名前
○青年
「そういや、お前の名前って何なんだ?」
「私は、今の私には、名前がありません。あるのは、七十五番という数字だけです」
ずいぶん寂しい返答だ。
「今の、ってことは少なくとも前には名前があったってことだろ? それを教えてくれ。七十五番というのは呼び辛いし、かと言って名前を知らないと、話しかけにくい」
「昔の名前、名前は、確か、……えっと」
「思い出せないか?」
「あ、待ってください、もう少しで出そうです。…………思い出した。私の昔の名前は、カタリナ、です」
「カタリナ。いい名だ。俺の名前はミカサ。高円三笠という。異世界にある大日本帝国って国から来たんだ。『異世界』って、分かるか?」
「何となく。次元の壁の先にある世界なんですよね? 昔話に聞いたことがあります」
「うーん、まあ、そんなものかな」
俺は自分もあんまり知らないと言って笑った。
○カタリナ
何故、私は名前を思い出せなかったのでしょうか。ずっと七十五番と呼ばれていたのもある。それでも、どうして忘れていたのだろう。
カタリナと呼ばれていたころは、とても楽しかった。森の中で父や母、兄姉、友達とよく遊び、時には叱られもしたが、世界がとても楽しかった。
そんな楽しい世界が自分を捨てたのは、私が七歳になるかならないかのころでした。森の中に人間の男たちが入ってきて、銃を構え、森の仲間たちを撃ち殺していく。鮮血が、飛び散る。嗤い声が聞こえる。自分をかばった父が撃たれ、母も撃たれ、兄も姉も撃たれた。緑色だった綺麗な森は、一瞬で赤く染まっていった。
その後、私は捕まり、奴隷にされて、今まで生きてきた。とても辛い日々であり、心を閉ざしてきていた。だから、忘れていたのでしょうか。
歩いているうちに屋敷にたどり着いた。ミカサさんとはここでお別れです。
「おお、こんなところにあったのか。ありがとう、カタリナ。助かったよ」
「いえ、このくらいのことでしたら、いくらでも」
「じゃ、また会えたら会おう」
そういうと、ミカサさんは消え去りました。比喩表現でもなく、本当にその場から消えていました。
「あれ?」
夢だったのだろうかと考えながら、私は屋敷に戻ります。