その9
「はい、こちら四恋署ですが?」
これに、思わず隣の乙川の顔を見た鎌井だったが
「こちら滋賀県は長浜署の鎌井という刑事ですが、船虫さんをお願いします」
二・三分待たされただろうか、ようやく相手が出てきて
「あ、ども!」
「か、軽い……コホン。長浜署の鎌井と申しますが、船虫さんでしょうか?」
「はいな。で、何のご用件で?」
「実は今、目の前に木俣さんと仰られる探偵さんと助手の田部さんとがおられましてね」
「へっ? ま、またろくでもない事を」
「何か言われましたか?」
「い、いや別に。で、私に何をしろと?」
「端的に申しますと、このお二人が本人かどうかと確認したいと」
「なるほど! えっと、そうですね……探偵の女性は蚊トンボっぽくて、助手の男はまさにおにぎりでしょ?」
「カ、蚊トンボ?」
これが耳に届き、すぐさま腰を浮かせた木俣さん。この世で最も毛嫌いする四文字なのだ。これを必死で横から手で制するは田部助手。そんな相手をなめ回すように見やった鎌井刑事が
「確かに、蚊トンボですな」
ついに立ち上がった、顔面紅潮の蚊ト……女流探偵
「き、貴様らあ! よ、寄ってたかって!」
「き、木俣さん。お、落ち着いて」
そのドデカイ声がケータイを通して聞こえた船虫さん、すぐに
「あ、その声は間違いないですな」
「そ、そうですか」
「でもね、鎌井さんとやら」
「はい?」
「この我が四恋署に降りかかった、いくつもの難事件を解決してくれたんですよ、その木俣さんって」
「こ、この蚊……人が、ですか?」
「そそ。だから多少の口の悪さには目を、いや耳をふさいだら何かいいことが起こるでしょう。じゃあ、さいなら!」
火の粉が降りかかってそうな予感がした船虫さん、とっとと切ってしまった。
「あ」
いきなり切られた格好になった鎌井刑事だったが、ボソッと
「まるで占い師みたいな台詞を吐いて」
そこに隣より
「それでどうだったんだ? 鎌さん?」
「あ、警部。本人に間違いないようです」
だが、誰かさんは気が治まらない。
「あったりまえだろが! つか、何ちゅう確認の仕方なんだ! おい、こら!」
そこは様々な修羅場を潜ってきている乙川さん、努めて冷静に
「いや、申し訳ありませんでした。しかし、これでご本人なのが証明されたわけですから」
「フン! 最初から言ってるでしょが! 本人だって!」
「ええ、まあ」
「あのさあ、警察って何でも疑いすぎなんだよね! あー、性格悪いったらありゃしない!」
「これは一本取られましたな」
とは繕いながらも多少話すのが面倒になった乙川さん、隣に向かって
「じゃあ、鎌さん。続きを頼む」
「あ、はい、警部」
素直に返事した刑事、すぐに木俣さんの方に向き直った。
「では、今の状況をご説明しますよ」
だが、相手は顔の前で掌を振りながら
「ん? あ、大体は聞いてるんで結構ですぞ、鎌やん」
「か、鎌やん?」
何か一言いいたげな相手だったが、咳払いを一つして
「じゃあ、細かいが重要なる点を挙げましょう」
その話に耳を傾けている最中、段々と顔を紅潮させてきた女流探偵。そして話が済むや否や、隣を睨みつけ
「おい? 何で、キミのネクタイが死人の首に巻かれてたんだあ?」
「じ、実は、これこれしかじかで」
「はああ? どこまで人の良いやっちゃ! じゃあ、何でナイフにこれまたキミの指紋が……」
「それも、かくかくしかじかで」
「ど、ど阿呆め! グレープフルーツを喰らってる時点で、おかしいと気づかんかい! 誰が好んで、おにぎりと一緒に食べるか!」
「そ、それって、あんまり……あ、いえ、ゴメンなさい。で、木俣さん。お願いですから、助けてくださいよ!」
「あのさあ、おにぎり君よ?」
「はい?」
「渡した名刺まで利用されてからに。それに正装で来いとかさ、ご丁寧にネクタイまで進呈しちゃって。いいか? キミは、あの娘にはめられたんぞ! 真犯人に相違なかろうが!」
「キミは、って。木俣さんも同席してたくせに……」
「あん?」
「あ、いや……で、でも、このままだと僕は捕まっちゃいます」
「それを世間では、身から出た錆という」
これに、ガクッとうなだれたおにぎり君
「……ち、血も涙もなきお言葉」