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ルル、無職

 コールセンターの様子が変わってきていたのは、気がつかないでもなかった。ルルはそれがどういうことか考えなかっただけだ。

 急にオフィスが広くなり、知らない顔が増えた。もともとは会話のない職場であったが、アルバイトであるらしいその新顔たちが好き勝手におしゃべりをする。別にルルは不快に思わなかったが、隣の神経質そうな同僚が顔をしかめていた。しかしその同僚が姿を消した。

 顔ぶれがどんどん入れ替わっていく。気がつけば一年以上コールセンターにいる社員やパートは、ルルの他に二人になっていた。以前は十人ほどもいたのである。

 そしてある朝、ルルが出勤すると、会社のビルが開いていなかった。周りには、電話をかけているアルバイトの女の子が一人。彼女が何か知っているだろうかと、電話が終わるまでぼうっとしているうちに、何人かの同僚がやってきては、開かないのを確かめて帰っていった。どうしたというのだろう? なぜ、会社が開かないのだろう。

 ようやく通話を終えた女の子が、こちらを睨むようにして問いつめた。

「どういうことなんです?」

「どういうことって?」

 それを聞こうと思ってルルは待っていたのだ。ぼんやりと聞き返すルルに、相手はさらにいらだちを募らせたようだ。

「この会社、どうなったんですか? オフィスには連絡つかないし、派遣会社に問い合わせてもよくわかんないし」

 オフィスに連絡してもしょうがないだろう、だってオフィスがある目の前のこのビルが開いていないのだから。ルルはそう思ったが、黙っておいた。多分今はそういう突っ込みをするべきときじゃないのだ。

「あなた、社員でしょ? 何か知らないんですか?」

「知りませんね……」

「じゃあなんでこんなとこにぼけっと突っ立ってんですか!」

「えっと、どうしたのかなと思って、待っていたんですけど」

「何人か人が来ていたじゃないですか。なんでただ待ってるんですか。聞けば良いのに」

 そうか、聞けば良かったのだ。否、聞こうとはした。目の前の女の子以外の相手に聞けば良いというところまで思い至らなかっただけで。

「信じらんない。それでも社員ですか?」

 久しぶりに、ルル個人に向けられた怒気に、ルルは少し怖じ気づいてただ黙っている。その反応に、女の子は軽く舌打ちをして踵を返した。

「どうせ、潰れたんですよ。こんな怪しい会社。そもそもクレーム多すぎだし」


 アルバイトの女の子の捨て台詞は、概ね正しかった。もともと効能があるのかわからないような水や健康食品を売っている会社だった。クレームも非常に多く、返品処理も大量だったという。経営陣は、立て直そうと多額の資金を投入したが、それが却ってとどめとなり、首が回らなくなり夜逃げ、というのが大体の真相らしい。ルルはそれを、三日後、親友が調べてくれたことにより知った。一応その間の三日、毎朝オフィスを訪れたが、会社が開くことはなかった。

 さて、置き去りにされたルルは無職になったわけだが、本人はあまり気にしていなかった。天職だと思っていた仕事も、もう行かなくて良いとなれば嬉しいもので、『毎日が休日』状態に浮かれきった毎日を過ごした。親友は仕事に忙しく、やはりそんなルルの状況に気がつくことはなかった。彼女の中で、『失職すれば次の仕事を探す』というのは常識であり、もちろん彼女の親友であるルルも、それを実行するものだと思い込んでいたのである。


 誰にも何も言われずに、『働かなくては金がなくなる』という事実に気がついたのは、ルルの人生の中で三位以内に入れても良い頭脳の冴えだった。

 それには半年の時間を要した。その間に働いて貯めていたお金の半分が失くなっており、通帳を見てルルは気がついたのだった。(ちなみに、その間ルルは変わらず実家に住んでいたが、両親がルルの働いていないことに突っ込むことはなかった)

 仕事がなくなったら、次の仕事を探さなくてはならない。それをルルは、自ら悟ったのであった。

 しかし今から就職活動をする気には今いちなれなかった。ルルは、就職活動は学生のするものと思い込んでいたし、あんなことをもう一度やりたくはないと思った。しかし働かなくては貯金はあと半年でゼロになってしまうだろう。

 ルルはアルバイトの情報雑誌を近所のコンビニエンスストアから持ち帰った。しかし何を選べば良いのかわからず、ルルの目は誌面を上滑りする。時給で探せば良いのか、業種で探せば良いのか。ルルに飲食のバイトができるとは思わなかった。学生の頃、ひどい目に遭ったからだ。とはいえ、給料が良いのは忙しい飲食か、深夜のバイトだ。深夜のバイトは嫌だった、ルルは夜更かしが苦手なのだ。

 しだいに、ただぺらぺらとページをめくるだけになり、雑誌の半分を過ぎたあたりでとうとう閉じられた。飽きたのだ。ルルの集中力はそう保たない。眠くなってきた。

 もういい、また明日。明日になれば何が変わるわけでもあるまいが、とりあえず問題を先延ばしにして、ルルは眠りについた。


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