植物が蹂躙する世界
息をするのと同じだった。敵を攻撃し、倒すことは俺の日常生活の一つ。巨大な植物だろうと、巨大な虫だろうと、襲ってくるならば容赦なく倒す。それが、人が唯一存続できる条件だ。
『俊也、後方三メートル』
「あいよ」
肩に乗っているヴァルトハイムに頷き、俺は持っていた刀を翻した。逆手に刀を構えたまま、地面についた片足をおもいっきり蹴っ飛ばす。刃先に感じる獲物を刺した感触が指先まで伝わってくる。それと同時に生暖かく、とてつもなく臭い奴らの血とも呼ぶべきもの。
「あとは、どこだ?」
『前方五メートル、上空十メートル。左右からもくるぞ』
「今日は何だか多いなぁ……」
面倒そうに一人ごちるが、誰かの突っ込みがあるわけではない。ここには俺と、狼のような小型の生物・ヴァルトハイムのヴァルしかいない。
先ほどの標的に刺した刀を引き抜き、腰につけてあるもう一本の刀を引き抜く。それらを宙に弧を描くように体を回転させる。スパッと切れの良い音が耳に届く。俺の周囲に太い緑の触手が二本。無造作に転がっていた。
『まずは二本』
「次は……上、か」
両手を胸の前で交差させ、再び地面を蹴っ飛ばす。まるで体が風船にでもなったかのように、軽々と自分の背丈より倍ある草を飛び越える。しかし、そこに止まらず、飛び乗った草の葉を軽く蹴った。
「よっと……」
前方から飛んでくる数本の触手。それを空中で体を捻ることでかわし、すかさず両手に握っている刀でぶった切っていく。切られた触手はなす術もなく地面へと落ちていった。
『次は前方。かなり近い』
「分かってるよ、ヴァル」
触手を切っていた刀をそのままに、俺は見えぬ敵に蹴りをぶつける。蹴りを入れたことで姿が見えなかった敵が徐々に見えてきた。
「またお前か、オオカマキリ」
昨日も倒したことのあるその姿に、俺はため息を吐き出した。ここいら一帯では珍しくもない虫なのだから、今更文句を言っても仕方はないのだが。
「こう何度も倒してたら面倒にもなるって」
『愚痴ってばかりいても倒せないぞ。集中しろ、俊也』
「おう」
一旦大きなため息を吐き出し、俺は目を瞑った。心中を空っぽにし、神経を敵へと向ける。目を開ければ、周りの風景は消え、ただ敵の姿だけを捉えていた。
「早く終わらせて、飯食おうぜ」
『そうだな』
ヴァルの同意を得、俺は両手に持っていた刀を構え直した。鎌を振り上げて切りかかるそれを片手の刀で受け止め、隙の出来た脇下にもう片方の刀を走らせる。オオカマキリの横腹に一本の線が走り、悲鳴を上げた。それでも怯まずに俺へと自慢の鎌を振り下ろしてくる。今度はそれを避け、一旦敵と距離を取った。でかい図体のわりと小回りが効く。オオカマキリは結構厄介な敵ではあった。しかし、一般の話なだけであって、俺には厄介でも何でもない。ただ、少しは歯ごたえのある敵の一つにすぎないのだ。
「悪いな、茶番は終わりだ」
俺の言葉が分かったのか。オオカマキリは雄叫びを上げながら突っ込んできた。俺は姿勢を低くし、二つの刀を軽く構える。そして、一気に地面を蹴って敵との間合いをつめた。振り下ろしてくる片手の鎌を二本の刀で体を回転させながら跳ね返したため、オオカマキリの巨体は後方へと弾き返された。バランスを崩し無防備になった敵の懐に入り、刀を二本同時に標的の体へと刺す。完璧に心臓の位置を貫いた二本の刀。刀を引き抜くと、抵抗しようしていた巨体があっけなく地面へと倒れた。呼吸音も気配もしない。俺の前には屍となったオオカマキリの巨体が横たわっていた。
『終わったな、俊也』
「あぁ。んで? 今日保護する予定だった動物はどこだ?」
刃にべっとりと付いた虫の血を払い、鞘へと治めながら俺は周囲を見回した。今回は何も討伐任務で来たわけではない。本来は、今では数少なくなってしまった人間と同様に動物の保護が任務だった。しかし、護送していた人間は先ほど倒した虫たちに殺られたらしく、保護用ポットが見るも無残に壊されていた。ポットに動物の血液の付着がないため、おそらく逃げたのだろうと予測し、探している最中に虫との戦闘になったのが先ほどの出来事だった。
「頑丈にしているとはいえ、やっぱり耐久性に改善の余地有りだな、あのポット」
『あぁ。しかし、現状の人間にはあの程度の強度が限界だろう。必要な資源は少ない上に、入手困難だ。今じゃ世界は緑一色に近い。人間が使っていた鉱石や鋼鉄などの物質を手に入れるのは難しいだろう』
「だよな~。てか、そろそろ鼻を使ってくれよ、ヴァル。早く帰って飯にするって言ったろ?」
『そうだったな。分かったよ』
いくら探しても見つからない動物に、俺は肩に乗っているヴァルを見る。気前よく引き受けてくれるこの相棒は、実は俺にしか懐いていない。護送中に虫に襲われ、恐れをなした人間はヴァルを置いて逃げてしまい、あと一歩で食われそうになったところを助けたのがコイツとの出会いだった。万全な状態なら逃げ切れたのだろうが、もともと怪我をしていたために虫を振り切れず、挙句の果てには人間に置いて行かれたのだ。そりゃ人間嫌いにもなるだろう。
『見つけた』
地面へと鼻を向けていたヴァルの顔が上がった。その反応を見て、俺は相棒との回想を止める。すぐさま走り出すヴァルの姿を見失わないように俺も足を速めた。小さな体のわりに素早いヴァルの後を追うのは一苦労だ。
虫を倒した地点から北東へ数メートルほど進んだ場所。木々が生い茂っている森の中に、ぽっかりと空いた小さな空間へとたどり着いた。
『俊也、北二メートルにある大木の根っこの間。そこに保護予定の動物が隠れてる』
「分かってるならお前が話して来いよ。同じ動物だろ?」
足を止めたヴァルに、そう言ってやると寂しそうな色を瞳へと映した。
『知ってるだろ。オレは出来損ないの動物もどきだ』
「……」
そう言うヴァルの声は酷く小さい。動物もどき。ヴァルは自分のことをそう言う。確かに、ヴァルの姿は動物と非なるものだ。世界が変わったための進化なのか、それとも人為的に操作された姿なのか。どんな理由にしろ、ヴァルは自分のことを話さない。だから、俺も聞いたことはない。しかし、動物たちから恐れられていることはあるのだ。
「お前はそこで待ってろ。すぐ終わらせて、飯食って寝よーぜ?」
『……あぁ』
その場に座り、ヴァルは尻尾を体に巻きつけ耳を垂らした。あからさまにシュンとした姿に、俺はかける言葉を見つけることができない。ただ、早く保護する動物を捕まえて本部に届ける。そうすればいつものように戻るはずだ。
「さてっと……」
ヴァルから教えてもらった北へ二メートルの大木の根元。そこに何かいるのはすぐに分かった。頭隠して何とやら。白くてふわふわの毛に覆われているその動物。
「見つけたぞ。おら、さっさと出てきて一緒に行こうぜ」
俺の声に驚いたのか、その動物は長い耳をピンッと欹てた。赤い瞳が俺を映す。その瞳の色は恐怖心で一杯だった。
「そんなに怖がるなって。俺はお前の味方だからさ。保護区に行けば、お前の仲間だっているだろうし、もう独りじゃないんだぜ」
ニッと笑い、少しずつ手を伸ばす。いまだに怖がってはいるものの逃げ出さないのを見て、サッと抱き上げる。小さな体をブルブルと震わせ、せわしなく目を動かす。
「大丈夫だって。とって食やしえねーから。ヴァル、行こうぜ」
『あぁ』
いつもなら肩に乗ってくるヴァルは、地面を歩いたまま付いてくる。動物を保護している間、ヴァルは必要以上に動物に近づこうとはしない。
「帰ったら、何か食おうぜ」
『そうだな』
「……」
いまいち反応の薄いヴァルに流し目を向けるが、下方を向いているヴァルの表情は伺えない。しかし、どんな表情をしているかは大体想像付く。けれど、それ以上話しかけず、俺たちは本部へと足を向けた。
保護した動物を保護員に渡し、任務の賞金を受け取った後、酒場へときていた。この街で唯一飯が食える場所だ。
「何食っかな~」
『俺はいつものだ』
「おう。んじゃ、俺は……おっちゃーん! ハンバーグ定食と今日の洋食セット獣用を頼む!」
「あいよ!」
唯一の飲食店ということもあり、人が絶えないこの酒場では、注文するときは声を張り上げるか、直接酒場の店長のもとまで行くしかない。しかし、大の大人達が朝や昼から酒を飲んでいるため、カウンターは人で埋まっていることが多い。だから声を張り上げるほうが手っ取り早いんだ。
「今日のあれ……」
『兎か?』
「そう、兎。アイツ、もう仲間に会えたかな?」
『会えるだろうよ。同じ種族のもとに連れて行かれるんだからな』
「けど、それが仲間とは分からないだろ」
『動物は同じ種族なら、皆仲間同然なんだよ。人間のように面倒な感情は存在していないからな』
ヴァルの言葉に、俺はあの兎を救出したときのことを思い出した。身の危険を感じて震えていたあの兎。その姿は、まるで出会った頃のヴァルを思い出させた。
『……何だよ?』
ジッと見つめすぎていたようだ。ヴァルは怪訝な顔を俺に向けてくる。
「何でもない」
肩を軽く竦めて首を振った。追求しようとするヴァルを阻むように、先ほど注文した食事が運ばれてきた。俺の前にハンバーグ定食、ヴァルの前に獣用の洋食セットが置かれる。
「ご注文のハンバーグ定食と今日の洋食セット獣用です」
「サンキュ」
そう言って、俺は二つ分の料金をウエイターに手渡す。ウエイターがいなくなったところで、俺たちは食事にありついた。
『次の任務はきているのか?』
「いんや。今回の報告もまだ。一回、本部へと出向いて、準備しなおさねーと。そろそろ武器の新調や違う武器に変えることも必要だ。次はそうだな~……銃にでもするか」
『銃の種類にもよるぞ。重装備にすれば、虫たちのいい獲物になっちまう』
冗談まがいに言った言葉に、ヴァルに突っ込まれた。その真剣さに苦笑がもれる。
『何笑ってるんだ?』
「いや、何にも。けど、これ食べ終わったら本部へ……」
飯を口へと運んでいる最中、そこら辺で喋っているおっさんの声が聞えた。気になったのは、その内容だった。
「この間、小さな子供が巨大蜂に連れ去られたってよ」
「おお、知ってる。母親が助けようとしたけど、逆に刺されて死んじまったって話だろ?」
「あぁ。惨い話だぜ、まったく……子供は蜂の子どもの養分になっちまったんだろうな」
耳に入ってきた会話に、俺とヴァルは互いに目を見合わせた。頷いた俺に、ヴァルは仕方ないという風にため息を吐き出す。俺はいったんナイフとフォークを置き、さきほど喋っていたおっさんたちの傍へと近寄った。
「なぁ。さっきの話、詳しく話してくれないか?」
ニッと笑いながら、俺はおっさんの肩に手を置いた。
*****
酒場で話を聞いた俺たちは、問題の村へと向かった。俺たちがいた街からそう遠くない場所にその村はあり、そして、聞いた話はそれほど昔ではないみたいだ。もしかしたら、生存の可能性もある。
「蜂の幼虫が孵化するのは今から数ヶ月先の話です。この村ではほとんどの子どもが巨大蜂に連れ去られてしまいまして……しかし、助けようにも報奨金を多く出せないこの村では、諦めるほかありませんでした。子どもを助けようと何人もの大人が助けに向かいましたが、帰ってきた者はいません」
「そうですか。それで、その巣というのは、どこにあるか分かりますか?」
村長から話を聞いていた俺は、一刻も早くその巣へと向かいたかった。生存の有無は分からないが、孵化がまだ先ならば、まだ生きている可能性が高い。
「し、しかし、私たちにはあなたがたに払えるほどのお金が……」
うろたえる村長に、俺はキョトンとした。そして、ヴァルと顔を見合わせると、俺たちは笑い合った。
「金なんていいですよ。これは俺たちの勝手な行動なんで。でも、やっぱ無償ってのはやる気でないんで。巨大蜂の巣の破壊、それと生存していれば子どもたちを連れて帰ってくるんで、この村の家に一宿させてもらう……てのはどうですか?」
俺の提案に、今度は村長のほうが驚いた表情をした。上からの任務ではないため報奨金はもらうわけにはいかない。そもそも報奨金というのは本部へと依頼された虫を退治することでもらえる金のことだ。私利私欲のために動いている俺に、そんなものを払ってもらう必要はない。
「一宿……それだけでよろしいのですか?」
「あぁ。あ、ちゃんと飯もつけてください」
「……ありがとうございます。何もない村で申し訳ありませんが」
「いやいや。それで早速、その巨大蜂の巣を教えてもらいたいんですけど」
「はい。この村から南に三キロほど離れた場所にあります。気をつけてください。巣には何千匹もの群が襲ってきます」
「分かりました。ご忠告ありがとうございます」
軽くお辞儀をし、俺たちは村から出て行った。林の道を歩きながら、俺はヴァルへと目を向けた。
「ヴァル、悪いんだけどさ、薬草とか調達してきてくれないか? 本部に戻る前にこっち来ちまったから準備不足なんだよ」
『だが、俺がいなかったら……』
「平気だって。伊達に狩人してねーよ」
俺の台詞に、ヴァルは俺を見つめてくる。
『そうだな』
しかし、それ以上反論せずに俺の肩から飛び降りた。
『気をつけろよ』
「お前もな。蜂に襲われて、刺されるんじゃねーぞ」
『そっくりそのまま返してやるよ。俊也……死ぬなよ』
不意に真剣な表情で忠告してくるヴァルに、俺は何もいえなくなってしまった。それでも、内心に広がる何かを押さえ込むと、笑顔を作る。
「じゃ、後でな」
そう言って俺は、逃げるように南の方角へと足を進めた。一瞬、内心に広がったものが不安なのか、それとも別の感情だったのか。よくは分からなかったその感情に、俺は眉をひそめる。けれど、服の上から胸の上を掴むとその意識を振り払った。よく理解できなかった感情に振り回されている時間はない。それに、そんなことに囚われていたら相手の気配を感じられなくなる。そうなれば、たとえ死んでしまったとしても文句を言えない。
「しっかりしろ、上杉俊也!」
自分の両頬を軽く叩き、気合を入れなおす。身につけている装備を確認すると、いつの間にか止めていた足を進ませた。
ヴァルと別れて数十分が過ぎ、俺は目的の巣へとたどり着いた。木陰に隠れ、様子を見ていた俺は腰に差していた刀をゆっくりと抜く。
「っ!」
突如羽音が聞え、後ろを振り返った。そこには針を向けている巨大蜂の姿がいた。刀で切りかかる前に、巨大蜂の針が俺の肩を刺す。
「いっ!」
悲鳴が喉の奥で引っ掛かった。全身が痺れ、刀が手から離れた。そして、地面に体が倒れ、意識が薄れていく。ふわりと体が浮ぶ感覚がしたような気がしたが、それ以降の記憶はなかった。
*****
重たい瞼をゆっくりと開けると、黄色の景色が目に飛び込んできた。べたつくような甘ったるい匂いが鼻孔をくすぐる。眠りから覚醒していくように、少ししてから頭がすっきりしてきた。体を起こし、何が起こったのかを思い出そうとする。
「よかった……お兄ちゃん、目が覚めたんだね」
「ん?」
意識を集中しようとした瞬間に声をかけられ、俺は隣を見た。そこには俺より小さな男の子が一人。よく周りを見回せば、数人の子どもがめについた。
「……てことは、ここは奴らの巣か」
「うん。ここは巨大蜂の巣だよ。この巣から遠くない場所に、僕らの村があるんだけど、皆捕まっちゃって……ねぇ、お兄ちゃんはどこから連れてこられたの? ここら辺じゃ見ない顔だよね」
「あぁ。俺はお前たちを助けに来たんだ」
隣で喋っていた少年に向かい、俺は自信満々に行った。しかし、少年は唖然とした顔を向けてくる。
「でも、お兄ちゃんも捕まっちゃってるよ?」
「痛いとこ突くな~。けど、安心しなって。外にはヴァルがいるし、俺も無防備ってわけじゃねーから」
特に縛られているわけでもなく、自由に動かせる手を懐へと伸ばす。そこには護身用の拳銃がある。殺傷能力は低いし、弾数もそれほど多くない。短剣も持ってはいるが、巣から抜け出すには心もとない。
「……どうすっかな……」
武器はその二種類だけだった。下手に攻撃はできないし、逃げることも叶わない。それに、そう多くはないとはいえ、村の子どもたちもいる。俺一人なら無茶もできるが、そういうわけにもいかない。
「僕たち……助かるの?」
「あぁ、助けてやる。だけど、騒がずにジッとしててくれ」
巨大蜂の様子を見ながら、小声で警告すると、少年は黙って頷いてくれた。少年との会話を終わらせると、俺は現状の把握へと意識を集中させた。武器の確認は出来ている。俺たちを見張っている蜂は二匹。周囲には白い物体がぎっしりと入っている穴があり、おそらくその白い物体が幼虫だろう。あれが孵化したら俺たちは終わりだ。
「なぁ、みんなをここに呼べるか?」
「うん」
俺の頼みを素直に聞いてくれ、少年は周囲に点々としていた子どもを呼び集めてくれた。俺たちが一つになるのを巨大蜂は神経質に羽を動かしてくる。その反応に子どもたちはブルブルと震え、今にも泣きそうな顔をしていく。
「た、頼むから泣かないでくれ。ちゃんとみんな守るから」
「ほ、ほんとう?」
「あぁ。そうだな、楽しいことを考えようぜ。みんな、ここから脱出できたら何がしたい?」
震える子ども全員を抱きしめることはできないが、明るい話題を振った。すると、泣き出しそうだった子どもたちが必死に涙をこらえ、考え始めた。
「あ、あたしは……お母さんに会いたい」
「そっか。きっと抱きしめてくれる。そんときには、しっかり甘えるんだぞ」
「うん」
一人一人に話を聞き、それぞれ元気にしていく。時間はかかるけど、パニックを起こされるよりマシだ。
「みんな、俺が必ず助けてやるから。だから、約束してくれ。今、この状況下で泣き叫んだり、パニックにならないでほしい。難しいだろうけど、できるか?」
弱弱しくだが、全員が頷いてくれた。そのことにホッと胸を撫で下ろし、俺は懐の武器へと手を忍ばせる。敵は虫だ。俺たちのように高い知能性はない。俺が子どもたちから離れ、奴らの幼虫を何匹か殺せば、俺を警戒して襲ってくるはず。どこまで出来るか分からないが、早く助け出してやらないといけない。
「みんな、俺があいつらの気を引いておく。そのうちに、みんなで脱出するんだ」
「む、無理だよ」
「逃げようとしたとたんに、あの針に刺されて死んじゃうもん!」
「大丈夫。お前たちが襲われそうになったら、俺がすぐ助けに行く。だから、頼む。勇気を出して、こっから脱出するんだ」
俺はなるべく声を荒げないように、しかし強い口調で説得した。こんな小さな子どもに酷なことを言うようだが、一人でも動いてくれないと困る。生きたいと願うなら、生きるための行動をしてもらわないと、こっちも助けきれる自信がない。必死の説得が通じたのか、渋々といった感じだが、次々に頷いてくれた。
「いいか? あいつらが俺に襲い掛かってきたら、お前たちは迷わず出口へと進むんだ。敵がいても構わず全速力で走れ。そして、木々の根っこへと避難するんだ。あいつらの図体じゃあ、根っこの隙間に入ってはこれない」
「と、とちゅで刺されそうになったら?」
「あいつらの針は飛ぶわけじゃない。まっすぐに突き刺そうとしてくるから、刺してきそうになったら横に避けるんだ。それだけであいつらの攻撃は当らない」
恐怖で強張った子どもたちは心配そうに俺を見てくる。ここに大人が一人でもいれば、まだ余裕が持てたのかもしれない。けれど、俺が囮役にならないと、脱出する術は見出せない。
「頼む。俺一人だけじゃみんなを守りきれない。だから、全速力で外へ逃げてくれ」
「お兄ちゃんは……どうするの?」
「俺なら平気だ。外には俺の相棒がいる。きっと助けに来てくれるさ。俺の心配はせず、迷わず走りきれ。そうすれば、家に帰れるから」
「わかった。帰るときは、お兄ちゃんも一緒だよ?」
「あぁ」
頼もしそうな一人の少年の姿に、他の子どもも意を決しているのが分かる。ちゃんと走れる。そう思うことが出来た。
俺は懐に入っている拳銃へと手を伸ばす。子どもたちから距離を取ると、俺は最初の一発目を打った。打ち出された弾は一匹の巨大蜂の頭を貫通する。急に仲間が倒れたことに驚いたもう一匹が警戒するように羽を羽ばたかせた。俺は子どもたちに合図を送り、次の一匹を挑発するために奴らの卵を一つ壊してやった。そのことに怒った蜂が、俺めがけて飛んでくる。突き刺そうと出した針を向けて飛んでくる様は、軌道が読みやすい。横へと軽く避けると、針は俺の横を通っていった。その隙に、他の卵を壊していく。
「おら、来いよ! 俺を殺さねーと、もっと卵を壊してやるぜ」
俺は怒りに狂う敵を、さらに挑発した。蜂は逃げる子どもたちにまったく気付いていない。子どもが出口へとたどり着いたのを見ると、俺は溜めていた一発を蜂めがけて放った。それは一寸の狂いもなく、敵の頭を打ち抜いた。
「走れ!」
中にいる二匹は倒した。問題は外の敵の数と、まだ巣の奥にいるであろう女王蜂の存在だ。今の装備で、こいつらを一掃することは出来ない。せめて、持っていた刀があれば、こんな状況でも余裕が持てるんだが、あいにく連れてこられる際に、落としてしまったらしい。それに、中にたくさんあった卵。あれも駆除しないと、あの村は再度襲われてしまう。
「くそっ……ヴァルがいてくれたら……」
つい弱気な言葉を吐いてしまい、俺は首を振った。今の状況で俺が弱気になるのは一番危険だ。何としても子どもたちを守らないと。
巣から脱出した俺たちは迷わず走っていた。高い木の枝に巣を作る巨大蜂。外へと出た俺たちは、やはり高い木の枝の上だった。しかし、下にはたくさん生い茂る草が見える。俺たちは一心不乱で木の枝から飛び降りた。草がクッションの代わりになってくれたおかげで、怪我をすることもなく下りられた。そして、止まらずに木の根っこへと避難していく。
「ここまでくれば大丈夫。あとは、俺が退治しきるまで、絶対ここから出ないこと。分かったか?」
「うん。でも、どうやって退治するの?」
「そこは任せとけって。どうにかするからよ。だから、絶対ここから出るな」
その指示に、子どもたちは素直に頷いてくれた。子どもたちをそこへ置いて、俺は木の根っこから出て行く。根っこから出てきた俺へと、集まってきた巨大蜂が多数で襲ってきた。俺は走りながら、標準を合せる。二発打ってあるってことは、残り三発。三発で倒しきれる数ではない。せめて、俺の刀が見つかればなんとかなりそうなんだが。
「お兄ちゃん! あそこに何か光ってるよ!」
声が聞え、俺は敵から目を逸らした。俺と話していた少年が、必死に方角を指していた。
「ばかっ! 根っこん中に引っ込んでろ!」
しかし、そんなことよりも少年を襲おうとしいる蜂が目に入り、俺は怒鳴り声を上げた。その声に驚いて、すぐさま根の中へと戻ったが、蜂は必死に根っこへと体当たりする。悲鳴が聞え、俺は持っていた拳銃で根っこを襲う蜂へと引き金を引いた。三発ともみごとに命中し、三匹とも倒したが、すでに短剣だけとなってしまった。俺は拳銃を捨て、少年が指した方角へと走り出した。動き回る俺を襲おうとする蜂との攻防が続く。やがて、地面に倒れている刀が目に入った。近くに鞘も落ちていて、俺が落とした刀であることが分かる。走りながらその二つを拾い上げ、鞘を腰へと差した。そして、俺は追ってきた蜂たちへと向きを変えた。刀を両手で構え、斜めへと切りつける。そして、そのまま横へと払い、さらに上へと切り裂く。次々と襲ってくる蜂たちを切り裂き、その命を絶っていく。しかし、形勢が逆転したわけじゃない。斬れども斬れども敵の数が減っているようにはみえない。
「ちっ……埒あかねぇな、こりゃ……」
嘆きたくなるほどの数に愚痴をこぼす。そんなとき、相棒の姿を思い出した。小さな体で、必死に生きているヴァル。基本は観察や状況分析を担当してくれているが、非戦闘員ではない。いざとなれば、牙と爪で応戦できるし、ヴァルの咆哮は衝撃波のような超音波を出すことができる。それは広範囲に攻撃できる技。こんな風に敵が多いときにはもってこいの技だ。
「いねぇ奴を思っても仕方ねぇけど!」
刀で戦っているせいか、語尾に力が入る。それでも、敵の数は減らない。むしろ、俺の体力のほうが危なくなってきた。
「ちっ……」
移動しながらの戦闘は予想以上に体力を削った。それに、巨大蜂に刺された肩に痺れを感じてもいた。完全な状態で戦えていないうえに、敵の数が思うように減らない。
『ワォォォォォォ――――……!』
絶望的状況で、一声の遠吠えが耳に届いた。その声はまるで衝撃波のように、俺の前まで迫ってきていた蜂を一掃した。その光景に、目が見開いていく。
『こんな雑魚に手こずってないで、さっさと片付けるぞ、俊也!』
明後日の方向へと目を向ければ、小さな狼のような姿が一つ。その小生意気な表情を見た瞬間、俺は千人力のパワーをもらった気がした。
「ヴァル!」
乗っていた木の枝から飛び降り、俺の肩へと乗ってくる。
『今回は俺も参戦したほうがよさそうだな』
「あぁ。頼むぜ」
俺は耳を両手で塞ぐと、ヴァルは大きく息を吸った。そして、先ほどと同様の鳴き声が辺りの大気を揺らした。新たに現れたヴァルの存在に、巨大蜂は戸惑いと警戒心を強くしたみたいだ。しかし、見えないヴァルの攻撃を避けることはできなかった。次々と衝撃波を受けた巨大蜂が天から地へと落ちていく。
『俊也、斜め右上の方向に女王蜂らしき敵を見つけた。それを叩けば巨大蜂は終わる』
「了解!」
ヴァルの指示通り、俺は斜め右上を見た。すると、他の蜂たちに守られるように潜んでいる蜂を見つけた。それに、首のまわりには温かそうな白い毛がついている。
「見つけた」
ヴァルが俺を襲ってくる敵をなぎ倒していく間、俺は一直線に女王蜂らしき敵へと突っ込んでいった。刀の刃を逸らし、俺は女王蜂へと跳躍する。空中に飛んでいる俺は、絶好の標的だった。けれど、ヴァルの咆哮が響き渡っている今、俺に近づける鉢は一匹もいなかった。
「これで……終わりだぁ!」
刃を外へと逸らしていた刀を持ち直し、女王蜂の脳天から一直線に切りつけた。相手を切る、という感触が手を通して俺の全身へと広がる。切り裂いた女王蜂の体液が辺りへと散り、司令塔を失った蜂たちは一気に統率が崩れた。まるで、俺たちの姿が見えていないかのように、闇雲に飛び回っている。そして、見方同士でぶつかり合い、その衝撃で地面へと落ちていった。
『女王を失った兵隊に意味はない。女王を殺した今、こいつらは統率を失い、そして自ら滅んでいった』
静かに語るヴァルを片目で見ながら、俺は枝にぶら下がっている蜂の巣を斬り落とした。そして、ひらりと地面へ着地した。刀にべったりとついた虫たちの体液を振るう。一滴の体液もなくなったことを確認し、刃を鞘へとおさめた。
「ふ~……サンキュ、ヴァル。おかげで助かったぜ」
『助かった、ではないぞ俊也。あれほど気をつけろといっておいただろ!』
「背後から襲われちまったんだよ。ま、おかげで子どもたちも無事助けられたし、一見落ちゃ……」
『一件落着ではない!』
いつになく怒鳴るヴァルに、俺の台詞は途中で遮られた。驚いて肩の乗っているヴァルへと目を移す。怒ったように睨み付けられ、俺は首を傾げた。
「そんなに怒らなくても……」
『死ねば、何もならなくなる。俊也……お前は誰かを、何かを助けたいためにこんな仕事をしているんだろ。だけど、お前が死んでしまったら、何にもならなくなる。俺だって……お前がいたから、お前の助けになりたかったから、ここにいるんだ』
「ヴァル……」
両耳を垂らし、目を伏せたヴァルに、胸がズキリと痛む。こんなヴァルの表情は見たことがなかった。
「わりぃ、ヴァル。けど、死ぬつもりなんてなかった」
『分かってる。だが、誰かを助けるためでも、無茶はするな。勇気と無謀は違う』
「あぁ」
ヴァルの言葉に、俺は遠い過去を思い出していた。自分の無茶や無謀のせいで招いてしまった友人の死を。その光景は、今でも鮮明に思い出すことができる。無闇に突っ込んでヘマをし、結果、そいつは俺を助けて殺された。だからこそ、その償いに俺は多くの人を助けようと誓ったんだ。
「お兄ちゃーん!」
周囲に静けさが戻ったことに気付いたらしく、根元に隠れていた子どもたちが出てきた。そして、一直線に俺のもとへと走って来る。そのことに気付いたヴァルは俺の首の後ろへと隠れた。
「よう、無事だったか? あんときはサンキュウな。せっかく教えてもらったのに怒鳴って悪かった」
「ううん、気にしてないから大丈夫。僕の方こそ、約束破ってごめんなさい。本当に、全部倒しちゃったんだね。凄いよ、お兄ちゃん!」
目を輝かせ、俺を見てくるその少年の頭を撫でてやった。
「全部ってわけじゃないけど……こいつらを退治できたのは、俺の相棒のおかげだ。感謝するなら、こいつにしてやってくれ」
首の後ろへと隠れていたヴァルをひょいっと両手で挟むと、子どもたちの前へと出した。睨みつけてくるヴァルに、俺はニシシッと笑う。ヴァルの姿に驚いている少年たちの目は嬉々としたものへと変わった。
「お兄ちゃん、これは?」
「俺の相棒のヴァルだ。こいつのおかげで敵を倒せたんだよ」
『俊也!』
「ホントのことだろ?」
ヴァルと言葉を交わす俺を見て、子どもたちは不思議そうな目を向けてきた。
「お兄ちゃん、誰と話してるの?」
「ん? あぁ、ヴァルとだよ。俺、動物と会話できてさ。ま、喋れるっていっても、ヴァルだけなんだけどな」
「すっごい! 僕はライル。よろしくね、ヴァル」
「あたしはレイナ。あたしともお友達になってほしいな」
急に話しかけられたヴァルは困惑したような表情を俺へと向けてくる。まるで、助けれくれといってくるかのように訴えてくる。
「よかったな、ヴァル。お前、モテモテじゃねーか」
『俊也!』
「わりぃわりぃ」
冗談交じりに言った台詞に、ヴァルは声を荒げた。いつになく慌てふためく姿に、俺は笑いが抑えきれない。けれど、いい加減可哀想に思えてきた。
「悪いな、みんな。こう見えて結構シャイなんだ。そう詰め寄られると困るってさ」
俺が入れたフォローに、予想通りの子どもたちのブーイング。そのブーイングから逃げるように、ヴァルは俺の手から抜け出すと、再度首の後ろへと隠れてしまった。
「さ、みんな。村に帰ろうぜ?」
話を逸らしてやれば、子どもたちは自分たちの家族を思い出しているのだろう。目を潤ます子どもや家族に会える喜びに目を一杯にしている子どもたちがいる。
「ちゃんと逸れないようについて来てくれよ。他にもどんな虫たちが襲ってくるか分からないからな」
元気のよい返事を聞き、俺たちは子どもたちの故郷である村へと戻って行った。
*****
子どもたちを助けた礼として、この村で一泊する俺たちはヴァルが収集した薬草などの整理をしていた。ヴァルが手に入れてくれたのは薬草が数枚だった。ヴァル自身がそれほど多くの荷物を持つことができないから、薬草が数枚手に入っただけでも良いほうだ。これで、多少の傷は治療できる。幸運なことは子どもたちに怪我はなかったことだ。
「明日には本部に戻って、再準備だな。拳銃に弾を入れ替えるのと、刀も研ぎなおしてもらわねぇと。あぁぁぁ……やることがたくさんありすぎ!」
『本来なら準備をし直すのと報告を兼ねて本部に戻らないといけなかったのを、こっちを優先させたせいだろ』
「だって、仕方ないだろ? 巨大蜂の活動期が近かったわけだし、今なら助けられるかもしれねぇ命を、みすみす見逃したくなかったんだよ」
村長の家の一室を借りた俺たちは、このやりとりを先ほどから同じやりとりをしていた。
『だからといって準備も不十分に依頼を受けるな。今回はたまたま上手くいったからいいものの、下手をしていたら死んでいた』
「だから、それは悪かったって。けどさ、ヴァル。俺、やっぱり思うんだ」
さきほどから口うるさいヴァルに、俺は苦笑するしかない。けれど、今回のことで強く感じたことがあった。
「俺、やっぱり多くの人を救いたい。アイツのためにも……そして、俺自身のためにも」
『……』
それは救いたいという、ただ単純な想いだった。
「だから、これからもよろしく頼むぜ、ヴァル」
拳を握って差し出す俺に、ヴァルは呆れたように息を吐き出した。しかし、俺の拳に自分の長い尻尾をぶつけてくる。人間でいえば了承の意味だった。
「サンキュ、ヴァル」
『だけど、死ぬような無茶はするな。これは約束だ』
「分かったよ。もう無闇に突っ込んだりしないって。俺には、すっげぇ頼りになる相棒がいることだしな」
『……調子のいいこと言いやがって』
調子づいて言う俺に、ヴァルは長い尻尾で頭を叩いてきた。軽い痛みが頭に響く。
「いってーな」
『調子に乗るからだ』
つれない突っ込みに、俺は肩を竦めた。
枕元に置いていた刀を手に取り、その刃を鞘から少しだけのぞかせる。鈍い光と刃の部分が欠けているのを見て、あと数回の戦闘で使ってしまえばこの刃は折れてしまうだろう。
「戦わずに本部に戻れるだろうか?」
『さぁな』
ヴァルへと目を移すと、尻尾で体を包んでいた。これはヴァルが寝るときの体勢だ。薄っすらと開かれている瞳は、開閉を繰り返していた。
「寝るか」
『あぁ』
「お休み、ヴァル」
『……お休み』
挨拶を交わしたあと、数秒流れて聞える寝息。すぐさま眠りに入ったことから、随分と疲れていたみたいだ。ぐっすりこんと眠ってしまったヴァルの頭を軽く撫でた。小さな体の相棒に、俺はフッと笑いかけ、毛布へともぐりこんだ。薄い毛布のため寒さを感じて体が震える。けれど、俺も相当疲れていたみたいだ。毛布にくるまり目を閉じていれば、すぐさま眠気が襲ってきた。しばらく薄っすらと保っていた意識だったが、いつの間にか深い眠りに落ちていた。
THE END_
今所属している文芸部のコンクールにて出した作品です。
まぁ、結果的に賞なんてだいそれたものにははいりませんでしたが、結構気に入っている作品ですので、こちらに載せます(^^)
評価すら書かれなかったので、おそらく大丈夫だとは思いますが……
とりあえず、この話と、もう一話、番外編で書いていますので、それをあげたら、この話については終り……だと思います。
続けようと思えば続く話だと思いますので、もし筆が進めば続きを書くかもしれません。
とうぶん先の話になるとは思いますが。
とにもかくにも、こういった話を暇つぶしにでも読んでくださってありがとうございます!
もっと上達できるよう、さらに精進いたいます!!
ではでは、ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。