子供な男、したたかな女
この作品は前作「君に言えなかったこと」の続編、というか後日談として書きました。
言葉の端々に表れる、妻に先立たれた愛妻家とその子供達が歩んできた日々を、想像して読んでもらえると嬉しいです。
俺は今、苦虫を噛み潰したような顔でグラスを煽っている親父の隣に座っている。
これが家ならすぐに自分の部屋に避難している所だが、今日はそういう訳にもいかない。
今日は、姉貴の結婚式だ。花嫁の父が複雑な気分なのは特別な事ではないが、親父は少し前までは相当無理をして格好をつけて上機嫌な「ふり」をしていた。
それがこんなに不機嫌になってしまったのは、司会である新郎の友人が2人の馴れ初めを語り始めた時からだ。
披露宴は2人のたっての希望で、来賓などよりも友人を多く呼んだアットホームな雰囲気のものだった。
「お二人が出逢ったきっかけは大半の方がご存知とは思いますが、僕が幹事を努めた合コンの席でした。
新婦である一番人気の由美子さんを、見事射止めたのが新郎の憲二君でした。」
司会が笑顔でそう言うと、新郎の友人らは冷やかしの声を上げ、姉貴と憲二さんは頬を赤らめながら仲睦まじそうに見つめあっていた。
それを耳にし目にした親父は、今までの我慢の糸がプツリと切れて、晴れやかな席に似つかわしくない不機嫌顔になってしまったと言うわけだ。
「おい颯汰、あいつら友達の紹介で知り合ったって言ってなかったか!?」「まあ、広い意味で言えば合コンだって紹介みたいなもんだろ」
「お前は前から知ってたのか?」「まあ、紹介って言った時から合コンだろうと思ってたけどね。」
「由美子は合コンなんか行ってたのか!?」
「今時行った事ない子の方が少ないだろ、それにそんなにいかがわしいもんでもないぜ。」
「…」
親父は黙ってしまった。
姉貴は母さんが死んでから、ずっと代わりに家事をやってきてくれた。 そのせいか年の割にはしっかりしてるし、料理もうまい。
でも見た目はおっとりした何も出来ないお嬢さん風なので、そのギャップに惹かれる男は少なくなかったようだ。
実は仲間内では合コン女王と呼ばれる位、いつも一番人気だったらしい。 けれど姉貴は堅実な性格なので、もっと身近な所から、時間をかけて吟味した相手と結婚するだろう、と俺は勝手に思っていた。
まさか合コンで出逢った相手と僅か半年で結婚を決めるとは思いもよらず、実は俺も意外であり若干ショックでもあった。
俺自身は、合コンは一種のレクリェーションで、そこで本気の相手を探そうと思った事はなかった。可愛い女の子が居る場所で馬鹿な話をして酒を飲んで、その場が楽しければそれでいいと思っている。
好みのタイプの子が居ても、連絡先を渡されても、なんとなく付き合う気にはなれないのだ。 もしかしたら俺は自分が参加しているにも関わらず、心の何処かで合コンに来る女は軽い女のように思えて引いてしまっているのかもしれない。 だから口ではフォローをいれつつも、親父の気持ちもわからないではなかった。
でも憲二さんはいい男だし、何故か親しみを感じる人だ。姉貴の事をとても大事に想っているのも伝わってくる。俗に言う、非の打ち所のない相手だと俺は思う。
ただ親父からしてみれば、大事な娘を奪っていく奴は例え世間の評価が良くても、ろくでなしと思いたいのだろう。
しかし憲二さんは花婿としては文句のつけようがなかったので、反対する理由は何もなかった。それは嬉しくもあり悔しくもあり、モヤモヤしたものを抱えたまま今日に至ったのだろう。
そのモヤモヤが「合コン」という言葉で、半ば八つ当たりのように吹き出したのだと俺は分析していた。
そんな親父を少し気の毒に思いながらも、この期に及んで子供のような往生際の悪さを面白がって見ていた。結婚式でなければゲラゲラ笑いながら
「駄々っ子じゃねーんだから諦めろよ〜」
位の軽口を叩いて親父に頭の一つも叩かれていた所だろう。
親父が怖い顔をしていようが、その分俺が極上の笑顔を振りまいて姉貴の顔をつぶさないように努力していようが、そんな事はお構いなしに式は進んでいく。 そんな中、会場の照明が落ちたと思ったら、親父と新郎新婦にスポットライトが当たった。
サプライズの、姉貴から親父への手紙の朗読だった。
「お父さん、今まで本当にお世話になりました」お決まりの台詞で手紙は始まり、親父は我慢はしているようだが相変わらず不機嫌な顔のままだった。が、途中から明らかに表情が変わった。
「…でした。私が初めて憲二さんに出逢った時、何故かとても懐かしい気持ちになりました。
お父さんになんとなく似ていたからです。
そして付き合い始めて、憲二さんが私を見つめる表情が、お父さんがお母さんの事を話す時の表情とそっくりな事に気付いて結婚する事を決めました。何故ならお父さんは、お母さんの事を本当に大事に愛おしく想っていたからです。
口では言わなくてもそれがその表情でいつも伝わってきたから、きっと憲二さんもお父さんのように私を大事にしてくれると思ったのです。私はきっとお母さんのように幸せになれると思います。そして…」
それを聞いた親父は必死に涙をこらえていたのか、真っ赤な顔をして笑ってるのか怒ってるのか泣いてるのか、訳のわからない表情をしていた。
そして席に戻ってきて、赤い目ながらも少し晴れやかな表情で
「やっぱり俺が一番いい男で、それがあいつの結婚の基準だったんだな。俺に似てるんなら、あいつもまあまあいい男なんだろうな」と誇らしげに言った。
俺は心の中で
「お前は子供か!?しかもライバルかよ!?」
と突っ込みを入れながら笑った。
やっと笑った顔を見て、親父の人生って結構幸せだなと思った。
やっぱり姉貴は母さんの娘だ。親父のツボをよくわかってる。憲二さんに対してもきっと母さんのように、ふんわりしているように思わせといてしっかり手綱を握って幸せ掴むだろう。
「颯汰、今日は有難う。これからお父さんの事頼んだわよ」
披露宴が終わると姉貴が俺にそう言った。
「大丈夫だよ。ところで姉ちゃん、さっきの手紙の内容って本当?」
と俺は聞いてみた。
「大体ホント。あんたも少しモテるからって調子にのってないでいい娘見つけて早く結婚しなさいよ。」
姉貴はふざけて俺のボディにパンチを入れながら、笑って言った。
「俺はまだまだだよ」
「颯汰は父さんに似ていつまでも悪ガキなんだから、しっかりした人選ぶのよ」
「…」
そう言い残して姉貴は、今までで最高に綺麗な微笑みを浮かべて、賢二さんの隣に戻って行った。
俺と親父は似てるのか?
さっきの親父の姿が何十年後かの俺や憲二さんの姿に見えてきた。
やっぱりいくつになっても、どうあがいても男は女にかなわないような気がした。
「将来、娘は持ちたくないな…」俺は1人つぶやいた。
一通り挨拶を終えて戻ってきた親父も、ネクタイを緩めながら娘なんか持つもんじゃねーな!」とつぶやいた…。
姉貴の言う通り、俺もいい女見つけないと。どうやら俺の幸せは女にかかってるみたいだから。
女は、か弱いけどしたたかで強くて凄い。
でもその女を惚れさせる男はもっと凄い。
今夜は親父と朝までじっくり飲もう。合コンの話もしてやろう。
女への悪口や不満をぶちまけて、笑い飛ばしてやる。
…そして、母さんと姉貴と世の中の女性に敬意と感謝をこめて乾杯だ!
男と女は本当に違う生き物だと思います。
だからこそ好きになる事を止められないのかもしれません。
男も女も、素敵。