本気で遊んでみませんか
遊ぶとは何か。本気で遊ぶことにどんな意味があるのか。
共感や賛同していただけずとも、皆さんもそんな遊びの中から何かを見つけていただければと思います。
生きるってなんだろう——。
突然失われた道、方向。
取り残された私は、立ち止まり、考えて・・・。
そうだ、もう終わりにしよう。
放課後の校舎、屋上に佇む私。
今までを振り返りながら、ぼんやりと校庭を見下ろしていた。
風が吹き抜ける。
髪を巻き上げ、スカートを揺らす。
夕暮れに染まった景色は、なんとなく綺麗だった。
時間だ。
心の中で私が言った。
一歩を踏み出そうとした時、突然背後から声をかけられた。
「お前、将棋打ってみないか?」
「は?」
振り返ると、無精ひげの男が柵にもたれかかるようにして立っていた。
本気で遊んでみませんか
難しい世の中になったと思う。
人付き合い、自身の進路。
何もかもが複雑で、全てに気遣って疲れてしまったのかもしれない。
だからその日、私は屋上に立ったのだ。
そして、そんな私を前に平然と柵にもたれかかりながら言った男の一言。
「い、いや。あの。間に合ってますけど。」
「面白いぞ。将棋。」
「あ、あの。今の状況、わかってます?」
気だるげに言う男は、今の状況にはまるで場違いだった。
死に際には見えないものが見えることがある。
そんなことを聞いた気がするが、これがそうだというのだろうか。
「わかってるから言ってるんだろ?」
「そこで、なんで将棋やろうって・・・。」
「物事、なんでも試しにやってみりゃいいんだって。どうせ終わりなら、なんだってありだろ?」
「は、はあ・・・。」
考え込む私。
男はそれ以上何も言わない。
風が吹き抜けて、再び髪を揺らした。
「あの・・・じゃあ、一回だけですよ。」
「おう。」
「終わったら、飛びますよ。」
「おう。」
男はまるで気にしたふうでもなく答える。
事態の重みがわかっているのだろうか。
とりあえず、柵を跨いで戻ってくる。
漸く柵から離れた男は、ジャケットの裾に手をやって歩いていく。
とりあえず、私はそれに続いた。
「あの。学校の人、ですか?」
「この学校の教員だけど。」
「あ、すいません。」
こんな先生いたんだっけ。
知らなかった、としか言いようがない。
腰元に手をやりながら、男は廊下を黙って歩いている。
吹奏楽部の演奏が廊下に響いていた。
三階まで降りると、書道教室の前で男は立ち止まった。
準備室の入り口の前で、鍵を取り出してドアを開ける。
「お、お邪魔します。」
中に入ると、変わった光景が飛び込んできた。
窓際に畳が敷いてある。
狭い部屋で、左側に棚があり書道の道具が並んでいる。
見た目とは違い、几帳面に整頓してあった。
そこまでは普通だ。
その棚の後ろに、大きな紙にでかでかと『一葉智秋』と書いてある。
何だこれ・・・。
棚のせいで入り口近くは細い通路状態になっている。
文字の書かれた向かい側には、『名月』と書かれた紙が貼ってある。
棚の隣に、書道教室に通じるドアがあり、曇り窓になっている部分にも『月下推敲』と書かれた半紙。
畳の場所は一段高くなっていて、左手に本棚、向かいに窓、そして右手側には壁一面くらいの大きさに『中秋無月』と書いてあった。
「何かの宗教ですか?」
あまりの怪しい雰囲気に、恐る恐る尋ねる。
声のかけ方も変な感じだったし、この先生まずい宗教にでもはまっているのかもしれない。
先生は気にせずに、部屋の隅にあったポットのお湯でお茶を淹れている。
「好きにくつろいでていいぞ。今用意するから。」
「は、はあ・・・。」
靴を脱いで畳に上がり、とりあえず正座をして待つ。
お茶を私の脇に置くと、ポットの近くにあった古めかしい将棋盤を手にやってくる。
駒台を添えつけるような立派な将棋盤だった。
そういえば、言われたから来てしまったが将棋なんてあんまりルールも知らない。
駒箱から駒を取り出すと、先生はそれを盤上に並べていく。
それを見まねして、私もまた駒を並べていった。
「んじゃ。よろしくお願いします。」
「あ、よろしくお願いします。」
先生が頭を下げるのに倣って、私も頭を下げた。
「じゃ、先手いいよ。」
「あ、はあ・・・。」
盤面を見て、どうしていいかわからず固まっている。
とりあえず、飛車先の歩兵を一歩動かす。
先生は、私から見て角行の右隣の歩兵を動かした。
もう一歩、歩兵を進める。
角行が斜めに動いた。
ええっと・・・。
とりあえず、思いつくままに駒を動かしていく。
「これでな。飛車先の歩兵を突き捨てて、桂馬の頭に歩兵をうつ手が厳しいんだよ。」
「え?」
盤面を指さしながら、先生は急に喋り出す。
とりあえず、言われた通り歩兵をぶつけてみる。
「でも、これを取らないわけにはいかないから取るだろ。で、歩兵をうった時に桂馬が跳ねるしかないんだが歩兵に成られるわけだ。」
「は、はあ・・・。」
駒を裏返して、と、と書いてある面を表にする。
「これで、部分的に受けはないからこっちも攻め合う訳だが。」
言いながら、先生は桂馬を動かす。
とりあえず、私も考えながら駒を動かしていく。
よくわからなかったが、次第に私の方が不利になっていっているのだけはわかった。
「ううっ。」
唸りながら駒を寄せる。
「ここで攻めきれなかったから、一旦受けに回らないといけないわけだよ。」
「は、はあ。」
「手抜きすると、一気に危うくなるからな。」
金将の下に銀将を置く。
どうしようか。
とりあえず、私は銀将を駒台から取って金の斜め上に置いた。
「これを取ると、攻めが早くなるから会釈しないわけだ。」
桂馬を置きながら先生が言う。
とりあえず金将を取っておく。
先生は駒台に銀将を置いた。
静かな部屋の中に駒の音が響く。
「人生も似たようなもんでな。調子いいように見えるところでも引いた方がいい時もあれば、急がないでしっかりと受けた方がいい時もある。」
「え?は、はあ。」
駒を持つ手が止まって、先生の方を見る。
腕組みしたまま、先生は続けた。
「将棋においては、今攻めた方がいいのか、守った方がいいのか。漠然とだが、感覚でわかったりするものもあってな。そういうのを大局観というわけだが。案外、人生にも言えるもんだ。」
喋る先生を前に、私はとりあえず駒を動かす。
駒を動かしながらも、先生は喋り続けた。
「ある時、ほんの小さな拍子に、こんなもんか、なんて気が付くこともあるもんだ。そういうのが積み重なって、大局観みたいなものができてくる。」
「なんだか、哲学的、ですね。」
「ただ、漠然と遊んでたらこんなことはわからんもんだ。だが、本気で遊べば気が付くこともある。」
漠然と遊ぶ、と本気で遊ぶ、か・・・。
なんだか、難しい話になっちゃったな。
そんなことを考えながら、駒を置いた。
「人生において、本気で遊ぶってことは意外と大切なもんだぞ。」
「そういうものですか?だって、遊ぶ以外にもやらなきゃいけないことって沢山ありますよ。」
進路を決めて、働いて。
そんな将来を色々と思い描く内に、私はなんとなく霧の中に迷い込んでいたのかもしれない。
「遊ぶことも勉強だろ。いいか、子どもはな。遊んでいろんなことを覚える。ルールだとか礼儀だとか。それは、大人だって変わらない。
遊ぶ時は、本気で、全力で遊んでみれば見えてくるものがあるもんだ。どんな些細な趣味にでもな。」
「子どもは、それは遊ぶのが仕事みたいなものじゃないですか。」
「そりゃな。だけど、本気で遊んで本気で考えて、その内で自分のできることが分かって、やりたいことを見つけて。そこへ至る道筋も一つじゃないことが分かれば、
どうすればいいか見えてくる。将棋だって、王将を詰めるやり方は一つじゃないからな。そこに至るまで、色々やらなきゃならないし、色々できるもんだ。」
この人は、本気で遊んでいるんだ。
静かに将棋を指しながら言う姿を前に、私はそんなことを思った。
「将棋なんて、例の一つでしかないから絶対に将棋をやれってわけじゃないけどな。自分なりに本気で遊べるものを遊べばいい。」
「あ。打ち込めるものを見つける、みたいな感じですか?」
「近いかもな。でも、もっと軽くていい。今日は絵を描きたいから絵を描く。そんなんでいい。ただし、全力で描くんだよ。」
いつしか、盤面を見ながら先生の言うことに耳を傾けていた。
本気で、か。
「ほら、仕事とか部活とかはちょっと重たいだろ。だから、遊ぶからでいい。」
「あ、そうかもしれませんね。」
仕事や部活は、ある程度成果を求められる。
それに対して、遊ぶということならそんなことはない。
その点では、先生の言う通り軽いものなのかもしれない。
先生は、王将の隣にあった金将を飛車で取った。
「うっ。」
なんか、嫌な予感がする。
王将で飛車を取ると、すぐに王将の頭に金将がうちこまれる。
あ、これまずい予感しかしない。
じっと、自分の手駒と相手の手駒を見比べてどうするべきか考える。
取ったら、えっと・・・。
暫く考えた末、左側に王将を寄せる。
すると、今度は斜め下に銀将を置かれる。
あ、これは負けた。
「えっと、負けました。」
先生は、静かに頭を下げた。
立ち上がって、先生は窓を開ける。
「ちょっと本気で遊んで来い。それからでも、遅くはないだろ?」
「え?あ、はい。」
何しに来たか忘れていた。
そういえば、私は屋上にいたんだっけ。
全然違うことを考えていたからだろうか。
「変わってますね、先生は。」
「ん?」
「いえ。ありがとうございました。また、きてもいいですか?」
「おう。」
窓際にもたれかかりながら、こちらを振り返りもせずに先生は言った。
その背中に、私は何も言わずに頭を下げた。
「失礼しました。」
書道準備室を出た頃には、夕暮れだった外が真っ暗になっている。
そろそろ夜も長くなってくる時期だ。
帰ろう・・・。
とりあえず、帰って寝てから、何かで遊んでみよう。
それこそ、先生の言うように本気で。
玄関で靴を履き替えて外へ出る。
立ち止まって振り返ると、書道準備室にはまだ明かりがともっているのが見えた。
変わった先生だったな。
でも、出会えてよかった。
きっかけなんて、本当にこんな小さなものなのかもしれない。
それでも、それで人生が大きく変わることだってあるとわかった気がする。
とりあえず、今は全力で遊んでみよう。
ふうっと息を吐いて、鞄を両手で持ちながら歩き出す。
空には満月が出ていた。
そういえば、準備室にあったあの文字。
先生は、こんな月を見ながら書いているのかもしれない。
風流人なのかもしれないと考えると、なんとなく笑いがこみ上げてきた。
身なりが似合ってないからな。
すっかり暗くなった道を、私は一人笑いながら歩いていた。
終
遊ぶという行為は、ただの気晴らしだとかそれだけではないように思います。
本気で遊ぶと遊びの中から見えてくる哲学だとか人生観だとか技術だとか様々なものがあるような気がします。
子どもは公園で遊び、横入りをすれば怒られてルールを覚えたりするそうです。
それは、子どもだけに言えることでしょうか?
そんなことを思う今日この頃でした。
なんだか、ませててすいません。思春期抜けてないのかな。中二病ですね。




