惚れたあの子はもう居ない
※この作品はarcadiaにも投稿しています。
一目惚れをした。
いや、一目惚れというのはちょっと違うかもしれない。初めて会ったその時に、俺は彼女の顔なんて見えなかったのだから。
「トロい」
「どんくさい」
「調子にのんな」
小学生の頃は、毎日泣いていた気がする。
教師から見れば運動が少し苦手な優等生。クラスメートから見れば教師に贔屓されている生意気な奴。
実際良い子ぶっていたのだから、クラスメートの苛立ちは正当なものだったのかもしれない。
泣いて泣いて泣いて。それでも負けたくないと意地をはった。
「泣くな! 泣いたら負けだぞ!」
誰かにそう言われても、悔し涙が止まらなかった。
気合いで涙は止まらない。止まらない自分の涙に腹が立った。
もう泣かないと決めたのに、涙は止まってくれない。
「泣いても良いよ?」
ようやく止まりかけた涙。霞んだ視界の奥で誰かが言った。
「辛いなら気が済むまで泣いて。立ち上がるのはその後」
透き通るような声で言われて、止まりかけた涙がまた流れ始めた。
なんて事はない。弱ってる所に優しい言葉をかけられて、嬉しかっただけ。だけど自分の事を、弱い自分を認めてくれた、それが俺の支えになった。
中学に上がる頃には俺は変わっていた。
相変わらず優等生で、一部の連中には嫌われていたけど、何かにつけて泣くような弱さは見せなくなった。
体を動かすのは苦手でも、人並みの体力はつけようと毎日走っていたら、長距離走だけなら人に自慢できる程度にはなった。
そして中学に入学してから少しして始まった生徒会選挙。
担任から立候補しないかと聞かれ、面倒だからと断った。その事を後悔するなんて、どうして予想できただろう。
「はじめまして。生徒会長に立候補しました、小鳥遊リョウコです」
壇上から聞こえてきたのは、透き通った声。
学校からの帰り道、田圃に囲まれたあの場所で、泣いていた俺を肯定してくれたあの人の声だった。
躊躇わずに投票をして、立候補しなかったことを少し後悔。後期には三年の彼女は生徒会には入らないと知り、さらに大後悔した。
「生徒会副会長に立候補しました。二年の春日ツカサです」
それでも、彼女に近づきたくて次の年度には生徒会に立候補した。
さらに次の年度には生徒会長に立候補し、経験からかもう一人の候補に大差をつけて就任。多忙な中学時代を過ごした。
「新入生挨拶。新入生代表、春日ツカサ」
「はい!」
優等生っぷりに磨きをかけて、俺はあの人と同じ高校へと進学した。
「本日は、私たち新入生のために、盛大な……」
何度も確認した文を読み上げながら、俺はあの人を探した。
在校生代表にあの人が出てくるかと思ったけど、実際に現れたのは知らない男子生徒。その事に少し気落ちしたが、俺以上に優等生なあの人だから、すぐに見つかるだろうと楽観していた。
「生徒会役員に立候補しました、春日ツカサです」
あの人が居ない生徒会に立候補したのは、あの人が俺を見つけてくれるかもしれないと思ったから。
小鳥遊先輩。あの日泣いていた弱虫な俺は、こんなに立派になりました。
思えばこの時の俺は有頂天になっていたのだろう。
そんな俺の頭を冷やす機会は、それほど間をあけずやってきた。
使わなくなった資材を運ぶため、立ち寄った校舎裏。そこで俺は劇的な出会いをはたす。
「……何?」
心底煩わしそうに言ったのは、校則上等とばかりに金色に染めた、しかしファッションには興味がないのか伸ばしっぱなしといった感じの髪の女生徒。手には煙草のオプション付き。
まあ言ってしまえば俺とは正反対の人種だったのだが、三年生である事を示す黄色い名札に書かれた名前がかなり衝撃的だった。
「……小鳥遊先輩?」
「……だから何?」
名前なんかよりも、気怠げながらも相変わらず透き通った声で確信した。
あの日輝いていたあの人は、よく分からないが有名な問題児になっていました。
そしてその日から、俺には優等生という評価に付随して、校内一の悪に付きまとう変人という評価がついた。




