その6
長浜署の一室に、半ば強引に連れてこられた悲運の青年。目の前では、鎌井刑事も椅子に腰掛けている。そしてその口に紫煙を燻らせながら、セブンスターの箱を差し出してきて
「どうです、一本?」
「け、結構です。というか、大の嫌煙者なんです!」
「ほう、これは失礼」
と言いながらも、煙を吐いてくる相手。これにおにぎり君、さかんにむせて
「ゴ、ゴホッ!」
慌てて、机の上の湯飲みに入った茶をすすっている。
その時ドアが開き、中肉中背の男が入ってきた。
「捜査一課の乙川と申します」
丁寧な挨拶だったが、もちろん顔は笑っていない。
「僕は何もしてませんって!」
「ええ、ええ、わかっていますとも。ただ事件の特性上、詳しいお話をお聞きしたいと、ね」
「どうせ言っても、信じてくれないでしょう?」
これに相手が、口元だけに笑みを浮かべ
「言ってもらわないと、信じるも信じないもないでしょう?」
田部君は直感した。目の前の男が、様々な修羅場を潜ってきていると。
そして、さらに緊張した。が、それと同時に肝も据えた。
「わ、わかりました。全てをお話します」
「なるほど、なかなか興味深いお話ですな」
話を聞き終え、何度も頷く乙川警部。その目が空の湯飲みに移った。
「喋りすぎて喉もお渇きでしょう? 鎌さん。悪いが茶の代わりを持ってきてくれ」
これに阿吽の呼吸で
「わかりました」
中年刑事が湯飲みを片手に部屋から出ていこうとした時、田部君が乙川に向かって言った。
「弁護士と連絡を取り合いたいんで、十分間だけ一人にしてもらえませんか? それくらいの権利はあるでしょう? 逃げも隠れもしませんから」
これに、ドア付近で振り向いた鎌井刑事
「転がってもダメだぞ!」
了解をもらって、一人部屋に残されたおにぎり君。その途端、半ベソ状態に陥り、ケータイに手を伸ばしたのだった。
「も、もしもし? 田部ですが?」
それに、早速相手が
「あれからどうなった? こちとら、心配してるんだぞ!」
これを聞き、一瞬喜んだ助手だったが、すぐに気づいてしまった。心配しているのは、依頼主の行方、つまり残りの十五万円が手に入るかどうかに決まっている。
「実はあれから……」
怒られるのは端から承知のこと。だが、どう来るのかは想像できない。
やがて、一部始終を話し終えた田部君の耳に届いてきたのは
「チェッ!」
文字にすると可愛いが、実際には、それはそれはデカイ舌打ちだった。一瞬鼓膜が破れたかと思ったおにぎり君だったが、それでも
「お願いですから、助けに来てくださいよ!」
「はあ? もはや依頼主のネエチャンまで行方知らずなんだろ? 何でガソリン代まで払っていく必要があろうか? いや、ない!」
「判断早すぎですって! もし純子さんが無事だったら、十五万円ゲットですよ! それに諸経費も出ますから!」
「しかしなあ、おにぎり君よ。無事ならば、何故に姿を現さないのだ?」
「そ、それは……誰かに誘拐でもされたとか」
「このお馬鹿めが! この木俣さんに、殺人に加え誘拐にまで関われってぬかすんか?」
「ぬかすって。じゃあ、こうしますから」
「こうって、どうするんだ?」
さすがに助手である。主の弱点など、とうに承知だ。
「半年間、事務所でタダ働きしますから」
一瞬だけ相手が沈黙した。やはり金にはてんで弱い――田部君。こう、内心喜んだのもつかの間
「一年間だったら、そっちまで行くわい」
想定外の守銭奴、その名も木俣マキ。
今度はこっちが黙ってしまった。そして、やがて弱々しく
「わ、わかりました。それで結構ですから……」
ただ今リアルで、北陸自動車道走行中 by TAMAKI