第6話 ドワーフの村
村に着くと、俺はフードを深く被るように言われた。
「人間がここにいる時点でおかしいし、魔族の中には人間を嫌う者も多いからな」
面倒ごとは嫌だから、素直に従うことにした。
「……すげえ」
ドワーフの村へ足を踏み入れた瞬間、思わずそんな言葉が漏れた。
村――と聞いていたから、俺はてっきりダークエルフたちの集落と似たような場所を想像していた。
だが、目の前に広がっていた光景はまるで違う。
巨大な岩山。
その麓に、石を積み上げて造られた建物が所狭しと並んでいる。
いや――建物だけじゃない。
岩山そのものをくり抜いて造られた家や工房まである。
村のあちこちから太い煙突が伸び、絶え間なく黒い煙を吐き出していた。
――カン! カン! カン!
右からも。
左からも。
金属を叩く音が聞こえてくる。
工房の開け放たれた扉からは真っ赤な炎が揺らめき、その前では背の低い男たちが汗だくになりながら槌を振るっている。
荷車には鉱石らしきものが山積みにされ、道の脇には剣や斧、鎧まで無造作に並べられていた。
死遂荒野。
草木すらまともに育たない、死んだ土地。
その中にある村とは、とても思えない。
「……なんか、すげえ活気だな」
「ドワーフは鍛冶と採掘に長けた種族だからな」
隣を歩くアウラが答える。
「この岩山には鉱石が豊富に眠っている。それを掘り、加工し、必要な物を自分たちで作って暮らしている」
「へえ……」
周囲を見回す。
剣。
槍。
斧。
見たこともない形の武器。
今の俺には、その全てが宝の山に見えた。
「まずはどうする?」
「ここは定番の酒場で情報収集だな! どうせなら腕の立つ鍛冶師に頼みたいし!」
「で、お前、金はあるのか?」
「…………」
忘れていた。
そう――俺は無一文だった。
「まあ、村に着いたばかりだ。私も少し疲れた。一旦酒場で休憩しよう」
「ああ! 神様、仏様、アウラ様ぁ!」
「うるさい」
近くの酒場に入る。
扉を開けた瞬間、酒と焼いた肉の匂いが鼻を突いた。
店内には長い木製のテーブルが並び、大きなジョッキを片手に騒ぐ客たちの声が響いている。
壁には魔物の角や武器が飾られていた。
「おお……!」
思わず声が漏れる。
――まさにファンタジー!!
しかも、いるのはドワーフだけではない。
獣のような耳を持つ者。
頭から角を生やした大男。
俺には種族すら分からない者までいる。
どうやらこの村には、様々な魔族が訪れるらしい。
フードを深く被り直し、俺たちは酒場で聞き込みを始めた。
何人かに腕のいい鍛冶師を尋ねているうちに、何度も同じ名前が出てくる。
――ゴンドウ。
どうやらそのドワーフが、この村でも特に腕のいい鍛冶師らしい。
「決まりだな」
店を出ようとした、その時だった。
ふと、視線を感じた。
酒場の奥。
薄暗い場所に座っている一人の魔族と目が合う。
さっきから、チラチラとこちらを見ていたような気がする。
「ドワーフ……? じゃないな」
……人間だとバレたのか?
一瞬身構えたが、何かしてくる様子はない。
まあ、いいか。
俺たちはそのまま酒場を出て、ゴンドウの店へ向かった。
◇
店に入ると、いかにも気難しそうな顔をしたドワーフがいた。
背は低い。
だが腕は丸太のように太く、顔の半分を覆うほど立派な髭を生やしている。
……すげえ。
THE・ドワーフだ。
「あんたがゴンドウさんか?」
「そうだ。誰だ、お前は?」
「旅の者だ。あんたに魔石武器を作ってもらいたくてな。酒場で腕がいいと聞いて来たんだ」
「そうかい。で、予算はいくらで考えている?」
「実は金はないんだ」
「なんだと!?」
ゴンドウの眉間に皺が寄る。
「金がねえのに武器が作れるか! 冷やかしならとっとと帰りやがれ!」
「待ってくれ! 頼むよ! 武器が必要なんだ! 武器さえあれば魔物でも狩って、すぐ金を作って払いに来るからさ!」
「そんな馬鹿な話を誰が信じる? もういいから帰れ!」
「そんな……」
まあ、冷静に考えれば当然だ。
見ず知らずの無一文の男が突然やって来て、
『先に武器作って! 金は後で払うから!』
なんて言ってるんだから。
俺でも断る。
そんな俺を見かねたのか、アウラが口を開いた。
「この男は、ドワーフの作った斧に魔力を流した途端、粉々に壊した」
「ほう、粉々にな」
「ああ。私たちの村にあった中では、一番頑丈な魔石武器だ」
ゴンドウの表情が変わった。
何も言わず、店の奥へ入っていく。
しばらくすると、一本の剣を手に戻ってきた。
「小僧。この剣に魔力を流してみろ」
「いいのか?」
「ああ。やれ」
「分かった」
剣を握り、ほんの少しだけ魔力を流す。
――バキンッ!
次の瞬間。
甲高い音を立て、剣が砕け散った。
「わはははは! 驚いた! これほどとはな!」
「…………」
なんで笑ってんだ!?
「…………面白え」
ゴンドウの口元が、わずかに吊り上がった。
「は?」
予想外の反応に、間の抜けた声が出る。
ゴンドウは俺の声など聞こえていないかのように、砕けた剣の破片をじっと見つめていた。
「俺が打った魔石武器を、たったこれだけの魔力で粉々にしやがった……」
「言っただろ。斧も同じように壊れたって」
「……確かにな」
ゴンドウは床に落ちた破片を一つ拾い上げ、しばらく眺める。
そして立ち上がると、さっきまでとはまるで違う目で俺を見た。
値踏みするような目。
いや――何かを期待しているような目だった。
「小僧。名前は?」
「カナタだ」
「カナタか」
ゴンドウは腕を組み、しばらく黙り込む。
やがて、ゆっくりと口を開いた。
「お前のその馬鹿げた魔力に耐えられる魔石に、一つだけ心当たりがある」
「本当か!?」
思わずゴンドウへ詰め寄る。
「それがあれば、俺の武器を作れるのか!?」
「可能性はある」
「じゃあ、それを売ってくれ!」
「話を聞け。俺は持ってねえ」
「……え?」
ゴンドウは親指で店の外を指した。
「欲しけりゃ、自分で取りに行くしかねえ」
「取りに行くって……どこに?」
「魔物の腹ん中だ」
「…………魔物?」
「ああ」
さっきまで少し楽しそうだったゴンドウの表情から、笑みが消えた。
「そいつの体内には、他の魔物とは比べ物にならねえほど強力な魔石がある」
「なら、そいつを倒せばいいんだな?」
「簡単に言いやがる」
ゴンドウが鼻で笑う。
「何人もの腕自慢が挑んじゃ、返り討ちにされてる化け物だ」
隣にいたアウラが口を開いた。
「何の魔物だ?」
「…………」
ゴンドウはすぐには答えなかった。
その手が、わずかに強く握られる。
「フェニックスだ」
「フェニックス!?」
思わず声を上げる。
フェニックス。
その名前くらい、異世界初心者の俺でも知っている。
炎を纏う、不死鳥。
「ちょ、ちょっと待て! 不死鳥ってことは……死なないんじゃないのか?」
「本当に不死ってわけじゃねえ」
ゴンドウはそう言いながら、床に落ちていた剣の破片を拾い上げた。
「奴の厄介なところは、異常な再生能力だ。翼を斬ろうが、身体を貫こうが、炎に包まれた次の瞬間には元通りになりやがる」
「……そんなの、どうやって倒すんだよ」
「再生させなきゃいい」
「?」
ゴンドウが俺を見る。
「再生が追いつかねえほどの一撃で、ぶっ壊す」
「…………」
なるほど。
言っていることは分かる。
分かるんだけど。
「そんなことできる奴がいるなら、とっくに倒されてるんじゃ……」
「ああ」
ゴンドウは手にしていた剣の破片を俺に見せた。
「だから今まで倒せなかった」
そして――
「だが、お前なら話は別だ」
「俺?」
「その魔力を一発に全部ぶち込めば――」
ゴンドウの目が鋭くなる。
「フェニックスの再生を上回れるかもしれねえ」
俺は自分の手を見る。
魔王以上と言われた魔力。
魔法一つ使えない、何の役にも立たないと思っていた力。
それが――フェニックスを倒せる?
「……でも」
アウラが床に散らばった剣を見る。
「その前に武器が壊れる」
「そうなんだよ……」
俺も一緒になって剣の残骸を見る。
魔力を少し流しただけで、この有様だ。
全力なんて流したら、斬撃を放つどころか一瞬で粉々になるんじゃないか?
だが、ゴンドウはニヤリと笑った。
「だから俺が作る」
「……作る?」
「ああ」
ゴンドウは店の奥へと歩き出す。
「お前の魔力に、一発だけ耐える剣をな」
「一発だけ……」
「勘違いするな。こいつは完成品じゃねえ。フェニックスを倒すためだけの使い捨てだ」
一度きり。
それでも、今の俺には十分だった。
ようやく俺にも、この馬鹿みたいな魔力を戦うために使えるかもしれない。
「じゃあ、それを作ってくれたら俺とアウラで――」
「俺も行く」
「……え?」
思わず聞き返した。
「フェニックス討伐には、俺もついて行く」
「でも、あんた鍛冶師だろ?」
ゴンドウの手が止まった。
しばらくの沈黙のあと、低い声で呟く。
「……奴とは因縁があってな」
それ以上、ゴンドウが語ることはなかった。
◇
剣ができるまでの間、俺たちはフェニックスについて調べることにした。
奴が棲みついているのは、『アルカディア城塞』と呼ばれる廃城らしい。
かつては魔族の領主が治めていた巨大な城塞で、人間との戦争が終わった後も領主の一族が暮らしていたという。
しかし、ある時からフェニックスが棲みつくようになった。
今では誰も住んでおらず、近づく者さえほとんどいないそうだ。
「フェニックス討伐に参加していいのか?」
俺は隣にいるアウラを見る。
「元々、ドワーフの村まで案内してもらったら終わりじゃなかったのか?」
「今のお前に死なれては、ここまで付き合った意味がない」
アウラはいつもの調子で淡々と答える。
「それに、フェニックスを討伐できれば十分元は取れる」
「そうかい」
俺は笑った。
「じゃあ、せいぜい頑張ろうぜ」
そして――
ゴンドウから剣が完成したと知らされたのは、それから間もなくのことだった。
店へ戻ると、作業台の上には一本の剣が置かれていた。
俺はそれを見て、思わず口元を緩める。
「思ったより早かったな。さすが村一番の鍛冶師」
ゴンドウは鼻を鳴らした。
「勘違いすんな。こいつは一発しかもたねえ」
そう言って、作業台の剣を俺へ差し出す。
「その一発で決めろ」
俺は剣を受け取った。
ずしりとした重みが、両手に伝わる。
これが――
この世界に来て初めて手にする、俺のための剣。
たとえ一度きりだとしても。
ようやく俺は、この馬鹿みたいな魔力を戦う力に変えられる。
そして俺たちは――
不死鳥フェニックスが待つ、アルカディア城塞へ向かうことになった。




