ルル、人魚姫
ルルは人魚姫のお話が大好きだ。
人魚姫、言わずと知れたアンデルセン作の童話である。有名であるが故に、多くのアレンジや再編、パロディなどされ、演劇や歌、絵本などにも著された。
ルルが初めて知った人魚姫は、ママの読み聞かせの、子ども向けに簡単に説明された本で、人魚姫は王子を殺せずに海に飛び込み、そのまま海の泡となる、という展開であった。
しかしルルはその本を締めくくる「こうして人魚姫は海の泡になりましたが、そのまま天まで上っていき、女神さまの元で幸せになったのです」という一文だけを鵜呑みにして、人魚姫の物語はハッピーエンドであると思い込んでいた。あるいはルルを悲しませたくないママがことさらにその一文を強調して読み聞かせたのかもしれない。とにかくルルは、幸せな物語を読んでいるつもりで、何度もその本のページをめくったのである。
アンデルセンの書いたお話をできるだけそのまま訳したものを読んだのは、高校生のときだ。
ルルは学校の授業以外で活字など読むことはなかったが、大好きな人魚姫の原作であると聞いて友人に借りて読んだ。読みつけない独特な日本語で書かれていたため、短いお話のはずが読了に半日をかけ、そして読み終わった瞬間唖然とした。
人魚姫は女神さまのところへ行くどころか、恋にやぶれて空に溶け、空気の精になって、幸せになるためにはあと300年も善行を積まなければならなかったのだ。
ルルはようやく、王子さまとの恋は叶わず、姉たちの想いは報われず、人魚姫は幸せにならないことを悟った。人魚姫の物語がハッピーエンドではなかったことを知ったのである。
そんなのひどい、とルルは思った。どうして、幸せにしてあげないの。アンデルセンって、本当はひどい人なんだ、あんな健気な人魚姫に、まだ苦労をさせる気なんだ。
ルルは布団に潜り込み、一晩中泣いた。
泣きすぎてファンデーションがのらなかったから、次の日の学校を休んだ。
そして、気晴らしに平日の教育テレビを見ながら、ルルは忘れることにした。
あんなひどいお話、ルルは読んでいない。あんなのならまだ、あのアニメ映画の方が良い。そうだ、ルルの人魚姫は、王子さまと結ばれるし、海の仲間とはずっと仲良く暮らせるし、ハッピーエンドで終わるのだ。
そしてそれはルルの中で真実となった。
ルルにとって、人魚姫はハッピーエンドなのだ。