武器と拳
○侵入者
侵入者である仮面の男はどこから取り出したのか、多彩な武器を使って数の劣勢を帳消しにしていく。
『おっと、伯爵殿におかれましては、少しでも動くと体が切り刻まれて死んじゃいますよ? よーく、目を凝らしてください』
戦いながらも余裕の声で伯爵に注意を促す。伯爵のベッドの周囲には、無数の鋼線がいつの間にか伯爵の周囲数センチのところにまで仕掛けられていた。
『残り十人』
『残り五人』
『残り三人』
『残り二人』
秒読みでカウントダウンをするように人が倒れていく。しかし、そのカウントダウンは残り二人で止まった。
一人は少し年配の大男。もう一人は小さな少女。奴隷のようで二人とも武器は持っていないが、只者ではないという雰囲気をその身にまとっている。
『おやおや?』
「まずは私が相手をしよう。かかって来るがいい」
『この攻撃を止めれる者はそういないはずなんですがねえ』
「私もいろいろな戦士を見てきたからな。さて、私は二十番。お相手しよう侵入者!」
『いいでしょう』
○二十番
今にも戦いが始まるかのように見えた。しかし、「おじさんダメ!」
七十五番が私に抱きつく。いや、心配してくれるのはうれしいんだが。
「おっと、何をするんだ。男の戦いの邪魔をするのは好かんなあ」
本当にこの侵入者が男なのかまではわからないが。
「けど」
『二十番さんの言うとおりですよ。私にも時間がない、茶番に付き合っている暇はありません。手早く仕事は終わらせたいのです』
「ほら、侵入者もそう言っている」
「わかった。屋上にいます。ちゃんと、かえってきてくださいね!」
七十五番が小走りで去っていく。
「……いいのか?」
『何がです?』
「あの子を放っておいても」
『まあ大丈夫でしょう。どうせ後からでも追いつきます。先にこの勝負を楽しみますよ』
「それもそうだな」
戦いのゴングがなった。
○ ○ ○
○侵入者
部屋にあった全ての物が舞う。形だけを取り繕っているような執務机が倒され、その中や上にあった書類などが舞い、金庫が貫かれ、中の金銀財宝が零れ落ちる。唯一無事だったのが伯爵のいるベッドで、そこに拘束されたままの伯爵はただやめろ、と叫ぶしかない。
だが、侵入者も大男も戦いをやめることはない。侵入者の顔は仮面に隠されて見えないが、二人とも楽しそうに戦っている。侵入者は部屋中を自在に俊敏な動作で舞い、無数の手数で男を翻弄する。それを大男は腕力のみで立ち向かい、飛んできたナイフなどを的確に撃ち落し、家財道具を破壊することで、侵入者の道を奪う。
『やりますね』
「そちらこそ、なかなかやる」
再びの衝突。そのとき、舞い上がった金庫が再び貫かれ、中身がさらに零れ落ちる。
「や、やめろ、私の部屋をこれ以上壊すな!」
しかし、二人にはそれが聞こえない。それでも、伯爵の希望が通じたのか、二人は扉をぶち破って廊下へ出た。伯爵の拘束は解かれないままだった。
廊下でも戦闘によっておこる破壊は続く。壁に穴が開き、柱が折れ、調度品はことごとく粉砕されていく。
『さて、なかなか決着がつきませんねえ。私としてはさっさと逃げたいのですが』
「そうしてやりたいのはやまやまなのだが、こうなった以上とことんやっておかないといけない気がするのでね。あと、君はミカサというのか?」
『! なぜそれを?』
初めて侵入者が驚愕を表した。まあ、表情は仮面で覆われているためにわからないので、声の調子で判断したのだが。
「まあ、いろいろあってね。ところで、奴隷の身でありながらこんなことを頼むのは間違っているのかもしれないが、一つ頼まれてくれないか?」
『ものによりますね』
「さっき駆けて行った娘を連れて行ってやってほしい。金なら先ほどくすねたものがここにある」
そう言って大男は大量の金貨が入った袋を見せる。依頼の総額分を二倍にしても足りないようなあふれんばかりの金貨がそこには詰められていた。いつの間に詰めたのやら。
『フフフ。……お主も悪よのう。いいでしょう、その依頼引き受けましょう』
「いえいえ、お代官様ほどではありませんよ。だったかな? だが、ありがたい!」
まさか彼が時代劇を知っているとは思わなかった侵入者は、まじまじと疾走しながら彼を見つめる。
その後は程々に壁を破壊しつつ天井をぶち破って屋根にたどり着いた。
侵入者が少女を見つけて人質に取る。
「あっ」
『あなたもしつこいですね。あんまりしつこいと女性に嫌われますよ?』
「もとよりそこまでモテないから気にすることでもないさ。だが、その娘を離してもらおうか」
『嫌です。私はこの娘が気に入った。連れて行かせていただきますよ』
侵入者が少女の首筋にナイフを当てたまま後ろに跳んだ。
「あっ」
「待て!」
大男が屋根の際まで走った時には侵入者の男は消えていた。
○二十番
誰もいなくなった屋根の上で星空を見上げながら、私は腰を下ろす。
「まったく、演技が下手だな。アイツは。セリフが棒読みになっているじゃねえか」
そういった私、いや、俺は自分の顔に手をかけ、もともとの姿を見せる。
―――その姿は、先ほど攫われた少女が話したミカサと名乗る青年の容貌に酷似していた。
「それに、自分の弟だってことにすら気づいてねえんじゃあ、まだまだだな兄貴。ま、俺の変装は完璧だったし、バレる筈がねえんだがな」
青年は暗闇に身をひるがえして、どこかへと立ち去る。
「じゃあな。まったく憎たらしい、我が愛すべき兄よ」
しばらくPCの使えない環境にいることになるので、しばらく更新ができません。
次の更新は八月二十日ごろになると思います。