エピソード7 二人の秘密
Episode7
登場人物
濱平 万里:主人公 餌その1
カイト:餌その2
源 香澄:釣り人
毛布にくるまってソファーに体育座りする。
少しだけ開けたカーテンから街の夜景が見える。 夜の26時
無性に寂しい。 いや、不安でしょうがないんだ。
こういう時に大人はお酒を飲んで気を紛らわせるのだろうか。
お酒の代わりに私の手にはカフェオレの紙パック。
もう殆ど空っぽだ。
私、なんでこんな処に居るんだろ。
確かに可愛い男の子との同棲生活は…ちょっと楽しい。
でも冷静に考えると、余りにも現実離れしている気がする。
万里:そもそも現実ってなんだっけ。
私は大阪の私立に通う大学一回生、一応理系。 親元を離れて祖母の家に下宿している。 …一昨日迄は。
ようやく辛い受験勉強から解放されて充実した学生生活を満喫する日々。 …実際は結構勉強忙しい。
友達も出来て。 …寺西一人だけだけど。
もうすぐ待ちに待ったクリスマス、お正月、久しぶりにのびのびした年末年始。 …車の免許取らないといけないけど。
このまま行けば、無難に4年を過ごして、もしかしたらバイトとかもやって、もしかしたらどこかで素敵な彼氏ができて、もしかしたらそこそこの会社に就職できて、もしかしたら結婚、とか出来たりして。
そんなのがおおよその現実かとおぼろげに思っていた。
リア充の端っこにでも掴まれれば良いな…って、心の中ではそんな風に思っていたのかも知れない。
でも、夢を見ていたのも事実だ。
胸の中に有るモヤモヤしたものが一斉に世の中に出現して 。 これまでの世間の価値観が一気に崩れる事を望んだ事が無かったかと言えば、それは嘘になる。
いやもっとシンプルに言えば、
皆が手に入れて、私が手に入れられなかったものが実は何の意味も無いものだった…なんて事になれば良い、そんな風に僻んでいただけなのかも知れない。
だってそうでもしなければ、これ迄の自分は可哀想すぎやしないか。 幾つものの躓きや、幾つもの過ちを、どうやって乗り越えてくれば良かったと言うのだ。 何に耐えて、何に望みをつなげば良かったと言うのだ。
しかし、現在自分が置かれている今のこの状況は、本当に自分の思っていた本当の「真理」、トゥルー・ルートなのだろうか。
ある日突然空から降って来た男の子。 名前はカイト、それ以外は記憶喪失。 額に銀のナンバープレートがはめ込まれている。 大人の背丈もひとっ飛びの超人的な身体能力と、致命傷を負っても直ぐに回復してしまう単細胞生物並みの生命力を持っている。 そして何よりも可愛い。
そんな可愛らしい男の子と突然一つ屋根の下で同棲する事になったのは、怪しい数字男達がカイトと私を狙って襲って来たからだ。 トレンチコートに身を包み、そいつらも額にナンバープレートを付けている。 どちらかと言えば無口。 怪しい注射針を発射するエアガンとか刀とかを持ち歩いていて、切り札は左腕に内蔵された鉄砲。 まれに火炎放射器だったりする。 カイトをしつこく追いかけ回し、あまつさえこの私にも襲いかかって来た。
そして謎の女の出現。 見た目は美人だ。 歳は、恐らく30歳は超えている筈。 胸はきっと私よりも小さい。 カイトと一緒にいれば怪しい男達から私達を守ってくれるとその女は言う。 砂を自在に操り、人間を切り刻んだり、ヌリカベを出現させたりする。 本人曰く?多分人間ではない。
この人外の女の命令で、私とカイトは一つ屋根の下に暮らす事になった。 大阪梅田のど真ん中のマンスリーマンション。 夜景の綺麗な6階の3LDK。 そのリビングのソファーに潜り込んで毛布を被っている。 人外の女、源香澄の目的は 私達を「餌」にして怪しい連中をおびき出す事。 それが今の私の状況。
どこかでルートを間違えてやしないだろうか。 いっぱいフラグ立ちまくって訳判んなくなっちゃったけど、バッドエンド一直線…てな事になっているのではないだろうか。
カフェオレのパックに刺さったままのストローをじっと見つめる。
ドキドキが少し激しくなる。
ちょっと、口を付ける。
「ずずずず…」
僅かに残ったカフェオレの汁が、じわっと口の中に広がる。
万里:「はぁ、」
思わず溜息をつく。
カイト:「どうしたんねえちゃん、元気無いやん。」
カイト:「もしかしてホームシックなんちゃうか?」
いつの間にか、すぐ傍にカイトが立っていた。
思わずドキっ!とする。 …実は心臓がとまるかと思った。
私の顔、きっと赤い。 電気付けてなくて良かった。
万里:「なんか色々、重いなってね。」
自然と声が裏返る…
カイト:「便秘なんか?」
万里:「違うわよ、」
毛布の隙間からカイトを睨みつける。
空気読まないで無限にボケて来る関西人って…嫌い。
まあ、もう一個の方の「重い」を持ってこなかっただけ良しとするか。
カイト:「あれ? ねえちゃんもカフェオレ買おてたん?」
万里:「えっ、まあね…」
再び声が裏返る。
カイトが毛布の中の私を覗き込んで来た。
カイト:「一人やと こわあて寝られへんのとちゃうか?」
カイト:「俺が一緒に寝たろか。」
ドキ…してしまう。
万里:「カイトは怖くないの?」
毛布の隙間からカイトに上目遣いする。
万里:「記憶が無くって不安じゃないの?」
万里:「自分が何者か、とか考えたりしない?」
男の子はあっけらかんと微笑む。
カイト:「俺は、考えてもしゃあないしな。」
カイト:「でも、たまになんや判らへんけど鳥肌立つ事有るで。」
じっと、カイトの顔を見る。
カイトだって今迄に何度も死ぬような目に遭ってきているに違いないのだ。
万里:「カイトは私と一緒で良かったの?」
カイト:「ねえちゃん泣き虫やからな。 俺が守ったらなあかんさかい。」
答えになってない。
万里:「どうしてあの時、助けに来てくれたの?」
カイトの顔がちょっと照れくさそうになる。
カイト:「なんかよう判らんけど、ねえちゃんと別れとうなかったんや。 せやから、こっそりねえちゃんの後 歩いててん。」
キュン…てなる。
自分でも判るくらい、顔が火照ってる。
万里:「…抱っこしても良い?」
自分の両足の間に座らせて、背中から手足でぎゅっと抱きくるめる。
カイト:「ねえちゃん、苦しいって、」
触れ合った部分から安心がしみ込んで来る。
まるで二人の間を電気が流れてるみたい。
身体の芯に溜まっていたモノがすーっと抜けて行く 。 不思議…
カイトの髪の毛に鼻を押し付ける
万里:「カイトの頭、夏の臭いがするね。」
カイト:「なにそれ。」
カイトって柔らかい、暖かい、良い匂い…
それにきっと、優しい…
このままずっと、この子とこうしていたい。
どうしよう、私、こんな年下の男の子に救われている…
カイト:「ねえちゃん…俺、ちんちんたってもうた。」
蚊の鳴く様な声…
カイトの顔は、多分真っ赤。
万里:「ぷっ!」
思わず噴き出してしまった。
万里:「私も…。」
耳元で囁く。
万里:「二人だけの秘密ね。」
カイトのほっぺたに自分のほっぺたをくっつける。