その11
「東本さーん!」
精一杯に可愛く手を振る、すこぶる打算的な女。それが聞こえた相手が振り向いて
「え? あ、探偵さん。ちょっと僕、今忙しいんで」
だが、これを無視して駆け寄った木俣さん
「あ、後でよろしいですよ。ちょっとお話がありまして」
「話? 僕に、ですか?」
「そうですよ」
そう言いながら木俣さん、おもむろに瓶底眼鏡を外しだした。やがて、その下より現れた何とも形容し難い魔性の二つの目。相手を一瞬にして凍らせるか如く、怪しくかつ冷たく光っているのだ。そう、まさしく威力はゴーゴンそのもの。無論、相手の羊君は、ただただ見とれているだけだ。
「大事なお話なんですよ……事件に関しての、ね!」
休憩室で、やはりハイライトを咥え、椅子に腰を下ろしている女流探偵。そして何やらテーブルの上に広げられた物を、真剣なまなざしで見ていると
「おまたせしました!」
素直な青年だ。息を切らしているところを見ると、慌ててきた様子。これでまた、木俣さんのポイントが上がった。
「いえいえ、お忙しいところをすみません」
「あ、かまいませんよ」
と、頭を振りながら相手はテーブルを挟んだ向かい側に座り
「それで、探偵さん。お話というのは?」
「いやですわ、探偵さんだなんて。マキでいいですよ」
「マ、キ? じゃ、じゃあ、マキさん。早速お話をお伺いしたく」
「わかりました。では、まず始めにお聞きしますが」
「はい?」
「東本さんは、今回の事件についてどのような見方をされています?」
「見方、ですか?」
いきなりの言葉に詰まってしまったイケメン刑事。
「えっと、そうですね。夜行バスが休憩をとったサービスエリアで乗客二名が行方不明になり、その後でその中の一人と思われる男の惨殺死体が発見された。それで状況証拠により、一個のおにぎりが重要参考人、いや物として上がってきた……こんな感じでしょうか」
「いかにも警察らしい見方ですね。ま、マスコミに煽られた一般大衆も似たかよったかでしょう」
「それでは探偵さ……マキさんは、事件をどう見ておられるんです?」
「蒸発やら惨殺やら、派手な面ばかりが取り上げられていますけど」
「それは仕方ないことだ、と」
ここで、ようやくハイライトに火をつけた木俣さん
「ところで、肝心なところですが……東本さんは、真犯人がおにぎりだと思われています? それとも、現場から車で立ち去った女?」
これに顔を近づけ、小声で相手が
「ここだけの話ですが、僕にはあのおにぎりが人を殺めた、それも顔を無茶苦茶にしたり左手首を切り取ったりなどは到底無理かと」
「お、それなら先を続けましょう」
満足した木俣さん、怪獣如くその鼻より紫煙を出しながら
「その犯人と目される女、偽名ですが早乙女純子といいましてね、うちの依頼人なんですが……手段として夜行バスを利用したのはわかりますけど、何故仙台行きだったんでしょう?」
「それは、仙台に何か目的があって……」
「しかし、実際には途中下車してますよね?」
「あっ、確かにそうでした」
そう言って頭を掻いている青年。それに、微笑みながら木俣さんが
「別に東京行きでも、真逆の福岡行きでも良い筈ですよね? 仙台よりもはるかに近いし」
「そうですね、確かに」
「つまり北陸自動車道がポイントじゃないかって思うんです、わたくし」
「それって、犯人の土地勘でしょうか?」
「ええ。それもポイントの一つですが」
「それも? 他にも何か?」
ここで女狐、顔をグッと近寄せ
「こんな綿密な計画を練った犯人です。土地勘だけで近場を選ぶのは、少々間が抜けている風に見えます。で、聞いた話では、絞殺ならびに刺殺だと。どっちが致命傷でもかまいませんが」
「そのとおりです、が?」
「いくら中肉中背でも、相手は男。女手一つでは殺せやしない」
この言葉に目を天井に向けた東本君、やがて
「共犯だと言われるわけですね?」
「んだんだ……いえ、そうそう」
努力して丁寧な言葉を喋っている木俣さんだが、やはり地は顔を出してくる。
これに相手が
「そのとおりかもしれませんね。でも……」
「さらに納得できるコメントが欲しい?」
「ま、まあ」
「それじゃあ、言うけど」
徐々にメッキが剥がれ、タメグチになってきている。いや、案外親しみを表すべく演技中かも?




