その10
とんだ茶番を見せつけられる羽目になった警察のお二人さんこそ、いい迷惑。
鎌井刑事、これにとうとう痺れを切らせ
「もう、よろしいか?」
だが女流探偵は一切かまうことなく、堂々と
「このおにぎりと純子さんとは、探偵と依頼人。それ以上でも以下でもない。よって、こいつは犯人なんかではあろうはずもない」
「しかしね、木俣さん。状況証拠は、すべてこのおにぎりが真犯人だと語っておりますよ」
田部君、先程より物と化している。
「そら、早乙女純子にはめられただけだって」
「ほう? それをどうやって証明します?」
「証明ねえ……」
ここで木俣さん、その鋭き顎に手をやり
「じゃあさ、少々時間頂戴。その間、おたくさんたちは被害者の身元割り出しやら、事件の目撃者の発見やらに精を出されてくださいな」
「こっちはプロですよ。おたくらみたいな素人に言われなくたって、ちゃんと……」
この時、ノックの音が聞こえ
「警部、東本です。よろしいですか?」
「ああ。入りたまえ」
姿を現した、例のイケメンの若手刑事。だが、見知らぬ女に目をパチクリさせている。
「こ、この方は?」
「ああ。ここにいるおにぎりの身元引受人の、木俣さんなる探偵さんだ」
「た、探偵ですって?」
驚きのあまり、再度新客の顔に目をやった青年。そこに
「女流探偵の木俣マキでーす! ヨロシクね、東本さーん!」
この背筋も凍りつくような猫なで声。すでに田部助手は感じ取っていた。やってきた若手刑事、いかにも主の好みそうな醤油ベースの顔なのだ。
「あ、長浜署の東本です」
「自己紹介はもういいから、何か見つかったかのかね?」
「え? あ、そうでした警部。実はぷらっとパーク内に駐車していた若い男女が、その時間帯に現場より立ち去る車を見かけた、と」
これに、『ほれみろ!』という、したり顔で探偵を見た鎌井刑事だったが、相手はそんな野暮中年には目も暮れず、若き刑事を眺めることに専念している。
「お! 目撃者か! それで、車種は?」
「はい。ダイハツのムーブなる軽自動車で、色は黒のメタリックです」
「運転していた人物は? 男か女か?」
「チラッとしか見てないが女だったような、と証言しております」
「そうか! では、早速界隈の自家用車はもちろんのこと、長浜駅前のレンタカー屋も調べるんだ!」
「わかりました」
だがこれに、わざと聞こえるくらいの声で
「甘いなあ、案外プロって」
三名のプロが一斉に振り返った。そして代表する形で鎌井刑事が
「木俣さん! 甘いとは何です!」
「だってさ、ムーブにもいろんなタイプがあるし、夜中ならば色も黒っぽいとしか言えないんじゃないかなあ。案外、ブラウンかもしれないし」
「う……それくらいは承知してますよ!」
「それにさ、『長浜市界隈を捜せ』だってえ? ここって滋賀の東側で、福井県やら岐阜県は目と鼻の先にあるじゃん。あのさあ、管轄内とか外とか、県境とかなんてさ、それはおたくら警察のかしこまった考えで、犯人にとっちゃそんなのは関係ないのだ。ユーシー?」
これを聞いた乙川警部、すぐに
「東本君。県警を通して、岐阜や福井まで調べさせるんだ!」
「ハイ!」
これに、先ほどより頭を掻いている鎌井刑事。どうやら、何かを思案している際の癖らしい。
「それと警部、ガイシャの身元なんですが。人に恨まれている、それも尋常なるものならば、ひょっとしたら前科があるかもしれません」
「その通りだな。では、東本君。滋賀県警を通じて、兵庫県警に問い合わせを」
ここで乙川さん、ニヤニヤしている木俣さんを一瞥し
「大阪府警も京都府警も、だ。県境などは関係ないぞ」
これに清々しい返事をしてきそうなイケメン君だったが、何故か暗い顔で
「で、でも警部」
「うん? どうした?」
「指紋照合するも何も……」
この時、初めて気づいた乙川が唖然とし
「ひ、左手首が切り取られていたんだ」
これに、隣より鎌井刑事も
「し、指紋照合ができないとは……だから、左手首を切り落として持っていったのか。ならば警部? この犯人、相当な知識の持ち主ですね」
我が国では指紋を採取する際に使うのは、左手の人差し指と決まっているからである。
「うむむ」
しかめっ面の乙川さん。だが、そこにしゃしゃり出てきた女流探偵。
「鎌やん。そんなのは、ネットで検索したらすぐにわかりますって。左手の人差し指が使われるって、ね」
「そ、そうなんですか?」
「間違いないっす」
ここで乙川警部が、強気の姿勢を崩すことなく
「つまりだな、指紋照合を恐れたということはだな……ガイシャに前科があるという証明にもなるのだ」
これにすかさず、手を一つ打った鎌井刑事
「さすが、警部ですね」
「いやいや、これしきのことぐらい……じゃあ、東本君。車の方だけでも当たってくれないか?」
「ハイ、わかりました」
返事をするや否や、部屋から飛び出していったイケメン刑事。そこに、何故だか立ち上がった木俣さん
「あ、ちょっくら、トイレに行ってきますね」
そう言いながら、慌ててこれまた部屋から出て行ってしまった。
それを呆然と見送った乙川さん、首を元に戻し
「田部さん? いつもあんな感じですか?」
「ええ。普段どおりですよ、あの人」
「そ、そうですか」
一方の鎌井刑事は黙ったまま、またもや頭を掻いている。
(このおにぎり野郎、犯人じゃないかもな。こいつが真っ先にヤルとしたら、どう考えても、まずは主人のあの女だろ?)




