってる場所なら移動しやすいと考えた。商店街でふと立ち止まる。電気屋のテレビにあの大月が映っていた。このところ起こる土砂災害について説明している。

「異常気象はまれにある。気圧の谷間で突風があり前線同士がぶつかれば大雨が降る。それに加えて頻繁に工事が行われ地盤が緩み地盤沈下もある。こういった要素が重なれば災害が起きても何の不思議もない」

「ふふっ…馬鹿なこと言ってやがる」

耕太は力説する大月を笑う。災害を起こしたのは自分だと言いたげだった。

「あらっ?田村君じゃない?」

声をかけたのは東京にいた頃の同級生久美だ。

「ああ、久しぶり」

「連休だから遊びに来たの?でも、皇君はいないわよ」

「えっ?どういうこと?」

耕太には竜児の情報を耳にしてなかった。

「友達だから言いづらかったのかしら。皇君はお父さんの転勤で中国に行ったのよ」

「中国?」

事件のことを知られたくない耕太にとって竜児の不在は好都合だ。

「やっばり連絡できなかったのね…田村君顔つきが変わったみたいだけど痩せたのかしら?」

今の耕太は悪の気と一体化している。雨を降らせるエネルギーを使い、憎しみに満ちた心で幾分見た目は変わってきていた。

「いや、なに山道を歩いて通学しているから鍛えられたんだろう」

笑みで答えるが、久美は以前の耕太と違っているのが気掛かりだ。

「これからどうするの?」

「ちょっとブラブラして土産でも買って帰るよ」

「私も一緒にいっていい?」

「いや、いいよ」

耕太は慌てた。誰かがいたのでは邪魔になる。久美から早く離れようとしていた。

「ふうん、じゃ気をつけて」

「ああ、ありがと」

(何か変だわ)

耕太の言動に納得しなかった。疑問を抱きつつ久美は帰った。

「悪いけど僕にはやることがあるんだよ」

久美の後ろ姿を見て呟く。

「やることって何だ?」

「えっ?」

振り向くと竜児が立っている。

「ああ、脅かすなよ」

中国にいるはずの竜児がここにいる。自分のことが知られたのではと細心の注意を払った。

「ごめんごめん、耕太君を見かけたからさ」

「あれっ?中国にいたんじゃ…」

竜児は一通りの修行を終えると胸騒ぎを感じ日本に戻っていた。

「まあな、おまえちょっと顔つき変わったなあ」

「ははは…さっき白鳥(しらとり)さんにも言われたよ」

懐かしく思うはずだが二人の会話はぎこちない。

「ちょっとあの道まで行かないか」

竜児は登下校していた道を指さす。

「ああ…」

歩きながらの会話はない。お互い牽制するように目で探っていた。あぜ道に砂利が敷かれ田んぼは枯れたままになっている。竜児は立ち止まり、まだ着工されていない森を見る。

「こういう自然がいいんだよな」

「そうだな」

耕太も同じく森のほうへ向く。むしろ悟られないよう目を合わせない。

「おまえんとこ災害があったんだって?ニュースでみたよ」

耕太は一瞬ビクッとした。何か知っているのではないかと苛立ってきた。

「そ、そうなんだ…ところで竜児君、何故ここへ?」

「なんとなく自分の街が心配でさ」

耕太は今の一言で疑われていると察知した。

「それでわざわざ中国から?」

「そうだ。何か起きるんじゃないかと」

竜児は鋭い目で耕太を見る。

「そうか…よく分ったね」

逆に耕太は無表情になる。悪の気が前面に出て耕太の表情を奪っていた。『龍の魂』を取得した竜児にはそれが見えている。耕太を疑ったのは竜心とのカルチャーがあった。『龍の魂』は複数存在し相手の気を感じることが出来る。ニュースを見て胸騒ぎが起きたのは末裔としてのプロローグでもあった。最も身近な人物に変わった現象が見られなかったか竜心の問いに耕太が浮かんだ。セミナーのこと、村の災害と思い当たる節がある。疑うより悪の気に憑かれた親友を助けたい気持ちが強い。東京へ行けば耕太に出会う予感がしていた。

「何故、あんなことをした」

「自然を壊されるのが嫌なんでね」

「けが人が出ているんだぞ」

「自然を壊すほうが悪いのさ」

もはや目の前にいるのは自然を愛する友でなく憎悪に満ちた者が友の口を借りていた。竜児は合掌して念じ始めた。

「さて、僕をどうする気かな」

挑発する耕太の様子をうかがいながら手のひらの気を大きくしていく。

「僕の邪魔をする気だね。いくら親友でも許さないよ」

二人は向き合うと間合いを見計らう。耕太は右手の二本の指を顔に近づける。

「フッ!」

仕掛けたのは耕太。指を竜児に向けると光を放った。

「うわっ!」

間一髪で竜児は耕太の放った光を避けた。

バンッ!

火薬が破裂したような音。地面に銃痕ような穴が開いている。修行を積んでいなかったら怪我をしたところだ。しかも光を放つ技は竜児か取得したものに似ている。

「どういうことだ?」

竜児は表情を強張らせるが考える余裕はない。耕太は何度も攻撃してきた。竜児は避けながら雑木林に身を隠した。

「逃がさないよ」

耕太は相変わらず無表情のまま、ゆっくりと竜児に近づく。

「何とかしなくちゃ」

見つからないように気を集める。木の隙間から耕太が見えた瞬間に光を放した。

バッ!

耕太に命中した光が耕太の身体を包む。

「やったか」

しかし、耕太は光を弾き返した。耕太から悪い気が取り除かれるはずが効いていない。

「そんなバカな…」

再び耕太が連続攻撃してきた。

バン!バン!

爆音とともに竜児は木と木の間を縫うように逃げ、切り株跡の土手に隠れるが見通しが悪い。下手に顔を出そうとするならば攻撃の的になる。

「くそっどうしたら…」

竜児は頭の中で攻撃を止められるシュミレーションをした。

「やってみるしかないか」

竜児は気を溜めながら耕太の前に出る。耕太は透かさず気を放つ。そこは竜児は見切っている。回り込むように耕太の足もとを狙い光を放つと、耕太は避けようとバランスを崩す。

「今だ!」

もう一度竜児は光を放った。

「うわっ!」

光に包まれた耕太は弾き返そうと身体を大きく揺さぶる。すると跳ね返そうとする勢いで木にぶつかってしまう。

「あっ!耕太君!」

光を弾くと同時に倒れた木に接触し耕太は転がった。心配そうに近づく竜児だが耕太は起き上がり右腕を抑えて逃げていった。

「あ、待て…」

竜児は追おうとしたが光を放つ連続技で体力を消耗して上手く歩けない。

「大丈夫か」

手を貸してきたのは竜心だった。竜児の後をついてきて様子をうかがっていたのだ。

「やはり一発で仕留めないと体力的に無理がかかる」

「しかし弾かれてしまった…」

竜児は悔しがった。

「いや、想像以上に相手の気が大きい」

「しかも同じような技だった」

「同じ系統のものかも知れんな」

「えっ?」

竜心は耕太を精察し、どうやら『龍の魂』に似ているのではと感じ取っていた。

「じゃ、どうすれば?」

「修行し直して今以上の力をつけないと」

「それまで間に合うの?」

「彼の怪我の様子だと時間がかかるだろう。あれを上回るのなら究極の奥義を身に着けるしかないか」

「究極って…人は死んだりしないの?」

悪の気を追い出す目的が人まで影響するのではと心配になる。

「生身の人間は危険だが、気が身体に浸透している限り、多少ダメージを負うが大事には至らない」

竜児は安堵の胸をなでおろした。

「少し休んだら帰るか」

竜心は竜児が倒れないよう背中を押さえた。しばらく歩くと工事中の建物の陰に誰かうずくまっている。

「誰だ!」

竜児がそっと近寄ると久美が震えていた。

「白鳥さん何故ここに?」

久美は顔面蒼白のまま見上げ壁を押さえながら立ち上がる。

「ね…いま…何が…起きたの?」

恐怖に怯えて唇が震える。どうやら竜児と耕太の闘いを見てしまったようだ。

「耕太と話して別れたと聞いたが…」

久美は一旦帰ろうとしたが耕太が気になり後をつけてきたと言う。自分が目撃したことを説明しようとするが言葉が見当たらない。

「二人が喧嘩して…光って…ああ、何だか分からない」

顔を両手で覆いすすり泣く。竜児は久美を落ち着かせようと背中に手をかける。

「どう?歩ける?」

久美がうなづくと神社の境内へ向かった。

三人は石段に腰を下ろす。

「信じられないかも知れないが聞いてくれる?」

久美は不安そうにゆっくりうなづく。

「実は耕太君、何と言うかな。悪いものに憑かれているんだ」

「えっ?憑かれているって霊か何か?」

「霊というか何かの気のようなものに」

「それって霊媒師か何かでしょ?何故、皇くんが」

「悪い気を取り除く能力が僕にあるらしくて、それで中国に渡り隣にいる竜心さんに修行を受けていたんだ」

竜心は紹介されると静かに会釈した。まだ納得していない久美に竜児は話を続けた。

「最近起きている災害は耕太君に憑いた気の仕業なんだ」

「そんな恐ろしいのが何故田村君に?」

久美は目を丸くした。

「それは分からない。さっき光ったと言ったでしょ?あれが災害を起こす力にもなるんだ」

「うーん…」

理解に苦しむ久美。

「そしてお父さんに言われたんだけど僕の先祖は不思議な力を持つ武道家だったらしいんだ」

「じゃ、その不思議な力で田村君の悪い気を取り除こうと」

話は繋がってきたが非科学的な光景を整理するのは難しかった。それでも久美は気を取り直して今後のことを聞いた。

「また戻ってくるかしら?」

「東京を混乱させようとしているからね。その前に手を打たなくては」

「でも、田村君にもしものことがあったら…」

「大丈夫。多少のダメージはあるが悪い気さえ追い払えばいいだけだから」

正直、再び修行を積むことによって与えるダメージの大きさは定かでない。久美に気を使わせないよう、柔らかい言葉を選んだ。

「それと、これは誰にも言わないで欲しい。他人に話しても信用されないだろうけど。あとは僕に任せて」

久美は竜児を信じて約束した。

「じゃ、私はこれで」

「ああ、気をつけて」

久美は思い出したくないのか足早に帰った。

「さ、我々も帰るか」

「そうですね」

竜児は再度修行に中国へ向かった。

「そうか、中国か」

社の陰で話を聞いていた耕太。悪の気が発動するときは無意識にもなり、耕太自身は自分は何の力かあるのか分かっていない。真相をつかもうと中国に行く決意をする。

「竜児君以上に力をつけなければ」

拳に力が入る。竜児を倒す思いのまま東京をあとにした。

竜児は星斗山での修行を再開していた。光を放つだけでは耕太から悪の気を取り除けない。竜児は気になることを竜心に話す。

「彼の技がまるで僕のと似ているんだが…」

竜心は暫く考え『龍の魂』について事実を話した。

「龍の魂というのは一つでない」

「えっ?」

竜児は末裔と言われて自分一人と思いこんでいた。

「龍の使い手として代々に伝わると同時に多人数に枝分かれしている」

「すると…老舗からのれん分けするみたいな…」

「その通りだ。それぞれ龍の特色を持っていて、おまえのは風水で使われる色で技を使う」

「あ、そうかだから僕に青い龍が…でも、耕太君はなぜ?」

龍と無縁の耕太が似た技を使えたのか不思議でならなかった。

「現代まで子孫が残らず封印して石碑を建てることがある。恐らくどこかで石碑の一部を手にした彼に乗り移ったかも知れん」

いたずらに石碑を削り持ち帰る人がいると言う。それが日本に渡り耕太が手にしたのではと推測される。それを聞くと竜児は可能性はあると納得した。

「この間の闘いを見ていたが気を放つだけでは駄目だったな」

「うん…」

ことごとく竜児の気は跳ね返されていた。それを思い出すと苦虫を噛み潰したような顔をする。

「さっきも言ったが龍が関わっていれば同等以上の力が必要だ」

あまりダメージを与えたくないが、このままでは耕太が元に戻らない。躊躇する竜児を竜心は察する。

「気持ちは分かるが友人を助けたいのならそれしかないんだ」

唇を噛んだままうなずく。

「今度はランクアップした技を教える」

竜心はそう言うと龍の岩の前に立つ。右手を伸ばすと手に光が集まる。数メートル先の岩を狙うのは前回と同じだが違った型だ。すると竜心の身体が光りだす。

「えっ?」

竜児は目を丸くした。光が強まり竜心の体が龍と化し岩に向かって飛ぶ。バーンと岩が飛び散り、その先に後ろ向きで身構えた竜心の姿が現れた。

「身体全体で飛んでいくのか…」

手だけに気を集めていたのとは大違い。全身に集中させるのは至難の業だ。竜児は龍の岩の前に立ち神経を集中させるが変化はない。

「今までは手だけだったが、今度のは頭から足の先までまんべんなく集中させるんだ」

竜心の言いたいことは分かっている。理屈でなく、どう身体に覚えさせるか試行錯誤にやってみる。何度も繰り返すうちに全身に気のパワーがみなぎる。竜児は右腕を前に出そうとするが竜心に止められる。

「右でなく左を使え!」

「左?」

言われた通り左腕を前に出すと赤い龍が浮かび上がった。

「これは…」

色をつかさどる龍が技と共に変化する。『龍の魂』が竜児と一体化になった証拠だ。

「よしっ!」

竜児は飛ぼうとしたがつまずいて倒れた。

「あ…痛て…」

「まるで卵からかえった雛みたいだな。『龍の魂』を呼び起こすことが出来ても技が使い切れてない」

まだまだ力が足りない。竜児は立ち上がるともう一度試みる。

「なんだあれは?」

竜心は驚いた。左手のみで教えたが両手を目の前でかざすように構えている。

「意図的ではない。無心に構えている」

竜児の表情からそう読み取った。気が大きくなると竜児の身体は赤青二色の龍に変わり矛先の岩を砕いた。その場で倒れ転がるが起き上がるとフラフラになりながら竜心の元へ戻ってきた。

「それだ。無になってこそ力を発揮する」

竜児は半信半疑だった。岩を砕いたのは意識を集中していたが、構えたところは覚えていない。

「自分がやろうとした事を即座に集中し無心へと切り替える。それを意識持ってやらなければならない」

竜心の言葉を踏まえ再度挑む。無になった竜児の身体が龍と化し飛翔する。

「うっ…」

着地にふらつくも形としては出来てきた。だが満足はできない。如何に有効に相手の懐へ飛び込み身体から気を離せられるか体得せねばならない。ここで竜心は竜児を呼んだ。

「まずは及第点といったところだ。しかし、多様な技や精神を使いこなさなければ臨機応変に行動できない」

「わかった…」

竜児の息は荒い。100%力を出せる状態ではない。

「それにもう一つ。『龍の魂』には最高位といわれる金龍がある」

「金龍?黄金色に輝くってこと?」

「色だけではない。『龍の魂』が持つ全ての力が備えられている」

説明されても竜児は想像出来なかった。

「末裔といわれるおまえには可能性はゼロでない。しかし、そこまではどうだか…」

まさに神業。竜児はどこまで士気を高められるか不安があるが未知の領域に挑戦すべき修行を重ねていった。

連休明け、耕太は下校途中に図書館に寄った。本棚の分別票を頼りに中国に関する書物を探す。すると一冊の本が目に飛び込んできた。それは中国の神話に関する本だった。耕太はその本を手に取り椅子に座って開いてみた。そこには龍を神と祭られた話が書いてあり、歴史をたどって目を通した。

「これは…黄河の大洪水は龍の仕業とされているのか…」

奇しくも耕太がひき起こしているのも水害が多い。

「するとこれは…」

ズボンのポケットから石の欠片を取り出す。龍に関係あるのならますます中国に興味が湧き、龍の力を使い更なる野望を抱いた。

「さて、どうやって中国に行こうか…」

耕太は自室で呟く。茶の間に行くとテレビに不法入国のニュースが流れている。建築現場など人手が足りず外国人を雇う会社もある。しかし、日本へ就労するにもビザが下りず不法入国の外国人が後を絶たない。部屋に戻ると耕太の脳裏に一つのワードが浮かんだ。

『密航』

外国行くにもお金が無い。中国へ行くのにその手があるのではと考えた。

ある日、耕太は下校途中で重機の音を聞く。

「またか」

険しい顔をして工事現場へ続く道をに行ってみる。崖に近い木陰から土砂で崩れた現場を覗く。

「懲りない奴らだ」

そう言いながら冷たい視線を送る。ふと、崖の側で作業をしている三人の男を見つける。話し声が聞こえるが日本語ではない。ここで雇われている外国人なのか、気づかれないよう崖のふちを歩き男たちに近づく。ちょうど事務所の陰に隠れる角度で重機を動かしている作業員から視界に入らない。耕太は外国人とみられる男たちに手を振って合図をした。一人の若い男が耕太に気づくと他の中年らしき二人に知らせる。三人は工事関係者に気づかれないよう耕太に近づく。顔を見るとアジア人のようだ。

「だめ、だめ、危ないからあっちいって」

片言の日本語で追い払うように手振りする。

「すいません、中国の人ですか?」

耕太の質問に一瞬たじろぐ。警察ではないのかと疑いの目で見るが耕太の格好は学生服。三人は相談して話しかける。

「あなた、なんですか?」

疑われずに話を聞いてもらえそうだ。

「どうやって中国に行けるのか教えて欲しい」

「そんなの飛行機でいけばいい」

ばかばかしい質問してくるなと怪訝な顔をする。

「お金が無いので力を貸して欲しいんだ」

この少年は何を考えているのか分からなく三人は話し合う。とりあえず一つの方法として若い男が話す。

「ほんとうはお金ないといけない。船の箱にかくれてもいいけど見つかったら危ない」

船の箱…積荷なのか?人が隠れる大きさといえばコンテナではないか。彼らはそうやって密入国したのか。見つかったら命の保証はないのか。若い男の話からそれらが推測される。

「そうですか。それはいつ日本を出ます?」

「こんどの土曜日、夕方六時くらい。ほんとうにいくのか?ばか、あぶないよ」

三人は呆れて笑う。

「ああ、ありがとう」

耕太は話を聞くと走って帰った。

「今度の土曜って明後日か…」

部屋で寝そべりながらどうやって行こうか考えた。

そして土曜日。耕太は家出する覚悟で中国行きを決めていた。学校から帰り、勉強するからと図書館へ行く振りをして誰にも気付かれないようカバンを持って家を出た。悪の気が沁みついているせいなのか、家族のことは何ひとつ浮かばなかった。

港に着くと作業員に気づかれないよう倉庫の陰に身を隠す。するとポンッと肩を叩かれた。

「はっ」

驚いて振り向くと工事現場の若い中国人がにやにやして見ていた。

「あなた来たのか、しょうがない私といっしょにくるね」

あとをついて行くとコンテナがある場所にきた。そこには中国人らしい男が五人集まっていた。どうやらコンテナに入っていくらしい。話によると入国は渡航費を払うが出国は荷物と一緒に運ばれるので金がかからない。そのあたりの規制はかなり緩いようだ。

「いいかい、あなた日本人だからバレるとつかまる。だからずっとだまってて」

若い男に耳打ちされるとうなづき、一緒にコンテナに入っていった。中は一人あたりの広さは横になれる程度。出航したらトイレだけはコンテナから出られる。あとは三日ほど我慢が必要だ。ここまで来たら文句は言えない。耕太は彼らに従うだけだった。

三日目の朝、胶洲湾にある青島に着いた。警備員らしき者はいるがあまり気にしてない様子。日本と違い警備は手薄のようだ。若い男が耕太に訊ねる。

「これからどこ行く?」

「そうだな、西寧へ向かいたい」

黄河の上流付近まで行きたいところだ。

「…それは遠いな。私の友達に訊いてみるか」

「それは助かる」

若い男は知り合いと思われるトラックの運転手を見つけ事情を話す。

「よし、行こう」

耕太を手招きする。運転手は荷台に乗れと親指で合図し、若い男と一緒に乗る。

「あなたおかしな人だ。一人でくるなんて」

危険を冒してまで中国に密航した耕太に呆れた。耕太は目的を果たせれば若い男の言うことなど聞く耳は持たなかった。

トラックは済南の街に入り施設らしき建物の前に止まった。入り口には十数人がたむろしている。

「ここは働きたい人が来るところだ」

どうやら日本でいう職業安定所のようだ。いや、安定所というよりも求人は相談でなく早い者勝ち。徹夜で番するのもざららしい。若い男はトラックから降りると仲間に西寧に行く者がいないか話す。しばらくして仲間の一人を連れてきた。

「西寧は遠いから途中までしか行かない」

耕太はしばし黙るが「それでもいい」と手振りで話した。若い男と仲間の車に乗り鄭州へ向かった。済南から黄河沿いに車を走らせる。初めて見る景色だが耕太は何故か記憶を感じていた。鄭州に着くと少林寺をはじめ寺院の多さが目につく。耕太はここで男たちと別れることにした。すると若い男が耕太を止め、屋台のほうへ走って行った。戻ってくると紙袋を耕太に渡した。

「あなたずっと食べてない。これ持っていけ」

紙袋を開けると五つパンが入っていた。そういえば三日間飲まず食わずだ。しかしあまり空腹を感じていない。『気』が憑いた自分の体がどうなったのか気付かずにいた。

「ありがとう」

耕太は紙袋を上げ若い男と別れた。

「さて、どうするかだ」

耕太はパンを一口噛んだ。カバンの中からノートを出し大きく『西寧』の文字を書いた。ここからはヒッチハイクしようと考えた。しかし、道路端で掲げても車一台止まらない。

「ちっ、無視かよ」

すると苛立つ耕太の側にトラックが止まった。運転手が降りてくるとノートを指さす。どうやら「ここへ行きたいのか」と聞いているようだ。耕太がうなずくと右手で書くふりする。今度はペンを催促する。ペンを渡すと『西寧』の文字に『鄭州→西安→』を付け足した。

「西安を通って西寧へと行くのか」

すると運転手は『西寧』に『×』を付け、『西安』を指さす。

「うーん、ここまでしか行けないということだな」

それでも先に進もうと耕太は運転手に「行こう」と指で合図した。トラックの助手席に乗り国道と思われる幅広く長い一本道を進んだ。

日が傾き夕方になろうという時刻。トラックはとある会社の敷地内に入った。事務所の前に止まると運転手は降りろと指をさした。トラックから降りると運転手は事務所で誰かと話している。すると作業着の男が耕太に近づく。

「君は旅の者か?」

日本語は流暢だ。話を聞くと日本企業と連携している会社だと言う。作業着の男は中国人だが日本人との会話で日本語を覚えたそうだ。運転手は耕太を日本人と察してこの会社へ連れてきた。

「無茶するなあ。西寧まで行くのか?遠いぞ」

「そこを何とか」

耕太は深々と頭を下げた。

「…しょうがないな、今日の営業は終わった。明日朝早くトラックが出るから俺から頼んでおく。今日はここで休め」

事務所の隣にプレハブ小屋がある。ここは作業員がくつろぐ場所だと言う。ドアを開けると中は椅子が乱雑に置いてある。大きなテーブルがひとつあり、ガスと水道は完備されている。本当にお茶飲み場といった感じだ。耕太はこの小屋で一夜を過ごすことにした。

翌朝、西寧行きの運転手を紹介されトラックに乗り込んだ。休憩をはさんで数時間。ホテル街が見えてきた。ようやく目標とする西寧に着いた。運転手は配送があるとホテル街を後にした。

「さて、この先どう行くかだ」

耕太は地図を広げ指を差しながらすれ違う人に身振り手振り聞くが知らないと返された。市場の店の人にも聞くが誰も知らない。

「この先へは誰も行かないのか」

ホテル入口の階段に座り口を尖らせる。地図を確認していると一人の老人が近づいてきた。よく見ると民族衣装をまとい白髭を生やしている。すると老人は「ここへ行きたいのか」と聞くように地図を指差す。耕太がうなずくと「こっちへ来い」と手招きする。後をついていくとバス停が見えた。

「そっか、バスで行けるのか」

しかし、耕太はお金を所持してない。手振りで伝えると老人は「任せろ」と自分の胸に手をあてた。バス停には一台のバス。乗車口に運転手が立っていた。老人は指を二本立てて切符を運転手に渡した。耕太は老人に手招きされバスに乗る。老人が背負っている大きな麻袋の口から食料が覗いている。どうやらこの街の市場に買出しに来ていたようだ。切符が二枚に見えたのは回数券で耕太の分まで出してくれた。耕太は軽く手を合わせお辞儀する。老人は笑みを浮かべ側の席に座れと指差す。

時間になるとバスが走り出した。草原の一本道を進み黄河源流のあるオリン湖へ向かった。湖が近づくにつれ石で造られた寺院が見えてきた。老人は耕太に降りろとバスのドアを指差す。降りると人はまばらに見える小さな集落。民族服が老人と同じことから老人もここの集落の人だとうかがえる。

湖畔まで歩くと水草だろうか湿原のように水辺が覆われている。そこには建物が崩された瓦礫や積まれた石が点々と見える。

「これも洪水の跡なのか?」

積まれた石の中に『黄河源流』と書かれた碑を見つける。

「ここから黄龍が現われたというのか…」

「お前も龍に関係あるのか」

振り向くと先ほどの老人が立っている。

「一言も話さなかったのに…しかも日本語を喋れる」

憮然とした顔で老人の顔を横目で見る。

「すまんな。一人でここまで来るのはそうはいないからな」

観光客に見えない耕太を訳有りと察していたようだ。

「では、あなたは龍のことを知っているのですね?」

老人から聞き出そうとする。

「教えてやってもいいが、お前はどうなんだ?」

疑う老人に耕太はニヤリと笑う。

「わかった」

そう言うと全身に力を入れ気を発した。湖面の水が水柱となり龍をかたどった。

「おおっ!まさに龍の力を持った者が成せる業だ」

碑が光り黄龍化して耕太の体を包む。耕太に憑いた気は黄龍の一部だった。耕太がこの地を訪れたことにより黄龍の化身が完全体となった。黄龍を見た老人は耕太が『龍の魂』の後継者と思い込んだ。

「日本で龍の使い手として悪行を繰り返している者がいる。そいつは更に力をつけようとしている。そいつを倒すにはもっと大きな力が必要。そこでこの地を訪れたのです」

耕太は竜児を逆手に取り更なる力を得るつもりだ。

「そいつと闘ったのか?」

老人の問いに大きくうなずく。

「残念ながら僕は負傷してしまって…」

耕太は右腕をまくって老人に見せた。腕には竜児との対決で負った傷跡が残っていた。

「彼が力をつけているのなら、こっちも対応しなければ」

竜児に対して友でなく敵意をむき出しにしている。

「そうか、ならばもっと強くなる方法がある」

「それは?」

「龍の最高峰といわれる黒龍の力を身につけることだ」

「黒龍…」

「そうだ。一筋縄にはいかんぞ。やってみるか?」

「やらせてもらおう」

「よし、では案内する。こっちへ来い」

師弟の関係のように老人は耕太を信じきっている。龍の最高峰を手に入れれば鬼に金棒。耕太にとって願ってもない機会だ。老人の後をついていくと樹の無い草だけの山が見えた。源流があるのにまだ先があるのかと妙な気分になった。緩やかであるが滑りやすい草地の傾斜を登っていく。雨が降った訳でもないのに足跡から水がにじみ出る。数百メートルほど登り、陽が傾いてきた。

「よし、着いたぞ」

頂上に着くと石がごろごろしている。その中に一つだけ人の背丈ほどの尖った岩があった。近づいて見ると文字が彫られている。

『黄河源流』

湖にあった碑と同じだ。

「何故、同じ碑がここに…」

耕太は不思議に思った。すると老人が碑の前に立ち、小さな子の頭をなでるかのように碑に手をあてた。

「雲ができて雨が降る。山の頂に落ちた雨は川となり湖に注ぐ。湖に溜まった水は下流へ向かう」

どんなに高い所に雨が降ろうと元は雲から。尖った岩は天を指しているというのだ。

耕太が雨雲を呼べるのは、その流れからきている。そして碑には立ち上がった龍も彫られていた。

「それが天と結ぶ黒龍だ」

最高峰の龍が目の前にある。耕太は身震いがした。

「呼び起こすにはかなりの気が必要だ。やってみるか?」

「よし!」

耕太は碑の前に立つと体を光らせた。しかし、放った気が碑を包むが何の変化がない。

「それではダメだ」

「じゃ、どうすれば?」

「いいかよく聞け。天と結ぶと言っただろ。天に気を放ち、なおかつ碑にも力を与え、自分の力を維持させる。この三点が結ばれたときに黒龍を呼べるのだ」

単純に計算すると三倍の気が必要になる。しかも三か所に分散しなければならない。まだ耕太にはそこまでの力はない。気持ちをはやらせる耕太は老人にきいた。

「あなたならできるのか?」

「出来ないことはない。だが、ここで見せても何の得にもならん。お前とは気が違うからな」

だが、耕太は食い下がった。

「僕と気が違うのなら真似できないでしょ? 形だけヒントが欲しい」

教えては耕太のためにならない。しかし、急を要する事態となればいつまでも固持するわけにはいかない。

「よしわかった。形だけは見せておく。あとは自分で呼べるようにしろ」

そう言うと老人は碑の前に立つ。耕太は数歩下がって様子を見ている。老人は手を合わせると四方八方から光が集まり老人を包む大きな気となった。

「なんだこれは?」

見たことのない気に耕太は目を見開く。老人は天を仰ぎ、両手を上げると光が天に昇った。耕太は老人に気づかれないよう自分の体に気を集め始めた。老人は集中しているため耕太の行動に気づいていない。気を発し続ける老人の体が光ると碑まで光り出し、老人の言う三点の形になった。

「今だ」

耕太は気を最大限に上げ老人の気を包み込んだ。

「何をする!」

老人は止めようとしたが遅かった。耕太の気は黄龍となり天に昇った。

「ま、まさか」

老人は縛られたように体が動かない。碑からは黒龍が出現され黄龍と一体化となった。

「な、なんてことを」

老人は二体の龍の渦に巻き込まれ湖へ飛ばされてしまった。

「ふふふ…これで僕は最強になった」

二体の龍の気に包まれたまま耕太は去っていった。

「うう…」

湖に落とされた老人は一命をとりとめたものの重傷を負ってしまった。気で体を光らせ助けを呼ぶと集落の男たちが気づき老人を浅瀬へ引き上げた。

「長老!どうなさったのですか?」

「た、大変なことになった…」

老人が気を失うと数人で抱え上げ家の中へ入っていった。

星斗山の竜児と竜心は大きな気を感じ顔を見合わせた。

「これは…恐ろしいことが起きたようだな」

竜心は口を真一文字にして気を感じた方角に顔を向けた。

「やはり耕太くんが」

竜児は再び親友と闘わなくてはならないのかと気が気でない。

「まだ技は完璧ではないが山を下りよう。明日朝に東京へ行くぞ」

竜児は拳を握りしめ唇を噛んだ。

東京に戻った二人は目を疑った。あちこちで建物が崩されていた。

「これはひどい…」

「これを耕太君が一人で…」

ここ数日間で地盤沈下が起き、新築されたばかりのビルなどが崩れたと街中で話を耳にしていた。

「一刻も早く耕太君を見つけなくては」

竜児は焦った。

「おーい!」

遠くで竜児たちを呼んでいる。あの超能力セミナーの太田と清野だ。

「あ、あなたは」

太田のもとへ駆け寄る。

「竜児君、君を探していたんだ」

「えっ?」

太田の顔は青ざめていた。

「今回の災害は君の友達が関係あるのでは?」

「どうしてそれを?」

「現場に行くと必ず彼がいたんだ」

竜児と竜心は顔を合わせた。

「その方は?」

「実は…」

竜児は太田に今までの経緯を話した。

「すると、彼の意志ではなく彼に憑いたものの仕業だと」

「ええ」

「そして君たちが憑いたものを追い払おうと」

「そうです」

超能力を研究しているとはいえ次元が違う。物理的にも困難だと太田は考え込んだ。

「そうか…じゃ、私たちも彼を探すよ」

「ありがとうございます」

太田らが引き上げるのを竜心は冷ややかな目で追った。

「超能力の研究か。見せ物程度じゃ解るはずがない」

「そう言うなよ。僕たちのことを立証できなければ誰も信じてもらえないよ」

怪訝な顔をする竜心に耕太を探そうと促した。

一方、車で青森へ向かう男がいた。超能力セミナーを取材した高田だ。耕太の住所を調べ、耕太に何があったのか家族に聞くためだった。

耕太の実家に着くと車の音に気付いた美恵子が玄関から出てきた。

「すいません。田村耕太君の家はこちらですか?」

美恵子は眉間にしわを寄せた。

「なんでしょうか?耕太はいませんが」

「実は私こういう者で耕太君について聞きたいのですが」

名刺を手にした美恵子は驚き高田の肩を揺すった。

「耕太を知っているんですか?!耕太はどこにいるんですか?!」

高田は美恵子の両手を自分の肩から下ろさせ落ち着かせた。

「耕太君は今、東京にいるんです」

「東京?なぜまた…」

再び東京に行った意味が分らなかった。

「あの、詳しく話を聞かせてください」

美恵子は高田を家の中に案内し、居間に座らせ尋ねた。

「耕太は今、何を?」

「いや、実は…」

高田は事件のことを話そうか迷った。ここで親御さんを怒らせては聞ける話が聞けなくなる。そこで過去の耕太の行動から聞くことにした。

「以前、耕太君は『超能力セミナー』に参加しましたよね?」

美恵子は視線をキョロキョロさせ思い出してみる。

「そういえば友達とそのようなところへ行ってました」

「こちらでは変わった行動はなかったですか?」

「変わった行動って…うちの子は何も…」

耕太が何か疑われているのではと察すると、ここで起こった出来事は話たくもなかった。

「いいてすか。耕太君の身のためなんですよ」

「耕太の身って…何か悪いことでも?」

動揺する美恵子。ここで高田は事件について切り出した。

「こちらで予期せぬ災害が起きてますよね?」

「え、ええ」

「東京でも同じことが起きていて、現場に必ず彼がいるんですよ」

美恵子は血相を変えた。

「何を馬鹿なことを言っているんですか!? あの子が一体何をしたと言うのですか!」

馬鹿馬鹿しくて聞いていられなかった。

「耕太が見つかったようだね」

二人の話を聞いていたりんが居間に入ってきた。

「お母さん、寝てなくて大丈夫なの?」

りんは安堵の表情で話した。

「あの子はよく山小屋へ行っていたよ」

「山小屋?」

高田は何かカギがあるのではと睨んだ。

「お母さん、なんでその話を」

しかし、りんは止めようとする美恵子にかまわず話を続けた。

「あの子は優しい子でねえ…この村の自然がが壊されるのが嫌だったんだよ。山小屋には神様が奉られていて山と村を守っていた。あの子はいつも拝んでいた。恐らく願いを聞いた神様がのり移ったかも知れないね」

りんは耕太の行動には理解しつつも事の重大さに気づいて欲しいと言う。

「大丈夫、彼は元通りになって帰ってきますよ」

なだめる高田にりんはうなずいた。

「では、私はこれで失礼します。大変申し訳ございませんでした」

高田は深々とお辞儀して家を出た。

「そうか、耕太君が変貌したのはこのためか」

高田は急いで東京に戻った。

災害が起きてから三日経つが耕太の居場所がつかめない。次の災害が起きる前に探し当てて止めさせたいがもう東京にはいないのだろうか。工事現場や耕太にゆかりのある場所に勘を働かせるが的外れ。耕太が現われそうな場所というと竜児と一緒に遊んだ境内や田畑。近くに工事現場があることから耕太が居てもおかしくない。竜児は思い当たる場所をもう一度探してみることにした。

「おーい!」

太田が手を振って呼ぶ。かなり慌てているようだ。

「彼を見つけた!」

「えっ?」

太田の案内で竜児たちはついていった。

そこは都心の幹線中心部。交通網の要となる場所だ。これらを破壊されれば交通マヒになる。太田はここで耕太を見たというのだ。

「確かにこのあたりなんだが…」

太田は再度確認する。

「危ない!」

竜児は太田を突き飛ばした。その先にドーンと爆音とともに地面に穴が開いた。

「ひえ…」

太田は怯える。

「どこだ!」

間違いなく耕太が放ったものだと竜児は分かっている。しかし、肝心な耕太は姿を見せない。更に光の玉が竜児のもとに落ちて弾ける。伏せた竜児は立ち上がり叫んだ。

「いい加減に姿を見せたらどうだ!」

あたりを見回す竜児は背中に気配を感じた。振り向くと崩れた高架橋に耕太が立っている。だが、光を放ったときの攻撃的な気が消え重苦しい気が漂う。耕太は中国に訪れ以前よりパワーアップしている。竜児は聞くまでもなく気と気がぶるかることでテレパシーのように感じ取っていた。

耕太が竜児に向けて両手をかざすと数発の光が竜児を襲う。

「ん!」

竜児の身体が耕太の光の間を縫うように避けていく。気を消しながらの瞬間移動。これは星斗山へ入山する際に竜心が使った技。竜児は二度目の修行でマスターしていたのだ。

「前より力をつけているな」

耕太は顔をしかめた。竜児同様、耕太も相手の気の大きさと強さを感じていた。そしてすぐさまに自分の力を見せつけようと黒が混ざった黄色の気を発した。

「こ、これは…」

竜心は愕然とした。

「黄龍が憑いているのは予測できたが、まさか黒龍までとは」

「なんだって!?」

最高峰の力を持つ黒龍の話は聞いている。それを目の前で出現させる耕太に竜児は言葉を失った。

「やはりあの時の衝撃的な気がそうだったんだ」

修行の最中に感じた大きな気がまさにそれだった。

「また僕の邪魔をするんだね」

竜児と対決した時と同様、魂の抜けたような表情と口調。二体の龍が憑いているとなれば耕太の身体から分離させるのは以前より至難である。竜児に向けた右手人差し指が光ると竜児は危険を察し近くの瓦礫に身を隠した。バーンという爆音とともに地面に穴が開いた。爆音を聞いた竜心と太田が竜児の側に駆け寄り身を伏せた。

「これはいったい…」

恐怖におののく太田。

「これが彼の力なんです。ここから逃げてください」

「わ、わかった…」

竜児に言われたとおり、足をふらつかせながらも太田は瓦礫から離れた。道路に出ると太田の前に車が停止する。窓越しに覗くと高田の姿が見えた。

「太田さん、大丈夫ですか?」

高田はふらつく太田の様子を見て車から出た。

「君は何故ここへ?」

こんな状況で駆けつける高田に太田は不思議に思った。

「実は耕太君の実家へ行ってきたんです」

「で、何か分かったのか?」

高田は耕太の実家での経緯を太田に話した。

「自然を守るための怨念か…我々の研究と掛け離れた想像を絶するものだな…」

太田の研究する超能力と違い、オカルト的要素が加わると解決の糸口さえみつからない。

「今は竜児君たちに賭けるしかないです」

自分たちでは手の施しようがない。ただ見守るしかなかった。

「おーい!おーい!」

遠くでどこかで聞いた声がする。

「これは一体なんだ!」

駆けつけたのはセミナーで言い争った大月だった。

「お前らの仕業か?!」

相変わらず血の気が多い。太田をつかまえて言いがかりをつけた。

「なんだ!またお前か!」

セミナー同様、面と向かって口喧嘩が始まった。

「これは何だ!爆薬でも仕掛けたか!」

大月は陥没した地面を指差す。それを見た太田は薄笑いを浮かべた。

「ほう、あんたは大学の教授だよな。爆薬を仕掛けたのならどう爆発するか分かるよな」

確かに爆薬が爆発したのなら地面が盛り上がって飛び散るはず。現場は隕石が落ちたように陥没して広がっていた。

「じゃ…これは」

大月は陥没した地面を見直す。

「ふん、科学馬鹿のあんたには分かりっこないさ」

太田は大月の背中を見て嘲笑った。

竜児と耕太は激しい攻防を繰り返していた。耕太の黄と黒の龍に対して青と赤の龍の竜児。気の強さは双方とも上がっているが、前回と同様、気の光での闘いでどちらも技量を確かめていた。

「やめてー!」

叫び声に目を向けると久美が二人を止めさせようと走ってきた。

「邪魔だ!」

耕太は久美に向けて光を放った。

「きゃー!」

久美の近くで爆発が起こり久美は数メートル飛ばされた。

「あ…なんてことを!」

同級生にまで攻撃をする耕太に竜児は怒りをあらわにした。竜児と竜心は久美の側まで駆けつけ怪我の様子をうかがった。

「大丈夫?」

しかし、久美は言葉が出ずしかめっ面でうめくだけだった。

「とにかく運ぼう」

竜心は久美を抱え崩れた建物の陰に運んだ。竜司は耕太を見ながら竜心の後を追う。

「骨折はないようだが打撲がひどいな」

そう言うと竜心は気を集め白っぽい光を久美に照らした。すると久美が目を開け大きく息をした。

「これは白竜の極意といってダメージを和らげることができる。だが、治療ではないので病院に運ぶことが必要だ」

「白鳥さん、何故こんな危ないところへ?」

竜司は久美に近づきそっと問いかけた。

「だって…二人がこれ以上…」

「わかった。もう言うな」

争いを見たくない久美に聞いた自分が恥ずかしくなった。

「おい、大丈夫か?」

様子を見ていた太田ら三人が耕太に注意しながら駆けつけた。

「誰か彼女を病院へ」

「わかった!」

高田は久美をおんぶして車に運び病院へ向かった。

「私らも離れたほうがいいな」

いつも喧嘩ばかりの太田と大月だが、こればかりは二人とも身の危険を感じた。

「ああ、そうだな…」

唇が震える大月。太田に促され足早に瓦礫から離れた。

「早く耕太君から憑いた龍を追い出さなくては」

気の光の投げ合いでは何の進展もない。竜児は取得したばかりの技を出すことにした。右手を天高く向けると青龍の気が昇っていく。するとたちまち上空全体が霧に包まれ、竜児は霧に吸い込まれるように消えた。耕太は細心の注意を払い竜児の動きを読み取ろうとするが気を感じない。

「ん? どこへ行ったんだ?」

辺りを探す耕太の目の前に赤龍が現われ耕太を呑み込んだ。

「うわっ!」

耕太の周りで黄龍と黒龍がもがき苦しむように浮き出た。赤龍の気が大きくなり耕太から抜き出た。耕太から離れた赤龍が竜児の姿に戻る。

「やったか?」

じっと見守る竜心。

「はあ、はあ…」

息が荒くなった竜児は振り向く。しかし、耕太の周りを霧のように渦巻く黄色と黒の気が耕太に吸収された。

「なに?」

驚く竜児。唇を噛む竜心。

「黒龍が歯止めをかけたか」

改めて黒龍の強さに竜心は力強く拳を握った。次はこっちの番だとばかりに耕太は腕を大きく振り下ろし、光の風が竜児を襲った。

「ううっ!」

竜児はガードする構えで踏みとどまったが風圧を受けて倒れた。このままでは街を守ることも耕太を助けることも出来ない。竜児は歯を食いしばって立ち上がった。そしてもう一度上空に霧を発生させ中に入っていった。

「二度とその手は食わないよ」

耕太が両手を上空に向けると無数の黒い光が鋭く放たれた。

「うわっ!」

霧の中で竜児の叫び声が響いた。すると身体に何かに巻きつけられた竜児が地面に落下した。

「ううっ…」

もがき苦しむ竜児。

「こ、これは」

倒れた竜児に駆け寄る竜心。

「し、痺れる…蛇が巻き付いて…」

「蛇だと?」

竜児に巻き付いていた黒い鎖のようなものが消えた。

「やはりそうか…『蛇心雷動』…気を消しても蛇のように忍び寄り巻き付いたところで(いかずち)を発し相手を倒す。まさかこの技を使うとはな」

竜心は耕太を睨むが全くの無表情。

「おおっ!」

声のする方へ顔を向けた竜心は目を皿のようにして驚いた。

「あ、あなたは老師!なぜここへ?」

やってきたのは黒龍の碑で耕太に騙され大怪我をした白髭の老人だった。老人も龍の魂の持ち主。湖で仲間に助けられたあと、竜心同様『白龍の極意』の自然治癒力で回復した。日本での事件を知り、駆けつけたのだ。

「あの少年はわしがてっきり龍の使いと思い込み黄河の碑まで案内してしまった。なにしろ天まで昇る棲さましい気の持ち主だったので信用してしまった。申し訳ない」

竜心に頭を下げる。

「それはそうと何故黒龍まで?」

たずねられた老人は頭を下げたまま話した。

「すっかり彼の口車に乗せられてしまった。そこで倒れている少年を悪だと言い、力をつけたいと…本当にすまん。このわしが…」

両手を膝に当て深々と頭を下げると竜心は老人の肩にそっと手を乗せた。

老人は『龍の魂』を後世に残そうと指導していたが、一部の心無い者が争いを起こしたことがきっかけで指導を辞め、自ら『龍の魂』を分散して碑や像に封印し由緒ある後継者に託そうとしていた。遺跡や観光地で建物などに悪戯したり壊したりする観光客が現われ、中国に来ていた日本人が碑を削り取って持ち帰ったものらしい。

「碑のかけらを持ち帰り神棚にでも納めたに違いない」

その神棚に耕太が近づいたとなればつじつまが合う。竜心は高田が話したこと老人に話した。

「きっとそうだ。少年に魂が宿ってしまったのはそれに違いない」

竜心は老人の顔を見てうなずいた。

「それで黄龍のところまで導かれたのだな。黄龍は悪事を働いたために封印されていた。今回のことで封印が解け復讐するようになり、黒龍まで巻き込んで憎悪を膨らませてしまった」

謎が解けても耕太には二体の龍が宿っている。しかも肝心の竜児は負傷。

「こうなったら、わしら二人でやろうか?」

老人の言葉に耳を傾けた竜心はうなずく。

「待って!」

竜児がふらつきながらも力を振り絞って立ち上がる。

「大丈夫か?」

竜児は手を貸そうとする竜心を払った。

「僕は何のために修行したのですか?ここで引き下がるわけにはいかないでしょ」

「やれるか?」

「やらせてください」

竜児の目を見て強い意志を感じた竜心は『やってみろ!』と無言で合図した。

「だが、お前の命を預かった俺にも責任がある。命が危ういときは加勢するぞ。いいな」

「わかりました」

そう言うと再び耕太のいる方へ向かった。老人も見守ろうと竜児に熱い視線を送った。向かってくる竜児を冷ややかに見る耕太。

「まだ懲りないようだね」

そう言うと竜児の足もとに光の玉を落とし、破裂した土砂が竜児に降りかかる。しかし、土砂は竜児の周りを取り巻き浮かんでいる。

「今度は何をしようと?」

自然界の力を借りる『龍の魂』。師である竜心も読めない。すると竜児は地面の中に消えた。

「そうか、さっきは天の力。今度は地を利用するのか」

竜児の動きを見て竜心は予想する。だが、耕太は冷静だ。地に気を消したとしても蛇心雷動を使い無数の光の矢を地面に放った。耕太のそばで地面が盛り上がると同時に竜児の放つ気が耕太を包む。それは青と赤でなく輝いた気。今までの竜児の技と違う。

「ええい!邪魔だ!」

体に包まれた気を力ずくで振り払う耕太。一度受けた気より強さを感じ、振り払った拳を見つめた。

「ダメージ受けたのに強くなっているのか」

無表情だった耕太の顔つきが変わった。

「成長してるのじゃ」

「成長?」

老人に問う竜心。

「意識を高めて気を大きくするのは知ってるだろ?」

修行では竜児に意識を高めるよう指導してきた。それが無意識に変わり『龍の魂』自体が成長すると言う。

「そうか…ダメージ受けながらも経験を学習し積み重ねが習熟される訳か」

「あとは彼自身がそれに気付くことじゃ」

耕太は黒い光で竜児を襲う。竜児が霧のバリアを張り巡らすとダイヤモンドダストのように煌めき、黒い光は全てはね返された。

「色が違う…」

気の変色に危機感を抱いた耕太は全身に力を入れる。すると黄龍の色が消え、黒龍一色に変化した。

「ついに最強となったか」

竜心が呟く。それは竜児も同じ思いだった。

「勝負に出てきたな」

しかし、相手は耕太でなく黒龍。如何に耕太へのダメージを少なくさせるか。耕太に対しての哀しみと悔しさ、黒龍に対しての憎しみが心の中で交差する。そして意を決して構えた竜児の身体は金色になり新たな気が龍と化して現われた。

「これは…まさに最高の奥義…ついにここまて…」

金龍の出現に竜心は今度こそとばかり期待した。竜児は上空に金色に輝く霧を張り巡らせた。黒い光、黒い蛇、どちらもはね返す自信がある。だが、耕太は攻撃してこない。逆に黒龍の気を黒い霧と変化させ自身を覆った。

「防御にはいったのか?」

金の霧と黒の霧が天と地を二分して覆われている現象に竜心は奇妙な感情を受けた。

「これを打ち破るしかないか…」

竜児は両方の手のひらに光を集め球体になった気を放つが、黒い霧が壁となり水風船のように破裂し飛び散った。

「なぜだ!?」

最高の奥義が簡単にはね返され、信じられない顔をする竜児。

「弱いのじゃ」

「弱い?」

闘いを見てつぶやく老人に説明を聞こうと竜心は顔を向ける。

「気は金龍の域まで達しているが使いこなしてない。俄かに技を覚えただけでは力は発揮できん」

「ん…」

唇を噛みながら右の拳を強く握る竜心は指導に誤りがなかったか思い起こしていた。

「今度は僕の番だね」

耕太は竜児と同じように手のひらに気を集め出した。

「目には目をってやつか」

竜児は両手を広げ防御の姿勢をとると黒い光の球体が竜児を襲った。両手で押さえてこらえる竜児だが弾き飛ばされてしまう。

「うわっ!」

倒れる竜児と対照的に余裕の表情で見つめる耕太。

「このままでは耕太君の身体が黒龍に支配されてしまう…」

金龍が最高の奥義なら負けたくない。竜児は身体の一つ一つに力を入れながらゆっくりと起き上がった。一通り覚えた技では集中力に欠ける。意を決して防御になる金の霧を取り消した。

「それは危険だ!」

攻撃に集中するあまり丸腰状態を懸念した竜心は思わず叫んだ。

「ふん、何を始めるつもりかな」

力の差は歴然としてると見下す耕太。すると竜児は右手に気を集め始めた。

「どういうつもりだ?」

竜児の行動は最初に覚えた技の構え。竜心には理解できなかった。

「最も得意な技じゃろ。初歩の段階でも金龍となれば威力は違うはずじゃ」

何度も使っている技なら体が覚えている。集中しやすいのなら形だけの技より有利だ。竜児は自身の選択に賭けた。金の球状の光を耕太に放つが黒い霧のバリアに歯が立たない。

「馬鹿にしてるのか?」

耕太は黒い霧が防御されたまま、黒い光を放つ。それは竜児が放つ光より倍以上ある。防御を解いた竜児は避けながら片手で作られた光で応戦した。

「いかん!これでは体力を消耗してしまう」

動き回る戦法は気を放つのに影響が出る。あまりにも無謀な賭けに竜心は懸念もなかった。

「いや、よく見ろ」

老人は黒い霧を指差す。竜心は目を凝らして見ると、所々霧の隙間が広がっている。竜児の光をはね返すと同時に霧が飛び散り穴が開いていたのだ。師である竜心でさえ意外な展開に驚きは隠せない。と、同時に僅かな期待を寄せていた。

「う…どうしたことか…」

防御に入った耕太の力が抜けていく。風船に例えるなら穴を開けられ空気が抜けていくようだ。黒い霧のバリアがひび割れのように隙間が広がる。

「よし!今だ!」

全身に力を入れた竜児は金色に輝き始めた。

「うおおおおっ!」

雄叫びとともに竜児は金龍と化した。

「こ、これは!」

竜心と老人は息を呑んだ。金龍が黒い霧の中に飛び込むと膨大し、ひび割れた黒い霧が消えると光が耕太を包んだ。暫くすると大空へ吸い込まれるように黒い影が飛んでいった。

「あれは…」

竜心が空を仰ぐと紛れもなく黒龍だった。耕太を包んだ光が消えると竜児と耕太が倒れていた。竜心と老人が駆け寄る。

「おいっ!大丈夫か!」

竜心に体を揺すられ竜児が目を覚ます。

「ん…ああ…はっ!」

気が付いた竜児はそばにいる耕太を揺すった。

「こ、耕太くん!」

耕太は目を覚まし呟く。

「ぼ、僕は夢を見ていたのかなあ…守ろうとしたのがいつの間にかこうなって…」

「もう何も言うな…」

竜児は泣きながら耕太を抱きしめた。

「意識があるまま、龍に踊らされていたんだな」

竜心は黒龍が耕太の身体を完全に支配してないことに察した。

「竜児君…ごめんよ…」

そう言うと耕太は気を失った。

「あ、耕太君!」

再び目を覚まさせようと耕太の身体を揺すった。

「かなり体力が消耗してる。すぐに病院へ連れて行かないと」

耕太の様子を見た竜心は誰かいないかあたりを見回すと、瓦礫の陰から顔を出している太田と大月を見つけ手招きする。

「終わったのか?」

太田は不安そうに近寄る。

「ああ、それよりこの子を病院へ」

「わかった」

竜心の指示で太田は耕太を運ぼうとすると一台の車が近くに止まった。

「太田さん、大丈夫ですか?」

運転してきたのは清野だった。

「ちょうどよかった。この子を病院へ運んでくれ」

太田と清野は耕太を車に運び後部座席に乗せた。太田が助手席に乗ろうとすると大月が近づく。

「いいか、まだあんたとの決着はついてない。この事件も何かからくりがある」

相変わらず負けん気が強く挑発した。

「よかろう、いつでも受けてやる」

太田は清野に車を出すよう合図し、耕太を乗せた車は病院へ向かった。大月は長居は無用だとこの場を去っていった。

闘いが終わった竜児はあぐらをかいてうなだれていた。

「よくやったな。これで彼は大丈夫だ」

竜児を労う竜心。ふと足元を見ると石の欠片が落ちていた。老人は竜心が拾った石を手を出して受け取りじっと見つめる。

「これは黄河源流の碑の欠片だ。やはり誰かが持ち去り彼が手にしたのだろう」

これで耕太に黄龍が憑いた理由が確信になった。

「これをわしが源流に持っていき碑を修復しよう。そうすれば黄龍を封じ込めることが出来る」

「老師、お願いします」

竜心は老人に一礼した。そして竜児の肩をポンと叩いた。

「どうだ?動けるか?」

「はい、大丈夫です」

事件は解決し竜児と竜心は中国に戻った。

二か月後。

壊された街の修復工事は始まっていた。災害がなくなったことで行政側が決行しコンクリートの街へと変わっていった。小高い丘の神社の境内から日本に帰った竜児とすっかり怪我が治った久美が工事現場を眺めていた。

「結局何も変わらないわね」

久美が呟く。時代の変化とともに利便を図り自然は壊されていく。嘆いていても暴力では解決できない。自然との共用をどう見るべきなのだろうか。

今回の闘いで竜児の心に空しさが残った。


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