エピソード12 山猫の誑かし
Episode12
登場人物
濱平 万里:主人公
加地 伊織:五行聖獣の輩
難波 優美 & シロ:白虎、及びその契約者
源 香澄 & お竜:黄龍、及びその契約者
舘野 涼子 & クロ子:玄武、及びその契約者
山猫:自称救世主
真夜中の埠頭倉庫群を小走りに急ぐ 、
3人の女と1人の男が一緒だった。 聖獣とその主…らしい。
辺りには人の気配がまるでない。
こんな怪しい連中に導かれるまま暗い所へついて行く自分は愚かな様にも思える。 でも、少しでもカイトに近づけるのであれば危険は厭うべきではないと判っていた。
何と言っても、カイトは ついこの間迄の退屈で快適な日常と、いま引き摺り込まれている異常な現実とを繋ぐ接点、現ルート分岐の出発点なのだ。
そして、今私を慰めてくれる事が出来る唯一つの存在。
お竜:「発信器の信号はこの倉庫から来ています。」
一行が立ち止まる。 行く手に場違いなモノ達が現れたからだ。
それは…10匹の子犬軍団
ラブラドールレトリバー、シルキーテリア、ポメラニアン、チワワ、コッカスパニエル…柴犬も居る。
万里:なんでこんな所に子犬が?
クロ子:「伊織お兄ちゃん! 見てみて。 わんちゃん達可愛いね、」
お竜:「あからさまに怪しいですね。きっと爆発するか、毒ガス吐き出しますよ。」
伊織:「大体、こんな時間に子犬だけで走り回っているってあり得ないだろう。 あいつよっぽど現実ってモノを見てこなかったんだな。」
シロ:「こいつら思いっきり電波で動いてるのだ。」
クロ子:「涼子がやる。 涼子にやらせて! お願い伊織お兄ちゃん!」
伊織:「ハイハイ、たのんだよ。 クロ子。」
口の悪い少女が指先を向けると…
子犬達のふさふさの毛並みが見る見る萎びてしまった。 さっき迄元気に駆け寄ろうとしていた足がピタリと止まり、その場停止して動かなくなる。
更に外皮は熱せられた氷細工の様に解けて内部の金属骨格がむき出しになり。 続いてその金属骨格も、ボロボロに崩れてとうとうただの水溜りになってしまった。
10匹以上居た子犬型ロボットが完全に溶ける迄の所要時間、およそ5秒。 まるでTV番組の早回し映像を見ている様だった。
山猫:「素晴らしい! それが玄武の能力ですか。 猛毒も爆薬もあっという間に分解除去って訳ですね…。 洗剤屋が食ってけ無くなりそうだ。」
いきなり埠頭に響き渡るアナウンス。
あの、TVの男の声だ。
山猫:「お久しぶりですね。 何でも聖獣に魂を売ったとか…聞きましたが。」
伊織:「やっと会えたな、山猫。」
山猫:「思ってたより早かったですね、来るの。」
伊織:「お前、わざと発信器を残しといたんだろ? 俺たちをおびき寄せる為か?」
山猫:「人聞きの悪い事を言わないで下さい。」
万里:この二人知り合い? 一体どういう関係なの?
伊織:「山猫、俺たちの目的は戦いじゃない。」
山猫:「私の目的はすでにご存知でしょう? 貴方たちを倒して正式に神の戦争にエントリし、人類生き残りをかけて戦うことです。」
伊織:「ちょっと話しないか?」
山猫:「その前にまず、殺し合いしましょう。」
10人いや20人は居ようか、額に番号をつけた数字男達がいつの間にか一同を取り囲んでいた。
山猫:「不死身の兵士、人類最後の希望、エインヘリャルです。」
伊織:「改造人間パート2か? 相変わらず数撃ちゃあたる戦法だな。」
山猫:「貴方ランチェスター知らないんですか? 物量に勝るものは無いんですよ。」
山猫:「皆さん! やっちゃってください!」
数字男達は一斉に左腕の秘密兵器を展開、照準を定める。
火炎放射器や、怪しい液体を噴霧し始めてる奴らも居る。
シロ:「ミジンコ、やって良いか?」
伊織:「出来るだけ殺すなよ。 一応、人間なんだから。」
夢の中の少女が天に向けて腕を伸ばす。
次の瞬間 轟音と閃光が五感を奪った!
余りにも一瞬で、何が起こったのかどんな音がしたのかすら認知できなかった。 プラズマに破壊された大気の匂いだけが辺りに漂っている。
万里:「な、に、…今の。」
目がチカチカする。 耳が、聞こえない。
伊織:「だから、手加減しろって言っただろ!」
果たして人類最後の希望は、散り散りの焦げた肉片と化して辺りに散らばっていた。
所要時間0.3秒?
山猫の言葉が脳裏を過る。
「その人外の力の前に我々人間は無力だ。 ただ、なす術も無く傷つけられ、奪われるしか無い。」
あの、ゾンビの様な不死身の数字男、拳銃で撃たれてもびくともしなかった数字男達が、ものの1秒も立たずに全滅させられてしまった。
やがてくだけた肉片が ゲルの様に溶けて集まり始めた。
大気から養分を吸い込みながら徐々に血管が、神経が、内臓が再生し始める。
伊織:「こいつら、聖霊なのか?」
万里:「何なの、これ、気持ち悪い…」
しかし再生は途中で止まり、人間の形に戻る事無く、気味の悪いホルモン焼きもどき姿のまま…蠢いている。
クロ子がしゃがみ込み、蠢くホルモン焼きを指でつついて溶かす。
クロ子:「面白—い。」
山猫:「ま、まだまだ改良の余地はありそうですね。 大体バラバラにし過ぎなんですよ。 それに貴方達以前よりもパワーアップしていませんか? ずるいですよ。」
伊織:「山猫、いい加減に出てこいよ。」
返事が無い。
伊織:「逃げるつもりか? せっかく此処迄来たんだ、そうはさせるか。」
伊織:「お竜、その少年は何処だ?」
お竜:「直ぐ、そこの倉庫の中です。」
伊織:「シロ、全電波のコントロールをハッキングしろ、自爆させるなよ。 後、山猫がどこからか監視してる筈だ、居場所を探ってくれ。」
シロ:「了解なのだ!」
伊織たちの動きが慌ただしくなる。 何か、焦ってる?
万里:「あなたたち、一体何者なの? なんであんな事が出来るの?」
伊織:「話せば長くなるけど、俺たちは何とか人類滅亡とやらを食い止めたいと思ってるモノですよ。 詳しい話は後にしましょう。 今は山猫を捕まえないと。」
万里:人類滅亡を食い止める? あなた達が人類を滅亡させるんじゃなかったの?
倉庫の中は、何かの研究施設のようだった。
シロの指令で次々に電灯が付いていく。
施設の奥の部屋には、解体された人体、型に嵌められた金属骨格などが、無造作に放置されていた。
その更に奥にそれは有った。
手足を切り取られ、腰から下も切り離されて、背骨はむき出しになり、人工的なプラスチックチューブの中で横隔膜が伸縮を繰り返している。
顔の皮は剥がれ、頭蓋骨も半分切り開かれて脳みそが無防備に曝け出されていた。
その憐れな解剖標本の額には、銀のナンバープレート…xiv…。
万里:「カイト…」
万里、その場でしゃがみこみ、嘔吐
万里:「うぼっお、…ぶうっ、うえっ…」
涙と吐瀉物が頬を濡らす。
お竜:「生きてますね。」
伊織:「まあ、動いているな。 」
お竜:「この身体からは、かすかに聖獣の痕跡が臭います。」
お竜:「何らかの方法で、聖獣の再生能力を取り込んでいる様です。」
伊織:「聖獣を取り込む? 人間がか?」
万里:「いきてる…?」
お竜:「頭蓋骨に記憶を壊し続ける装置が組み込まれてるみたいですね。」
お竜:「再生し続ける身体と、壊し続ける機械、恐らく数日で記憶を失う様にバランスさせられているんでしょう。」
やがて、カイトが目を開ける。
顔面の皮膚ははがされたままだったが、串刺しにされた筈の両眼球は既に機能を回復している様だった。
カイト:「誰?」
万里:「カイト…貴方なの?」
伊織:「シロ、どっかで山猫が見ている筈だ、見つかったか?」
シロ:「見つけたのだ。 石川県白山市に居るのだ。」
伊織:「石川県? …やれやれ、聞こえているか山猫。」
シロが強制的に通信回線をONにする。
山猫:「おかげさまで、…相変わらず電波姫の手際には適いませんね。」
倉庫内のスピーカーから山猫の声が聞こえて来た。
伊織:「こういうのを見ると、やっぱりお前とは 組みたくなくなるが、この際背に腹は代えられない、お互いに利益のある話し合いなら応じるだろ。」
山猫:「内容によります。」
伊織:「お前の目的は人類を救うことなんだろ。 俺達も人類が滅ぶのはごめんだ。」
山猫:「だから?」
伊織:「神の戦争について、知っていることを教えてくれないか。 俺達も、ヴァーハナとやらの好きにさせるのはいやだ。」
山猫:「人外 の言うことには耳は貸せないですね。」
伊織:「言っただろ、お前と俺達の目的はそれほど違っていない。 だから、お前が言いたくないことは言わなくてもいい、お前にとって都合のいい事だけ教えてくれればいい。」
山猫:「敵に塩を送る義理等有りません。拒否します。」
ヒラメ顔の男子が夢の中の少女に何か指示を出している。
伊織:「ひとつ教えてやろう。 お前にとってとても重要な事だ。」
伊織:「人間には一人一人、微妙に違った電波があるらしい。 白虎にはそれを識別することが可能だ。 つまり、今後ずっとお前は白虎にロックオンされているって事だ。」
山猫:「うぅあっ! ぐがあぁっ!」
いきなりスピーカーの向こうで山猫が悲鳴を上げる。
伊織:「今のは俺からのプレゼントだ。 お前頭良いから理解しただろう? どこに行こうと、どこからでも俺はお前を自由に出来るんだ。」
クロ子:「何したの?」
シロ:「両手の中指と薬指を切り落としたのだ。」
クロ子、何故か興奮?している?
山猫:「ひっ、人が悪いな…加地君。 旧知の仲じゃないか…。」
伊織:「そうだよな、俺はお前に一回殺されてるし…。」
万里:一回? 殺されている??
山猫:「全く、これだから聖獣は嫌いなんだ。 何でもありってほんっとずるくない?」
山猫:「判ったよ。 じゃあ、お前が聞きたいことに答えてやろう。…その前に止血しても良いかな。」
伊織:「駄目だ。 …なに、直ぐには死にゃしないって。」
伊織:「そもそも、神の戦争って何なんだ?」
山猫:「あなた達の方がよく分かっているんじゃないんですか? 神の戦争と言えば、悪の粛正、敵は悪魔、つまり別の信仰でしょう。」
伊織:「素直じゃないな、俺は拷問とか趣味じゃ無いんだけどな…。」
山猫:「ひぃい…、正確には判らない! 判っていることは、世界中の終末神話が同時に実現するものらしいということだ。」
伊織:「それと聖獣との関係は?」
山猫:「正確には判らない。 ただし、どの終末神話にも、聖獣は登場する。 神話通りの暴虐を働けば、世界なんてあっという間に滅びる。」
伊織:「何で、戦わなければならないんだ。」
山猫:「簡単なことだ、それがやつらのルールだからだ。 やつらはルールが好きだからな。 お前達も…そうなんだろう?」
伊織:「お前、どうやって神の戦争を凌ごうと考えてるんだ?」
山猫:「無理だよ、神々のやる事にいちいちたてつくなんて事、人間には不可能だ。」
伊織:「それにしては、やけに入れ込んでるじゃないか。」
山猫:「こっちも仕事なんでね。 終末神話にも、人間の兵士は登場する。 一矢報いるとはそういうことだ。」
伊織:「事と次第によっちゃ、俺たちはお前を手助けしてやっても良いって言ってるんだぜ。」
山猫:「こっちにも事情が有るのでね、魅力的な提案だとは思うが、私の独断では決められない。 上司がお前達五行の聖獣の提案を受け入れるとは思えない。」
山猫:「とにかく、邪魔しないでくれればそれで良いです。」
伊織:「お前達だけじゃ、手も足も出ないんだろう?」
山猫:「侮らないで下さい、そんな事とっくに分かっています。」
伊織:「最後にもう一つだけ聞かせろ。」
伊織:「俺たちはイギリスでレイチェルと四人の聖霊に会った。 あいつらが、お前のパトロンなのか?」
山猫:「今は違います。」
山猫と伊織の会話は理解不能な暗号のオンパレードだった。 神の戦争? ヴァーハナ? 終末神話? 四人の聖霊? でも、そんな事よりも、どうしてもはっきりさせておかなければならない事が有った。
万里:「カイトを返して。」
山猫:「返して? ああ、濱平さんか、アレはあなたのものではないでしょう。 むしろ今となっては私のものだ。」
山猫:「なかなか彼のような良い素材は居ないんだ。 だから最新装備に換装しようとしていたところだったのさ。 途中で逃げ出しちゃったけどね。」
伊織:「こいつらは一体何なんだ? なんで聖霊の再生能力を持っている?」
山猫:「加地君、こっちの企業秘密まで聞き出そうって言うのかい? 残念だけど教えられない。 たとえ今君に殺されないとしても、後で別の誰かに殺されるだけだからな。」
伊織:「まあ、いいだろう。 行きがかり上この子は連れて行くよ。」
山猫:「好きにするがいいさ。 拒否権は無いんだろ。 … そろそろ落ちさせてくれ、出血が酷い。 後始末が大変だ。」
伊織:「ああ、またな。」
万里:「カイト…」
私達の前に、改造途中のエインヘリャルが残された。




