工房にて
○カタリナ
朝。ミカサさんからどこに来るようにともいわれなかったので、とりあえず昨夜別れた丘に行くと、手紙が置かれていました。
<南町の一番南西にある工房に来るように>
「南町の一番南西にある工房。アキさんのところでしょうか」
○ ○ ○
○高円三笠
南町の一番南西にある工房には、油と煤まみれになったつなぎ姿の俺と一緒に、同じような服装の女性が二人いた。
「へえ、アンタこんなこともできるのかい! いっそのこと旅なんかやめてうちの娘の婿に来ないかい?」
熟年の女性、アキがそう言うと、
「はっはっは。そりゃあこんな美人の娘さんと結婚できるのは確かにありがたい申し出だが、俺にもやることがあるんで、断らせてもらうよ」
「えー。あなたは旅と私どちらのほうが上なんですかぁ?」
娘のハルが冗談交じりに拗ねた顔をする。
「うーむ、旅だな。俺はいろんなところを見て回りたい。夢は新大陸を旅することだからな」
「はっはっは! 残念だねえハル。アンタに婿が来るのはまだ当分先のことになりそうだね」
「くっそう、なんであたしだけいつまで経っても王子様に出会えないんだろう」
「さて、とっとと仕上げねえとこいつの完成前に来ちまう。急がねえとな」
「おっとそうだったね。あとはエンジンの調整に油を差すだけだ。数分で終わらせて見せるさ」
「じゃああたしが油を差すよ。どこに差せばいい?」
「この辺の可動部全般に頼む。しばらく使ってなかったから調子が悪いんだ」
「それでもよく整備されてる。こいつは随分と高性能だね」
「まあな。俺も二年ほど使っていなかったが、ここまできれいに整備したまんまだったとは思ってなかったよ。できたら言ってくれ。エンジンを起動させる」
「「了解」」
そして、それは完成した。
○ ○ ○
「あ、ミカサさん! ようやく見つけました!」
「おー、ようやく来たか。待ってたぞ」
カタリナが俺に駆け寄ると、ハルが呻いた。
陰から出てきたアキが呟く。
「くっそー、コブ付きかよー」
「おや、可愛らしい娘じゃないか。娘かい?」
「正確には俺の娘じゃないけどな」
「私はミカサさんの所有物です!」
『……………………』
嘘ともいえないが、ストレートに言われたために、しばし黙る。そして、アキとハルからじとっとした目線を向けられた。
「ち、違うからな」
だが、
「アンタ、それはさすがにないんじゃないかい? ひょっとして幼女趣味……」
「それはない」
「そんな人を夫に持つとかやだー」
「話を聞けよ! まずなんでお前は嫁になる前提で話をした!?」
「いやだなあ、別にミカサさんの嫁に行くとは言ってないじゃないですか」
「それ以前に行けるかどうかの問題じゃないか?」
スパナが三個、頭を狙ってものすごい勢いで飛んできた。
「次は殺す」
「今思いっきり殺そうとしたよなあ!? どう考えても『次は』じゃなくて『次も』殺しにかかるじゃねえか!」
「ミカサさんを殺すのはだめです!」
あまり話についてくることのできなかったカタリナが「殺す」という単語を聞いて抱きつくようにしてミカサを守ろうとする。
「な、何? この健気な女の子……。娘にしたい!!」
「お前が幼女趣味にかかってんじゃねえか!!」
「フッ。何を言っているんですか? アタシはすべての女の子の味方ですよ? さあ、その獣人少女をこっちに。さあ、さあ、さあ!」
「全てにおいて怖ッ!!」
ミカサがハルから一歩引くと、つられるようにしてカタリナも引く。
「ミカサさん、あの人、怖いです」
「そうだな。お前はあんな女にならずに、しっかりちゃんと育つんだぞ?」
「頑張ります」
このあと、俺の周りでカタリナとハルの追いかけっこが始まり、ハルの体力が尽きるまでそれが続いた。何とかならんものかね。
○カタリナ
あまりの疲れに倒れているハルさんは放っておき、なぜここに呼んだのかを尋ねるとミカサさんはあっさり答えた。
「ん? これから行くところは歩いて行けるような場所じゃないからな。こいつに乗っていくんだ」
これ、と言ってミカサさんが叩いたのはつやのある白色の胴体と主翼に大きな赤い丸が描かれた三枚プロペラのきれいな飛行機です。尾翼に666-01という数字と鎌を持った怖い顔の死神の絵が描かれています。
「飛行機、ですか?」
「その通り! こいつは零式艦上戦闘機一一型。通称零戦つってな。異世界の航空機だ。『戦闘機』ってついてるだけあって速度もあるし戦うこともできる。俺は単座機以外の機体はこいつしか持ってなかったからここでチューニングしてたんだ」
「そうなんですか。じゃあこれを飛行場に運ぶんですか?」
「その通り。今から運ぶんだ」
「どうやって―――」
「こうやって。…………縮小!」
ミカサさんがどうやったのか、手のひらサイズにした零戦を背嚢の中に無造作に突っ込みました。
あまりにも適当だったために見ていた二人が唖然としています。
「そんなに適当で壊れないんですか?」
「大丈夫。ちゃんと形状保存術式かけてあるから」
「まあ、大丈夫ならいいよ。ついでに、代金は金貨一枚だね」
「了解」
アキに金貨を一枚手渡す。
「まいどありー」
○高円三笠
工房を出た俺たち二人は街を歩いて飛行場を目指す。
「お、そうだった。耳が気になるならこいつ被っとくか? 隠せるし」
取り出したのは茶色色の飛行帽。ゴーグルと一緒に日の丸と「報國」という文字が書かれた白鉢巻が縫い付けられているもの。俺が昔、第十二航空隊にいた頃に使っていたものだ。
「俺のお下がりだから少しでかいかもしれんが、気になるなら使ってくれ」
「ありがとうございます。大切に使います」
カタリナは生まれて初めて親以外からプレゼントをもらったのかもしれない。こんなお下がりを喜ぶ奴そういると思うか? いや、いない。反語。
第十二航空隊は、かの有名な撃墜王、坂井三郎氏の所属していた部隊と同じところです。彼はこの小説には出てきません。