MIDNIGHT MASTERS EP.1
カートをやってみたい。
僕は言った。
宮城県に住む、小学4年生の秋。
ただ車が好きで、実際にカートを始めた。
そして迎えた、初めてのレース。
「僕は勝てる」
――自分にそう言い聞かせた。
シグナルが変わり、レースが始まる。
「勝てる!」
そう思ったのも束の間だった。
完璧なフォームでインコースを締め、1ミリの無駄もなくクリッピングポイントを通過する大山光のカート。
タイヤのグリップ限界を精密に計算し、教科書通りのパーフェクトなラインを刻み続ける。
(滑らせたら負けだ。タイヤの摩擦力を極限まで前進気勢に変える……それが正しい走りだ)
光を追いかける僕のカート。縁石を蹴り飛ばし、フレームをしならせながら強引にインへねじ込む。
グリップの限界など最初から無視した、異常なオーバースピード。
だが、ほんのわずか半車身の差で、光が先にチェッカーを受けた。
少し遅れてラインを越える僕。
「クソッ……勝てなかった……」
それが、僕の最初の敗北だった。
カートから降りた僕の胸を占めていたのは、1位を逃した悔しさ以上に「自分の走り」に対する決定的な物足りなさだった。
グリップに甘えて減速した自分自身への苛立ち。ヘルメットを被ったまま、削れて毛羽立ったリアタイヤを、無言で鋭く睨みつけ続ける。
「正攻法じゃ追いつけない……もっと奥があるはずだ。限界なんて突っぱねる『別の領域』が……」
教本にも、光の完璧なラインにも存在しない、「正気の枠を超えたナニカ」。それが、9歳の僕の心に不滅の杭となって打ち込まれた。
あの日を境に、スクールでの僕の走りは決定的に変わった。
教本通りのラインをトレースし、コンマ一秒のタイムを削り出す大山光。
しかしその隣で、僕のカートは限界領域で異様な挙動を見せ始める。
縁石を跳ね、リヤを流しながらも、異常なトラクションで前に進む悪質で圧倒的な走り。
指導員たちが「暴れ馬」「タイヤの無駄遣い」と眉をひそめる中、僕のタイムだけが光の完璧なデータを塗り替えていく。
「ちがう……もっと奥だ。まだ、なにかある」
雨の上がった菅生で引き裂かれた二人の「速さ」は、二度と交わることはなかった。
そして、迎えたシーズン最終戦。残り2ラップ。
トップを走るのは、相変わらず1ミリの狂いもなくパーフェクトなラインをなぞる大山光。
後方から迫る僕のカートは、なかなか追いつけない。
だが――
最終コーナー手前の超高速飛び込み。
僕のカートが、強引に光のフロントノーズを押ししのけて前に出た。
チェッカーフラッグが振り下ろされる。
1位の枠にカートを止めた僕。
光はカートから降りると、信じられないものを見る目で僕の背中を注視していた。
勝利の喜びも、歓声に応える仕草すらない。
ただ、荒い息を吐きながら、自分の手の中で暴れ切ったステアリングの感触だけを噛み締めていた。




