獣の道
「正義ってなんですかね、シルバーさん?」
「知るかそんなの。
とりあえず俺たちの仕事とは無縁なものだろうよ」
死体の服から金目の物を奪いながら、そう適当に返事をする。
つい数時間前まで戦場となっていた場所だけあり、街のいたる所から戦闘の痕跡を示すような燃えつきた家の残骸からは煙が上がり、同じようにこの街に住んでいた住人や戦っていた敵味方多数の兵士達の死体が道のそこら中に転がっていた。
ある者は火に焼かれ真っ黒な姿に変わり、ある者は無数の槍で貫かれ穴だらけの姿となり、まだ幼い子供はその体を無数に斬り刻まれていたせいで性別がわからない姿となっている。
比較的綺麗な遺体もある事はあるが、その多くが女性であり、比較的まともというだけでその遺体には乱暴されたとわかる形跡がはっきりとあった。
そんな目を覆いたくなるような遺体がそこらへんに転がり異臭を放つ中、俺と相方は臭いなど気にせず、次々と遺体の損傷など気にも留めず懐をあさり金目の物を奪っていく。
こいつはハズレだ。
まだ傷が少ない新品とわかる鎧を着ていた死体の懐を物色したが、たいしたものは入っていないことに思わず顔をしかめてしまう。
懐に入っていたのはわずかな金銭が入った財布と数枚の手紙、それと誰かの髪が大事そうに入れられていたロケット。
ロケットに入った髪はおそらくこの死体の恋人か妻の髪だろう。
愛する者の一部をお守り代わりに身につける兵士は結構いる。
だが、そんなもの俺には関係ない。
一銭の価値にもならない髪をロケットから抜きとり中を綺麗にした後、財布にあったわずかな金銭と共に腰に下げた袋に仕舞い、空になった財布とともに髪をその場に捨て去る。
さて次だ、次。
次こそ当たりの死体を願い、周囲の死体を物色していると相棒がニコニコした笑顔で声をかけてくる。
「シルバーさん、それハズレでした?」
「あぁ、新品の鎧を着ていたから新兵と思い期待していたんだがな。
金目のものは少しだけ、あとは役にも立たない髪と紙クズだけだ」
「プッ、髪と紙クズってシルバーさん神に愛されてますね」
「面白くもなんともないのに笑ってるんじゃねぇよ。
それに存在しない神に、愛されるも何もないだろうよ」
「あれ?シルバーさんって無神論者でしたっけ?」
「別に無神論って訳でもねぇよ、金になりさえすればどんな神でも信じてやるよ」
「なっとくですよ」
相棒は俺の答えに面白そうに笑う。
付き合いは長いが、いまだにこいつの笑いのツボだけは掴みかねる。
「それにしてもなんで新兵の懐何か探ったんですか?彼等はまだ金袋になる前の状態じゃないですか、探るだけ無駄だと思いますよ?」
「確かにそうなんだが、こういういかにも新兵の新兵ってやつは、親元から離れる時にせめてもの情けに金を持たされることがあるからな」
「……そんなわずかな可能性に良く賭けられますね。
そんな博打打つぐらいなら、私みたいにしっかり肥えた金袋を狙った方が安全確実大儲けだと思いますよ?」
相棒であるルージュ足元には、体を何カ所も斬られ苦悶の表情を浮かべて絶命している小太りな男の姿があった。
「欲をかいて逃げ遅れた豚ほど、いい獲物はいないのですよ」
ルージュが懐をあさった男はおそらく商人だろう。
三流の商人は戦の気配を察せず巻き込まれ、二流の商人は戦の気配に慄き稼ぎ時を逃がし、一流の商人は戦の気配にいち早く気づき利益を得る。
そして自分が一流だと勘違いした商人は、欲をかき過ぎ身を肥やし逃げ遅れ、最後は家畜小屋の豚のように殺される。
「まぁ、本物の一流商人ってやつは安全な所から利益を上げる存在だからな」
「そうですね。それにそんな一流でも及ばないような商人は、金のために自らの手で戦を生み出す化け物みたいな人達ですからね」
一度会ったあの商人は王侯貴族と言ってもいいほど身なりはしっかりしていた。
だがこちらを見ていた目は同じ人間に向けるものでは無く、商品を見るような眼をしており、その体からは戦場跡をうろつき異臭が染みついた俺たち以上に、ひどい死臭がしていた。
もちろんそれは感覚的なもので実際はそんな臭いはしていない。
だが確実にあの商人は何千何百という人間の死を生み出してきたのだけはわかった。
そんなことを思い出していると、ルージュが袋一杯に成果を入れ近寄ってきた。
「どうやら当たりだったようだな」
「うん、なかなかいい具合だったよ。
面白いものも手に入ったしね」
そう言って袋の中から一冊の本を取り出す。
「本なんて売れるのか?」
「一般の人にはまだ馴染みは無いけど好事家の人達には高値で売れますよ」
それは知らなかった。
宝石や刀剣類、鎧や装飾品などについてはどれくらいの価値があるか知っているが、本などは全くの専門外だ。
まぁ俺が知らなかったとしてもルージュが知っているのならそれでいいだろう。
「ちなみに、その金になる本にはどんなことが書いてあるんだ?」
知らなかった事でその本に少しだけ興味をもつ。
見た感じ表紙には題名らしきものは書かれていない。
「この本の内容ですか?
そうですね簡単に話すなら、一人の若者が仲間とともに成長し悪者を倒して英雄になるって感じの本ですかね」
なるほど、それでさっきの正義だどうのこうのと言ってきたのか。
悪者を倒した者は英雄になる。
だが英雄だから正義だと言えるのか?
小難しい事を考えるルージュならそんなことを思ったに違いない。
ルージュを相棒に誘った時も、ルージュは俺にとっては意味も無いようなことを考えていたときだしな。
始めてルージュと会ったのは今いる場所の様な戦場跡、同じように死体の懐を漁っていたときだ。
最初はただの同業者程度にしか思っていなかったが女の同業者など珍しいなと記憶に残っていた。
そのうち何度も同じように戦場跡で顔を合わせるうち、少しずつだが会話をするようになった。
他の人間には動かない死体を相手にしているから簡単にできると思われている仕事だが、この仕事は見かけほど簡単なものではない。
まず戦場跡だけあって皆殺気立っている。ごたごたなどすぐに起きるし、下手をすればまた戦争が始まってしまう可能性もある。
それに知り合いの死体を漁る存在を見れば、だれだってその行為に腹を立てる。そのせいで石を投げられたり、剣を向けてこられたりしたことも少なくない。
次に死体は疫病の原因になるためすぐに片付けられてしまう。だから戦いが終わったらすぐに駆けつけないと儲けることができない。
そのためどこどこで戦闘が起きる、いつ戦争が終わるなどといった情報を常に集めておかないといけないのだ。
これを怠ると豚の様な商人の仲間入りをしてしまう。
そんな常に危険と隣り合わせのこの仕事で何度も顔を合わせるということは、それだけ腕が立つという証だ。
ルージュに初めて会ってから数年経ち、一人で仕事するのに限界が来ていた俺はルージュを相棒に誘おうと探していた。
戦場跡地、壊れたベンチにルージュはボーとした表情で空を見上げていた。
「よう、もう仕事は終わったのか?」
いつものように軽い調子で声をかけると、空を見上げていたルージュはこちらに顔を向ける。
「まあね。そっちはどうでした?
今回は早々に戦闘の決着がついたから儲けは少なかったんじゃないですか?」
「そうでもねえさ。なかなか儲けさせてもらったよ」
今回の戦闘は早く終わるかもと情報があったので、金目の目ぼしい家を事前に調べておいたのだ。
「それはうらやましいですね」
「お前さんはどうやら儲けは少なかったようだな」
「えぇ、ちょっといろいろありましてあまり稼げませんでした」
「そいつは残念だな」
ルージュの手には血に濡れた短剣が握られている。
おそらくいろいろといった部分と関係があるのだろう。
だが、そこは別に俺が聞く事では無いので本題に入る。
「なぁルージュ、俺と組まないか?」
率直にそう聞く。
俺の言葉にルージュは一瞬目を見開いたが、すぐにいつもの表情に戻る。
「なんですシルバーさん、一人が寂しくなりましたか?」
「馬鹿言え、寂しいからお前を誘うわけじゃねぇよ。俺はお前の腕が欲しいと思っただけだ」
「それって聞きようによっては同じ意味の様な気がしますよ?」
ルージュは腹を抱えて笑いだす。
「あ~、本当にシルバーさんは面白い人ですね。
良いですよ、相棒になりますよ」
「ありがとよ」
そう言って手を出し二人は握手を交わす。
その時持っていた血に濡れた短刀をしまいながらルージュは小さな声でつぶやく。
「……こういうの見ても無理に事情を聞こうとしたりしない所も良いですよね」
それから二人で一緒に戦場跡を回るようになった。
「もうそろそろ引こうか」
目ぼしい死体の懐は探った。
ある程度の収穫はあった事だし、そろそろ引き上げるべきだろう。
「そうですね」
ルージュもそう言って一度辺りを見渡す。
そのとき近くにある民家からわずかだが物音が聞こえた。
物音が聞こえた瞬間、俺達は腰に差した武器の手を伸ばす。
隠れていた物がいきなり襲いかかってくる事は時々あるので、物音が聞こえた時は注意しないといけない。
しばらく物音がした方を注視していたが、音がしていこう特に反応は無い。
俺はアイコンタクトをルージュに送る、ルージュは頷き静かに民家に近づいていく。
このままほっておいてもいいが、後顧の憂いは無い方がいい。
俺もルージュの後に続き民家に近づく、そしてこっそり窓から中の様子を探ると、部屋の中には二人の子供がいた。
子供の他には特に人影はない。
(どうします?)
視線でルージュに問われる。
少し、ほんの一秒ほど迷ったがすぐにいつも通りと頷く。
俺の頷きを見て、ルージュは確認するとすぐさま窓をたたき割り部屋に侵入する。
「こんにちは」
ルージュはまるで玄関から入って来たような気軽さで挨拶をするが、突然窓から侵入してきた人物に子供達は肩を大きくビクつかせ距離をとる。
「私の笑顔ってそんなに怖いかしら」
「突然の侵入者で驚いただけだろう、いいからいつも通り手短にすませろよ」
子供に距離を盗られ、少しだけ落ち込んでいる相棒に俺はさっさとしろと告げる。
「ねぇ君たち、お父さんとお母さんは?」
「し、知らない……。箪笥の中に隠れてろって言ったきり会ってない」
泣きそうになりながらも二人の子供は懸命にそう言う。
たぶん両親は子供だけは守ろうと箪笥に隠したのだろう。それか自分だけが逃げるのが精一杯で子供は連れていけなかったから隠したか、そのどちらかだろう。
まぁよく見かける状況だ。
どちらにしろ、俺達のやることには変わりない。
「そう大変だったね。
じゃあお姉さんがこれからお父さんやお母さんのもとに連れて行ってあげる」
笑顔でそう告げたルージュは、そのまま笑顔の表情でいつの間に抜き放っていた短剣で二人の子供の心臓を刺し殺す。
そこに一切の躊躇は無い。
二つの死体を前にして相棒はこちらを振り向く。
今人を殺した事などまるで無かったように……。
実際にルージュにとっては何事もなかったのだろう。
「これでこの家の中は調べたい放題盗り放題ですね」
「そうだな。時間も無いしさっさと終わらそう。
あまり長居すると死体の匂いが部屋に籠る」
「それは嫌ですね」
俺の答えに相棒の笑顔が一層に増す。
「やっぱりシルバーさんは良い相棒さんですね。子供を躊躇なく殺した私に変な価値観を説かないんですから」
「変な価値観なんか説いて余計な時間を喰いたくないからな」
「あら?その言い方だと何か言いたい事があるようですね?
シルバーさんの価値観聞いたこと無いですし、物色しながら出いいので一度聞かせて下さいよ」
その目の輝きから、こちらが話さないと仕事が進まないと判断する。
さっさと仕事を終わらすためにも部屋を物色しながら、俺の価値観を聞かせてやる。
「獅子の様な高潔な魂を持つ者が進む道を騎士道とする。なら俺達が進む道っていうのは何か?
俺は獣の道だと思っている。
牙や爪を持ちながら死体をあさり、ほどほどの危険なそれでも安全な道を進もうとするそんな狡猾な獣が進む道だ」
俺は表情を変えずにそう淡々と話す。
「騎士どうなんかと比べまでも無いほど薄汚れた道を進んでいる。だが俺はそれでいいと思っている。
なにせ生きて道を進めるんだからな」
獅子に例えられる騎士の様に、高潔に命を散らせる気は無い。
欲に駆られ豚の様になった商人のように、無残に命を落としたくない。
戦場跡で見かける多くの何もできずただ殺される、そんな狩られる側に何か回りたくない。
汚くても、狡猾でもいい。
牙や爪を持つ残食獣でいいから、俺は生きていく。
俺の価値観を聞き終えたルージュは、その場で腹を抱えて笑い転げる。
「あ~面白い。本当にシルバーさんは面白いです。
その価値観私いいと思いますよ。私もまだまだ生きていきたいですから今度からその価値観にしますね」
「勝手にしろ、それと笑い転げてないでさっさとお前も仕事しろ」
「わかりました」
腕は立つのだが、本当にこの相棒の考えはわからない。
その後すばやく家の中の金目の物を奪い家を出ていく。
今度は窓からではなく、ちゃんと玄関から出る。
玄関から出てすぐ、民家の前では男女の二人が折り重なるように死んでいた。
「これって二人の両親ですかね?」
「さてね」
例え両親であったとしても、死んでいるなら関係ない。
俺は素早く二人の懐を探し金目のものを奪い去る。
「両親だったら嬉しいですね。
そしたら私子供達に嘘ついたことになりませんから」
殺した事よりも、嘘をついた事の方がルージュにとっては大事なことのようだ。
そうして俺達二人はその場を後にする。
死体しかない場所を後にして、二人はこれからも姑息にずる賢く生きていく。
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