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その1

執筆中の『女流探偵、猫を探す』は、間が空きすぎてプロットを忘れてしまいました。ゴメンなさい。その代わりと言っては何ですが、新たに書き下ろしましたので、ここに掲載いたします。


「ふわあー」


 ソファーでゴロンと横になっている痩身の女、今、大きく伸びをしている。


「木俣さんってば。もう、何度伸びをしたら気が済むんです?」


 すると、女はもう一度欠伸をしながら


「ふわあー、ほっとけ。キミにとやかく言われる筋合いはない」


「だって、見るからにだらしない……」


 この時、チャイムの音がした。久しぶりだ。


「ん? 空耳か?」

 そう言って首を二、三度回した探偵だったが、再び聞こえてきた音に素早く反応し


「い、依頼者だ!」

 そしてガバッと起き上がり、モニターのところまですっ飛んでいった。


「おお、この若きネエチャン、依頼者に相違なかろう!」


「じゃあ、開けてきます」


 すぐにドアに近づき、それを手前に引いた田部助手。そこには、これまた綺麗なお嬢さんが立っている。身に着けている薄紫色のワンピースが、ご本人の品の良さをさらに強調していた。

 いきなりドアが開き、目をパチクリしている若き女。目の前の二人を交互に見ながら、貫禄のある方に声をかけた。


「あなたが木俣さんでしょうか? 実は折り入って……」


「違いますよ。こいつは単なる家政婦です」

と、営業スマイルを繕う木俣さん。ポケットより、いかにも安っぽい紙を使用したゆえ少々インクが滲んでいる名刺を取り出し


「わたくしこそが、女流探偵の木俣マキでございます。お嬢さん。ささ、中へどうぞ」


 勧められたソファーに腰を下ろした女、つい今しがたまで誰かさんが寝ていたものだとは知る由もない。だが妙に、お尻辺りに生暖かさを感じている。


「それで、お宅様のお名前は?」


 しばし相手の牛乳瓶の底如き眼鏡を眺めていた女は、慌てて


「あ、はい。早乙女純子と申します」


「こらまた、まさしく乙女にふさわしいお名前だこと!」


 この時、助手は歯が二、三本浮くのを感じた。


「あ、どうも」


「で、お住まいは?」


「はい。山加賀市揚羽町の○○番地です」


「わかりました。それでは早速ですが、本日のご依頼を承りましょう」


 そう笑顔で尋ねる女流探偵。度の強い眼鏡のせいで、その奥に潜む目は見えないが、恐らくは嫌らしい目つきになってるはず。


「ええ。実は今度仙台まで行くつもりなんですが」


「ほう、仙台? それはよろしいですね!」

 一度は行ってみたかった杜の都。で、内心ほくそ笑みながら


「飛行機ですか?」


「あ、いえ。夜行バスなんです」


「や、夜行バス?」


 このせっかちな木俣さんには、長時間のバス内滞在は耐え難き苦痛に決まっている。ましてや、二~三時間毎にしか煙草を吸えない。


「はい……で、その道中を護衛して欲しい、と」


「護衛とは、これまた物騒な話ですね。何かお心当たりでも?」


「え、ええ。詳しくはお申しできないのですが」


「わかりました、これ以上は聞きません」

 いかなる事情があろうとも、受けるに決まっている。端から理由など、どうでもいいのだ。

 こう言って、おもむろに立ち上がった探偵。何故だか壁際まで歩いていき


「別に自慢でも何でもないのですが、結構様々な依頼が目白押しでして。人気があるのも困ったものですわ、オッホッホ」


「え? あ、そうでしょうね」

 頷きながら、相手はバッグより一通の封筒を取り出してきた。


「ここに前受金としまして、十五万円入っております。事が終わり次第、残りの十五万円もお支払いさせていただきます」


「さ、三十万ですか?」


 相変わらずの悪い癖だ。金になると、すぐに噛んでしまう守銭奴。


「ええ。もちろん、旅費交通費とかの諸経費は別途お支払いさせてもらいます」


「ふうむ。どうする? 我が助手兼家政婦よ」


 馬鹿馬鹿しくて、先程より首辺りをポリポリ掻いていた田部君。それもそのはず、探偵が壁の前に立ったのは、何にも書き込まれていない空白のカレンダーを隠したい為くらいは承知だ。だがそこは雇われの身、もちろん歩調を合わせ


「そうですね。何とか合間を縫ってバスに同乗されては?」


 しかし主は


「行くのはキミだ! あたしゃ多忙きわまる」


「へ?」


 依頼者は、この会話を聞いて


「木俣さんが同行されるんじゃないのですが?」


「いや、お嬢さん、ご心配なく! こいつは、今までストリートファイトで負けたことがない程のツワモノなので、ご安心あれ!」


 いつものことである。この、おにぎりを髣髴させる顔の男、今までストリートファイトなんぞしたこともないのだ。すなわち負けたこともあるはずもない。


「それは頼もしい限りです!」

 相手は目を輝かせながら助手に向かって


「えっと、鬼霧さん、でしたか? 名刺を一枚下さいません?」


 確か、まだ自己紹介していないはず。


「た、田部です。おにぎりではありません」

 ちょっとだけ顔色を変えた助手、机の上のケースより一枚取り出し


「申し遅れました。田部たべ是也これなりです」


「良いお名前ですこと!」

 相手は、そう言いつつ渡された名刺を大事そうにバッグの中へ入れ


「あ、それと、仙台で到着を待っている人が堅苦しい人なので、正装で来てもらえないでしょうか?」


「せ、正装って? スーツで、ですか?」


「ええ。あなたをご紹介させていただいた時に、空気が悪くなってもアレですから」


「はあ。確か大学の入学式の際にこしらえた一張羅が、どこかにあると思います」


「それは良かった! では、これが梅田のバス出発場所になります」


 相手はしおりのような物を出してきて、指で示している。

 確かに阪急梅田駅より、歩いて数分のところだ。ちなみに私鉄が梅田駅で、JRが大阪駅となっている。その昔、おにぎり君の友人が初めて大阪の地に降りた時、道行く通行人に

「梅田はどこですか?」

と、聞いたことがあるそうだ。歴史上は別として、今は同じところなのである。九州でも、西鉄が福岡駅、JRが博多駅だ。


「では、田部さん。八日の午後七時半に、ここで待ち合わせましょう。乗車券は私の方でご用意しておきますので」


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