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僕とボクの競争曲!


 ボクは相坂菜々。スポーツ大好きな女の子。とにかく体を動かすのが大好き!ジッとしてるのが嫌なんだ。だから体育以外の成績が良くないのー。


 パパの仕事の都合で、と言うより、会社を始める関係で、4年生になる前の春休み、横浜に引っ越した。

 ボクの転校先、市立横浜第八小学校は、すごいところなんだ。前にいた学校よりも何もかも大きいし、ボクの大好きなジャングルジムも沢山あるし、それに完成してからまだ10年も経ってないできたての学校なんだ。この学校を見た瞬間、転校した寂しさがちょっとは和らいだな。

 あとはボクに勝てる男子がいるかどうかかな?前にいた学校は、誰一人体育でボクに勝てなかったんだ。多少手を抜いても、ボクが勝っちゃうんだから、面白くないなぁ、なんて思ったよ。


 4年生、転校してから最初の体育の授業。50m走と80m走をいっぺんにやった。男子もいい走りしてたけど、やっぱりボクがダントツで速かった。やっぱりボクに勝てる男子はいないんだなぁ。

 そう思いながら更衣室で着替えてる時、偶然女子の会話が聞こえた。

「ねぇ、相坂さん速かったわよねー。」

「私、女子で50m走7秒代前半で走る人、初めて見た。」

「相坂さん、前の学校でも一番速くて、陸上大会で優勝したんだって。」

「そりゃ速いに決まってるよー。」

「でもね、相坂さんより速い人、私知ってるんだ。」

「誰?誰?」

「3組の松本くん」

「あー彼か。私も彼の走りを去年の運動会で見た事あるけど、速すぎよね。同じ組の人たちがもう戦意喪失してたのが見えてたもの。」

「あの時も4年生も一緒に走ってたのに、ゴール前で後ろを振り向く余裕があったのよ。驚いたと同時に、笑っちゃったわ。」

 3組の松本くん、かぁ。どんな人だろう?


 後日、ボクの苦手な算数の授業中、3組が体育の授業でグラウンド(校庭の事なんだけど、この学校ではそう呼ぶみたい)に出てた。確か3組に松本くんという子がいるんだよね。探してみよう。

 んーと。お腹のところのネームワッペンで分かるよね。朝礼台に座ってるのは、「原加奈子」女子か。横にいる原さんに叩かれてる男子は…「井藤剛史」違うね。皆から離れてるのは、この子も女子か。そう言えば女子の体操着、下がブルマになってるんだよね。下着がはみ出てないか、この子は気になっちゃってるんだね。「阪本あきら」って書いてある。うーん、見当たらないなぁ、松本くん。


 こうしてグラウンドに出てる3組の子の様子を、先生には授業に参加してるふりをして見続けた。けれども松本くんがどこ探しても見つからなかった。今日はお休みなのかな?と思ったら。

 あっいた!ストップウォッチ持ってる男の子だ!よく見たら皆が漢字でフルネームを書いてるところを、彼だけ

「4-3 #26

TOMOHIKO

MATSUMOTO」

って書いてある!あれは、ローマ字表記だよね?なんか一人だけ、微妙にかっこいいな。彼が、あの松本くんね!よーし!ライバル発見だ!!



 そういや、2組に転校生がいるとか、女子の噂でそう聞いた。今度のクラブ活動でその転校生と同じクラスの子に聞いてみるか。今日はスイミングスクールがあるから、ゆっくりしていられないからね。


 次の日、クラブ活動中。僕は美術部で、お得意の車の絵を描いていた。 今日は趣向を変えて、ドルフィンノーズを有するF1カー「ティールス ET19」を描いた。

「松本くん、今日はいつものマクレレーン・ホルティやフェンラーリじゃないのにしたんだ。」

「はい。ティールス ET19です。」

「なんでこの車のノーズ部分が上がってるの?他のチームのだったらもうちょっとノーズ下がってるよね?」

「ボディ下に空気を取り込みやすくするためです。」

 こういう風に、僕が描いた絵を先生が気になり出すと、色々と先生からマシンの解説を求められてくる。こうなると、先生と生徒が入れ替わってのF1講座になってしまう。僕が持ってる知識を発揮するには良いのだが、他の子が質問する時間をその分取ってしまう。


 渾身の一枚が描き終わったところで、クラブ活動は終わった。早速、2組にいる僕の友人に噂を聞いてみた。

「ねぇ、和也のクラスに転校生がいるって本当か?」

「うん、本当だよ。相坂菜々さんという子だよ。彼女とっても足が速くて、俺達が全力出しても勝てないんだよ。」

「そんなに速いのか!?これは対決し甲斐がありそうだな。」

 女子で徒競走に男子に勝てる人は珍しいかもしれないなぁ。どんな人なのか楽しみだ。

「しかも松本くんの話をしたらね「ボク、彼に勝てる自信あるよ!」って話してた。」

「自信満々だな。てか今「ボク」って言ってたけど、その子「ボクっ娘」なの?」

「そうだね。みんな気にしなかったけど、彼女は自分のこと「ボク」と言ってたな。」

 その後も和也は、相坂菜々について色々と話してくれた。とにかく、体育に関しては無敵だという事は分かった。実際会ってみないと、どんな相手なのか分からないが。もし顔合わせするとしたら、5ヶ月後の体育祭がちょうどいい頃合いだろう。


 そうと決まってから、僕は徒競走のトレーニングも取り入れた。長距離から短距離まで、スタートも色々と研究したりした。



 毎日の登下校。ボクがいる4年2組の教室に入る前に4年3組の教室がある。松本くんの顔は、体育の授業で彼がグラウンドに出てる時、何度も見て覚えた。いつも彼は何をしてるのか、可能な限り探ってみた。


 まずボクが得た情報は、松本くんはスイミングスクールに火木土曜に通ってる。しかも通う時、専用のバスがあるんだけど、それを使わず徒歩で20分かけて向かってる。荷物が軽いので、ランニングしてる時もある。そう教えてくれたのは、松本くんと同じスイミングスクールに通ってる女子からだった。

 ストイックと言うか、本当によく自分を追い込んでるなぁ。何が彼をそうさせるんだろう?


 次に聞き出したのが、松本くんの50m走の記録。彼のベストタイムは、去年、最後の体育の授業で出した、7.00秒。こんな速さで走れる男子はなかなかいない。ボクは7.1秒代がたまに出るくらいで、7.2秒代ならよく出る。

 走法も特徴的。ストライドもそんなにあるわけじゃないけど、急ピッチで走ってるのが彼の走り方。そばで見てないんだけど、多分「バタバタバタバタバタバタバタバタ…」と靴音を立てて走ってるような感じだった。


 あと、松本くんを打倒するのには関係ないけど、カーレースが大好きというのも聞いた。まぁ、聞いた時は、それがどうしたんだろう、という感じで聞き流したけどね。


 同様に、女の子に優しい、とも聞いた。これも聞き流したけど、後で意外に使える情報かもしれないと思えた。ボクも女の子だもん。ボクができる限り女の子っぽい行動をとったら「勝たせてあげよう」と思うんじゃないかな?いける気がする!でも、色気が無いんだよねぇ。ボクって、どちらかと言うと見た目が男の子っぽいし、髪の毛長いと邪魔になるから、いっつもショートヘアにしてるし。

 としたら、友達にどうやったらボクが女の子っぽく見えるか、仕草なども取り入れて教えてもらおう!


 こんな感じだけど、ボクは松本くんの情報をもう十分得た!ボクなりの松本くん打倒策も組みつつある!あとボクがやるべき事は、4ヶ月後の体育祭(運動会の事なんだけど、この学校ではそう呼んでる)に向けて、ひたすら走るだけ!ボク負けないぞ!!



 それから月日が流れ、いよいよ運動会当日になった。僕が出場するのは、「3、4年生男女混合80m走」「3、4年生クラス全員参加リレー」「3、4年生クラス代表リレー」など、下級生のアシストにも回ったりするので、ほぼ1日中体育祭の競技に出る事になる。本当忙しい。

 しかしながら、80m走で僕があの相坂と走る事になるとは思わなかった。相坂からどうしても競いたいとの懇願があったと聞いた。僕も相坂と前々から戦いたいなと思ったので、久々に熱い戦いができると思うとワクワクしてたまらない。


「プログラム7番 3、4年生男女混合80m走。選手入場。」

 さぁ、僕と相坂の初対決だ。相坂は僕を不敵な笑みで見つめるが、そんな事気にするまでもない。競走だ。全力を尽くさなきゃ、相坂だって嫌な思いをするだろう。

 80m走は100m走と同様のスタート方式。コーナー内側から外側に行くほどゴールに近い(ように感じる)位置からスタートする。スタートラインは、コーナーの途中に設けられている。

 僕と相坂は、何とお互い隣り合うレーンに並んでる。第3レーンが僕。第4レーンが相坂。他は皆3年生が並ぶ。


 相坂が僕にさっきから話しかけてくる。集中を紛らわす作戦なのか?

「松本くん、噂には聞いてるよ。学年で最初に50m走6秒代出したの松本くんだって?」

「うん。」

 うっとうしいなぁ。

「でもボクだって6秒代で走れるもん。」

「そうだな。」

 本当にうっとうしいなぁ。

「だから松本くんに勝てる自信はあるよ。」

「本当に?」

 意地悪してみよう。

「そうじゃなきゃ、こんな事言えないもん」

「僕が勝ったらどうする?」

「あり得ないね。負けるなんて考えたくないもん。」

「僕もだ。負けたら家に帰らないつもりだ。恥ずかしいよ、2位は。」

 僕はこれだけ腹決めてやってるんだぞ、と露わにして揺さぶりをかけてみる。

「いや、そんな事しなくていいよぉ。死んじゃう。」

「死ぬより負ける方がもっとやだ。」

 この言葉、僕が尊敬するF1レーサー、アルトーン・ゼーナの名言から拾った。一応僕のもくろみはうまくいってるみたいだが、周りがびっくりした様子で僕を見てた。特に僕の目の前にいる阪本に関しては、僕がそう言った瞬間、耳を塞いでいたのが見えた。阪本には酷な言葉だったかなぁ。

「じゃあ、ボクもそれぐらいの覚悟で走るよ。」

「もう、後戻りは出来ないぞ。」

「うん!」


 いよいよ僕と相坂の出番だ。前の組、僕のクラスでは阪本と森嶋さんが走ってた。結果は、森嶋さんが僅差で1着。阪本は、膝が伸びたような走り方で終始場内の笑いを誘った。勿論ビリ。

 前の組のレースを見届け、いよいよ準備に取り掛かる。

「相坂!!行くぞ!どっちが速いか、決着つけるぞ!」

「うん!ボク負けない!絶対1位取ってみせる!!」

僕らの声、周りに聞こえるぐらい伝わったのか、4年生の2組と3組がやけに騒がしかった。



「松本くんはストイックな人」

とは聞いたけど、まさか自分の命を賭けてまでボクに勝負を挑むなんて、もうストイックを通り越してるよ!

 でもボクも

「覚悟は出来てる!」

と言ってしまった以上、もう後には引けない。何も考えないでいよう。じゃなきゃ集中できないもん。


 後ろで自分の体をバンバン叩く音がするけど、もう僕は振り返らないよ。さぁ!ボクはもうスタートの準備できた!2組の皆がボクを応援してる!何としても勝つんだ!!


「位置に着いて、ヨーイ!」

ドーン!!


 ボクは全力でゴール目掛けて走った。コーナーはこれでも自信がある。イン側でできる限り踏ん張って走ったら、大体の子と差が広がるから、いつもこんな感じで走ってる。今回もこのままゴールかな?

 と思ったら、直線に入ってから、僕の左側から鬼気迫る走りでボクに並んだ子がいた。と言うか松本くんだ!!負けられない!!松本くんだけはどうしても負けたくない!!

 あと20m!もう並んでるけど、あと数秒くらいで、1位か2位が決まるんだよー!ボクが勝つんだ!ボクが1番なんだ!!松本くんには絶対に勝たせてあげないもん!!

 おりゃーー!!


 思いっきり胸から飛び込む形でゴールした。けれども、松本くんもボクと同じぐらいのタイミングでゴールした。1ミリでもいい。ボクが勝っていればそれでいいんだ。

「今のボクの勝ちだね。」

「どうかなぁ。僕には同着に見えた。」

「同着なんてあり得ないよ。」

 僕と松本くんはゴールした後、呼吸を荒げながら互いにそう言い合った。


「只今の第11組の結果は、写真判定の分析により、後ほどアナウンスいたします。」

「写真判定あるんだ!!」

 ビックリした!写真判定って、普通は学校に無いと思ってたけど、やはり最新の設備を備えた学校だけあるね。こんなにきっちりと勝ち負けを決めてくれるなんて、最高だ!

「写真判定でも同着だどどうなるんですかね?先生。」

「うーん。先生も分からないわね。10年間学校の先生やってるけど、こんな場面に出くわしたの初めてよ。」

 松本くんと話してる先生は、松本くんの担任をしてる中島淑子先生。俊足先生として人気が高い。ボクも色々とお世話になってる。


 ボクらの結果が判明するまでに約6分もかかった。その間にもレースは進み、3、4年生で合計200人もいたが、あっという間に最後の第25組になった。

 その頃、ボクは大会本部のテントを見てた。すると、1枚の紙が手渡されたのを目撃した。きっとそこに、ボクと松本くん、どっちが速かったかのってるはず!これでボクが速かったと証明できるね!

 しかしまぁ、松本くんはもう過ぎた事みたいにあまり気にしてない様子で、ゴールした子達をハイタッチで迎える余裕もある。こんなんじゃ、本当に家に帰れなくなるよ。


「80m走、第11組の結果が判明しました。」

 おっ!ついにだ!!どうなるどうなる?

「1位 松本智彦くん」

 松本くんが勝ったのー!?ボクの方が…

「と、相坂菜々さん」

 えっ!?どういう事?

「同着です」

 うぇーっ!?どうちゃく!?



 同着かぁ。順位を知った後、喜んでいいのやら、悔しさを噛み締めるべきなのか、驚いていいのやら、どういう表情をしたらいいのか分からないでいた。今まで観戦したレースも、一度も同着になる事はなかった。レース中1/1000秒まで一緒の差に周回したのは見た事あるが。


 取り敢えず、第11組の1着の列に、僕と相坂が並び、揃って退場門に向かった。

「今のはボクの勝ちだもんね。」

「往生際が悪いなぁ。もう終わったんだし、結果を受け止めたっていいじゃない。」

「ボクは白黒はっきりつけないと気が済まないんだ!」

「…なるほどな。でも今じゃこの結果になったから、この後のクラス対抗リレーが2つあるけど、そこで決着つけよう。」

「おっ!イイね!今度こそボク負けないもん!!」


 席に着いた後の僕らの周りは、すっかりさっきの対決で話題が持ちきりになった。

「僕どんな様子だった?」

「鬼の顔みてぇだった。」

「何人かの女子が声援に混じって悲鳴をあげてた。」

「確かに、歯を食いしばって走ってたなぁ、あの時。」

「松本くん、普段優しいのに、あんな顔されたら、イメージぶち壊しよ。」

「そんな怖かったの!?あぁ、そりゃ済まなかった。驚かせちゃって。ただ、どうしてもあの時は負けたくなかったから、かなり本気出して走ったんだ。」

「2組の相坂さん…」

「そう。相坂も速かったでしょ?」

「うん。男の子かなって思ったけど、女の子だったのね。」

「下ブルマ履いてるのに男の子だったら、かなりの変態…」

 確かに、遠くから見た感じだと男の子に見えてもおかしくない。しかし、近くで見ると明らかに女の子だ。意外と脚がきれいで、顔立ちもよく整ってる。何か一手間かけると、完璧な美少女に化けるんだけどなぁ。


 そう思いながら、隣の4年2組の様子を見てみた。そこでは、相坂のクラスの女子が

「相坂さんすごーい!」

と言って褒め称えてた。しかし、本人はどこか不満な感じに見えた。

「白黒つけなきゃ気が済まない」か。いかにも、負けず嫌いな人が言いそうな台詞だ。相坂、この後のリレーで決着つけようぜ。僕はそう心でつぶやいて、相坂を見つめた。


 さて、そのリレーではどうなったかというと、クラス全員参加リレーは、トップ快走中に転けた阪本のミスを全員でリカバリーしての逆転優勝。代表リレーでは、またも相坂とのデッドヒートとなってしまった。がしかし、ゴール直前で相坂がバランスを崩した。その一瞬の遅れが勝負を分け、僕達3組が優勝。


というわけで、3戦2勝1分で僕が勝った。

「私のせいでクラスを楽に勝たせてあげれなかった…」

転けた事を1人落胆する阪本を

「阪本さんは悪くないよ。むしろ厄を払ってくれたのよ。」

「阪本さん、ありがとね。」

といった具合に女子皆で励ます中、僕は相坂に近づいた。



 負けちゃった。全力で走ったのに、リレーで1度も勝てずに終わるなんて。悔しい。あの時、バランスを崩していなければ、あの時もっと踏ん張っていたら。後悔は次から次へと湧き上がった。


 ボクが皆と離れたところで悔し涙を流してるところ、松本くんが近づいてきた。

「ボクにあてつけを言いに来たんでしょ。言えばいいじゃない。」

「相坂、僕にはそんな事できない。やったところで結果が変わったり、過去を書き換える事はできない。そもそも無駄な事だよ。」

「じゃあ、どうしてボクのとこにきたの?」

「今日、相坂が勝負に負けた時の気持ち、僕もよく分かるんだ。水泳の大会で「この選手に負けるわけがない」とたかをくくってると、だいたいはその選手に負けるんだ。去年、今年と県大会で決勝まで上り詰めたんだ。相手を見たら、ほとんど僕が勝った事ある選手。これは全国大会行けるな、と思ったんだ。けれど、結果は去年5位で今年は4位。神奈川県代表になる条件、県大会ベスト3まであと1歩だったんだ。」

「その時、コーチからなんて言われたの?」

「「油断、傲慢、手抜き。してはならない時にお前はしてた。そんな調子じゃ、いつまで経っても全国は行けない。」って言われた。3年生の時何言ってるか理解できなかったけど、4年生になってやっと理解できたし、腑におちた。それ以降、練習は真面目にやるようになった。コーチが「こっちが気が抜けなくなるよ!」と言ってしまうぐらい驚いてた。僕のあまりの変わり様に。」

「…なるほど。」

「コーチも選手だった頃、何回も心に油断があって負けて、オリンピックに出れなかったのを今でも悔やんでる。指導者になってから、油断があって泣を見た教え子を何人も見てきた。だからいつも「油断するな!傲慢になるな!手を抜くな!」と檄を入れてから練習が始まるんだ。いつもはコーチが言うところを、僕が言い出してから皆でそう叫ぶようになった。自分への戒めと、周りへの共有を込めて。」

 確かに松本くんの言う通りだ。

 ボクは全員参加リレーの時、ダントツで2組がトップだったのをいい事に、結構力を抜いて走ってた。次以降には「もう自分たちは勝てるんだ」と余裕をかましてたかもしれない。

 似たような事を選抜リレーもやってしまった。松本くんが今言ったアドバイスが、ボクの胸に深く刺さった。


「松本くん、ありがとう。ボクに勝ってくれて。徒競走もリレーも、ボクが勝ってたら、さらに傲慢になってたかもしれない。自分が帰る家を賭けてまで戦ってくれたんだ。感謝してもしきれないよ。」

「いや、あれはただの威嚇みたいなものよ。この歳でホームレスは辛いぞ。」

 えっ!?嘘ついてたの!?

「僕の顔、あの時引きつってたんだ。そういう時ってだいたい嘘ついてる時なんだよね。」

 長い緊迫感が、一瞬にして虚脱感に変わった。もうおかしくなっちゃって、その場で大笑いした。もちろんボクに対して。なにそこまで切羽詰まってたんだろう。もう、アホらしくて笑が止まらなかった。

 再び立ち上がると、僕は松本くんに握手した。松本くんへの敵対心は、いつしか尊敬心に変わっていた。ライバル関係に変わりないが、ボクと松本くんに深い友情が芽生えてるのかもしれない。


 それから半年後。ボクらは5年生になった。ボクがいるクラスの教室内を見渡すと、いかにも体育が得意そうな子ばかり。何人か運動オンチな子もいるけど。そして何よりも嬉しかったのが、松本くんと同じクラスになったこと。これはすごいクラスになりそうだ!!

 今、これなら今度の体育祭、優勝間違いなしだね、って思った?こう言う時こそ、油断が出ちゃうんだよ!勝負事は気を引き締めないといかんよ!


End.

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